「新しい人生のはじめかた」
2009年 英:パラマウント・ヴィンテージ
監督:ジョエル・ホプキンス
原題:LAST CHANCE HARVEY
NYで暮らす62歳のCM作曲家・ハーヴェイ(ダスティン・ホフマン)は、離婚後疎遠だった娘の結婚式に出席するためロンドンにやってくるが、どこか居心地が悪く、帰国しようとするが、飛行機に乗り遅れてしまう。翌日の飛行機を待つ間、ハーヴェイは婚期を逃して恋に臆病になっている女、ケイト(エマ・トンプソン)と偶然に知り合う。やがて二人は親しくなり、行動を共にするうちに熟年の恋が芽生えて…
最近よく目にする、50歳を越えた男女の恋の物語。脚本、監督は、まだこれが長編2作目だという新進ジョエル・ホプキンス。丁寧に作られた脚本に、落ち着いた演出。特に大きな事件が起きるわけではないが、60歳を越えたって、まだまだ人生はこれから始められる、というテーマが中高年世代には泣かせる、なかなか見応えある佳作。テームズ河畔など、丹念にロケしたロンドンの風物も見どころ。熟年以上の世代の観客にはお奨めである。
ダスティン・ホフマンは今年72歳!役柄はそれより10歳も若いが、違和感がない。62歳、と言えば我が国ではまさに団塊の世代。その世代には、特に感慨深いものがあるだろう。
そして何より、ダスティン・ホフマンと娘の結婚式…とくれば、あの名作「卒業」(67)を思い出さずにはいられない。「卒業」と言えばアメリカン・ニューシネマの代表作。この作品で一躍有名になったホフマンは、その後も「真夜中のカーボーイ」、「ジョンとメリー」、「小さな巨人」と、ニューシネマの傑作群に次々主演、ニューシネマ以後も、「パピヨン」、「大統領の陰謀」、「クレイマー、クレイマー」、「レインマン」等の映画史に残る名作に立て続けに主演、現在に至るまで常に第一線で活躍して来た。
同じようにニューシネマの傑作群で頭角を現した、ピーター・フォンダ、デニス・ホッパー、ジョン・ボイトなどが、ニューシネマ衰退後は精彩を欠いて、助演に回ったり、忘れられた存在になっているのに対し、ホフマンの活躍ぶりは特筆に価する。
ましてや、ハリウッドの映画スターと言えば、背が高くハンサム、が通り相場であるのに対して、背が低く、それほど美男子でもないホフマンである。…そういう意味でも、ホフマンという役者は、ハリウッド映画史の中でも、まさに特異なスターであると言える。
さて、そういったホフマン出演作の流れの中に本作を置いてみると、また興味深い傾向も見る事が出来る。
「卒業」のラスト、エレイン(キャサリン・ロス)を教会からかっさらって首尾よくバスに飛び乗り…普通のハリウッド映画なら、笑顔で見つめ合う二人のアップを捉えて映画は終る…はずであるのだが、マイク・ニコルズ監督はここでちょいと意地悪な演出を施している。
バスに乗り込んだ二人を撮るキャメラは、その後もずっと二人の表情を捉えたまま。やがてホフマンの顔に、放心したような、不安な表情が現れて来る。
果たしてその後の二人は、幸福な人生を送れるのだろうか、という事をふと考えさせてくれる。…ハッピー・エンドで終れば、その後の二人の人生についてなど考える余地はなかったそれまでのハリウッド映画とは、明らかに異なるエンディングであった。
その予感は、「卒業」から12年後に現実のものとなる。「クレイマー、クレイマー」(79)では、その頃から社会問題化した、“離婚と子供の養育”というテーマに正面から向き合って、見事アカデミー作品賞を受賞する。ちなみに脚本・監督は、ニューシネマの代表傑作「俺たちに明日はない」の脚本を書いたロバート・ベントンであるという事実も興味深い。この作品もまた、時代と真摯に向き合った秀作である。
これは、言ってみれば「卒業」の、その後の二人…であるとも言える。あの時のホフマンの、先行きの不安を予感させた表情が、ここではしなくも現実のものとなっている、と考える事も出来るのである。
そして本作では、離婚し、妻とも子供とも別れた男が、初老期を迎え、新しい、第二の人生を始めようとする。まさに「クレイマー、クレイマー」の、そのまた後の人生の物語であるとも言える。そのきっかけが、娘の結婚式…映画「卒業」へと、グルッと回って戻ってきたようなものである。それらすべてに、ダスティン・ホフマンがからんでいるというのも、不思議な巡り合わせを感じる。
「卒業」…「クレイマー、クレイマー」…そして本作、を、青春時代から老年期までの、大河の如き人生の一連の大きな流れ、として見比べてみるのも面白いかも知れない。ダスティン・ホフマンの、42年間の年輪を重ねた顔の変遷も見比べながら…。そういう映画の楽しみ方も、また面白い。 (採点=★★★★)
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コメント
おはようございます。
ぼくも『卒業』『ジョンとメリー』、
それに『アガサ・愛の失踪事件』を重ねて観てました。
そうか。『クレイマー、クレイマー』との関連もあったなと、
こちらでハタと気づかされました。
投稿: えい | 2010年2月24日 (水) 09:09