「プリンセスと魔法のキス」
2009年:米/ディズニー・スタジオ
原題:THE PRINCESS AND THE FROG
監督:ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ
製作総指揮:ジョン・ラセター
原作:E・D・ベイカー
脚本:ロブ・エドワーズ、ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ
グリム童話「かえるの王子さま」にヒントを得た、E・D・ベイカー原作によるファンタジー小説「カエルになったお姫様」を原案として、「リトル・マーメイド/人魚姫」、「アラジン」のジョン・マスカー&ロン・クレメンツが映画化した長編アニメの楽しい快作。
舞台は1920年代の米ニューオーリンズ。自分のレストランを持つことを夢見てウェイトレスとして働くティアナは、夢の実現まであと少しのところなのに、うまく行かず悩んでいる。そんな彼女の前に、一匹の喋るカエルが現れる。カエルは自分はマルドニア国のナビーン王子だが、魔法で変身させられてしまったのだと言い、キスで呪いを解いてくれればティアナにレストランを持たせてくれると提案してくる。ティアナはその提案に乗ってカエル王子にキスをするのだが、なんとティアナもカエルになってしまった。二人はいがみ合いながらも、魔法を解く為に沼に住む魔女、ママ・オーディを探す冒険の旅に出る…。
本作の見どころは、何と言っても「トレジャー・プラネット」(2002)以来7年ぶりに、ジョン・マスカーとロン・クレメンツのコンビが帰って来た事と、2004年に当時のアイズナーCEOが、「今後アニメはCGに一本化する」と宣言して以来途絶えていた、2D手書きアニメの、5年ぶりの復活、という点にある。
ジョン・マスカー&ロン・クレメンツは、創生期のディズニー・アニメを支えたスタッフが引退した後、これといったヒット作も生み出せずジリ貧状態になり、ディズニー・アニメ存亡の危機にあった1986年に、「オリビアちゃんの大冒険」でデビューした(バーニー・マティソン他との共同監督)。
これはほとんど話題にもならなかったが、続く'89年のコンビ作「リトル・マーメイド/人魚姫」(マスカー&クレメンツ共同脚本・監督)が大ヒットを記録し、これをきっかけに「美女と野獣」(91)、「アラジン」(92・マスカー&クレメンツ作品)、「ライオン・キング」(94)等の大ヒット作が続々作られ、ディズニー・アニメの第2期黄金期が到来する。そのきっかけを作り、かつ隆盛を支えたのがマスカー&クレメンツ・コンビである事は疑いもない。
以後このコンビ作は「ヘラクレス」(97)を経て2002年の「トレジャー・プラネット」まで続くのだが、'95年に、ピクサーによるフル3DCGアニメ「トイ・ストーリー」が登場、センセーションを巻き起こしたのが端緒となって、手書きセル・アニメはまたまた危機を迎える事となる。
2000年にはディズニー本体も、遂にCGアニメ「ダイナソー」を製作、2D手書きアニメの方にもヒット作が生まれなくなって、そして2004年に前述のアイズナー宣言が飛び出すわけである。
これによって、同年マスカー&クレメンツはディズニーを退社する(はっきり言ってクビに等しい)。以後二人は手書きアニメ製作を望むも、不遇をかこつ事となる(インタビューによると、マスカーは「もう手書きアニメは作らないと言い渡された時は、まるで家族の誰かが亡くなったようだった」としみじみ語っている)。
流れが変わったのが、2005年の(悪名高い)アイズナー退任と、2006年のピクサーのディズニー子会社化である。これにより、ピクサーの総帥ジョン・ラセターがディズニーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任する。
ラセターが打ち出したのは、お得意の3DCGアニメではなく、昔ながらの手書きアニメの復活であった。
早速マスカー&クレメンツ・コンビをディズニーに呼び戻し、準備を着々進め、そして遂に、ディズニーの伝統たる、手書きアニメが本作において見事復活する事になったのである(アメリカでは昨年末に公開され、見事全米興行収入第1位に輝いている)。
実に泣ける話である。
CGアニメを世に生み出したラセターが、手書きアニメを復活させた…というのも皮肉なようだが、実はラセターは宮崎駿とも親交があり、手書きセル・アニメの大ファンだったようである。これが幸いした。手書きアニメにも愛着があるからこそ、ラセターの作るCGアニメには、どこか人間的な温かみが感じられるのである。
単にCGアニメにしか興味のないクリエイターがディズニーのチーフ・オフィサーに上り詰めたら、手書きアニメの復活は望めなかったかも知れない。まったく、何が幸いするか分からない。
ディズニーがCGアニメを手掛ける…という事に始終違和感を感じていた私は(昨年の「ティンカー・ベル」に辛い評価をしたのもそのせいである)、この手書きアニメ復活劇に一も二もなく喜んだ。観る前から期待感は膨らむばかりであった。
で、作品の方だが、いやー素晴らしい!楽しい。マスカー&クレメンツ・コンビにとって、半ばあきらめていたであろう手書きアニメを、また作れるようになった、その嬉しさが画面に満ち溢れている。
お話も、まさにディズニー・アニメの伝統たる、プリンセスもの(「白雪姫」、「シンデレラ」、「眠れる森の美女」 etc...)であるし、動物は喋るし、「シンデレラ」や「眠れる森の美女」でお馴染み、魔女の婆さんも出て来るし、さらには空に光る星への願い(「ピノキオ」)やら、12時までのタイムリミット(「シンデレラ」)やらと、さながら過去のディズニー・アニメの総ざらい、といった趣で、古くからのディズニー・アニメ・ファンであったなら余計楽しめるだろう。
(ここからネタバレあり)
グリム童話でお馴染みの、カエルにプリンセスがキスしたら、王子さまに戻った…というお話をひっくり返して、キスしたら女の方までカエルになった、という展開が楽しい。これは、“プリンセスとキスしなければ人間に戻れない”という呪いのルールによるもので、ティアナはプリンセスでないのに、たまたまティアナが服を汚して、代わりに仮装舞踏会用の衣裳を着ていた為、王子が勘違いしてしまった、という成り行きが秀逸(原作ではヒロインは最初からお姫様であるので、映画の方が自然)。これが伏線として効いていて、ラストではティアナは[本当のプリンセスになったので呪いが解けた]という、うまいオチに持って行っている。
基本線は伝統的なディズニー・パターンだが、ヒロインを黒人にし、ワーキング・プアとして必死に働きながら、自立して店を持つ夢を抱いている、という設定がいかにも時代を反映している。
なおティアナの父が心なしかオバマに似ているようにも見えるのは気のせいか。
ヒロインが主体性と目標を持っているのに対して、王子の方は親のスネ齧って遊びまくってるダラシなさで、ここらも時代を反映している。そんな二人(2匹?)が反撥しながらも、人間に戻る為の冒険を重ねるうちに、ティアナは(仕事にかまけて考えていなかった)人を愛する事の大切さを学び、王子は行動力と、労働の大切さをティアナから学び、共に(人間として)成長して行くのである。
彼らの仲間となって協力する、トランペットが大好きなワニのルイスと、空の星にエヴァンジェリーンと名付けて恋しているホタルのレイが、いかにもディズニー的キャラでいい。ちなみに、ワニも「ピーター・パン」、「ビアンカの大冒険」に登場するディズニー・アニメではお馴染みキャラである。ホタルのレイは、「ピノキオ」に登場するコオロギのジミニー・クリケットへのオマージュだろう。星への願いも共通しているし。
お約束のミュージカル・シーンも、舞台がニューオーリンズという事も手伝い、ジャズがふんだんに流れ、リズミカルでノリがいい。音楽は「トイ・ストーリー」などのピクサー・アニメで活躍して来たランディー・ニューマン。なお、ニューマンの作曲した「Almost There」、「Down in New Orleans」の2曲がアカデミー賞主題歌賞にノミネートされている(受賞は逃がす)。
ちなみに、「リトル・マーメイド」ではレゲエ・ミュージックを取り入れ、それまでどちらかと言えばオペレッタかアリア風だったディズニー作品の音楽をガラッと陽気でポップなノリに変えるという、一大転換を果たしたのもマスカー&クレメンツの功績である(作曲は以後のディズニー・アニメの音楽を一手に引き受けたアラン・メンケン)。
本作にはもう一つ、過去のディズニー作品(を含むギャグ・アニメ)のお約束を破る展開がある。レイが踏み潰され、死んでしまうくだりだ。ギャグ・アニメではキャラクターたちは踏まれようがペチャンコになろうが、絶対死なないのがセオリーである。
だが、そんなギャグ・アニメに慣れてしまうと、子供たちは虫や蟻を踏み潰す事に何の抵抗もなくなってしまうかも知れない。
この映画は、そのセオリーを破る事によって、子供たちに、“どんな小さな虫だって命を持っており、必死で生きている”事、“命とはかけがえのない、大切なもの”である事を伝えようとしているのだろう。
そのレイの魂が星になって、彼が恋していたエヴァンジェリーンと並んで天空に光っているシーンは感動的で泣ける。
クライマックスの、呪いが込められたペンダントの争奪戦もスリリングでハラハラさせられる。
とにかく、ラブストーリーあり、追っかけアクションあり、歌あり、そして夢と冒険に満ちた、最高に楽しい作品に仕上がっている。大人も、子供も、若い人も、それぞれに楽しめる、これぞまさにディズニー・2D手書きアニメの伝統を確実に継承した秀作である。
私が観た劇場では、意外にも60歳以上のシニア・カップルが多かった。きっと子供の頃に「白雪姫」や「シンデレラ」等のディズニー・アニメに夢中になった世代なのだろう。そういう観客層を目にするだけでも感慨深いものがあり、映画ともども私の目はウルウルしっぱなしであった。
そんなわけで、マスカー&クレメンツの復帰を祝して採点は大マケに。今後もディズニーには、手書きアニメを作り続けていただく事を期待したい。 (採点=★★★★☆)
(さて、お楽しみはココからだ)
トランペットを吹くワニの名前は、ルイスとなっているが、これは明らかに、トランペッターの名手、ルイ・アームストロングへのオマージュだろう。
ルイ・アームストロングのスペルは LOUIS ARMSTRONGであり、ワニのルイスと同じ表記である。またアームストロングもニューオリンズ出身である。
ワニのルイスがトランペットを吹く時、アームストロングがペットを吹く時のように、頬っぺたをゴムマリのように膨らませるのも芸が細かい。
またアームストロングは、1968年に、ディズニー映画の名曲を取り上げたアルバム「サッチモ・シングス・ディズニー」を発表している(出典はwikipedia)。ディズニーとも縁が深いのである。
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