「花のあと」
2010年:日本/デスティニー=東映
監督:中西 健二
原作:藤沢 周平
脚色:飯田 健三郎/長谷川 康夫
藤沢周平の同名短編時代小説を、「青い鳥」の中西健二監督が映画化。
舞台は藤沢時代劇お馴染みの東北、海坂藩。武家の家に生まれ、剣の腕が立つ18歳の娘、以登(いと、北川景子)は、たった一度剣の手合わせをした下級剣士・江口孫四郎(宮尾俊太郎)に恋心を抱くが、彼女には既に家が定めた許嫁がいた。以登は孫四郎への想いを断ち切ろうとするが、そんなある日、孫四郎の身に事件が起き…。
藤沢時代劇は、山田洋次三部作を始め、最近よく映画化されている。日本人の心に響くものがあるのだろう。
委員会方式ではあるが、実質的に製作を担当したデスティニーの代表、小滝祥平氏は熱烈な藤沢時代劇ファンのようで、前回も藤沢作品「山桜」(2008)をプロデュースしている。
前作と共通するのは、どちらも女性が主人公である点で、女性の視点から、女性が自分で男性を選ぶ事が困難な武家社会の中で、密かに恋した侍を一途に思う、その恋心の切なさを描いている点でも共通している。
藤沢作品の中でもそれほど多くない、女性主人公作品を2作続けて取り上げたというのが興味深い。そして、どちらも小品ながら味わい深いウエルメイドな佳作に仕上がっている(脚色も、前作に続き飯田健三郎と長谷川康夫)。
ただ、前作と異なり、こちらの方の主人公は剣の達人であるという点で、まさに男勝り。稽古着で剣を握り、髪を後ろに束ねて勝負に立ち向かう以登の姿がなかなか凛々しい。ラストには迫力ある決闘シーンも用意されている。
(以下ネタバレあり)
下級武士ながら剣の腕は藩随一と評判の孫四郎は、以登が道場で2人の門弟を破ったと聞き、以登との試合を望む。父の許しを受け、一度だけ竹刀を交えた以登は孫四郎に敗れるのだが、腕に竹刀を受け、倒れかけた以登を抱きとめてくれた孫四郎に、以登は恋心を抱いてしまう。だが、双方共に婚約が決まっている以上、それは叶わぬ恋である。腕に残る痛みは、恋の痛みでもある。腕をさする度に孫四郎の面影が浮かぶ以登の思いが切ない。
その孫四郎が、彼の妻と不倫の関係にある藤井勘解由(市川亀治郎)の罠に嵌まり、自害した事を知り、以登は復讐を決意し、藤井に対し決闘を申し込む。
許せぬ悪人との決闘というラストの展開は、「武士の一分」を思わせる。市川亀治郎がいかにも画に描いたような悪人面で、映画全盛期の東映チャンバラ映画の悪役(進藤英太郎、山形勲、阿部九州男、等)を彷彿とさせ、私のようなオールド映画ファンには余計楽しい。
そう言えば、本作も東映配給だった。
原作では、刀の決闘ではなく、近づきざま懐剣のひと刺しで勘解由を倒すだけなのだが、映画では以登は冒頭の孫四郎との立会い時と同じ稽古着姿(孫四郎の弔い合戦である事の意思表示)で、勘解由の手下3名と合わせ、4人との太刀回りとなる。これは勘解由の極悪非道ぶりを強調すると同時に、チャンバラ映画ファンへのサービスショットだろう。手強い勘解由に勝つ、最後の手段も、その前に配された伏線で予測が付く。これは原作よりも納得だ。
だが、本作で面白いのは、以登の許婚である才助(甲本雅裕)の存在である。原作でも面白いキャラクターだが、大飯は食うわ不作法だわ、以登の尻にタッチするわの傍若無人ぶりだが、一たび以登に孫四郎の死の原因の探索を頼まれるや、人脈を使ってたちまち真相を探り当てる。甲本雅裕がなかなかのコメディ・リリーフぶりで、物語のアクセントとしてうまく生かされている。今年の助演賞候補に挙げられるだろう。
見た目は風采が上がらず、役に立たないように思われながら、実は心の内は誰よりも誠実で、以登の孫四郎への思いも薄々感じながらも、以登を優しく見守り、以登の為に献身的な助力をする。表向き有能に見えながら陰で不正・不実を働く勘解由とはまるで対照的である。
この男、後に家老にまで上り詰め、昼行燈と呼ばれながら長く筆頭家老を勤めたとナレーションで語られる。“忠臣蔵”の大石内蔵助を思わせるが、考えれば嘘の作法を教え、孫四郎に恥をかかせて切腹に追いやる勘解由の悪辣ぶりは、忠臣蔵の吉良上野介とそっくりである。最後は仇討ちだし、物語全体に「忠臣蔵」の諸要素が隠し味として巧みに織り込まれていると見たが、どうだろうか。
「山桜」でもメインであった、庄内地方の、四季の美しい風景を1年かけてロケして丹念に描いており、また、“桜の風景で始まり、桜で終る”という点でも前作とよく似た構成である。“桜と女”2部作と言ってもいいかも知れない。
そしてもう一つ印象的なのが、女性が襖を開けたり、前に進み出る時の所作を丁寧に描いている点で、こうしたしきたり、作法が厳然と守られている時代だからこそ、かなわぬ思いを内に秘めて日々生きて行かざるを得ない、武家社会の中の女性の悲しみが余計観客に伝わって来るのである。
丁寧で、隅々にまで配慮が行き届いた中西健二監督の演出は好感が持てる。
配役は、以登役の北川景子がやや固さが感じられるものの、稽古着姿と太刀回りのカッコ良さでカバー。その分、甲本雅裕、市川亀治郎、以登の父親役の國村隼などの脇役陣が役柄に合った適材適所で全体を締めている。ただ孫四郎役の宮尾俊太郎(本職はダンサーだそうだ)が、やや力不足が感じられたのが惜しい。それと、女優陣が印象が薄いのも気になった。もう少し、地味でもうまい役者を持って来るべきだ。ナレーションの藤村志保はさすが貫禄だが。
ともあれ、藤沢周平ファンには十分楽しめる出来になっている。昔からの時代劇映画ファンなら、前述のごとく余計楽しいだろう。
ただ、前作(「山桜」)の時にもクレームをつけたが、一青窈の主題歌がまたしても作品世界をぶち壊している。ご丁寧に、主題歌の間奏部に藤村志保のナレーションをおマケ扱いで挟むという愚挙で、映画の余韻が台無しだ。なぜナレーションが終わり、画面がゆっくり閉じられるまで待てないのか。いいかげんにして欲しい。 (採点=★★★★)
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コメント
海坂藩(鶴岡市)在住のぱたたと申します。
第2の主役と言っていい桜の場面は
私の自転車通勤途中の鶴岡公園の桜です。
日本の桜100選にも入っており、昨年のロケ時は
大変な大騒ぎとなりました。
昨年鶴岡市ロケ映画公開は「山形スクリーム」
「スノープリンス」の2本でしたが、
本年は3月「花のあと」→5月「座頭市THE LAST」→
7月「必死剣鳥刺し」→秋「十三人の刺客」と
立て続けに公開なので注目頂ければ幸いです。
投稿: ぱたた | 2010年3月24日 (水) 13:39