「ハート・ロッカー」
2008年:米/ブロードメディア配給
原題:THE HURT LOCKER
監督:キャスリン・ビグロー
脚本:マーク・ボール
イラク戦争下で、爆発物処理にあたる兵士たちの姿をリアルに描いて、本年度のアカデミー賞において、ライバル「アバター」を破って作品・脚本・監督賞等6つのオスカーを獲得した、本年屈指の力作。監督は「ハートブルー」、「K-19」等の骨太サスペンスで知られる女性監督のキャスリン・ビグロー。
2004年夏、所はイラクのバグダッド郊外。現地で活動を続ける米陸軍ブラボー中隊爆発物処理班(EOD)に、ウィリアム・ジェームズ(ジェレミー・レナー)二等軍曹が、爆死した前任リーダーの後釜として赴任して来る。処理班員のJ・T・サンポーン(アンソニー・マッキー)軍曹とオーウェン・エルドリッジ(ブライアン・ジェラティ)技術兵は、巧妙に仕掛けられた爆発物を大胆に処理するジェームズ軍曹の恐れ知らずの行動に畏敬の念を抱くが、それによって彼らの任務はますます危険にさらされることになる…。
女性監督による作品だが、ほとんど女性が出て来ない、男臭さがプンプン匂うハードなサスペンスだ(同じイラクの戦場を舞台とした「勇者たちの戦場」には、ジェシカ・ビール扮する女性兵士が重要な役で登場していたが)。
イラク戦争がテーマになっている事もあって、前述の「勇者たちの戦場」や「告発のとき」、「リダクテッド 真実の価値」等のイラク戦争物と同様に、なんだか重苦しい作品であるように思われがちだが、“爆発物処理”という題材を持って来た着想が素晴らしい。これによって、映画は、いつ爆弾が爆発するかも分からないという緊迫した空気を孕み、観客は固唾を飲んで見守る事となる。
そういう意味でこの作品は、イラク戦争を題材にしているという共通項はあるが、前記の作品群とはやや趣を異にして、スリリングなサスペンス映画的要素も併せ持った、より幅広い観客層にアピールしうる作品にもなっている。
なお、本作でアカデミー脚本賞を受賞したマーク・ボールは、前述の「告発のとき」の原案も書いており、この作品も、戦場で謎の死を遂げた息子の死の真相を追う、犯人探しミステリー的味わいを持っていた事も付記しておきたい。
中盤では、砂漠の真ん中で、ジェームズたち一行がテロリストたちと遭遇し、超遠距離での狙撃合戦が行われるが、これもまるで「ザ・シューター/極大射程」等のスナイパー・アクション映画を思わせるスリリングな展開となる。
加えて、前線の兵士が、戦闘(=つまり殺戮)を任務としている故に、イラク市民や平和愛好家たちにとっては好ましい存在ではないのに対し、ジェームズ軍曹らEODの活動は、消防士や救急医療士と同じく、“人の命を救う”人道的側面を持っているが故に、多くの人に支持され易いとも言える。
本作がイラク戦争という重い題材を扱っているにも係らず、アカデミー賞で9部門にノミネートされ、6部門で受賞出来たのは、これら2つのプラス要素があったおかげだとも言えるだろう。
ビグロー監督が、アカデミー賞受賞スピーチで、「世界中でユニフォームに身を包む、爆発物処理班、消防士、救命士」の人々にエールを送ったのも、まさにこの作品の本質がそこにある事を示している。
(以下、ややネタバレあり)
さて、映画は冒頭からいきなり、爆発物処理班の活動が描かれるのだが、始終揺れる手持ちカメラ、短くて歯切れのいいカッティングに、16ミリフィルムをブローアップしたザラついた映像が、まるでドキュメンタリーを見ているような迫真性があって一気に作品世界に没入させられる。
爆弾が破裂する際、衝撃で砂や車の錆が舞い上がる超スローモーション映像も効果的。
主人公のキャラクター設定が秀逸。これまでの爆弾処理回数が873回だというジェームズ軍曹は、豪胆で命知らず、どんどん危険に飛び込んで行く。冒頭に引用される「戦争は麻薬である」の言葉通り、彼はほとんど爆発物処理ジャンキーである。ただし合間にDVDを売るイラクの少年との、つかの間の交流も差し挟んで、普段は心優しい男である点も抜かりなく描く。
任務が終了し、故郷に戻っても平和な生活になじめず、再び志願し戦地に戻って行くラストも効いている。その他のサンボーン、エルドリッジらのキャラクターの描き分けもうまい。
緊迫感あふれる演出も見事だが、彼らの活動を冷ややかに眺めるイラク人民の姿も随所に配置し、アメリカ兵は所詮余所者である事を印象づけている。またジェームズらが爆弾を見事に解除して行くにつれ、テロリストたちの爆弾工作もますます巧妙になって行き、死体の内臓に爆弾を仕掛けたり、強固な鍵をいくつもセットして、遂にジェームズをもってしても解除出来ずに犠牲者を出したりと、いくら彼らが献身的な活動をしても、戦いは終わらず、果てしがない。それが戦争の現実である。
さまざまなエピソードを通して、戦争というものの底知れぬ奥の深さ、空しさ、悲しさを痛烈に描いた、これは見事な力作である。
ただ、やや引っかかるのは、前述した中盤の遠距離狙撃戦のシークェンスで、戦場とは言え、ここではジェームズらも容赦なく敵を殺して行くのだ。見事に敵を撃ち殺したエルドリッジにジェームズは「GOOD JOB!」と言い放つ。“人の命を救う”彼らの職務を描く作品テーマの中では、やや浮いているように思えるのだが。特に消防士、救命士と並べた、ビグローのスピーチがあっただけに…。
そんなわけで私の評価としては満点には出来なかったが、本年屈指の秀作であり、必見の問題作である事に変わりはない。お奨め。 (採点=★★★★☆)
(さて、固い話はひと休みで、お楽しみはココからだ)
爆弾がいつ爆発するかも分からない、という話は、サスペンス映画の常道としてこれまでに多くの作品が作られている。
本作と同じく、特殊部隊による爆発物処理を描いた作品としては、有名な所では、リチャード・レスター監督の「ジャガーノート」(1974)がある。豪華客船に仕掛けられた無数の時限爆弾を、特殊部隊爆弾処理班が解除して行く、行き詰るサスペンスの佳作である。
赤か青か、どちらの電線を切断すればよいのか、という、いわゆる電線切断サスペンスもののハシリでもある。
同様に爆発物処理班が主人公の作品としては、キアヌ・リーブス主演「スピード」、トミー・リー・ジョーンズが珍しく爆弾魔を演じた「ブローン・アウェイ/復讐の序曲」等があるし、ビグロー監督の元ダンナ、ジェームズ・キャメロン監督の「アビス」にも、ラスト間際に核弾頭の起爆装置を解除するサスペンス・シーンがある。
ヒッチコックは、すでに戦前に「サボタージュ」という、時限爆弾が仕掛けられた荷物を持ったまま少年が電車に乗り、いつ爆発するかハラハラさせられるサスペンス映画を撮っている。さすがはスリラーの神様である。
で、面白いのは、今年のアカデミー主演賞を受賞した2人、サンドラ・ブロックは「スピード」に、ジェフ・ブリッジスは「ブローン・アウェイ/復讐の序曲」に、それぞれ主演しているのである。
作品賞を受賞した本作を含め、アカデミー賞の主要部門で最優秀賞を受賞した、キャスリン・ビクロー、サンドラ・ブロック、ジェフ・ブリッジス、(ついでに作品賞を争い、結局3冠に留まったジェームズ・キャメロンも)…この人たちが、ことごとく“爆発物処理”サスペンス映画に係わっている…というのも、不思議な縁と言うか、奇妙な偶然ではある。
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