「誘拐ラプソディー」
2009年・日本/角川映画
監督:榊 英雄
原作:荻原 浩
脚色:黒沢 久子
荻原浩の同名小説を、北村龍平監督作品(「VERSUS」等)の常連役者で知られ、最近では監督業にも進出した榊英雄が監督した、人情コメディの佳作。
前科者で借金苦で、仕事も何もかもうまく行かず、自殺にも失敗した中年ダメ男、伊達秀吉(高橋克典)。ところが、乗って来た勤務先の車(デカデカと社名が書かれている)に、家出した6歳の少年・篠宮伝助(林遼威)が忍び込んでいた。伝助が大きな邸宅に住んでいる事を知った秀吉は、伝助の身代金を篠宮家に要求する計画を思いつき、実行に移すが、伝助の父は、なんと暴力団篠宮組の会長だった…。
着想が面白い。“誘拐した子供の父親が、ヤクザの親分だったら”というのが基本構想で、相手は警察よりもやっかいだ。カネを返したところで見逃してくれそうもない。さて、結末はどうなるか、ワクワクさせられる。
また、子供の方は家出して、家に帰りたがらず、自分から秀吉にくっついて来る。しかも結構こまっしゃくれていて、頼りない秀吉の方が伝助に振り回されたり、時には伝助が秀吉の危機を救う場合すらあったりする。
(誘拐された方が、誘拐した方を逆にリードする、という展開は、岡本喜八監督の秀作「大誘拐」を思い起こさせる)
この2つの要素が巧みに撚り合わされ、結果としてウエルメイドな楽しいコメディに仕上がっている。脚本(黒沢久子)がいい。
(以下多少ネタバレあり)
刑務所仲間のシゲさん(笹野高史)が、秀吉の妄想の中に現れ、誘拐を成功させる為の鉄則を伝授する辺りも、ユーモラスなアクセントになっている。
身代金受け渡し方法は、黒澤明監督の「天国と地獄」へのオマージュになってるのも楽しい。いろいろ言う人もいるが、身代金を安全に受け取る方法としては、古典的だけれどもこれが一番利にかなっている。このアイデアを編み出したクロサワはやっぱり偉大である。
だが、この映画の面白さは、生きる希望を無くしたダメ中年男と、父親からの愛情が希薄だった少年という、(家庭環境は正反対だが)それぞれに人生の歩み方を見失いかけている二人の男が、誘拐という冒険ゲームを通じて、お互いからさまざまの事を学び、絆を深め、成長して行く人間ドラマになっている点である。
秀吉は、どんな絶望的な状況になっても、パートナーと助け合い、必死で頑張れば、人生は決して悪いもんじゃない事を学び、伝助は、裕福な篠宮家の中では決して体験できなかった、素敵な冒険の日々を過ごし、貴重な人生経験を体得するのである。
ツレションも、キャッチボールも、野宿も、そして空地で夜空の星を眺め、美しいと感じる事も、これまでは誰も教えてくれなかった事だ。
秀吉が、最初は「家へ帰れ」と言って邪魔に思っていた少年と一緒に行動するうちに、次第に情が移り、友情が深まり、やがて二人は実の親子のように離れられなくなる…という展開は、チャップリンの代表作「キッド」以来のよくあるパターンだが、それでもホロリとさせられる。
寝ている伝助を、車からそっと降ろし、立ち去ろうとするけれど、グズグズしているうちに気付かれて失敗する、というくだりも「キッド」を思わせる。
実はシゲさんの誘拐の鉄則には、[顔を覚えられた子供は始末しろ]というのがあるのだが、伝助に情が移った秀吉はどうしてもそれは出来ない。
前科者とは言え、秀吉は本質は善人なのである。
そして感動的なのが、ラスト間際、伝助と池端で遊んでいる時に、子供の身を案じた伝助の母(YOU)から電話がかかって来るシークェンス。
ディスプレイには「ママ」と表示されているから、母親からの電話である事は分かっている。
すぐに電話を切り、電源をオフにすれば逃げおおせたかも知れないのに、秀吉はあえてその電話に出て、長々と対話する。…つまりこの時点で、秀吉は無意識にせよ、逃げ回る事を止めたのかも知れない。
(その直前に、デジカメ写真を撮ってと伝助に頼まれ、切っていた携帯の電源をオンにしていた事が、巧みな伏線になっているのもうまい)
塾の講師のふりをして話をする母親に、秀吉は、子供が無事で、たくましくなった事を告げる。まるで実の父親のように…。「ツレションが出来るようになったんですよ」と伝える秀吉の言葉は感動的である。―この辺りから、私の涙腺は緩み放しである。
案の定、GPSで逆探知され、ヤクザ一味がやって来て秀吉は捕まってしまい、危うく始末される所を、伝助の機転で助かる。それまではほとんど活躍の場がなかった黒崎刑事(船越英一郎)が、ここでうまく場をさらう辺りも秀逸。
そして、秀吉と伝助の別れがやって来る。このシークェンスでは、もう涙が溢れて止まらなくなった。まさかこんなお話で、泣かされるとは思わなかった。
「男の約束」というキーワードが、うまく活用されている。時間をたっぷり与えて、二人の別れの場をセットしてやる黒崎刑事も、結構人情家であるようだ。
伝助が意外に格闘技に強い所など、ご都合主義的展開もなきにしもあらずだが、これはファンタジー・コメディであると割り切れば問題ない。
出演者も、それぞれ役柄にうまくはまっていて、安心して見ていられる。伝助の父親でヤクザの会長が哀川翔、その一の配下の組長がコワモテの菅田俊。これ以上のハマリ役はないだろう。伝助の母親役のYOUも、あまり前面には出て来ないが、ラストの泣かせどころで存在感を見せる。伝助を演じた林遼威が、大人と対等に渡り合う達者な演技を見せる。刑事役の船越英一郎は儲け役。
難点を1点だけ。伝助に「おばあちゃんの所へ連れて行ってあげる」と約束したのに、いつの間にか忘れられてしまっている。「約束は守るのが男だ」というのが重要なキーワードだけに、なんとか連れて行ってあげて欲しかった。
このおばあちゃんが、父親も頭の上がらないゴッドマザーで、秀吉を気に入ったおばあちゃんが「この人に手を出したら承知しないよ!」と息子を一喝し、秀吉が助かる…という展開だったらなお小気味良かったのに。配役は、草笛光子さん辺りが適役ではないか。
決して秀作ではないが、笑わせて、ハラハラさせられ、最後は泣ける、B級テイストのプログラム・ピクチャーとしては及第点である。
映画全盛期には、このような、安心して楽しめるB級ピクチャーが2本立てで無数に量産されていた。玉石混交で、駄作も多かったが、数多い作品の中には意外な掘り出し物も結構あった。
こうしたウエルメイドなB級映画は、もっと作られていいのではないか。そうした作品で経験を積み上げ、やがて一流監督に成長して行く人材も、そんな中から生まれて来るのではないか。
それにしても、製作トラブルがあったとは言え(薬物死亡事件で重要な役の俳優が逮捕された)、さして宣伝もされず、小規模でひっそり公開されたのは残念(私が観たのは朝11時の回だけの上映。新聞の映画案内にすら掲載されていなかった)。こういう小品佳作は、もっと大事にして欲しいと思う。
ともあれ、榊英雄監督には、次回作にも期待しておこう。 (採点=★★★★)
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コメント
初期の北村龍平監督作品やTVドラマなど
妻が注目して一時期ファンの榊英雄監督。
「誘拐ラプソディー」の宣伝で「王様のブランチ」に
出てましたがすっかり丸くなられてました。
残念ながら山形県内では上映ありませんが、
宣伝VTRだけで涙腺に緩みそうになりました。
指折りDVDリリースを待ちます。
(「花のあと」の書込み、地元ネタが多く申し訳無いです)
投稿: ぱたた | 2010年4月20日 (火) 14:15
◆ぱたたさん、コメント書き込みありがとうございます。
山形では、「誘拐ラプソディー」上映されないのですか。それは残念ですね。
昔なら、上にも書きましたように、アート系作品を除いては、こうしたB級娯楽映画は大手系チェーンによって全国で上映されたものです。DVDより、是非劇場で観ていただきたいのですがね。
あ、地元ネタだろうと、全然構いませんよ。私が忙しくて、なかなかお返事出来なくて申し訳ありません。
これからも遠慮なさらず、どんどん書き込みください。お待ちしております。
投稿: Kei(管理人) | 2010年4月25日 (日) 22:42