« 「第9地区」 | トップページ | 「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」 »

2010年4月30日 (金)

「月に囚われた男」

Moon 2009年・英:ソニー・ピクチャーズ配給
原題:MOON
原案・監督:ダンカン・ジョーンズ
脚本:ネイサン・パーカー

カリスマ・ロック歌手デヴィッド・ボウイの息子で、CMクリエイターとして実績を重ねて来たダンカン・ジョーンズの長編映画デビュー作。本作でいきなり英国アカデミー賞作品賞にノミネートされ、最優秀新人賞を受賞した他、数多くの新人監督賞を受賞した話題作。

近未来、宇宙飛行士であるサム・ベル(サム・ロックウェル)は地球最大の燃料会社ルナ産業との3年契約により、単身月に派遣され、エネルギー源ヘリウム3を採掘して地球へ送る作業に従事していた。地球には妻と3歳が彼の帰りを待っている。その契約もあと2週間で終わりという日、サムは作業中に事故を起こしてしまう。基地内の診療室で目覚めた後、彼は誰もいないはずの基地内に、もう一人の自分がいる事に気付く…。

…というストーリーを聞いて、私は何やらとても知的好奇心をくすぐられた。誰もいない宇宙空間で、たった一人で3年も暮らすなんて、私にはとても耐えられない。発狂するかも知れない。

主人公サムは、ひょっとしたら本当に神経がおかしくなって、幻影を見たのかも知れない(現に、直前に別の人間を幻視している)。
あるいは、ドッペルゲンガーが登場したのかも知れない。だとすると、とても哲学的な作品になる可能性すら秘めている。

“私”とは何なのか。客観的な目で、自分という存在を見つめ直す事から、彼は新たな自己を発見する事が出来るのか。―あるいは、広大かつ無限の宇宙全体から見れば、人間とはいかなる存在であるのか…いくらでも、考える余地はあるだろう。
そういう、あれこれを考えさせてくれるだけでも、この映画が作られた値打ちは十分にある。

 
(以下ネタバレあり。注意)

やがて真相が明らかになると、哲学とはあまり関係がなく、要するに企業の自分勝手な都合が原因だったという話になる。

簡単に言えば、サムのクローン人間を多数作って、スペアとして保存していたという事である。

人間を派遣すれば、特殊勤務だから報酬も多額になる。しかも、もしそいつが事故で動けなくなったら、代わりの人間がすぐに見つかる保証はなく、採掘作業に大きな支障が生じてしまう。死んだら補償額も莫大なものになる。また3年ごとの往復の渡航費用もバカにならない

そういったリスクを考慮したら、またコスト削減を考えたら、企業論理としては、“人間を派遣するのでなく、クローンを多数置いといて3年ごとに次々交換して行けば、人件費は払わなくて済むし、途中で事故れば、そいつは死なせてすぐに次のクローンを働かせれば、作業に穴が開く事もないし無駄がない”という結論になるのも当然だろう。

その為に、クローンは3年で寿命が尽きるように作られている。元からいたサムが血を吐き、次第に衰弱して行くのはそれが原因である。恐らくその方が、クローン製造コストが安くつくのだろう。

それまでは、基地の長距離通信機が壊れていて、地球との交信はできないと聞いていたのだが、それに疑いを抱いたクローンのサムが通信機を見つけ、地球の家族と連絡を取ると、娘はすっかり大人になっていて、しかも父親は傍にいるという(多分、本物のサムなのだろう)。

つまりは、クローン人間の記憶も、過去にクローンの製造時に、人為的に植えつけられたものなのである。娘の年齢経過からして、恐らくはクローンたちは15年ほど前に一斉に量産され、その当時の、本物のサムの記憶を移植されたのだろう。悲しい事にクローンたちは3年ごとに、当初の記憶をリセットしては、目覚めを繰り返して来たのである。通信機が故障しているというのは、その事がバレない為の細工である。

…なんとも冷酷な企業論理だと言えよう。テーマは、利潤追求を最優先する巨大企業のエゴへの批判がメインとなる。…哲学テーマを期待したのに、えらく分かり易い話になってちょいと拍子抜けではある。

しかし、それでもこの映画は面白い。一時的にせよ、いろいろと知的好奇心をくすぐられ、人間という存在について考えされてくれたからである。

またいずれにせよ、文明批判、人間のエゴ批判という、いかにもイギリス的な辛辣な風刺が効いている。

二人のクローン・サムが、最初は相手を互いに自分のニセ物と思い、疑心暗鬼に陥ったり、いがみ合ったりするが、やがて真相を知り、次第に協力し合い、互いを思いやる心すら芽生えてくる。

死んで行く第1のサムを、第2のサムが優しく看取るシーンは感動的ですらある。“自分自身を見つめ直す”という当初のテーマは、しっかりと生きているのである。

 
製作費はわずか500万ドル(低予算と言われた「第9地区」のさらに6分の1である)だそうで、SFXは確かにあまり金はかかってはいない。CGもほとんど使われておらず、レトロな味わいすらある(ただ、二人のサムが交錯するシーンは、CGを使ってるのだろうが違和感がなく見事なSFXである)。

また隠し味として、'70年代以前に作られていた、クラシックなSF映画へのオマージュも感じられる。
宇宙空間で孤独と向き合う人間の幻視や哲学的テーマは、A・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」を思わせるし、たった一人で黙々と作業する姿は、ダグラス・トランブル監督の「サイレント・ランニング」の影響を感じさせる。短い命の人造人間の運命は「ブレードナンナー」だろう。人間性を無視した組織への反逆と脱出は、これも低予算のジョージ・ルーカスの出世作「THX1138」を思わせる。
そして全体的には、キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」へのオマージュが濃厚だ。人工知能ガーティ(声はケヴィン・スペイシー!)はHALを思わせるし、哲学性なテーマも共通するし、あの作品のラストには、もう一人の自分と遭遇するシーンもある。白っぽい月面の描写も心なしか似てるように思える。

 
最近のSF映画は、CGを多用したビジュアルや、アクションを満載した、派手で見世物的な作品が幅を利かせているが、本作のような、地味だが考えさせてくれるSF映画もあっていいと思うし、映画史的にも、そのようなSF映画がいくつか作られて来て、SFというジャンルの、幅の広さ、奥行きの深さを見せ付けて来たし、SF映画の発展にも寄与して来たのではないかと思う。
例えば、ドン・シーゲル監督の「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」などは低予算でSFXもほとんど使われていないが、“最も知的なSF映画”として高く評価されている。また、フランソワ・トリュフォー監督がイギリスで撮った「華氏451」も、優れた文明批評SF映画としてファンは多い。

本作も、まぎれもなく、そうした低予算・知的SF映画の1本として、記憶に残る作品だと言えよう。やや理屈に合わない所も確かにあるが、奥深いテーマと、メッセージ性を強調した為にやや細部に破綻をきたしたとも言える。その程度は、作品の性質からは私は目を瞑ってあげたいと思う。

父親の威光に頼らず、強い作家性を打ち出した作品を完成させた、ダンカン・ジョーンズ監督の今後が楽しみである。期待して見守りたい。   (採点=★★★★

 ランキングに投票ください → ブログランキング     にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

|

« 「第9地区」 | トップページ | 「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」 »

コメント

>しかも父親は傍にいるという(多分、本物のサムなのだろう)。

なるほどそうでしたね。
伏線がしっかり張られていたわけですね。
いやあ、内容といい、
それを表現するために選び取った
手法といい、
とても見ごたえのある映画でした。

投稿: えい | 2010年5月 1日 (土) 09:33

◆えいさん
映画では、その父親の姿を見せていないから、本当の所は分からないのですね。
でも、謎を残したままで、観客に考えさせる余地を残している所がいいのですね。
とにかく、見終わってからも、いろんな事を考えさせてくれる、魅力ある力作でした。

投稿: Kei(管理人) | 2010年5月 4日 (火) 13:50

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「月に囚われた男」:

» 月に囚われた男☆★MOON(2009) [銅版画制作の日々]
契約期間:3年赴任地:月労働人数:1人   このミッションは何か、おかしい。 連休初日、京都シネマにて鑑賞しました。お客さんはそんなに多くなく、ゆったり鑑賞できました。途中ちょっと睡魔に襲われましたが(笑)登場人物はサム・ベル役のサム・ロックウェルだけです。ケヴィン・スぺイシ―も出演していますが、ロボット・ガ―ディの声のみの出演でした。 契約期間3年という長い間、たった一人で仕事をするサム・ベル、場所は何と月。だから登場するのはサム一人です。ということは、サム・ベルを演じるサム・ロックウェル... [続きを読む]

受信: 2010年4月30日 (金) 21:12

» 月に囚われた男/ MOON [我想一個人映画美的女人blog]
{/hikari_blue/}{/heratss_blue/}ランキングクリックしてね{/heratss_blue/}{/hikari_blue/} ←please click デビュー作ながら、様々な映画祭で新人賞などを受賞、 デヴィッド・ボウイの息子、ダンカン・ジョーンズ監督作 そこもちょっと興味あったけど、一番惹かれたのは単に主演がサム・ロックウェルだったから{/hikari_blue/} Twitter企画で、冒頭18分を自宅のパソコンで決められた日時に一斉に配信されたのを観て、つぶ... [続きを読む]

受信: 2010年5月 1日 (土) 08:32

» 『月に囚われた男』 [ラムの大通り]
(原題:MOON) 「いやあ驚いた。 映画もそうだけど、この日本版オフィシャル。 “SHARE”という言葉とともに、 そこには見慣れたツイッターのアイコンが…。 で、クリックしてみたところ、 なんと自動的に自分のツイッターのホームに行き、 書きこみのスタンバイができているんだ。 これは今後のツイッター・ビジネスのモデル・パターンのひとつだね」 ----ニャるほど。やりますニャあ、ソニーさん。 ところで映画の方は? 確か、監督ダンカン・ジョーンズの父親って あのデヴィッド・ボウイだよね。 彼が主演... [続きを読む]

受信: 2010年5月 1日 (土) 09:31

» 月に囚われた男 [だらだら無気力ブログ]
地球に必要なエネルギー源を採掘するために月の採掘基地にたった一人で 三年間駐留する男があるアクシデントに遭い、それ以降おきる不可解な 出来事に遭遇していくSFミステリー。 主演は『コンフェッション』『フロスト×ニクソン』のサム・ロックウェル。 監督はデヴィ..... [続きを読む]

受信: 2010年5月 1日 (土) 19:56

» 「月に囚われた男」究極の低予算SF映画が描く、究極の単身赴任。 [シネマ親父の“日々是妄言”]
[月に囚われた男] ブログ村キーワード  地球にとって最も身近な天体である、“月”を舞台に描かれる“SFサスペンス”。「月に囚われた男」(ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)。やれ『CGだ!3Dだ!』と騒がしい映画界ですが、この映画は、古き良き時代の正統派SF映画を、思い起こさせてくれます。  近未来、宇宙飛行士のサム(サム・ロックウェル)は、世界最大のエネルギー企業“ルナ・インダストリーズ”と契約して、月の地中に存在するエネルギー資源“ヘリウム3”を採掘して、地球へ送る任務に... [続きを読む]

受信: 2010年5月 1日 (土) 22:42

» 月に囚(とら)われた男 [象のロケット]
近未来。 地球に不可欠なエネルギー源「ヘリウム3」を採掘するため、世界最大の燃料生産会社ルナ産業との契約で、月面基地「サラング」にたった一人派遣させられた男、サム。 地球との直接通信は不可。 任期は3年。 あと2週間で愛する妻子が待つ地球へ帰れるという時、 サムの周りで奇妙な出来事が起こり始める…。 SFミステリー。 ≪このミッションは何か、おかしい。≫... [続きを読む]

受信: 2010年5月 2日 (日) 01:00

» 「月に囚われた男」レビュー [映画レビュー トラックバックセンター]
映画「月に囚われた男」についてのレビューをトラックバックで募集しています。 *キャスト:サム・ロックウェル、ケヴィン・スペイシー、ドミニク・マケリゴット、カヤ・スコデラーリオ、ベネディクト・ウォン、マット・ベリー、マルコム・スチュワート、他 *監督:ダンカン..... [続きを読む]

受信: 2010年5月 2日 (日) 03:56

» 『月に囚われた男』 ラストをぶち壊した理由 [映画のブログ]
 【ネタバレ注意】  毎日、毎日、僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ…  と嘆いたのは、450万枚以上という日本最大のセールスを... [続きを読む]

受信: 2010年5月 2日 (日) 16:08

» 月に囚われた男 [映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子公式HP]
ひらめきを感じる映画で、最小限の素材で最大の効果を上げることに成功している。近未来。サムは、地球で必要なエネルギー源を採掘するために、たった一人で月の基地に滞在している。地球との直接通信はできず、話し相手は人工知能を持ったコンピューターのガーティだけとい....... [続きを読む]

受信: 2010年5月 3日 (月) 23:54

» 月に囚われた男 [映画的・絵画的・音楽的]
 『月に囚われた男』を恵比寿ガーデンシネマで見ました。  普段SF映画をあまり見ない上に、前日に『第9地区』を見たばかりにもかかわらず、低予算で制作されながらも随分と面白いとの評判が聞こえてきたので見に行った次第です。 (1)映画は、貴重な資源を月で採掘して地球に送るという業務を会社から一人で任された主人公が、あるとき自分とそっくりの人間と月面基地内で出会うというところから、俄然ミステリアスな様相を呈し、面白くなってきます。いったいそれは誰なんだ、と主人公は調査に乗り出します。  こういう場合、... [続きを読む]

受信: 2010年5月16日 (日) 11:16

» 映画「月に囚われた男」月にひとり、淋しい・・・ [soramove]
「月に囚われた男」★★★☆ サム・ロックウェル、ケヴィン・スペイシー(声の出演)出演 ダンカン・ジョーンズ 監督、97分、2010年4月10日公開、2009,イギリス,SPE (原題:MOON)                     →  ★映画のブログ★                      どんなブログが人気なのか知りたい← 「近未来。舞台は月、 地球に必要なエネルギー源を採掘するため、 月で一人働く男、サム(サム・ロックウェル)。 契約期間は3年。地球と直接通信もできず、 話... [続きを読む]

受信: 2010年5月21日 (金) 07:20

» 月に囚われた男 (Moon) [Subterranean サブタレイニアン]
監督 ダンカン・ジョーンズ 主演 サム・ロックウェル 2009年 イギリス映画 97分 SF 採点★★★★ 哲学本なんてものを読んだ事はおろか、手にした事すらないので“答え”ってもんが一向に浮かばないんですが、映画なんか観ていると時折「“人”の定義ってなんだろ…... [続きを読む]

受信: 2010年8月19日 (木) 03:15

» 月に囚われた男 [小部屋日記]
Moon(2009/イギリス)【DVD】 監督:ダンカン・ジョーンズ 出演:サム・ロックウェル/ケヴィン・スペイシー(声の出演) 契約年数:3年 赴任地:月 労働人数:1人 このミッションは何か、おかしい。 デビッド・ボウイの息子ダンカン・ジョーンズの長編初監督作。低予算(4.5億円)ながら、英国アカデミー賞をはじめ世界各国の映画祭で新人監督賞を受賞。本格的SF映画。 近未来、エネルギー源を採掘するため、月にたった一人で滞在させられた男サム。 会社との契約期間は3年。地球との直接交信はでき... [続きを読む]

受信: 2010年8月19日 (木) 23:09

» 【映画】月に囚われた男 [★紅茶屋ロンド★]
<月に囚われた男 を観ました> 原題:Moon 製作:2009年イギリス 単館系で上映されていて、観に行きたかったんだけど、都合が付かずDVDにて。 新作も安く見られるツタヤ様様です!!大好き! デビッド・ボウイの息子であるダンカン・ジョーンズの長編初監督作品。 低予算ながらも練りこまれたストーリーと、一人で三役こなしたサム・ロックウェルの演技が光ります。 そう遠くない未来、燃料資源を使い果たした地球。しかし、地球の資源は月の裏側に眠っていた。たった一人月に派遣され、三年の契約で月から資源を... [続きを読む]

受信: 2010年9月 7日 (火) 21:09

» 月に囚われた男 [★★むらの映画鑑賞メモ★★]
作品情報 タイトル:月に囚われた男 制作:2009年・イギリス 監督:ダンカン・ジョーンズ 出演:サム・ロックウェル、ケヴィン・スペイシー、ドミニク・マケリゴット、カヤ・スコデラーリオ あらすじ:近未来の世界。サム・ベルはエネルギー採掘のためにルナ産業により月の基地へ3年間派遣される。通信衛星の故障のために地球との通信は録画データのやり取りを行うのみで、話し相手は人工知能を持ったロボットが一台あるのみという孤独な環境だったが、彼は愛する家族のことを想い続けて耐え凌いだ。だが、契約満了まで残りわずかと... [続きを読む]

受信: 2010年9月15日 (水) 01:29

» 【映画】月に囚われた男…当ブログではSF作品を観るとつい藤子不二雄の話になってしまいがち [ピロEK脱オタ宣言!…ただし長期計画]
夜勤週も中盤、職場では今日から難しい仕事が数本控えているピロEKです …まぁ気合い入れて頑張ろう…気合い入れるために美味しいお菓子とか買っていこう…とか考え中。 で... [続きを読む]

受信: 2010年12月23日 (木) 11:33

« 「第9地区」 | トップページ | 「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」 »