「アウトレイジ」
「ソナチネ」、「HANA-BI」等の静謐な暴力映画で、ヨーロッパにも熱烈なファンがいる北野武監督作であるだけに、今回もそれらの流れを汲む作品と思われたのか、カンヌ映画祭コンペティション部門に出品されたが、あにはからんや、残酷な殺しの描写が頻発する純エンタティンメントになっていて、カンヌとはまるで場違いの作品であった(審査員の中には採点が0.9点と酷評した人もいたという)。
まあそれも、いかにもたけしらしい話題で、以前にも書いたが、北野武は期待されると、ワザとはぐらかすような作品を作ってケムに巻く、アマノジャクな所がある。
本作の前には、「TAKESHIS'」、「監督・ばんざい!」、「アキレスと亀」と、“作家と芸術についての考察3部作”を連発し、新作を期待するファンをさんざん焦らしておいて、今度は一転、ごく判り易い、…と言うより、デビュー作「その男、凶暴につき」に本家帰りしたような正統(?)バイオレンス映画の快作を誕生させた。
「監督・ばんざい!」では、“バイオレンス映画を封印した映画監督の試行錯誤”を描いていただけに、もうバイオレンス映画は撮らないのかとも危惧したが、ちゃんと戻って来たのは喜ばしい限り。
演出は、円熟味を増して安心して観ていられるが、反面、初期の作品にあった、荒削りで八方破れな魅力が薄れてしまったのは残念。痛し痒しである。
物語としては、関東一円を仕切る巨大暴力団組織内における、内部抗争劇で、分かり易く言うなら、深作欣二監督の「仁義なき戦い・代理戦争」とよく似た展開である。
同作では、「殺(と)れるもんなら殺ってみいや!」、「おう!殺っちゃるけんの」といった具合の怒号が飛び交っていたが、本作も負けず劣らず、「バカ野郎」、「なんだとこの野郎」と怒号が飛び交う。
駆け引き、裏切り、殺し合い…仁義などカケラもない悪人どものエゴと狡さがぶつかり合い、そしてほとんどの登場人物が死んで行く。
まさに「仁義なき戦い」である。
そう言えば、「仁義-」に出て来る人物を思わせるキャラクターも幾人かいる。配下の組員を利用するだけ利用して棄て、カジノに入り浸ってニヤけている國村隼扮する組長は、「仁義-」の山守親分(金子信雄)を思わせるし、ビートたけし扮する大友は、尖兵として殺しを請け負うも、やがて空しさを感じて自首し、刑務所に入るのだが、これなど同作の主人公、広能昌三(菅原文太)を髣髴とさせる。
さらに、小日向文世扮する、たけしと心通じている悪徳刑事は、同じ笠原和夫脚本・深作欣二監督の「県警対組織暴力」に登場する、菅原文太扮する刑事のキャラクターを連想させる。彼もまた、松方弘樹扮するヤクザと心を通わせ、敵対するヤクザを罠にはめようとする。
北野武のデビュー作、「その男、凶暴につき」は、本来は深作欣二がメガホンを取る予定だった作品である。バイオレンス派として、恐らくは深作欣二を敬愛しているであろう北野武は、本作で深作欣二にオマージュを捧げたのかも知れない。
ラストには、あっと驚く結末を用意しているが、よく思い起こせば、これは「その男、凶暴につき」のラストのリフレインである。…そういう点でも、本作は「その男、凶暴につき」の原点に回帰した作品である、と言えるだろう。
バイオレンス・ヤクザ映画としても十分楽しめる出来であるが、随所にひねった笑いや、一風変わった殺しのテクニック等が網羅されている辺りがいかにも北野武らしい。そういったブラックな笑い、残酷描写、そしてオマージュがブレンドされている、という点では、クエンティン・タランティーノ作品とも通じるものがある。恐らく、タランティーノが本作を観たら、結構喜ぶかも知れない。―そう言えば、タランティーノは深作欣二の熱烈なファンだった。
配役にしても、三浦友和、加瀬亮、小日向文世、北村総一朗…といった、これまではどちらかと言えば、“いい人”を演じて来た役者に悪人を演らせている辺りも面白い。
もともと、「座頭市」でも分かるように、北野武監督は、エンタティンメントを撮らせたらピカ一の演出力を持っている。アマノジャクぶりを発揮してここ数作は、やや観念的な作品に寄り道していたが、やはりエンタティンメントを撮ればちゃんと面白い作品に仕上げてくれる。
これで吹っ切れて、今後さらにブラックさと笑いを過剰に盛った、たけしらしいバイオレンス・アクションの快作を作り続けてくれる事を期待したい。 (採点=★★★★)
(付記)
クイズを出しておこう。
“THE OUTRAGE”という原題を持つ映画が昔作られている。我が国でも公開されているが、どんな作品かご存知だろうか。
答:
邦題は「暴行」。マーティン・リット監督、ポール・ニューマン主演の1963年製作のアメリカ映画である。
これ、実は黒澤明監督の「羅生門」のアメリカ版リメイクである。舞台を西部に移し変えてあるが、物語は「羅生門」そのまんまである。多襄丸に当る盗賊をポール・ニューマンが演じ、オリジナルの僧侶(千秋実)に当る牧師役を若き日のウイリアム・シャトナーが演じている。
それにしても、もちっとマシな邦題が考えられなかったのだろうか。これではポルノ映画と間違われそうである(同じ題名のにっかつロマンポルノがあったね)。
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コメント
クイズおもしろいっす!
投稿: タニプロ | 2010年6月22日 (火) 17:23
「アウトレイジ」は純粋なエンターテインメント映画だ。
この映画以前の北野武は、微妙な作品が多かったけれど、ヤクザ映画という、得意なジャンルに戻ったからか、面白いと素直に思える映画になっていて、実に喜ばしいことだ。
映画は上の命令で、よその組に因縁をふっかけたことから泥沼の抗争に発展していくという内容である。
プロットとしては、楽しめる要素が豊富で、近作のものよりも観客の視線を意識しているのが感じられる。
抗争が泥沼化していく過程は面白いし、裏で大物が暗躍したりで緊迫感がある。
今後どうなるのだろうと、先の展開を気にさせるような作りになっていて、飽きさせない。
キャラクターもしっかり描き分けられていて、それぞれが個性を持っているし、何となく現実にいそうだなと思えるリアリティある造形になっているのも、気に入った。
ラストシーンは、旧式のヤクザでは生きていけないことをほのめかしているようで、感心させられる。
また、この映画には、作り手の遊び心のようなものも入っていて、悪くない。
ところどころで悪趣味な作りになっているところは、ニヤリとさせられる。
特に観客の痛覚に訴えるところはツボである。
カッターナイフで指をつめるところや、歯の研磨機で口の中を傷つけるシーン、菜箸を耳の中に突っ込むシーンなどは、見ていて思わず顔をしかめてしまった。
北野武もなかなか人が悪いなと、いい意味で思うことができる。
また、ブラックな笑いも混じっていて、これは笑っていいのかなと、こっちが戸惑ってしまうようなところが良かった。
ヤクザ映画らしく総じて陰惨で、いやな気分にさせられるポイントが多いところも面白いと思う。
全盛期(「ソナチネ」の頃)に比べると、北野武の感性自体は落ちていると思う。
それでも、この映画は楽しめるポイントが多く、そういう観点から見ても、北野武(ビートたけし)は、まだまだ現役のエンターテイナーなのだなと気づかされる。
万人には向かないが、暴力的で、悪趣味で、エンターテインメント要素にあふれる楽しい映画だ。
投稿: | 2023年11月 2日 (木) 23:44