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2010年6月 6日 (日)

「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」

Vengeance 2009年・香港=フランス/配給:ファントム・フィルム
原題:復仇  英題:Vengeance
監督:ジョニー・トー
脚本:ワイ・カーファイ

「ザ・ミッション-非情の掟-」「エグザイル/絆」等のスタイリッシュなフィルム・ノワールで知られるジョニー・トー監督の新作。

本作もまさに前記2作の流れを汲む、フィルム・ノワールの快作である。

ただし、前2作とやや異なるのは、主演がフランスの超人気歌手・ジョニー・アリディだという点。
元々、トー監督に限らず、香港フィルム・ノワールは、本家フランスのフィルム・ノワール(ノワール自体フランス語)に多大な影響を受けている。
おそらくトー監督は、自分の作品の原点でもある、そうした作品群をリスペクトする意味で、フランス人俳優を起用したのだろう。主役に予定されていたのが、元々はフィルム・ノワールとも縁が深いアラン・ドロンであったという事実もそれを裏付けている(これについてはお楽しみコーナーでも詳述)。

配給会社もそれを意識したのか、最近突如復活したフランス・フィルム・ノワール「あるいは裏切りという名の犬」「やがて復讐という名の雨」(共にオリヴィエ・マルシャル監督)等と見まがうかのような邦題をつけている。

 
さて、映画が描くのは、原題(復仇/Vengeance)通り、復讐である。

ジョニー・アリディが扮するのは、フランスで料理店を経営するフランシス・コステロ。ある日マカオに住む、コステロの娘夫婦一家が襲われ、娘の夫と最愛の孫が惨殺され、娘も瀕死の重傷を負う。復讐を誓ったコステロは単身マカオに飛び、ふとした事から出会った3人の殺し屋クワイ、チュウ、フェイロクに、犯人探しを依頼する…。

設定として面白いのは、主人公コステロが、かつては名うての殺し屋であった過去を持ち、しかも頭に銃弾が残った後遺症で、徐々に記憶を失いかけている点、それと、コステロの“復仇”の相手が、実はクワイたちの属する組織のボスであった、という点である。

全人生を賭けた復讐の情念が、やがて頭の中から消えてしまうのではないか、という恐怖。それでも復讐は成し遂げられるのか、というサスペンスを孕んで、物語はラストのバイオレンスになだれ込んで行く。

そして見逃せないのは、クワイたちが、復讐の相手が自分たちのボスである事を知って、どう考え、どう行動するか、という点である。

組織への忠誠を取るか、それとも、依頼された仕事は狙う敵が誰であろうとも遂行すべきか…。
これが、この作品の重要なポイントである。

(以下ややネタバレあり)
殺し屋たちは、迷わず後者を選ぶ。
それは、いつしか、彼らとコステロの間に生れた、男同士の熱い友情が背景にあるからである。

コステロの、残された悲しい運命と、家族への思いに心打たれたクワイたちは、どこまでも、―例え組織から自分たちが狙われようとも、コステロとの、男の約束を果たそうとする。

これは泣かせる。まさにタイトル通り、“約束の銃弾”が炸裂するのである。

Vengeance2_2 そしてクワイたちが組織によって抹殺された事を知ったコステロは、今度は彼らの友情に報いるべく、単身ボスの元に殴り込みをかけるに至る。
…それはまさに、自分の娘たちの為であると同時に、クワイたちへの友情の証しでもある、二重の復讐なのである。

娘への復讐を忘れかけているのに、何故クワイたちの事は忘れないのか、という疑問も湧くが、これは、頭では忘れても男たちの心意気が詰まったハートは忘れない、と考えれば腑に落ちるだろう。

 
印象的なシーンはいくつかあるが、まず一つは、コステロがクワイたちを、惨劇のあった娘の家に案内するシーンである。

まだ血痕の残る家の中をゆっくり巡るうち、おぞましい惨劇の様子がフラッシュバックされる。
Tsuisou ここで私は、ロベール・アンリコ監督の隠れた秀作、「追想」フランス映画)を思い出した。

ナチス・ドイツによって、最愛の妻(ロミー・シュナイダー)を無残に殺された主人公(フィリップ・ノワレ)が、その復讐を果たそうとする物語だが、惨劇のあった邸内を見回って行くうち、主人公がその惨劇の様子を追想するさまが、フラッシュバックで描かれる。

“復讐”というキーアイテムと、主人公が目撃してはいないはずの惨劇シーンが、まるで眼前に繰り広げられているかのようにフラッシュバックされる、という共通項があるこの作品を、恐らくはトー監督が参考にしている可能性は高いだろう。
ちなみに、アンリコ監督作品には、男の友情が泣かせる「冒険者たち」(アラン・ドロン主演!)という傑作や、フィルム・ノワール色が濃い、J・P・ベルモンド主演「オー!」などがある、という点も要チェック。

もう一つ印象的なのは、その後のシーンで、コステロが、冷蔵庫の中の材料を使って料理を作り、クワイたちに食べさせるシーンである。

トー作品では、食事をするシーンがよく出てくるのだが、ここでは、依頼人がわざわざ作ってくれた料理を、心して食べる事によって、コステロと殺し屋3人組との間に、ビジネスを越えた深い男の友情が生れたのだろう。

ラスト間際にも、今度はコステロがクワイの家で、子供たちに囲まれて食事をするシーンが印象的に描かれる。
この、食事のお返しが、目的を果たせず倒れたクワイたちから、コステロがボス襲撃実行を引き継ぐという、友情のお返しに繋がっている、と見るのも面白い。

そう言えば、黒澤明監督の「七人の侍」においても、勘兵衛が湯気の立ち上る白い飯を手に取って、「この飯、おろそかには食わんぞ」と言うシーンがある。

相手から出された、心尽くしの食べ物を受け取る事によって、そこに“見返りを求めずに、他人を助ける男たちの心意気”が生れる事を黒澤明は描いているのかも知れない。
黒澤作品に限らず、深作欣二監督の「県警対組織暴力」の中でも、菅原文太扮する刑事が、松方弘樹扮する、組長を射殺し逃亡中のヤクザを助け、飯を食べさせてやるのだが、その後で松方が、泣きながら、食べた後の茶碗を丁寧に洗っている印象的なシーンがある。以後、二人の間には不思議な友情が生れる事となる。

洋の東西を問わず、食事を通して男の絆が生れる、という作品が少なからずある、という事は、研究に値するのではないか。

 
クワイを演じたアンソニー・ウォンが、「エグザイル/絆」に続いていい味を出している。ジョニー・アリディも見事にジョニー・トー世界に溶け込んでいる。スタイリッシュなアクション・シーンもいつもながら素晴らしい。男の哀愁とダンディズムに満ちた、これはジョニー・トー監督作の中では一番好きな作品である。   (採点=★★★★☆

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お楽しみはココからだ)
さて、本作を語る上で、どうしても外せないフランス・フィルム・ノワールの秀作がある。

ジャン・ピエール・メルヴィル監督「サムライ」(67)である。

主演はアラン・ドロン。寡黙だが腕の立つ殺し屋、というこの主人公の名は、ジェフ・コステロ。…本作のジョニー・アリディが扮した、元殺し屋である主人公と同じ苗字である。

主人公役には、元々アラン・ドロンを予定していた、という事から察しても、トー監督が本作の主人公を、「サムライ」の主人公コステロが、もし死なずに生きていていたなら(ドロンのコステロは最後に警官に射殺される)…という設定でこの物語を進めたかったのかも知れない。ドロン主演ならその点ピッタリだっただろう。

さらに、「サムライ」には、次のようなシーンが登場する。

コステロ(ややこしいから、以下ジェフという)が首尾よく仕事を終え、廊下に出た時、一人の黒人歌手とバッタリ出会い、顔を見られてしまう
その後、警察がジェフを容疑者の一人として連行し、黒人歌手を含めた目撃者たちに面通しをさせる
黒人歌手はその時なぜか、ジェフは目撃した犯人ではないと証言するのである。

黒人歌手を本作のコステロ、ジェフをクワイたちに置き換えれば、本作のコステロとクワイたちとの最初の出会いのくだりとそっくりである。
つまりは本作は、アラン・ドロン主演作「サムライ」に、トー監督がオマージュを捧げた作品、と見る事も出来るのである。

ジャン・ピエール・メルヴィル監督はフランス・フィルム・ノワールの巨匠であり、代表作には「サムライ」以外では、「ギャング」(リノ・ヴァンチュラ主演)、「仁義」「リスボン特急」(どちらもアラン・ドロン主演)等があり、いずれも、寡黙な殺し屋やギャングが主人公で、描かれるのは非情な暗黒街組織、男同士の友情、固い絆、あるいは裏切り…等、トー作品をはじめ、香港フィルム・ノワールに通じるファクターが沢山盛り込まれている。
多分に、当時全盛だった我が国の任侠映画ともカブる要素があり、その事もあるのだろうが、「仁義」という、東映任侠映画まがいの邦題を付けられた作品があるのが、今となっては懐かしいやら苦笑させられるやら…。

ちなみに、「仁義」は、トー監督自身の手によるリメイクの話も一時あった(現在は頓挫)というエピソードも、大変興味深い。

DVD[サムライ」

DVD「仁義」

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コメント

「子供は殺されているのに、母親は生きているとか突っ込みどころアリ」なんて声も聞かれました。あえて説明はしませんでしたが、最初の殺し屋たち、子供たちも母親も撃った後確認してないから、きちんと理論が通ってるんですよね。つまり子どもたちは運が悪かった。

そういう点も含め今回ストーリーとして珍しく(?)、細かい点まで行き届いていて完成度か高かったですよ。

それにしてもあんな男たちと食事してみたい!

レ・フレール!

投稿: タニプロ | 2010年6月 7日 (月) 16:36

こんにちは。
>黒人歌手を本作のコステロ、ジェフをクワイたちに置き換えれば
この考察、すごくおもしろかったです。
なるほど・・・勉強になりました。

食事のシーンについて、ジョニー・トーはインタビューでこう言ってました。
「食卓をともにすれば、相手がどんな人間だかわかる。人間を描くのにこれほど適した設定はない」
食と男の友情なんですね。
TBよろしくお願いいたします。

投稿: ナンシー☆チロ | 2010年6月 7日 (月) 21:54

◆タニプロさん
なぜ母親を生かしたかというのは、ちゃんと理由があると思います。
つまり、全員死んでしまったら、犯人の手掛かりがなくなってしまうからです。
“犯人の一人は、耳に怪我をしている”という手掛かりをコステロに伝える為には、最低一人の生存者がいないと、物語が前に進まないというわけです。
まさに、細かい点まで配慮された脚本、と言えるでしょうね。

◆ナンシー☆チロさん、ようこそ
>食卓をともにすれば、相手がどんな人間だかわかる。
なるほど、トー監督が食事にこだわる理由が分かりますね。
情報ありがとうございました。

投稿: Kei(管理人) | 2010年6月 9日 (水) 01:35

今回もためになるレビュー、ありがとうございます。
TBさせて頂きました。

このジョニー・トー監督の作品はどれもこれも面白く、観る度にわくわくさせられます。今作も「おお!」と胸を撃つシーンの連続で、二回も観に行ってしまいました。
次回作はコメディとのことですが、傑作「柔道龍虎房」のような雰囲気なのでしょうか、今から楽しみです。

投稿: かからないエンジン | 2010年6月16日 (水) 20:22

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