「必死剣 鳥刺し」
2010年・日本/東映配給
監督:平山秀幸
原作:藤沢周平
脚本:伊藤秀裕、江良至
藤沢周平の短編時代小説「隠し剣」シリーズの一編を、「今度は愛妻家」の豊川悦司主演で映画化。監督は「愛を乞うひと」、「しゃべれども、しゃべれども」の平山秀幸。
天心独名流の剣の達人・兼見三左エ門(豊川悦司)は、海坂藩の藩政に口を出し、良からぬ影響を与える藩主の妾・連子(関めぐみ)を城内で殺める。しかし処分は何故か軽いもので、1年の閉門後には近習頭取として役職に復帰、藩主の傍に仕えることになった。そんなある日、三左エ門にある藩命が下った。…
いやあ、久しぶりに、大乱闘チャンバラ映画が登場した。こんな熱いチャンバラ映画を新作で観るのは何年ぶりだろうか(もっとも、今年後半には「十三人の刺客」が待機しているが)。
それだけでも、チャンバラ映画ファンの私には点数が甘くなる。
単に決闘シーンがあるだけではない。私が好きなのは、“封建的なサムライ社会の中で、本人は武士道の道を正しく歩んでいるのに、理不尽な仕打ちや行き違いから、最後はたった一人で多数を相手に斬りまくる”というパターンの作品である。
そのパターンの嚆矢は古く、1925年の阪東妻三郎主演の無声映画「雄呂血」にまで溯る。まさに上記のパターンそのままで、ラストに延々と続く大乱闘には圧倒された。
その後の、このパターンの代表的な秀作を列挙すると、市川雷蔵主演「薄桜記」(昭和34年・森一生監督)、橋本忍脚本・仲代達矢主演「切腹」(同37年・小林正樹監督)、これも橋本忍脚本・中村錦之助主演「仇討」(同39年・今井正監督)、リメイク…というよりインスパイア版、雷蔵主演「大殺陣・雄呂血」(同41年・田中徳三監督)…といった辺りが思いつくが、よく見ればほとんどが昭和30年代の作品。時代劇が全盛を誇った時代ならではと言える。
その後も時代劇は作られてはいるが、また最近になって、藤沢周平原作ものが多く作られては来たが、上記に挙げたような、1対多数のクライマックスがあり、また主人公が壮絶な死に様を見せる映画はほとんどなかったように思う。
そういう意味でも、本作は久方ぶりに登場した、前記のような本格大チャンバラ映画の系譜に連なる力作であると言えよう。
(以下、ネタバレあり)
主人公、三左エ門が藩主の愛妾を殺したのは、妻が病死し、子もなく、生きる意欲を失った為、言わば“死に場所”を求めての行動であったと思われる。当然、よくて切腹、悪ければ打ち首、を覚悟の上だろう。
だが、何故か死罪にならず、彼は心ならずも生かされる事となる。
長い蟄居生活の中で、三左エ門は、ただ木を削って、木彫りの鳥を作る以外に何もしない。
死ぬ、と決めていた彼は、もはや心は死んだようである。
その三左エ門が、近習頭取として役職に復帰後、中老・津田の命を受け、死ぬかも知れない闘いの覚悟を決めた時、彼の身の回りの世話をしていた里尾の、密かに思う彼への恋心を知って、心が揺らぐ。
皮肉にも、“今度こそ死ねるかも知れない”と思った時に、里尾の思いを知って、生きる意欲が湧いて来るのである。
彼がその夜、里尾を抱いた、という事は、生への希求の現れなのだろう。万一死んでも、新しい命が里尾の中に宿る。
事実、里尾はその後、三左エ門の子を産むのである。
この映画は、三左エ門という侍の“死から生、そして死”の軌跡を通して、“サムライの生き様とは、死ぬという事とは”というテーマに迫った作品、と見る事も出来る。
剣の達人である彼の取っておきの技が“必死剣”という、“半ば死んでいる状態の時しか使えない剣”であるというのが象徴的である。
ラストの立ち回りは凄い迫力。名殺陣師、久世浩の殺陣は映画全盛期を彷彿とさせる。平山監督の演出も、正攻法で風格があり、見応え十分。
ストイックに、寡黙に生きる三左エ門を演じた豊川悦司はさすがの巧演。藩主を倒す執念に取り付かれた帯屋隼人正を演じた吉川晃司、狡猾なマキャベリストを演じた岸部一徳、いずれも見事な快演。
岸部一徳の、“キレ者だが、やや危ない男を自分の懐(ふところ)刀として巧妙に利用する策略家”、という役柄、岸部のハマリ役、「相棒」の小野田官房長とキャラクターがそっくりである。そう思えば、三左エ門の与えられた仕事はまさに“特命”だ(笑)。
…と、映画そのものには満足しつつも、ややしっくり行かなかった点をいくつか。
別家・帯屋隼人正の作品における立ち位置がやや曖昧。百姓一揆に理解を示し、藩主に政道の誤りを直言する隼人正は、志としては一番正義感が強い。つまりは三左エ門に同志的親近感を抱いていると思えるのだが、そうした感情がいま一つ映画からは見えない。
原作では隼人正は、権力欲が強い、藩主の政敵のように扱われていて、正義感から藩主を倒そうとしているのではない。
映画のような描き方では、同じようにバカ殿を抹殺しようとする侍たちを描いた「十三人の刺客」(1963)で言うなら、隼人正の方が同作の主人公で刺客のリーダー・島田新左衛門(片岡千恵蔵)、そして三左エ門の方がバカ殿を命をかけて守る鬼頭半兵衛(内田良平)、のように見えてしまう。これでは観客は三左エ門に感情移入しにくい。
大立ち回りで、取り巻く侍たちを斬りまくるのもちょっと違和感。悪人であるなら何人殺しても爽快だが、彼らは三左エ門の同僚であり、かつ、ただ命令で動いているだけで悪人ではなく、彼らにも守るべき家族がいるはずである。殺すのは可哀相ではないか。
これも原作では、それほど殺しまくっている印象はない。
チャンバラ・エンタティンメントとしての要素は膨らんだが、その分、三左エ門に殺される側の心情が無視されてしまった気がするのはやや残念。
しかし、本年を代表する時代劇の秀作である事は間違いない。時代劇ファンは必見であろう。 (採点=★★★★)
(で、お楽しみはココからだ)
以前、藤沢作品「武士の一分」評を書いた時に、市川雷蔵主演作品との類似性を考察したのだが、本作にもいくつか、雷蔵作品を思わせるシーンを見つける事が出来る。
まず、市川雷蔵の代表的傑作「斬る」(1962)。この作品の冒頭で、一人の女(藤村志保)が、殿の愛妾を刺殺するという、本作の冒頭とそっくりなシーンが登場する。
この女性は、主人公(雷蔵)の母であり、処刑送りから逃れている間に、彼女を助けた侍の子(主人公)を身ごもる。―なにやら三左エ門と里尾の関係を逆転したような成り行きである。
雷蔵が、必殺技の剣を会得しており、重鎮の身辺警護をまかされる、という、これまた本作も含めた一連の藤沢作品とよく似たシチュエーションとなるのは前掲批評でも述べた通り。
そして、これも雷蔵の代表的傑作「剣鬼」(65)では、主人公はやはり剣の腕を見込まれ、城代家老より対立派の侍を斬る役目を与えられる。しかもこの作品では、藩主が傍若無人に振る舞う為、反主流派の侍たちが新藩主を迎え入れようとする、というお家騒動が起き、最後に主人公は斬った侍たちの遺族の恨みを買い、多数の侍に囲まれ無残に斬られる、と、本作と似た構成を持っている。おまけに、藩の名前が“海野藩”と、藩名まで似ている(笑)。
主人公が、ストイックで寡黙で、普段は静かに花作りをしている、という性格までなんとなく似ている。
もう1本、上記でも紹介した雷蔵の代表的傑作「薄桜記」(59)のラストで、主人公は大勢の侍に取り巻かれ、たった一人で闘うも、遂に最後は無残に斬り刻まれ、死んで行く。闘いは雪の降りしきる中で行われるが、本作における雨の中での乱闘は、このシーンにインスパイアされたのかも知れない(原作では天候は雨とも何とも描かれていない)。
ちなみに、「斬る」も「剣鬼」も、どちらも原作は柴田錬三郎である(雷蔵の当り役「眠狂四郎」の原作者でもある)。
藤沢周平さんは、ひょっとしたら、市川雷蔵映画の密かなファンであったのかも知れない。
上記3作は、私が雷蔵の侍もの・ベスト3と確信している傑作である。映画ファンなら、是非ご覧になる事をお奨めしたい。
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コメント
これは言おうか言うまいか悩みましたが、たまには映画に対して厳しい発言も。
「これまで数々の傑作を生み出しておきながら、名俳優がライフワークとしていた傑作シリーズを、しょんぼりな”THE LAST”にしてしまった某監督と同製作陣は、同じ時代劇であるこの平山監督の力作を観て猛省してほしい!」
なーんてね(笑)。
なんか今年時代劇多いみたいですが、今後の時代劇にもこれぐらい気合い入れたのを作っておいていてほしいです。
投稿: タニプロ | 2010年7月20日 (火) 02:32
7/17にロケが行なわれた庄内地方を筆頭に
山形県内の映画館を豊川悦司さん、池脇千鶴さんが
舞台挨拶に巡りました。
本物はカッコ良いし、めんこいし目の保養でした。
以前から書込んだように山形県庄内地方ロケ作品が
今年は連続で公開されており、本作で3作目。
「花のあと」「座頭市THE LAST」を経て
嬉しい評価となりました。次回は庄内映画村で
大々的にロケされた「十三人の刺客」です!
投稿: ぱたた | 2010年7月21日 (水) 19:06
◆タニプロさん
同じ、庄内映画村で撮影された作品なのに、この違いはどういう事なのでしょうねぇ。
まあ、題名にアルファベットが入った時点で駄作になる予感はしましたが(笑)。
(アルファベットの付いた時代劇はことごとくワースト作品になってますね)
◆ぱたたさん
そういう点では、「十三人の刺客」には大いに期待出来るでしょうね。
ただ、ポスター見ると、真ん中に大きく数字の“13”が…(笑)
アルファベットじゃないけど、余計なもん入れない方が…
駄作にならない事を祈りましょう。
投稿: Kei(管理人) | 2010年7月22日 (木) 00:48
平山秀幸監督のもうひとつの新作「信さん 炭坑町のセレナーデ」の全国ロードショーが11月27日に決定したようです。
http://blog.shinsan-movies.com/?day=20100816
投稿: タニプロ | 2010年8月16日 (月) 23:43