「トイ・ストーリー3」と「借りぐらしのアリエッティ」から見えて来るもの
「トイ・ストーリー3」
2010年・米/ピクサー=ディズニー
原題:Toy Story 3
監督:リー・アンクリッチ
製作総指揮:ジョン・ラセター
原案:ジョン・ラセター、アンドリュー・スタントン、リー・アンクリッチ
脚本:マイケル・アーント
ピクサーの記念すべき3DCGアニメ、第1弾であり、ピクサーの今日の隆盛を築き上げた名作、と言っていいシリーズ第3作。そして、シリーズ中でも最高の傑作となった。
おもちゃが大好きだったアンディも大学に入学することとなり、おもちゃたちの処遇に悩む。手違いで保育園に寄付されてしまったおもちゃたちに襲い掛かる絶体絶命の危機、新たな出会い、そしてウッディたちが選んだある決断とは…。
…子供は、やがて成長し、いつかはおもちゃと訣別しなければならない。“おもちゃは、子供たちを楽しませるのが使命”であるなら、年月を経ればいつかは持ち主と別れ、処分されるか、あるいは新しい持ち主の手に渡る事となる。それはどうしようもない運命である。
(以下ネタバレあり)
アンディのお気に入りだったウッディは、大学に連れて行ってもらえる事となり、その他のおもちゃは屋根裏にしまわれる運命となる(しかしいずれは忘れられてしまうだろう)。ウッディは嬉しいはずなのだが、仲間たちの事を思うと胸が痛む。バズたちも、表面には出さないが、その差別的仕打ちに内心は平穏でいられないだろう。
間違ってゴミに出されそうになった時、遂に人間不信の怒りが爆発し、ウッディが「手違いだ」と言っても信用されない。
一方、サニーサイド保育園に君臨し、恐怖政治を敷く、クマのロッツォもまた、人間に棄てられた悲しい過去があり、それが人間不信から来る、激しい憎悪の源となっている。
つまり本作のテーマは、人間の身勝手さに対する不信感と怒り、がメインにあるわけである。これは我々人間にとっては心が痛む。
これは単なる子供向けアニメではない。人間としての根源的な問いかけがなされているのだ。
それでも、最後には人間(アンディ)への信頼感の回復、そしてせつない思いを断ち切っての、本当の別れがやって来る。このラストは号泣ものだ。
無論、ラスト以外にも泣ける所(絶体絶命の危機に、おもちゃたちが手を繋ぎ合う所など)はあるし、シリーズ全作にも共通する、ダイナミックなアクション、サスペンスはいつもながら盛り沢山で飽きさせない。
友情、絆、相手を思いやる心、信じる事、…さまざまな、人間にとって大切な事について考えされられる、これは大人こそ観るべき、素晴らしい傑作である。 (採点=★★★★★)
「借りぐらしのアリエッティ」
2010年・日本/スタジオ・ジブリ=東宝配給
監督:米林宏昌
企画:宮崎駿
原作:メアリー・ノートン「床下の小人たち」
脚本:宮崎駿、丹羽圭子
1956年に邦訳出版されたメアリー・ノートン原作のファンタジー「床下の小人たち」のアニメ映画化。監督はジブリ・アニメーター出身の、若干37歳の新人、米林宏昌。
御大・宮崎駿の高齢化に伴い、スタジオ・ジブリも後継者育成を図らねばいけない所だが、なかなか思うように新人が育たない。近藤喜文が監督した「耳をすませば」は、企画・脚本から絵コンテ、果てはイバラードの幻想シーンまで宮崎自身が手掛けて、近藤監督の個性が見えにくい作品になってしまっていたし(あげくに早逝)、「ハウルの動く城」は、最初細田守監督で動き出すも頓挫、結局宮崎本人が監督する事となり、細田は他社で監督作品(「時をかける少女」)を手掛け、高く評価された。
結局ジブリは、宮崎駿の個人商店みたいなもので、新人監督が出て来ても、宮崎カラーから抜け出せず、自己の個性が出しにくい状況にあると言えよう(実子の宮崎吾朗が監督した「ゲド戦記」は、結局宮崎駿作品の劣化コピーみたいな出来であった)。
そんな中、アニメーターとしてその才能を高く評価された米林宏昌が監督に抜擢された本作は、不安半分であったが、結果として想像以上にウエルメイドな佳作になっていた。何より、最近の宮崎作品に顕著であった、“出だしは高密度、終盤迷走(笑)”の悪いクセが影を潜め、一貫して高密度を保ち、最後には泣かせる名シーンも用意されていてホロリとさせられた。
宮崎駿監督作品以外のジブリ作品としては、本当に久しぶりに登場した力作である。
“人間に見られてはいけない”という掟を頑なに守る、床下の小人たち。一方、重い心臓病を抱え、生きる事に絶望している少年・翔はアリエッティたちに、自分と同じ、“消え行く命の運命”を感じ、共感を寄せて行く。が、人間に姿を見られた事で、アリエッティ一家は住み慣れた家を離れる決断をする。
(以下ネタバレあり)
シニカルなのは、翔が小人たちの為、と思って取った行動(ドールハウスをこっそり提供してあげた事)が、結果的にアリエッティたちに災難をもたらす結果になった点である。
翔から見ればささやかな親切でも、小人たちの目から見れば、大地震のような天変地異のように感じて慌てふためく、という演出が効果的。
そしてそれが、お手伝いのハルさんに、小人の存在を感づかれてしまう結果となる。…このハルさんが、決して悪人ではなく、好奇心旺盛な普通の人間、として描かれている点も見逃せない。彼女が、捕まえたアリエッティのお母さんを、ワクワクしながら空きビンに入れるシーンなどは、我々が子供だった頃の、珍しい昆虫を捕獲した時の高揚感を思い起こさせ、胸がチクリと痛む。
最後の別れのシーンは泣ける。初めて“人間と分かり合えそう”になったのに、翔と別れざるを得ないアリエッティの悲しみに、この世で永遠に続く、“差別する者とされる者”あるいは“強者と弱者”の間に横たわる、相互不信の溝の深さを思わざるを得ない。
派手さはないが、丁寧で、小さな小道具等のディティールにまで配慮が行き届いた米林演出は、ジブリの新しい方向性を感じさせる。今後が楽しみな、新人監督の登場に拍手を送りたい。 (採点=★★★★☆)
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…さて、この夏話題のアニメ2作をまとめて取り上げたのには理由がある。
それは、同時期に登場したこの2作には、いろんな共通点があるからである。
まず、主人公たちがどちらも、身長が10cmほどの小さな生き物である(おもちゃたちも、生命が宿っている点では、立派な生き物である)。
そして、どちらも、人間に絶対に、活動している所を見られてはいけない、というルールを守っている。
それ故、人間が寝静まった夜中に、こっそり活動する(あるいは大冒険を行う)点も共通している。
あるいは、イヌやネコ等の小動物に身の危険を感じたり、又は仲間が捕らえられ、それを救出するシークェンスがサスペンスフルな山場になっていたりする。
そして、これが一番肝心なのだが、主人公たちから見た人間たちが、畏怖の対象であり、その背景には根強い人間不信の感情がある。
傲慢で、驕りがあり、片や自分たちが作ったおもちゃなんかは、飽きたら棄ててもいいと思ってるし、方や自然界に生息する生き物たちの命を軽んじ、乱獲し、あるいは開発の名の元に、絶滅の危機に追いやっている事に気付かない人間たち。
翔がアリエッティに対してつぶやく「君たちは滅び行く種族なんだね」という言葉は、一面では真実だが、そうした結果に追いやっているのは他ならぬ人間自身なのである。
両作は、まさに、小さな生き物たちの懸命な生き様や、その視点を通して、人間という、驕れる存在に対する鋭い批判が込められているのである。
そうした、シニカルな視線を保ちつつも、最後に、共に、純朴な少年の行動を通して、僅かながらも人間を信じたい、という希望が垣間見えるのが救いとなっている。
思えば、ピクサーの総帥、ジョン・ラセターは宮崎駿の大ファンであり、宮崎とも交流がある。
「トイ・ストーリー3」には、宮崎アニメの、トトロがゲスト出演しているし、エンドロールには Special Thanks として宮崎駿と鈴木敏夫の名前も見える。
トトロと言えば、まさに宮崎駿が描き続ける、自然への畏敬、アニミズム思想、―の象徴である。
大人たちの前には、決して姿を現さないトトロだが、子供たちには夢と勇気を与えている。「トイ・ストーリー3」のテーマとも一致するわけで、ゲストに選んだのは、単なるオマージュだけではなく、思想的な繋がりも考慮しての事だろう。
この夏は、是非この2本を続けて観て、そこに込められた作者たちの、人間という存在への思いを受け止めて欲しい。1本だけ観ては分からなかった事が、見えて来るはずである。
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コメント
こんばんは。
“出だしは高密度、終盤迷走”。
これって、意図的にやっているのかと…。
特にエンディングは、
あまりにも、あれれすぎて…。
晩年のキューブリックも似た感じだったのを
思い出しました。
投稿: えい | 2010年8月 1日 (日) 01:14
◆えいさん
すみません。レスが遅くなってしまいました。
>“出だしは高密度、終盤迷走”。
>これって、意図的にやっているのかと…。
何かで読んだのですが、ここ数作の宮崎駿監督作品は、シナリオを書かずに絵コンテから入って、作りながらどんどんイマジネーションが湧いて来て、当初と構想が変わってしまうケースが多いそうです。
キューブリックもそうなのでしょうが、“天才”と言われる作家は、次々イメージが膨らんで、それを全部作品に入れようとするあまり、迷走状態になってしまうのかも知れませんね。
でも、そんな終盤のイメージの洪水と暴走ぶりが、私は結構好きだったりします(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2010年8月12日 (木) 02:09