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2010年7月29日 (木)

「華麗なるアリバイ」

Granalibai 2008年 フランス/配給:アルバトロス・フィルム
原題:LE GRAND ALIBI
監督:パスカル・ボニゼール 
原作:アガサ・クリスティー「ホロー荘の殺人」
脚本:パスカル・ボニゼール、ジェローム・ボジュール

ミステリーの女王と言われるアガサ・クリスティの推理小説「ホロー荘の殺人」の映画化。監督は「美しき諍い女」等の脚本を担当した、これが監督5作目となるパスカル・ボニゼール。

フランスのとある田舎の屋敷に、持ち主である上院議員夫妻を始め、9人の男女が集まった。その屋敷内のプールで、精神分析医のピエール(ランベール・ウィルソン)が射殺される。彼は美しい妻・クレール(アンヌ・コンシニ)がいながら、屋敷に集まった女たちとも浮気をしていた。犯人はこの屋敷内にいるのか。そんな時、第2の殺人が起きる…。

クリスティ原作の、名探偵エルキュール・ポアロものの1作で、題名が「華麗なるアリバイ」。…こう聞けば、(原作を読んでいない人の)ほとんどが、“容疑者に鉄壁のアリバイがあって、名探偵がそのアリバイを推理で崩して行くミステリー”と思うだろう。
私もそう思った。

特にクリスティ原作ものの映画化作品では、「そして誰もいなくなった」「オリエント急行殺人事件」といった秀作があり、またその2作は共に、あっと驚く完全犯罪トリックが仕掛けられていて堪能させられた(これに「アクロイド殺し」を加えた3本が、奇想天外トリックの3大傑作として評価が高い)。
それらの作品から観客が期待するのは、“難攻不落の完全犯罪と謎解き”である。

ところが、本作には名探偵ポアロは登場しない。話によると、本作はミステリーと言うより恋愛小説であり、原作者自身、「ポアロの登場が失敗だった」として、後にポアロを登場させない形で舞台化し、そちらの方が評価されているそうだ。

で、本映画化作品は、その舞台劇を踏襲し、愛憎渦巻く心理劇として再構成したのだそうな。

その事を私が知ったのは映画を観終えてからで、そうと初めから知っていれば、観る気は起きなかった。…あるいは、観る心構えが違っていただろう。

“謎解き完全犯罪ミステリー”とばかり思って観ていたから、いつまで経っても容疑者のアリバイ工作も、名探偵の冴え渡る推理も登場せず、結局、題名にある“華麗なるアリバイ”なんてどこにも登場しなかった題名に偽りあり。「え??これで終わり?」と拍子抜けも甚だしい失望作であった。

(以下ネタバレあり)
そもそも、ピエールの死体の横に、妻のクレールがいたのだから、動機もあって一番怪しいクレールが疑われるのは当然。てっきり、“クレールが怪しいと見せかけて、実は真犯人は他にいた”という展開になるものだとばかり思っていた。
しかしそれにしても、話を追う限り、容疑者が少な過ぎる。「オリエント-」ではポアロが調査する度に、登場人物それぞれに動機がある事が判明して行ったのだが。本作では、物語が進んでも一向に容疑者は増えない。観ててイライラする。

警察も、証拠不十分で釈放は仕方ないとしても、尾行を付ける等、クレールの動向を見張っているべきだった。さすれば第2の殺人は防げただろう。警察も怠慢である。…ともかく、ミステリーにしては穴だらけである。

ややムサくるしい風体の、白髪交じりの刑事が登場したので、「こいつがポアロの代りに、コロンボ並みの捜査と推理を展開するのだな」と思っていたら、その期待も外れた。なんか、期待外れっぱなし。

最後に、真犯人(クレール)が判明するオチも、単に行き当たりばったりにしか見えない。
で、警察は何やってたんだ?

(↑ネタバレここまで)

ともかく、“完全犯罪アリバイ崩しもの”という先入観で映画を観ていたものだから、ミステリーとしては全然楽しめなかった。かと言って、恋愛ドラマとしても人物描写の掘り下げが足らないし、心理描写も今一つ。そもそもそっちに行くのなら、主演俳優にはもっとゴージャスで、オーラを放つ名優を起用すべきではなかったか。俳優にも、まるで華がなかった気がする。「オーケストラ!」で好演したミュウ=ミュウも出演(上院議員の妻役)しているが、可愛そうなくらいのその他大勢的役柄であった。

これから観賞される方は、題名に惑わされず、普通の、“大人の恋愛映画”として観る事をお奨めする。…もっとも、そのつもりで観たとしても、感動にはほど遠い平凡な出来だと思うが。    (採点=★★

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原作本(ハヤカワ文庫)
 
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(さて、口直しに、お楽しみはココからだ)

フランス製、推理ミステリー、と言えば、映画史に残る傑作がいくつかある。

まず挙げられるのが、アラン・ドロン主演、ルネ・クレマン監督の傑作「太陽がいっぱい」(60)。完全犯罪を企むトム・リプレイを演じたアラン・ドロンの最高傑作。オシャレで、俳優が魅力いっぱいで、ラストのドンデン返しが衝撃的で、いかにもフランス映画らしい余韻を残す洒落たエンディング。さらにニーノ・ロータ作曲のいつまでも耳に残るテーマ曲…。もう言うことはない。何度見直してもウットリ、惚れ惚れする名作。

次にイチ推ししたいのが、近々日本でもリメイク!される「死刑台のエレベーター」(57・監督:ルイ・マル)。ジャンヌ・モローが抜群に良く、「太陽がいっぱい」にも出演していた名優モーリス・ロネも絶妙の快演。そしてやはり、ラストシーンが粋で洒落ている。さらにマイルス・デイヴィスの音楽がまた絶品。その上、恋愛映画としても、「華麗なるアリバイ」より数倍出来がいい。

もう1本、「悪魔のような女」(55・監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)もお奨め。原作はピエール・ボワローとトーマス・ナルスジャックのコンビ。クルーゾー監督の演出は古典的だが、何度観てもコワい。やはりシモーヌ・シニョレの演技が凄い。

…こういう、傑作ミステリー(何度観直しても面白いし、満腹感を感じる)を観ているものだから、どうしてもこのくらいのレベルは求めたくなるのは仕方のないところ。

特にそれらの作品で見事なのは、エンディングである。クドクド説明せず、スパッとワンカットでアッと言わせ、そのまま余韻を残して終わる。おシャレである。
ミステリー(特にフランス製の)は、こうあるべきだ、と私は思っている。

これら傑作は、例えて言うなら、フランス産のワインみたいなものである。芳醇なコクと香りがあり、何年経っても味は変わらないし、今もなお新しい。
最近の(特にフランス)映画に欠けているのは、まさにそんな、コクと香りである。

 
そう言えば、ミステリーの巨匠、ヒッチコック作品も、ラストはシャレているものが多い。代表的なのは「北北西に進路を取れ」だが、「裏窓」「めまい」「フレンジー」等もラストがいい。

思えば、ヒッチコックの代表作「見知らぬ乗客」の原作は「太陽がいっぱい」パトリシア・ハイスミス「めまい」の原作は「悪魔のような女」ピエール・ボワローとトーマス・ナルスジャックである。

さらに、前記「裏窓」の原作はコーネル・ウールリッチ(ウィリアム・アイリッシュ)だが、ミステリー好きのフランソワ・トリュフォがこの原作者のミステリーを「黒衣の花嫁」「暗くなるまでこの恋を」と、2度も映画化しているのも興味深い。

同じ原作者の作品が、フランス・ミステリーとヒッチコックのそれぞれの傑作の元になっている、というのも面白いが、結局はそれら原作の完成度が高い事の証明でもあるわけだろう。

ヒッチコックで思い出したけれど、「華麗なるアリバイ」のラストに、突然「めまい」の冒頭とそっくりなシーン(屋根からの転落)が登場する。

これはヒッチコックへのオマージュなのだろうか。だとしても、真似るならヒッチコック監督のミステリー演出術(並びに洒落たオチ)をこそ参考にして欲しかった。…まあ、ヒッチ・ファンとしてはここだけニヤリとさせられましたがね。

 

DVD「太陽がいっぱい」

DVD「死刑台のエレベーター」HDリマスター版

DVD「悪魔のような女」(H・G・クルーゾー監督版)

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コメント

Keiさん、私のブログの方にコメントをいただき、誠にありがとうございます。
おっしゃるように、まさに「タイトルに異議あり」で、本年の「ミスリード題名賞」は確実ですね!
原作では、犯人は「頭の鈍い女」を演じて皆から助けてもらっていますから、あるいはそういうところが「華麗なるアリバイ」なのかなとも思いましたが、でもそれでは「華麗なるカモフラージュ」でしかありません!
監督・脚本のパスカル・ボニゼールが何を考えてあのようなタイトルを採用したのか、酷く不思議なところです。

投稿: クマネズミ | 2010年8月 2日 (月) 05:19

僕は面白かったです。

演出、カメラワーク、ディテール、カットつなぎ、全て上等だった。
アガサクリスティのトリュフォー仕立て、ラスト屋根のシーンはヒッチコック・・ま、あれはシャレだと思いますが!!

投稿: さるお | 2011年7月30日 (土) 08:06

◆さるおさん、ようこそ。
映画の感じ方は人それぞれですので、さるおさんがこの映画を楽しめたなら、それはそれで結構な事だと思いますよ。本文はあくまで私の個人的な感想です。
ただ、やっぱりこの題名はダメですね。違う題名だったら、もっと楽しめたかも知れません。まあクリスティ原作以外に売りどころがなかったのかも知れませんが。

投稿: Kei(管理人) | 2011年8月 1日 (月) 06:31

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