「カラフル」 (2010)
2010年・日本/サンライズ=東宝
監督:原 惠一
原作:森 絵都
脚本:丸尾 みほ
直木賞作家の森絵都のファンタジー小説を、「クレヨンしんちゃん/アッパレ!戦国大合戦」や「河童のクゥと夏休み」等の秀作アニメで知られる原惠一監督がアニメ映画化。
一度死んで、天国への入口でさまよっていた“ぼく”の魂は、プラプラという名の天使(まいける)から、ある抽選に当った事を告げられる。それは、自殺したばかりの内気な少年・小林真(冨澤風斗)の身体を借りて、6ヶ月のホームスティ期間中に自分が何の罪を犯したかを思い出せば、もう一度現世に戻ることが出来るというものだった。“ぼく”は新しい生活の中で、さまざまな人と触れ合い、生きる意味をもう一度問い直して行く…。
この原作は、一度実写で映画化されている。2000年(20世紀最後の年!)に、脚本・森田芳光(「家族ゲーム」「それから」)、監督・中原俊(「櫻の園」)という、共にキネ旬ベストワン作品を監督した実力派の二人が組んで作られているが、かなりマメにミニシアターに通ってる私でも、この作品については全く知らなかった。公開されたかも記憶がない。その年のキネ旬ベストテンでも、50位(わずか2名で7点)という低位置だから作品的にもほとんど話題にならなかったようだ。
知名度のある2人が組んだにしては、この程度の評価とは信じ難い。
だが、考えれば“天国に行った人間が、天使の導きでもう一度別の人間として生まれ変わる”という設定は、昔から何度も映画化されていて、目新しいものではない。
古くは、1941年製作の米映画「幽霊紐育を歩く」(アレクサンダー・ホール監督)というのがあり、間違って天国に来てしまったので、天使が下界に戻そうとするが、元の身体が火葬になっていたので仕方なく別の身体を借りる…というコメディ。これのリメイクがウォーレン・ベイティ主演・製作・共同監督で話題になった「天国から来たチャンピオン」(78)。
わが国でも最近、西田敏行が美女になって生き返るという、浅田次郎原作の「椿山課長の7日間」(2006・河野圭太監督)が作られている。
さらに、“自殺を図った男が、天使に導かれて別の人生を見せられ、生きる意味をを見つめ直す”という共通性では、フランク・キャプラ監督による「素晴らしき哉、人生!」という、映画史に残る傑作がある。
つまり、設定そのものは「幽霊紐育を歩く」と「素晴らしき哉、人生!」をミックスしたようなものなのだが、原作が高く評価され、ベストセラーとなったのは、誰にも覚えがある、中学生生活の心の悩みと葛藤を繊細に描いた部分にあるのだろう。
これを、映像ですべてを表現する映画として描くのは、意外と難しい。ましてや、過去の記憶がない“ぼく”の心が乗り移った真、という微妙な人物像を演じるのは、うまい俳優でも相当難しい。
中原作品がほとんど評価されなかったのは、そういう問題点もあったのではないだろうか。
それで本作だが、観る前にいくつか不安があった。
1つは、製作した会社が「サンライズ」。アニメ・ファンならご承知の通り、「機動戦士ガンダム」等のメカ・アクション・アニメで知られるプロダクションで、こういう、日常生活描写が中心となる作品とは社風が合わない気がする。
2つ目は脚本を書いたのが丸尾みほ。くだんの「機動戦士Zガンダム」、「魔法使いサリー」「とっとこハム太郎」等の子供向けアニメを手掛けて来たベテランだが、劇場用作品では「ドラえもん」に併映の「ドラミちゃん」と「フランダースの犬」くらいで、本格的な長編劇場アニメの実績はない。
3つ目に、ファンタジーとは言え、いじめ、不倫、援助交際、進学問題…といったリアルで生々しいテーマを持った本作は、どちらかと言えば実写向きで、アニメ化には不向きではないか、と思える点である。
…というわけで、観る前は不安だらけだったのだが、さすが、これまで観客を泣かせる感動作を連打して来た原惠一監督だけのことはある。杞憂は吹き飛んで、心に沁みる見事な秀作になっていた。
成功の第一要因は、全体に灰色がかった、モノトーンともカラーとも、あるいは市川崑監督が何度か使用した“銀残し”映像とも微妙に異なる不思議な映像効果である。
これによって、これは現実なのか、異世界なのか、それとも主人公が見た夢なのか、といった不思議な感覚に観客を誘う。
あるいは、今の小林真としての人生が、6ヶ月間のテスト期間という“仮りの人生”である事を表わしているのかも知れない。
…ただし、すべてモノトーンではない。病院の外にある大きな木に咲く満開の花は、色鮮やかな赤と黄で描かれている。これはつまり、主人公の“ぼく”が眼にする光景のみ、色(カラー)が褪せている、という事なのだろう。
(以下ネタバレあり)
“ぼく”は一旦死んで、それを受け入れているのに、その意志に反して、もう一度生きる事を強制されている。
しかも、真の家族は、リストラされたらしく、影の薄い父親、不倫している母、大学進学を控え、不機嫌で真に辛く当る兄、そして自殺した真…と、ほとんど崩壊状態である。
“ぼく”はこんな家族に溶け込めない。不倫の母は許せず、彼女の作った料理を食べようともしない。
学校に行けば、同級生たちには無視される。ほのかに好意を寄せる後輩の桑原ひろか(南明奈)は、中年男と援助交際をしており、真の自殺の原因も、それと母の不倫を同時に目撃した事にある。
こうした状況を目の当たりにして、せっかく与えられた生きるチャンスに、“ぼく”は、どう対応していいのか、揺れ動き、悩み、迷い続ける。
これは、いろんな悩みを抱え、親に反抗したくなる、思春期特有の心の揺れともシンクロする。
でも、悩んでいるだけでは何も解決しない。壁にぶち当ったなら、その壁を乗り越える努力を重ね続ける事だ。何事も試練である。
“ぼく”は、真が乗り越えられなかった壁を越えようとする。ラブホテルに入ろうとするひろかを目撃した“ぼく”(真)は、ひろかの手を取って走り出す。冴えない顔の同級生・早乙女(入江甚儀)とも次第に心が打ち解け、一緒に行動するようになる(その頃から、画面に少しづつ“色”が増えて来る)。
素晴らしいのは、早乙女に誘われ、廃線となった電車の路線の後を辿る旅の描写である。
おそらく、実際の写真を基にしているのだろうが、実写と見まがうくらいのリアルな風景に息を呑む。
現在の廃線となっている風景が、やがてありし日の、玉電の電車が走る過去の風景にオーバーラップするシーンはノスタルジックでジーンとする。
アニメだからこそ、電車が走っていた頃の昔の光景が現出しても違和感はない。実写では作り物っぽくなってシラけるだろう。
二人で歩く、二子玉川近辺の風景…特に暮れ行く夕方の川原べりのなんという美しさ。
そうした美しく、荘厳な風景を見れば、生きている事の素晴らしさを実感する。ちっぽけな事で悩んだりする事が馬鹿らしくなる。
“ぼく”はやがて、一面しか見ていなかった人間にも、いろんな色を持っている事に気付く。風景が、季節や時間によって、さまざまな色を見せるように…(これが題名の意味である)。
自分を馬鹿にしていたと思っていた兄が、とても弟の事を気遣っていた事を知ったり、軽蔑していた母も、内面で苦しんでいた事を知る。
ここで、それまで食べる事を拒否していた、母が作った夕食を、真が食べるシーンが感動的である。“食べる”事がコミュニケーションの道具にもなっているのである。…そう言えば真と早乙女がフライドチキンと肉饅を分け合うシーンも、友情の深化の表現として効果的だ。
ポジティブに、前を見て歩けば、人間だって、生きる事だって、捨てたものではない。
“ぼく”=真の心も、大きく成長するのである。
ラストの真相は、ある程度途中で予測はつくが、プラプラの意外な真相も胸をうつ。
観終わって、やはりこれはアニメでなければ描けないと思い至った。
早乙女と旅する、二子玉川近辺の美しい風景は、前半のモノトーンな映像があるからこそ、ハッとするほど心に沁みるし、人物のキャラクター・デザインも、まさに個々の性格をも絶妙に表現している。
眼鏡をかけた佐野唱子の、オドオドしながらも厚かましいキャラなど絶品である。この声が宮崎あおいだと知って驚いた。大胆なキャスティングだが大成功である。実写で、こんな顔でこんな複雑な演技の出来る俳優を探すのは至難である。
原惠一監督の、的確で、繊細かつ丁寧な演出は相変わらず冴え渡っている。「河童のクゥと夏休み」でも、少年とクゥとの心の交流を見事に表現した原監督だが、本作ではさらに進化している。丸尾みほの脚本も予想を超えて素晴らしい。お見逸れしました。
現代社会が抱える、さまざまな問題―人間関係の歪み、心の荒廃、家族の、親子の断絶…それらは、原作が発表された頃より、さらに深刻になっている。自殺者は3万人を超えている。
そんな時代だからこそ、本作を映画化する意味は大きい。
今、心に悩みを抱え、壁にぶち当っている、多くの若い人に是非観て欲しい。
この映画を観て、いやだと思っている人間にだって、いろんな色がある事を知って欲しい。いろんな美しい風景を見て、生きている事の素晴らしさを感じて欲しいと思う。そんな事さえも感じさせてくれる、これは本年屈指の秀作である。 (採点=★★★★☆)
(付記)
原監督インタビューによれば、サンライズの内田社長が森絵都さんの大ファンで、いつか「カラフル」を自社でアニメ化したいと思っていたらしい。そして監督には「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」を内田社長が観て、この人がいい、と思ったという事だ。そして原監督が、「河童のクゥと夏休み」を完成させ、体が空くまで待っていてくれたらしい。
いい話である。「オトナ帝国-」に、「カラフル」と通じるものがある事を見抜いた内田社長の眼力も凄いが、その期待に見事応えた原監督も凄い。そういう経緯を聞いて、サンライズという会社(と内田社長)を見直した。この調子で、次回もさらなる傑作を生み出してくれる事を期待したい。
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