「キャタピラー」
2010年・日本/若松プロダクション=スコーレ
監督:若松孝二
脚本:黒沢久子、出口出
今年74歳!映画監督歴47年!にもなるベテラン、若松孝二監督が、秀作「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」(2008)に続いて、またも傑作を完成させた。
その旺盛なる創作活動ぶりには頭が下がる。
凄いのは、無数のピンク映画、B級ピクチャーを作ってきた、所謂マイナー・ピクチャー作家であった監督が、70歳を超えて、立て続けに骨太の問題作を連打し、高い評価を得た点である(「実録・連合赤軍-」はキネ旬ベストテン3位)。
本作も、おそらくベストテン上位を賑わすだろう。
中国戦線へ出征した夫・久蔵(大西信満)が、四肢を失い顔面は焼け爛れた無残な姿で帰還する。妻・シゲ子(寺島しのぶ)は最初嫌悪するが、“軍神”の妻の役割として、久蔵の尽きることのない食欲と性欲を満たしつつも、その関係性はやがて逆転して行く…。
寺島しのぶが素晴らしい。裸身も惜しげなく晒し、体当たり演技で戦前の“銃後の妻”になりきっている。彼女以外にこの役を演じられる女優はいないだろう。ベルリン国際映画祭最優秀女優賞も納得である。本年度の演技賞も総ナメするだろう。
いわゆる“反戦映画”であるのだが、山本薩夫や新藤兼人監督が撮るような、まっとうな反戦映画とはまるで違う。若松監督が、これまで撮って来た、無数のピンク映画とスタンスはほとんど変わらない(これについては後述)。久蔵とシゲ子は毎日、ただひたすら“食べて、SEXして、寝る”だけの日々を送るのである。
それが、昭和天皇・皇后の御真影の下で行われる。昔から、権威や権力をコケにして来た、いかにも若松監督らしい描き方である。
(以下ネタバレあり)
国家によって徴兵され、無残な姿にさせられた男の悲劇。妻はそれでも、軍神と奉られた夫の世話をしなければならない。夫にとっても、妻にとっても悲劇である。
だが、久蔵が戦場で行った事は、無抵抗な中国の民間人を虐殺し、女を強姦するおぞましい悪行である。久蔵が狂ったように妻にSEXを求めるのは、その記憶が脳裏から離れないからである。戦場に赴いた兵士は、相手から見れば悪鬼のような加害者に他ならない。戦争とは、そういうものである。
人間は、罪深い存在である。あくなき欲望を追い求め、する事がなければSEXしか思い浮かばない。…その罪でこのような身体になってしまったのかと、久蔵は煩悶を続け、終戦の日に遂に自分の顔を水面に映した後、自死してしまう。
一方で、結婚当初は夫から暴力を受け、それでも耐えていた妻は、無残な帰還を果たした夫の姿に、最初こそ惨めな思いにかられ、心中をも考えるが、夫を世話するうちに、次第に優位性を獲得して行く。
妻が、夫をリヤカーに乗せ、村を散歩するシークェンスが印象的である。妻は、“軍神の妻”である事を晴れやかに誇示し、村の人々は久蔵を崇める。だが罪の意識に苦悶する夫はそれを激しく拒否する。
それでも、身体は自由にならない。妻のなすがままにしなければならないのだ。そもそも、妻に頼らなければ食事もSEXもままならない。
人間の根源は、支配と被支配である(戦争がまさにそう)。妻を支配していた男が、犯した罪におののき、やがて妻に支配されてしまう。
この映画は、のどかな風景が広がる農村を舞台に、人間が生きて行くという事の根源(食べる、SEXする)を見つめつつ、国家と人間、支配と被支配の関係性をアイロニーを込めて描いた秀作である。
もう一つ、ストーリーとはあまり関係がないように見える、篠原勝之扮する、頭のおかしい(ように見える)男の存在も興味深い。
彼は精薄と見られたおかげで兵役を逃れられたのだが、終戦を迎えた時、シゲ子の前で、「終わった、戦争が終わった!」と歓喜する。
精神薄弱であれば、何も理解出来ないはずだが、それなのに、終戦は喜ばしい事と理解出来ている。
察するに、この男は“兵役に取られない為に狂ったフリをしていた”のだろう。これも、庶民の知恵と言えるし、笑えるエピソードである。
エプロン姿の村の女性たちが、竹ヤリ訓練をしたり、バケツリレーを必死になって訓練する姿も、考えれば滑稽である(上空1万メートルを飛び、無数の焼夷弾を落とすB29爆撃機に、そんな訓練は何の役にも立たない)。実際に大真面目で行われていた事実だから余計おかしい。
さまざまな角度から眺める度に、いろいろなアイロニーや寓意が読み取れる、そういう意味でもこれは、反戦映画という枠に留まらない、優れた人間喜劇であるとも言える。本年屈指の秀作としてお奨めしたい。 (採点=★★★★☆)
(付記)
元ちとせが歌う主題歌「死んだ女の子」が印象的だが、実はこの歌、1970年代初期、高石友也が既にレコードで発表している。
YouTubeでの高石友也バージョンはこちら
→ http://www.youtube.com/watch?v=sNkVxvXBhpc
個人的には、こちらの方が好きである。素朴なだけに、余計心に響く。
(お楽しみはココからだ-若松孝二監督作品論)
若松監督は、夥しい数のピンク映画を量産して来た、ピンク映画界の巨匠である。
が、ピンク映画とは言っても、若松作品は凡百の同傾向作品とはちょっと一味違う。1960年代後半から70年代にかけての初期の若松作品では、常に、時代の空気を敏感に反映させ、政治性や反権力志向を巧みに網羅して、若い映画観客の心を掴んでいたのである。
ベルリン国際映画祭に出品され、「国辱映画だ」と叩かれた「壁の中の秘事」(1965)では、男女がSEXする団地の部屋には、スターリンの肖像が貼られており、主人公は広島原爆の被爆者である。
「性賊/セックス・ジャック」(1970)では過激派のテロリストが主人公で、よど号ハイジャックの映像が流れるし、同年秋に作られた「性輪廻/死にたい女」(1970)ではなんと割腹自殺した三島由紀夫のニュースが流れ、盾の会を思わせる男たちが登場する。
当時の監督作品中でも傑作と評価の高い「犯された白衣」(1967)は、当時アメリカで起きた無差別殺人事件をモデルにしているが、ラストで、機動隊が乱入し、警棒を振り上げた所でストップ・モーションとなり、さまざまなニュース映像がコラージュされるのが斬新である。
当時は絵空事に思えた題材だが、今では現実に似た事件が頻発している。その先見性には驚嘆せざるを得ない。
そんな若松作品の中でも、「現代好色伝 テロルの季節」(1969)は異色である。過激派の活動家らしき若者が主人公。何かテロを起こすと睨んだ公安警察が、部屋に盗聴器を仕掛けて監視を始める。ところが男は毎日、ただひたすら女二人とSEX三昧。まさに、“食べて、SEXして、寝る”だけの日々である。とうとう公安も呆れて監視を解くが、やがて男は腹に爆弾を巻いてテロに向かう。
終盤の描写が圧巻。延々とSEXするシーンに、アメリカと日本の国旗がはためく映像がオーバーラップされる。
“国家の象徴が映し出される下で”、延々と“食べて、SEXして、寝る”だけの日々…。こうした描写は、本作とまさに共通する。
若松監督作品は、本質において描こうとする事は、40年を経過した今もまったくと言っていいほど、変わってはいないのである。
おまけに、製作プロダクションは、40年前と変わらず「若松プロダクション」であるし、脚本もまた当時と同じ“出口出”名義である(これは本人と合作者の共同ペンネーム)。
こういう、過去の監督作品を観てくれば、若松孝二という監督が、如何に凄い映画作家であるかがよく分かる。観る機会があれば、是非。
ちなみに、「現代好色伝 テロルの季節」で、主役のテロリスト役を演じているのは若松映画常連の吉澤健。で、その吉澤健が本作で、久蔵の父親に扮しているのも見どころ。ファンとしては感慨深い。
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コメント
なんでも、かなり客入りの良い好スタートになったそうですよ。
地道に試写を続けたり、時期とか、寺島氏の受賞が効いたんでしょうかね。
投稿: タニプロ | 2010年8月22日 (日) 00:56
あと気の早い話ですが、今年の映画各賞の主演女優賞は、松たか子氏と寺島しのぶ氏が最有力かと思いますが、どちらも名門芸能一家出身ですね。
投稿: タニプロ | 2010年8月22日 (日) 01:01
“食べて、SEXして、寝る”という点では、「おくりびと」もそんな雰囲気ありましたね。滝田洋二郎監督も痴漢映画のキャリアがあり、共通するものを感じました。
投稿: 佐藤秀 | 2010年8月22日 (日) 08:02
私もこの映画を見ましたが「反戦映画」には見えませんでした。
戦争と言う動乱期を背景に久蔵としげ子との夫婦間の物語(五体満足だった頃の久蔵が、しげ子に対し行なったDVに対する仕返し(始めは軍神の妻という見えざる足枷からくる献身かと思いましたが…)の物語)だったかと思います。
軍神となった久蔵の人格は戦争前から非情であったし、戦時中に行った蛮行の後悔から男性器が機能しなくなった久蔵に対して苛立つしげ子(昔は恐かった夫が今は自分に100%依存しないと用も足せない存在になっている現実)、戦争という背景は背景に過ぎずいつの時代でも良かった様に思います。
にもかかわらず、天皇の写真や勲章を「これでもか!」というくらいに写し出したり、俗に言う゛玉音放送゛の内容も現代人に分かりやすく翻訳したり…私には「?」でした。
私には、こんな印象でした。
投稿: | 2010年9月 8日 (水) 00:41
◆タニプロさん
本当によく客が入ってるようですね。私が観た時も、満員でした。
ただ、ミニシアター興行なので、ヒットしたと言ってもせいぜい1億超える程度でしょう。
シネコンが取り上げてくれればいいのですがね。あとは賞レースに期待しましょう。
女優賞は、日アカは松たか子、キネ旬は寺島しのぶ、てとこに落ち着く可能性大ですね。
◆佐藤秀さん
「おくりびと」も食べるシーンが印象的でしたね。セックスシーンはありませんでしたが(笑)。
ピンク映画と言えば、山本晋也監督の「未亡人下宿」シリーズでは、毎回スキ焼きを食べるシーンが登場して、下宿人たちが肉の奪い合いで大バトルを繰り広げる場面が見どころでした。
食べる事は、生きる戦い⇒人間讃歌、というのがピンク出身監督の共通認識、なのかも知れませんね。
◆…さん(名前がありません。知らせてくださいね)
監督の意図は“反戦”にあると思いますよ。
ただ、単なる左翼系の良心的反戦映画になる事は避けたかったのでしょう。
クマさん扮する精薄者の描き方からしても、戦争を拒否し、抵抗する庶民の知恵をブラック・ユーモア的に描いていると言えます。
国民に犠牲を強いる国家と言う存在への批判(これは戦争に留まらず、社会主義国家体制批判にも繋がります)、それに抵抗するふてぶてしい大衆のエネルギー、人間讃歌…。
そういった多面的な要素が網羅されているからこそ、これは単なる反戦映画を超えた、パワフルな問題映画になっていると私は思います。
まあ、映画を観て、人それぞれに、いろんな感想、意見を述べるのはとてもいい事だと思いますので、これからもいろんなご意見をお寄せくださいね。歓迎いたします。
投稿: Kei(管理人) | 2010年9月12日 (日) 23:47
Keiさん、初めまして。
ダブルと申します。
数日前に「反戦映画には見えなかった~」と書き込みさせていただいた者です。
その節は名前も名乗らず失礼致しました。
「キャタピラー」を見終わった帰りに他の方の感想を検索していたら、ここにたどり着き無礼も顧みず書き込んでしまいました。
重ね重ね申し訳ありませんでした。
正直私は俗に言う「右寄り思想です(自分では真ん中だと思ってますが…)」、かと言って軍国主義だった時代が良いとか、戦争を美化するつもりはありません。
しかし当時の時代背景から、繰り返し戦争が行われたのは避けがたい史実であるし、何よりも今の「価値観だけ」で歴史を考え、発言·表現する事は私達の先祖に対する冒涜だと思います。
今私達がしている全ての事が100年後の子孫達にも受け入れてももらえるか誰にも分かりませんよ。
投稿: ダブル | 2010年9月14日 (火) 08:11
休むと言って、またブログ書き始めました・・・。
ところで「キャタピラー」、聞いたところによると、何とこの規模の映画で全国動員で20万人を超え、入場料金を安くしたのに興収で2億円突破したそうです。
投稿: タニプロ | 2010年10月15日 (金) 00:00