« 「十三人の刺客」 (2010) | トップページ | 「桜田門外ノ変」 »

2010年10月11日 (月)

「死刑台のエレベーター」 (2010)

Erebater2010年・日本/角川映画
原題:Ascenseur pour I'Echafaud
監督:緒方明
原作:ノエル・カレフ
オリジナル脚本:ロジェ・ニミエ、ルイ・マル
脚本:木田薫子

1957年に作られた、鬼才ルイ・マル監督による同名のフランス映画の正式リメイク。監督は「いつか読書する日」「のんちゃんのり弁」等の緒方明。

オリジナルは、ルイ・マルがわずか25歳の時に監督した、完全犯罪ものの傑作で、かつフランス・ヌーベル・バーグの嚆矢ともなった、映画史的にも伝説的な名作である。

世界初のリメイク、と謳われているが、映画史に残る傑作をリメイクする事自体無謀で、どう作ってもオリジナルは超えられないし、またこういう映画は、その時代の空気と絶妙にマッチしているもので、オリジナルに忠実に作ったとしても、時代に合わなくなってしまうものである。さらに、オリジナルの愛好家からは非難の嵐となるのは目に見えている。

そういう不利な状況で、あえてリメイクにチャレンジするからには、余程の覚悟と意気込みが必要だろう。堅実な作りでファンも多い緒方明監督のこと、どこまでチャンレンジ出来たか、確かめる意味で興味を持って観賞した。

結果的には、オリジナルに対するリスペクトは十分感じられたが、いかんせん脚本がどうしようもなく酷い。アラと突っ込みどころだらけである。

手都グループ会長夫人・芽衣子(吉瀬美智子)は、愛人関係である医師の時籐隆彦(阿部寛)と、夫を自殺に見せかけて殺害する完全犯罪を企てる。しかし隆彦がエレベーターに閉じ込められるアクシデントが起き、一方外では警官の赤城(玉山鉄二)がヤクザに拳銃を奪われ、停めていた時籐のスポーツカーを盗んで追跡を始めた事から、計画は大きく狂い始める。そして芽衣子はいつまで経っても時籐が現れず、連絡もつかない事から、次第に不安にさいなまれて行く…。

そもそもこの物語は、オリジナルが作られた時代が、ハイテクもケータイもなかったローテクの時代だったからこそ成立する話である。
エレベーターに閉じ込められた所で、携帯で外部とコンタクト出来る現代では、この物語は無理がある。…どうしてもなら、時籐が携帯を置いて来ざるを得なかった理由がきちんと描かれていなくてはならないのだが、その辺はまったくいい加減である。普通は背広のポケットに入れておくだろう。そのくせライターやナイフはちゃんと持ってるから余計おかしい。そもそも今の時代は、ナイフは持ってたら銃刀法違反になる。

ビルの電源をオフにするくだりも、今の時代はオフィス内にはファックスもサーバー・パソコンもあるだろうから無闇に電源は切れない。それに、5時半になったら基本的に仕事を止めてしまう習慣の欧米と違って日本のビジネスマンは、遅くまで残業するのが当り前(現に、他のビルでは窓に夜も煌々と灯りが点いてるシーンがある)なのだから、5時半にビルの電源を切ってしまうのはムチャである。…つまり53年前のフランスではOKであっても、現代の日本では、この設定は根本的に無理があるのである。

まあそこまでは認めるとしても、5時半にビルの電源を落とす事は、時籐も知ってる(秘書が念を押している)のだから、それが頭にあったら、5階から降りる時は非常階段を使えば問題はなかったはずだ。うっかりにもほどがある。
私だったら、普段は終日電源は入ってるが、この日はビルの改修工事があって、臨時に電源を落とす事になった、という具合に脚本を変える。この方が無理がない。そのくらいのアイデアを思いつくのがプロではないか。

(以下、ややネタバレです。注意ください)
そして、オリジナルと大きく改変した、赤城の役柄や行動が不自然である。オリジナルでは、単にスポーツカーを乗り回したいだけの軽薄なチンピラだったのだが、本作では警官になっていて、ヤクザにからまれ、拳銃を奪われてしまう。

ここからが、なんとまあ、偶然に次ぐ偶然のオンパレード。
赤城の彼女である美加代(北川景子)が、たまたま時籐の知り合いで、拳銃を奪ったチンピラのボスがたまたま手都会長の元を訪れていて、その情婦の朔美(りょう)がたまたま赤城の元彼女であって、赤城がそれを追っかける為、たまたま目の前にあった時籐のスポーツカーを盗んで、街をさまよう芽衣子が、たまたま車に乗った美加代を見かけたという女性(つまり美加代と芽衣子両方を知ってる事になる)に出会って…
と、こういう偶然が一晩に重なる確率は限りなくゼロに近いと思えるのだが…。いくらフィクションでもあり得ない。

警察は、ボス射殺犯を時籐と決め付けて自白を迫るのだが、使われた銃が、通常は警官が所持するニューナンブ・リボルバーなのだから、まず行方不明の警官・赤城を疑い、探すべきだろう。ハンドルの指紋も赤城のものだし。それに、猛スピードで走ればオービスに赤城の顔がバッチリ撮影されてるだろうに。

最初の会長殺しについても、現代の鑑識技術では、自殺でない事はすぐ分かる。自分で撃ったら、手に硝煙反応がないとおかしいからである。テレビの2時間ドラマでさえ、偽装する時はもう1発、拳銃を被害者に握らせて撃たせ、手に硝煙を付けさせる細工をする。脚本書いた人、最近のミステリー・ドラマさえ見てないのではないか。

また、会長だというのに、秘書がついていないのはおかしい。時籐ですら秘書がいるのだから。会長がビルを出たかを誰も確認していないのも変だし、家にも帰らず連絡も取れなかったら大騒ぎになるだろう。オリジナルの時代では、社長は一人で行動する事も珍しくはなかったのだが。この辺も伏線なりセリフでの説明が必要だろう。脚本に周到さが足りない。

ラストの写真現像も、相当苦しい。今はデジカメが主流だし、フィルム現像だって現像マシン導入の所が多い。見合いポートレートならともかく、普通のスナップ写真を定着液に漬けるなんて面倒な事はしないだろう。ま、たまたま親切な写真館の人がいたという事でかろうじてOKか。

要するに、53年前では問題なかったが、現代を舞台にした場合では、根本的に無理がある点が多過ぎるのである。リメイクする場合は、そういう点をどうクリアするか、徹底して議論し、煮詰めなければならない。無理があるなら、リメイクは諦めるべきだろう。

 
実はオリジナルの方にも、よく考えれば不合理な点はいくつかある。
まだ明るいのに、ビルの手摺にロープを引っかけて登るのは、誰が見ているかも分からず、完全犯罪にしては荒っぽい。
ジャンヌ・モローが、手当たり次第にあちこちで「ジュリアンを知らない?」と聞いて回るのだが、これは“二人は親密な関係だ”と触れ回っているようなもので問題あり。ラストでも明らかなように、この事は秘密のはずなのだから。

それでもこのオリジナルが傑作と評価されているのは、作品全体を覆う頽廃的ムード(マイルス・デイヴィスの即興ジャズも効果を高めている)と、夜のパリの街をドキュメンタル風に捕らえたアンリ・ドカエのカメラの功績が大きい。今では珍しくもないが、当時としては斬新な構成・演出だった。そしてこの作品をきっかけとして、以後ゴダールやトリュフォを中心としたヌーベル・バーグが隆盛を極める事となる。ラストのモローの顔のアップとモノローグも、いかにもフランス映画らしい洒落たエンディングで印象的であった。

本作では、冒頭の芽衣子のクローズアップ、そしてラストの定着液に浮かび上がる時籐と芽衣子との愛の写真、そこにやはり芽衣子のアップとモノローグ…と、オリジナルの名シーンをそっくり再現しており、この点ではオリジナル作品に対し、相当のリスペクトを示していると言えるだろう。このラストだけは、オリジナルを思い出し、ジーンとなった。

だが、繰り返すが、脚本がどうにも酷い。いくら実力のある緒方監督でも、この脚本ではどうしようもない。
その脚本を書いたのは木田薫子。数本のビデオ向け作品の脚本・監督を手掛けただけで、本編としての実績はまったくない。なんでもっと力のある脚本家を起用しないのだろう。例えば、テレビの「相棒」の脚本チーム…輿水泰弘、櫻井武晴、古沢良太、岩下悠子…等、きちんとしたミステリーを書ける脚本家は多くいる。映画にするなら、この人たちが3人くらい寄ってじっくり練り上げた脚本を使うべきである。

そんなわけで、かなり贔屓目に見ても、ガッカリする出来であった。リメイクは難しい。…とは言え、オリジナルに対するリスペクト(エンドロールでもマルの息子に謝意を示している)は十分に感じられたので、ちょっとだけ点数は甘くしておこう。     (採点=★★☆

 ランキングに投票ください → ブログランキング     にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

 

DVD オリジナル版「死刑台のエレベーター」

|

« 「十三人の刺客」 (2010) | トップページ | 「桜田門外ノ変」 »

コメント

まさに同感です。
映画は時代を超越して感動を呼ぶけど、その時代だからこそ生まれるモノでもあるということを
強く意識させてくれたリメイクでした。

投稿: えい | 2010年10月12日 (火) 10:35

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「死刑台のエレベーター」 (2010):

» [映画『死刑台のエレベーター(2010)』を観た] [『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭]
☆短信でごめん。  でも、かなりの問題作なので、早めに一言もの申したかったのだ。  この作品、話の40%がメチャクチャなのである^^  私は、上映の途中で抜け出したくなった。  でも、最後まで見ると、何となく許せる気分に...... [続きを読む]

受信: 2010年10月12日 (火) 05:53

» 『死刑台のエレベーター』(2010年・日本版) [ラムの大通り]
※かなり辛口。 各ファンの方はスルーしてください。 「う〜ん。 これは、映画の出来不出来を言う以前に、 と... [続きを読む]

受信: 2010年10月12日 (火) 10:35

» 死刑台のエレベーター(日本版) [とらちゃんのゴロゴロ日記-Blog.ver]
ルイ・マル監督が25歳という若さで作ったオリジナルのリメイクだ。話のあらすじや重要な台詞は、同じだ。現代の日本でも違和感がないような脚本と演出にしたつもりだと思う。オリジナルの説明不足なところを補ったり、登場人物にプラスアルファのエピソードを盛り込んでいる... [続きを読む]

受信: 2010年10月12日 (火) 15:24

» 死刑台のエレベーター(2010) [LOVE Cinemas 調布]
ルイ・マル監督のデビュー作にして傑作の呼び声高い1957年の同名サスペンス映画のリメイク。完全犯罪の計画を企てるも、全ての歯車が狂い始め、破滅の道へと堕ちて行く様子が描かれる。主演は『ライアーゲーム』の吉瀬美智子と『トリック』シリーズの阿部寛。共演に『ハゲタカ』の玉山鉄二と『花のあと』の北川景子が出演している。監督は『のんちゃんのり弁』の緒方明。... [続きを読む]

受信: 2010年10月12日 (火) 22:42

» 「死刑台のエレベーター(2010/日本)」レビュー [映画レビュー トラックバックセンター]
映画「死刑台のエレベーター」についてのレビューをトラックバックで募集しています。 *2010年、日本映画 *出演:吉瀬美智子、阿部寛、玉山鉄二、北川景子、平泉成、りょう、笹野高史、熊谷真実、田中哲司、堀部圭亮、町田マリー、上田耕一、津川雅彦、柄本明、他 *監督:緒..... [続きを読む]

受信: 2010年10月13日 (水) 04:33

» 死刑台のエレベーター [象のロケット]
大手企業手都(てと)グループ会長の若い妻・手都芽衣子と愛人関係にある時藤(ときとう)隆彦は、手都会長を殺し2人で逃げる約束をしていた。 15分で済むはずの完全犯罪が、思わぬアクシデントによりほころび始める。 一方、手都ビルの近くでピストルを盗まれた若い警官・赤城は、恋人と共にヤクザのボスを時藤の車で追いかける…。 サスペンス。 ≪あの人を殺して、私を奪いなさい。≫... [続きを読む]

受信: 2010年10月13日 (水) 20:07

» 死刑台のエレベーター [だらだら無気力ブログ]
フランスの名匠ルイ・マルが手掛けた1957年の傑作サスペンスを、 『のだめカンタービレ』の吉瀬美智子と『トリック』の阿部寛主演で リメイク。 完全犯罪を目論む愛人関係の男女を軸に、ふとしたアクシデントを きっかけに運命を狂わせ、不安と焦りから破滅の道へ絡み合…... [続きを読む]

受信: 2010年10月13日 (水) 22:19

» 「死刑台のエレベーター」 [【映画がはねたら、都バスに乗って】]
顔が長かったばかりにエレベーターから脱出できなかった男の物語。 そう、そう、阿部寛じゃなくて谷啓だったら脱出できたかもしれないのに・・・って、そういう問題じゃないでしょ。 エレベーターが最寄階に停まらないオ...... [続きを読む]

受信: 2010年10月16日 (土) 23:55

» 映画:死刑台のエレベーター [よしなしごと]
 先日15連休中に観たのですが、旅行ブログを書いていたので、映画の記事が遅くなっちゃいました。と言うわけで今回は死刑台のエレベーターです。 [続きを読む]

受信: 2010年11月 4日 (木) 03:42

» 死刑台のエレベーター [映画的・絵画的・音楽的]
 昔見たことのある有名な映画のリメイク作だというので、『死刑台のエレベーター』を新宿の角川シネマ館で見てきました。 (1)この作品は、出演する俳優陣が豪華ですから、サスペンス物と...... [続きを読む]

受信: 2010年11月 6日 (土) 08:15

» 「死刑台のエレベーター」は2010年に起こりう... [映画と出会う・世界が変わる]
ルイ・マルの「死刑台のエレベーター」は、まさに映画史に残る大傑作であり、これと今回の緒方明作品とを比較すること自体は全くのナンセンスである。比較の結果は自明である。映画... [続きを読む]

受信: 2010年12月 2日 (木) 09:32

» 映画『死刑台のエレベーター』を観て [KINTYRE’SDIARY]
10-75.死刑台のエレベーター■配給:角川映画■製作年・国:2010年、日本■上映時間:111分■鑑賞日:12月1日、角川シネマ新宿(新宿三丁目)■入場料:1,000円(オリ... [続きを読む]

受信: 2010年12月28日 (火) 00:21

» 死刑台のエレベーター(日本語版 2010) [単館系]
オリジナルの死刑台のエレベーターを観た後さいたま新都心駅へ直行。 そして2010年の死刑台のエレベーターを鑑賞。 #ものすごく効率悪いような気がするが・・・ #そもそもMOVIXさいたまでオリジナル版の上...... [続きを読む]

受信: 2011年1月 1日 (土) 12:55

» 死刑台のエレベーター(吉瀬美智子主演版) [映画、言いたい放題!]
ヌーベルバーグの傑作であるルイ・マル監督の同名作品は、 随分前に観ました。 この作品を製作した時、 監督は若干25歳だったんですよね。 その世界観にびっくりでした。 さて、こちらはどんなもんでしょうか? 怖いもの見たさの心境です。(笑) 大企業“手都グル... [続きを読む]

受信: 2011年5月10日 (火) 04:53

» 別館の予備(感想211作目 死刑台のエレベーター) [スポーツ瓦版]
1月15日 死刑台のエレベーター 下記TBアドレスの別館にTBして頂けると有難いです TBアドレス http://trb.ameba.jp/servlet/TBInterface/hum09041/11134918349/c19e6895 十三人の刺客&宇宙戦 ... [続きを読む]

受信: 2012年1月15日 (日) 12:57

» 死刑台のエレベーター(感想211作目) [別館ヒガシ日記]
死刑台のはケーブルTVで鑑賞したけど 結論は吉瀬さん満足も内容は微妙だったね 内容は社長夫人の芽衣子は時籐との 愛人関係で芽衣子が夫を自殺の様に... [続きを読む]

受信: 2012年1月15日 (日) 12:57

« 「十三人の刺客」 (2010) | トップページ | 「桜田門外ノ変」 »