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2010年10月28日 (木)

「冬の小鳥」

Fuyunokotori 2009年・韓国=フランス/配給:クレスト・インターナショナル
原題:여행자(旅人)/英題:A BRAND NEW LIFE
監督・脚本:ウニー・ルコント

韓国出身で、フランスで女優、映画の衣装デザイナーとして活躍するウニー・ルコントが、自らの少女時代のエピソードを元に脚本・監督した自伝的デビュー作。「シークレット・サンシャイン」のイ・チャンドン監督がプロデューサーとして参加している。

1975年。9歳のジニ(キム・セロン)は、大好きだった父(ソル・ギョング)に捨てられ、ソウル郊外のカトリックの児童養護施設に入れられる。はじめのうちは状況を受け入れられず反発していたが、やがて面倒見のいいスッキ(パク・ドヨン)とも仲良くなり、そして徐々に、自らの運命に向かい合って行く…。

韓国映画界は、次々に素晴らしい新人監督が誕生している。昨年は「チェイサー」のナ・ホンジン、今年も「息もできない」のヤン・イクチュンの鮮烈なデビューに目を瞠ったばかり。しかも今度は女性監督だ。
新人とは思えない、落ち着いた静謐な語り口で、過酷な運命に苛まれ、抗い、やがて静かに運命を受け入れて行く少女の人生を淡々と描き、深い感動を呼ぶ。見事な傑作である。

ルコント監督は、韓国で生まれ、9歳の時にカトリック系の児童養護施設に入れられ、やがて養子としてフランスへ渡った経験を持つ。―つまりこの映画は彼女自身の体験に基づいている。それ故、真実の重みが、物語に圧倒的なリアリティをもたらしている。

主人公の9歳の少女・ジニを演じたキム・セロンが素晴らしい。自分を棄てた父親を、それでもいつかきっと迎えに来てくれると信じ、待ち続ける悲しい運命の少女を見事に演じきっている。ある時は悲しみに沈み、ある時は激しく怒りをぶつけ、そしてやがては、諦めの境地に達する。その心の変化が、無理なくこちらに伝わって来る。

凄いのは、じっと座って遠くを見ているうち、やがて両の目からポロポロと涙が溢れて来るシーンである。監督の演技指導もあるのだろうが、まさに本当に親に棄てられたのではと思ってしまうほどの迫真の演技である。

ジニは、最初のうちは怒りと悲しみで、食器を払い捨てたり、プレゼントの人形をバラバラにしたりの荒んだ行動をとる。
だが、それでも優しくしてくれる、スッキという友達が出来たり、厳しい中にも、温かく導いてくれる寮母等に接するうちに、次第にジニの心に変化が現れ始める。

悲惨な境遇を悲しむのではなく、運命を受け入れ、それを糧として、“新しい人生”(英語原題)を生きて行こうと決心するのである。

絶望から希望へ―
それを象徴するのが、死んだ小鳥のお墓を掘り返し、自分の身体を埋め、全身を土で被った後、土をはね退け、起き上がるシーンである。

過去を振り捨て、新たな自分に生まれ変わった、その事を示す、感動的なシーンである。

最後に、養子としてフランスに飛び立つジニの表情は、最初の頃と違って、笑顔に溢れ、とても晴れやかである。観ている観客もホッとする。
死んだ小鳥は、もう飛ぶ事は出来なかったが、小鳥の墓から生まれ変わった小さなジニは、軽やかに飛び立ったのである。

 
子供を棄てた父親は、本来なら糾弾されるべきだろうが、ルコント監督は、父親への恨みつらみをこの映画では描いていない。
むしろ、自転車に父と二人乗りしている時、ジニはとても嬉しそうで笑顔を見せている。
想い出の中の父は、ジニにとって、とても愛すべき存在なのである。

養護施設に行く時に、父親はよそ行きのいい服を着せ、おいしいものを食べさせ、でかいケーキをお土産に持たせてくれている。
つまり、決してこの父親は、“悪い人間”であるとは描いていないのである。

恐らく、父にも、ジニを棄てざるを得ない事情があったのだろう。1970年代、韓国の庶民の生活は豊かではなかっただろうし。
それに、養護施設に入れば、裕福な外国の里親にもらわれ、両親と暮らすより、ずっといい生活が出来る
子供の幸福の為には、その方がいい、と思ったのかも知れない。
無論、片方には、貧しくとも、両親と暮らすのが一番幸福だ、という考えもある。あの時代においては、どちらが正しかったのか、それは誰にも判断は出来ない。

ソル・ギョング扮する父親は、映画のなかではほとんど素顔を見せていない。…それは、父親が悪い人間なのか、そうではないのか、その判断は、観客に委ねたい、という監督の思いがあったのではないだろうか。

 
インタビューによると、ルコント監督が影響を受けた映画監督の一人として、小津安二郎の名前を挙げている。

そう言えば、日常生活を淡々と描きつつ、家族のあり方や人生を考えさせる描き方は、小津作品に通じるものがある。

また、小津作品には、「生れてはみたけれど」とか、「お早よう」のように、子供の目線で、大人たちを鋭く凝視した傑作がある点も見逃せない。

 
長編デビュー作にて、早くも卓抜な演出力を示し、素晴らしい傑作を作り上げたウニー・ルコント監督に惜しみない拍手を送りたい。次回作を楽しみに待ちたい。     (採点=★★★★☆

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2010年10月24日 (日)

テレビ「田原総一朗の遺言」

BSジャパン(テレビ東京系)で10月23日、午後9時から「田原総一朗の遺言~タブーに挑んだ50年! 未来への対話~」が放映された。

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これは、現在はジャーナリストとして活躍中の田原総一朗氏が1970年代、東京12チャンネル(現・テレビ東京)に勤務していた時代にディレクターとして手掛け、今もテレ東の保管庫に眠る約60本のドキュメンタリー番組から3本を選び、それを早稲田大学・大隈講堂で学生たちと共に観賞し、作品の出演者もゲストとして呼び、3時間に渡って討論した内容を2時間にまとめて放送したものである。

田原氏のブログより紹介。 ↓
http://www.taharasoichiro.com/cms/?p=419

いやー、凄いものを見た。よくこんな過激な番組が当時、堂々とテレビ放映されたものだ。

田原氏が東京12チャンネル時代に、過激なドキュメンタリーを作っていたという話は、氏の著作「テレビと権力」(講談社刊・ 2006年)等で読んで知ってはいたが、現物を見た事はなかった。

今回、その内の代表作3本が(多少編集され短くなってはいるが)番組で放映された。

内容は、
① 「バリケードの中のジャズ~ゲバ学生対猛烈ピアニスト」―山下洋輔(1969年)
② 「宣言ポルノ女優  白川和子」(1972年)
③ 「オレはガンじゃない!~片腕の俳優・高橋英二の一年半~」(1970年)

①は、当時、学園闘争のバリケードの中、過激派の学生たちが大隈講堂からピアノを(大学に無断で)担ぎ出し、なんと対立組織(民青系)の拠点の中で、山下洋輔に演奏させ、その一部始終をカメラで捕らえたものである。
うっかりすればセクト間の乱闘になって、命の危険に晒されかねないが、山下も田原氏も「死んでも構わない」と思ったそうである(しかし田原氏はいいが、撮影を担当したカメラマンは心臓が縮んだ事だろう(笑))。

②は当時の日活ロマンポルノの人気女優・白川和子と共に老人ホームを慰問、白川と老人との触れ合いを通して、人間と性の関係に密着した作品である。
白川にインタビューで鋭く迫り、本音を引き出す辺りもいかにも田原氏らしいが、凄いのは白川と、彼女の大ファンという白いアゴ髭の老人とが親密になり、老人が白川に抱きつき、とうとう胸に手を突っ込み、白川のオッパイがポロリとなるまでをずっとカメラが追うくだりである。
身寄りもなく、寂しさに飢えている老人の潜在願望を赤裸々に描いて、これは感動的な人間洞察のドキュメントになっている。
今だったら老人ホーム側が放送中止を要請するだろうし、テレビ局も尻込みして放映など出来ないだろう。第一マスコミに叩かれる。放送したテレビ局もエラい!

“一切のタブーに挑戦する”という田原氏の意気込みに溢れた、傑作ドキュメントだと思う。

③は、がんに侵され、片腕を切り落とした俳優、高橋英二にカメラで密着し、30歳で亡くなるまでの1年半を追い掛けたものである。最後は、棺の中の遺体まで映している。

どれも、自主規制で腰が引けてしまってる今のテレビ界では、絶対に不可能な企画ばかりである。そもそも、企画を出す勇気のあるディレクターもいないだろう。

これは、製作した東京12チャンネルが後発の弱小局で(田原氏によると“テレビ番外地”と言われていたそうだ)、製作費が安い代わりに、ディレクターが好きなように作ってもあまり文句を言われない、鷹揚な雰囲気があった事も幸いしたようだ。
大手の日テレやTBS、NHKだったら、絶対に企画は通らないだろう。

「他のテレビ局では放送できない、危ない番組を作るのである」と田原氏は言う。「刑務所の塀の上を歩くようなもので、内側に落ちたらおしまいだという覚悟でいた」とも言う。そんな危ない番組を毎週放送してくれた東京12チャンネルも、凄い会社である。

こんなエピソードもあったようだ。
1971年に、田原氏が清水邦夫氏と共同監督で、映画「あらかじめ失われた恋人たちよ」を作った時、「撮影に2か月必要だったが、会社は休ませてくれない。しかし仲間は面白いと応援してくれて、毎日ぼくの代わりに出勤簿を押してくれた。そういういんちきのおかげで完成した」(田原氏談)

なんとも、おおらかな時代である。古きよき時代と言えようか。

 
田原氏はドキュメンタリー制作に当り、“対象者に、ある程度の意図を伝え、了解を得ておく”(つまりヤラセである)、“隠し撮りはしない、望遠レンズも使わず、すぐ近くにカメラを置く”を基本方針としたそうだ。

この方針に基づき撮影された、③のがん患者、高橋英二に密着した壮絶なドキュメントは、後に原一男監督が撮った、小説家・井上光晴氏の、がんで亡くなるまでの晩年の5年間を追った傑作ドキュメント「全身小説家」の手法によく似ている。

実際、原監督は、田原氏の著作でこの手法を知って衝撃を受け、「全身小説家」に取り入れたと語っている。

ある意味では、田原氏は、原監督らの優れたドキュメンタリー映画作家に多大な影響を与えたクリエイターである、とも言えるだろう。

余談だが、和歌山県太地町のイルカ追い込み漁を追ったドキュメンタリー「ザ・コーヴ」の撮影手法は、“対象者の了解を得ず、無断で”“望遠レンズで隠し撮りをしている”という2点で、前述の田原氏のドキュメンタリー方針とは正反対であり、そういう意味では邪道ドキュメタリー、という事になるだろう。

 
ともかく、これらの田原ドキュメンタリーを見て、改めて田原総一朗という人は、凄い、反骨のジャーナリストであると思い知った。

田原ドキュメンタリーに比べたら、マイケル・ムーア作品など、ひよっ子みたいなものだろう(笑)。

今年3月、田原氏が司会するテレビ朝日系の「サンデー・プロジェクト」が終了したが、後番組、悦っちゃんの「サンデー・フロント・ライン」はまるでつまらない。只のワイドショーになり下がっている。
その後田原氏は、BS朝日の「激論クロスファイア」に移って相変わらずご活躍されているが、視聴者がぐっと制限されるBSでは、その真摯なドキュメンタリストぶりが多くの人に伝えられないのが残念である。

今の時代では、もう田原氏が東京12チャンネルで作っていたような過激なドキュメンタリーは、作るのは不可能だろう。…と言うより、田原氏のようなタブーを恐れない硬骨のジャーナリストも、もう出てこないだろう。
田原氏が遺した優れたドキュメンタリー映像は、まさに“田原総一朗の遺言”なのである。

 
とにかく、刺激的な、感動的な番組だった。1回きりの放送ではもったいない。…というより、BSジャパン、というテレビ局の番組をどれだけの人が見る機会があるのか。ごく少数の視聴者に限られるだろう。

多くの人に見てもらう為にも、今回の放送はドキュメンタリー映画として全国の映画館で上映して欲しいと思う。…それがダメなら、地上波(テレビ東京)で再放送し、あるいはDVDで発売して欲しい。それだけのインパクトのある番組である。

あと、出来ればBSジャパンででもいいから、現存する60本の田原ドキュメンタリーを、ノーカットで放送してはもらえないだろうか。そちらの方こそを是非見たいという思いがしきりである。
…でも、あの過激ぶりでは、特に登場する人たち(あるいはその遺族)の了解が得られないと難しいだろう(現に今回の放送でも、登場する関係者の了解が得られず、放送出来なかったものがあるという)。

とにかく、素晴らしい番組だった。今年のテレビ番組の(といっても私は報道番組以外ほとんどテレビは見ないのだが)最優秀作品であると断言したい。繰り返すが、再放送、あるいは第2弾を切に希望。

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田原氏の本「テレビと権力」

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2010年10月19日 (火)

「桜田門外ノ変」

Sakuradamon2010年・日本/配給=東映
監督:佐藤 純彌
原作:吉村 昭
脚本:江良 至、佐藤 純彌

1860年に起きた、水戸藩士たち18名が徳川幕府の大老・井伊直弼を暗殺した「桜田門外ノ変」を、襲撃部隊の指揮者だった関鉄之介を中心として描いた時代劇。吉村昭の同名小説をもとに、「男たちの大和/YAMATO」等のベテラン佐藤純彌がメガホンをとった。

 
「十三人の刺客」が公開されたばかりだというのに、またしても“政府の要人を徒党を組んで暗殺する時代劇”の登場だ。ただし、「十三人-」は一部、史実をヒントにしてはいるものの大半はフィクションであったのに対し、こちらは歴史上の事件を、ほぼ史実に忠実に再現している。ために、暗殺シーンも、「十三人-」ほどダイナミックでも、派手でもなくカッコよくもないのは仕方のないところ。

映画は、関鉄之介(大沢たかお)たち水戸藩士が、開国を推し進める大老・井伊直弼(伊武雅刀)を桜田門外で暗殺するまでを前半で早々と描き、後半は暗殺に加わった藩士たちが幕府からも水戸藩からも追われ、次々と捕われ処刑され、またある者は自刃する、そのプロセスを描きつつ、その間に、時間軸を縦横にシャッフルさせて、彼らが如何にして決起に至ったかのエピソードを丁寧に描いている。

佐藤純彌監督は、デビュー以来、回想シーンを多用して、過去と現在を行き来するスタイルの作品が多い。代表作「新幹線大爆破」も、冒頭すぐに、新幹線に爆弾を仕掛けたという電話が入って一気にスリリングな展開に持って行き、その合間に回想シーンが何度もインサートされ、犯人たちが何故そのような犯行に至ったかを克明に描いている。…そういう点では、本作とも構成はよく似ている。監督得意の手法とも言えよう後述のお楽しみコーナーも参照)

ただ、本作に限って言えばその為に、最初の方では、主人公の考え方や置かれている立場等がいま一つ判り辛い。歴史に詳しい人なら予備知識として知っている事でも、大半の観客には理解し難く、主人公にも感情移入出来ないままに話が進む事となる。

例えば、始まってすぐ、鉄之介が閉門蟄居させられているシーンがあるが、こんなシーンがいきなり出て来ても何の事やら分からない。
鉄之介が、とても妻子にやさしくするシーンがあった後で、江戸では愛人の家で睦み合うシーンがある。愛人がいたのは史実であるにしても、これでは鉄之介の人物像が掴めない。
この映画に関しては、時系列に沿って歴史的な時間経過と、登場人物たちの行動心理を順に追って行く方が話も解り易く、感情移入もし易かったのではないだろうか。回想形式がいつもうまく行くとは限らない。

それでも、時間を経るごとに話の全体像が掴めてきて、後半はまずまず堪能出来た。ある程度この事件について予習をしておけば十分楽しめるだろう。

 
彼らの行動は、ある意味クーデターである。外国からの恫喝に圧されて開国を推し進める井伊直弼の政策では、この国は滅びてしまう、という愛国心がその根底にある。加えて、反対勢力を弾圧し、世に言う「安政の大獄」を生み出したその強権政治も反撥を呼んだ。

水戸藩士たちは、薩摩藩士とも手を結び、大老暗殺が成功した後は、薩摩藩から3千人の兵を京都に送り込み、朝廷を立てて一気に幕府を倒そうとした。これが成功していれば、明治維新はもっと早くなり、歴史は大きく変わったかも知れない。

だが、薩摩藩の当主・島津斉彬が急死し、挙兵慎重派の島津久光が後を継いだ為に計画は頓挫。暗殺計画に加わった水戸藩士たちは、一転、国家転覆を企んだ大罪人として追われる事となる。そればかりか、後ろ盾と思っていた藩主・徳川斉昭(北大路欣也)も彼らを跳ね上がりのテロリストとして糾弾する。
多くの藩士たちは捕らえられ、処刑された。鉄之介は、逃亡しながらも、一縷の希望をを求め、かつての賛同者を訪ね歩くが徒労に終わる。そして2年の逃亡の後、鉄之介も捕えられ、斬首刑に処せられた。

 
彼らの行動を見ていると、二・二六事件を思い起こさせる。あの事件も、青年将校たちによる、「昭和維新・尊皇討奸」を旗印に、政府の要人暗殺を謀ったクーデターだった。天皇親政を目指した点もよく似ている。
そして、クーデターは未遂に終わり、首謀者は処刑され、一部の将校は自刃した辺りもそっくりである。歴史は繰り返されるのである。

監督も、二・二六事件との繋がりを意識したのだろうか。鉄之介が処刑されるくだりでは、白い布を鉄之介の顔にかけ、目隠しをしている。
二・二六事件でも、将校たちが銃殺刑に処せられる時に、やはり顔に(これとそっくりな)布をかけていた

ちなみに、東映で1969年に作られた「日本暗殺秘録」(監督・中島貞夫)は、桜田門外の井伊大老暗殺に始まり、最後は二・二六事件で終わるオムニバスである。最後の処刑シーンでは前述のように、顔に布をかけられた将校たちが次々銃殺されるシーンが印象的だった。これは長らくソフト化されていなかったが、来年早々、DVDが発売されるという話を聞いた。興味ある方はご覧になる事をお奨めする。
なお、プロデューサーはオリジナルの工藤栄一監督版「十三人の刺客」、さらに前述の「新幹線大爆破」もプロデュースしている、天尾完次氏である点も要チェックである。

 
彼らの行動は失敗に終わったが、この事件がきっかけとなって、尊皇倒幕運動の火は燎原の炎のように広がり、やがて明治維新に繋がって行った事を思うと、彼らの死は決して無駄にはならなかったと言えるだろう。
テロは許されないが、若者たちが、この国を良くしたいという理想を抱き、立ち上がる事は悪いことではない。ラストで、場面は現代になり、桜田門からパンしたカメラが国会議事堂を捕らえるシーンに、そうした監督の思いが凝縮されている気がした。

1点だけ疑問。冒頭にも、現代の国会議事堂が登場するのだが、これは不要。最初にこれを見てしまうと、ラストの議事堂を捕らえたシーンのインパクトが弱くなってしまう。インサートのタイミングも中途半端。この冒頭の現代シーンは、ない方がラストがより引き締まった気がする。

そういった点や、回想シーンの乱れが気になるなど難点もいくつかあり、高得点は差し上げられないが、来月で78歳になるベテラン監督、佐藤純彌氏の頑張りと熱い思いには敬意を表したい。今の時代、観ておく価値のある作品であると思う。    (採点=★★★☆

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お楽しみはココからだ

佐藤純彌監督は、東映で現代任侠映画を撮っていた頃から好きな監督である。その作品の中でも、あまり知られてはいないが私の愛着のある作品を紹介しておきたい。

Kumichoutosikaku その題名は「日本暴力団 組長と刺客」(69)。鶴田浩二扮する、ある暴力団幹部が、抗争の果てに仲間を殺され、敵のボスを待ち伏せて殺すまでを描いているのだが、異色なのは、ボスのいる大邸宅の前で雨に濡れながらじっと待っているシーンが物語の大半を占め、その待つ間に、そこに至った経緯を回想するシーンが何度もインサートされるのである。

東映ヤクザ映画にしては珍しい、過去と現在の時制が何度も行き来する斬新な展開で、さすがは回想シーンが得意な佐藤監督だとニヤリとさせられた。

面白いのは、雨の降る中、ひたすらボスが屋敷から現れるのを待ち、遂に最後にボスが出てくるや突進し、暗殺に成功するが自身も蜂の巣になって倒れる、という展開が、“雪が降るしきる中、門前で大老が現れるのを待ち続け、暗殺に成功する”本作の展開とよく似ている点である。ボスの屋敷が、ちょっと大名屋敷を思わせる作りであるのも面白い。回想シーンが多いのも共通しているし。

佐藤監督、案外今回は、あの「組長と刺客」で行こう、と思ったのかも知れない。題名からして“刺客”が入ってるし。

おマケに、そのボスを演じたのが、オリジナル「十三人の刺客」で刺客の一人で、新作では古田新太が演じた佐原平蔵役の、水島道太郎である、というのもまた面白い。ついでに、鬼頭半兵衛を演じた内田良平も出演している。

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2010年10月11日 (月)

「死刑台のエレベーター」 (2010)

Erebater2010年・日本/角川映画
原題:Ascenseur pour I'Echafaud
監督:緒方明
原作:ノエル・カレフ
オリジナル脚本:ロジェ・ニミエ、ルイ・マル
脚本:木田薫子

1957年に作られた、鬼才ルイ・マル監督による同名のフランス映画の正式リメイク。監督は「いつか読書する日」「のんちゃんのり弁」等の緒方明。

オリジナルは、ルイ・マルがわずか25歳の時に監督した、完全犯罪ものの傑作で、かつフランス・ヌーベル・バーグの嚆矢ともなった、映画史的にも伝説的な名作である。

世界初のリメイク、と謳われているが、映画史に残る傑作をリメイクする事自体無謀で、どう作ってもオリジナルは超えられないし、またこういう映画は、その時代の空気と絶妙にマッチしているもので、オリジナルに忠実に作ったとしても、時代に合わなくなってしまうものである。さらに、オリジナルの愛好家からは非難の嵐となるのは目に見えている。

そういう不利な状況で、あえてリメイクにチャレンジするからには、余程の覚悟と意気込みが必要だろう。堅実な作りでファンも多い緒方明監督のこと、どこまでチャンレンジ出来たか、確かめる意味で興味を持って観賞した。

結果的には、オリジナルに対するリスペクトは十分感じられたが、いかんせん脚本がどうしようもなく酷い。アラと突っ込みどころだらけである。

手都グループ会長夫人・芽衣子(吉瀬美智子)は、愛人関係である医師の時籐隆彦(阿部寛)と、夫を自殺に見せかけて殺害する完全犯罪を企てる。しかし隆彦がエレベーターに閉じ込められるアクシデントが起き、一方外では警官の赤城(玉山鉄二)がヤクザに拳銃を奪われ、停めていた時籐のスポーツカーを盗んで追跡を始めた事から、計画は大きく狂い始める。そして芽衣子はいつまで経っても時籐が現れず、連絡もつかない事から、次第に不安にさいなまれて行く…。

そもそもこの物語は、オリジナルが作られた時代が、ハイテクもケータイもなかったローテクの時代だったからこそ成立する話である。
エレベーターに閉じ込められた所で、携帯で外部とコンタクト出来る現代では、この物語は無理がある。…どうしてもなら、時籐が携帯を置いて来ざるを得なかった理由がきちんと描かれていなくてはならないのだが、その辺はまったくいい加減である。普通は背広のポケットに入れておくだろう。そのくせライターやナイフはちゃんと持ってるから余計おかしい。そもそも今の時代は、ナイフは持ってたら銃刀法違反になる。

ビルの電源をオフにするくだりも、今の時代はオフィス内にはファックスもサーバー・パソコンもあるだろうから無闇に電源は切れない。それに、5時半になったら基本的に仕事を止めてしまう習慣の欧米と違って日本のビジネスマンは、遅くまで残業するのが当り前(現に、他のビルでは窓に夜も煌々と灯りが点いてるシーンがある)なのだから、5時半にビルの電源を切ってしまうのはムチャである。…つまり53年前のフランスではOKであっても、現代の日本では、この設定は根本的に無理があるのである。

まあそこまでは認めるとしても、5時半にビルの電源を落とす事は、時籐も知ってる(秘書が念を押している)のだから、それが頭にあったら、5階から降りる時は非常階段を使えば問題はなかったはずだ。うっかりにもほどがある。
私だったら、普段は終日電源は入ってるが、この日はビルの改修工事があって、臨時に電源を落とす事になった、という具合に脚本を変える。この方が無理がない。そのくらいのアイデアを思いつくのがプロではないか。

(以下、ややネタバレです。注意ください)
そして、オリジナルと大きく改変した、赤城の役柄や行動が不自然である。オリジナルでは、単にスポーツカーを乗り回したいだけの軽薄なチンピラだったのだが、本作では警官になっていて、ヤクザにからまれ、拳銃を奪われてしまう。

ここからが、なんとまあ、偶然に次ぐ偶然のオンパレード。
赤城の彼女である美加代(北川景子)が、たまたま時籐の知り合いで、拳銃を奪ったチンピラのボスがたまたま手都会長の元を訪れていて、その情婦の朔美(りょう)がたまたま赤城の元彼女であって、赤城がそれを追っかける為、たまたま目の前にあった時籐のスポーツカーを盗んで、街をさまよう芽衣子が、たまたま車に乗った美加代を見かけたという女性(つまり美加代と芽衣子両方を知ってる事になる)に出会って…
と、こういう偶然が一晩に重なる確率は限りなくゼロに近いと思えるのだが…。いくらフィクションでもあり得ない。

警察は、ボス射殺犯を時籐と決め付けて自白を迫るのだが、使われた銃が、通常は警官が所持するニューナンブ・リボルバーなのだから、まず行方不明の警官・赤城を疑い、探すべきだろう。ハンドルの指紋も赤城のものだし。それに、猛スピードで走ればオービスに赤城の顔がバッチリ撮影されてるだろうに。

最初の会長殺しについても、現代の鑑識技術では、自殺でない事はすぐ分かる。自分で撃ったら、手に硝煙反応がないとおかしいからである。テレビの2時間ドラマでさえ、偽装する時はもう1発、拳銃を被害者に握らせて撃たせ、手に硝煙を付けさせる細工をする。脚本書いた人、最近のミステリー・ドラマさえ見てないのではないか。

また、会長だというのに、秘書がついていないのはおかしい。時籐ですら秘書がいるのだから。会長がビルを出たかを誰も確認していないのも変だし、家にも帰らず連絡も取れなかったら大騒ぎになるだろう。オリジナルの時代では、社長は一人で行動する事も珍しくはなかったのだが。この辺も伏線なりセリフでの説明が必要だろう。脚本に周到さが足りない。

ラストの写真現像も、相当苦しい。今はデジカメが主流だし、フィルム現像だって現像マシン導入の所が多い。見合いポートレートならともかく、普通のスナップ写真を定着液に漬けるなんて面倒な事はしないだろう。ま、たまたま親切な写真館の人がいたという事でかろうじてOKか。

要するに、53年前では問題なかったが、現代を舞台にした場合では、根本的に無理がある点が多過ぎるのである。リメイクする場合は、そういう点をどうクリアするか、徹底して議論し、煮詰めなければならない。無理があるなら、リメイクは諦めるべきだろう。

 
実はオリジナルの方にも、よく考えれば不合理な点はいくつかある。
まだ明るいのに、ビルの手摺にロープを引っかけて登るのは、誰が見ているかも分からず、完全犯罪にしては荒っぽい。
ジャンヌ・モローが、手当たり次第にあちこちで「ジュリアンを知らない?」と聞いて回るのだが、これは“二人は親密な関係だ”と触れ回っているようなもので問題あり。ラストでも明らかなように、この事は秘密のはずなのだから。

それでもこのオリジナルが傑作と評価されているのは、作品全体を覆う頽廃的ムード(マイルス・デイヴィスの即興ジャズも効果を高めている)と、夜のパリの街をドキュメンタル風に捕らえたアンリ・ドカエのカメラの功績が大きい。今では珍しくもないが、当時としては斬新な構成・演出だった。そしてこの作品をきっかけとして、以後ゴダールやトリュフォを中心としたヌーベル・バーグが隆盛を極める事となる。ラストのモローの顔のアップとモノローグも、いかにもフランス映画らしい洒落たエンディングで印象的であった。

本作では、冒頭の芽衣子のクローズアップ、そしてラストの定着液に浮かび上がる時籐と芽衣子との愛の写真、そこにやはり芽衣子のアップとモノローグ…と、オリジナルの名シーンをそっくり再現しており、この点ではオリジナル作品に対し、相当のリスペクトを示していると言えるだろう。このラストだけは、オリジナルを思い出し、ジーンとなった。

だが、繰り返すが、脚本がどうにも酷い。いくら実力のある緒方監督でも、この脚本ではどうしようもない。
その脚本を書いたのは木田薫子。数本のビデオ向け作品の脚本・監督を手掛けただけで、本編としての実績はまったくない。なんでもっと力のある脚本家を起用しないのだろう。例えば、テレビの「相棒」の脚本チーム…輿水泰弘、櫻井武晴、古沢良太、岩下悠子…等、きちんとしたミステリーを書ける脚本家は多くいる。映画にするなら、この人たちが3人くらい寄ってじっくり練り上げた脚本を使うべきである。

そんなわけで、かなり贔屓目に見ても、ガッカリする出来であった。リメイクは難しい。…とは言え、オリジナルに対するリスペクト(エンドロールでもマルの息子に謝意を示している)は十分に感じられたので、ちょっとだけ点数は甘くしておこう。     (採点=★★☆

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DVD オリジナル版「死刑台のエレベーター」

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