« 「死刑台のエレベーター」 (2010) | トップページ | テレビ「田原総一朗の遺言」 »

2010年10月19日 (火)

「桜田門外ノ変」

Sakuradamon2010年・日本/配給=東映
監督:佐藤 純彌
原作:吉村 昭
脚本:江良 至、佐藤 純彌

1860年に起きた、水戸藩士たち18名が徳川幕府の大老・井伊直弼を暗殺した「桜田門外ノ変」を、襲撃部隊の指揮者だった関鉄之介を中心として描いた時代劇。吉村昭の同名小説をもとに、「男たちの大和/YAMATO」等のベテラン佐藤純彌がメガホンをとった。

 
「十三人の刺客」が公開されたばかりだというのに、またしても“政府の要人を徒党を組んで暗殺する時代劇”の登場だ。ただし、「十三人-」は一部、史実をヒントにしてはいるものの大半はフィクションであったのに対し、こちらは歴史上の事件を、ほぼ史実に忠実に再現している。ために、暗殺シーンも、「十三人-」ほどダイナミックでも、派手でもなくカッコよくもないのは仕方のないところ。

映画は、関鉄之介(大沢たかお)たち水戸藩士が、開国を推し進める大老・井伊直弼(伊武雅刀)を桜田門外で暗殺するまでを前半で早々と描き、後半は暗殺に加わった藩士たちが幕府からも水戸藩からも追われ、次々と捕われ処刑され、またある者は自刃する、そのプロセスを描きつつ、その間に、時間軸を縦横にシャッフルさせて、彼らが如何にして決起に至ったかのエピソードを丁寧に描いている。

佐藤純彌監督は、デビュー以来、回想シーンを多用して、過去と現在を行き来するスタイルの作品が多い。代表作「新幹線大爆破」も、冒頭すぐに、新幹線に爆弾を仕掛けたという電話が入って一気にスリリングな展開に持って行き、その合間に回想シーンが何度もインサートされ、犯人たちが何故そのような犯行に至ったかを克明に描いている。…そういう点では、本作とも構成はよく似ている。監督得意の手法とも言えよう後述のお楽しみコーナーも参照)

ただ、本作に限って言えばその為に、最初の方では、主人公の考え方や置かれている立場等がいま一つ判り辛い。歴史に詳しい人なら予備知識として知っている事でも、大半の観客には理解し難く、主人公にも感情移入出来ないままに話が進む事となる。

例えば、始まってすぐ、鉄之介が閉門蟄居させられているシーンがあるが、こんなシーンがいきなり出て来ても何の事やら分からない。
鉄之介が、とても妻子にやさしくするシーンがあった後で、江戸では愛人の家で睦み合うシーンがある。愛人がいたのは史実であるにしても、これでは鉄之介の人物像が掴めない。
この映画に関しては、時系列に沿って歴史的な時間経過と、登場人物たちの行動心理を順に追って行く方が話も解り易く、感情移入もし易かったのではないだろうか。回想形式がいつもうまく行くとは限らない。

それでも、時間を経るごとに話の全体像が掴めてきて、後半はまずまず堪能出来た。ある程度この事件について予習をしておけば十分楽しめるだろう。

 
彼らの行動は、ある意味クーデターである。外国からの恫喝に圧されて開国を推し進める井伊直弼の政策では、この国は滅びてしまう、という愛国心がその根底にある。加えて、反対勢力を弾圧し、世に言う「安政の大獄」を生み出したその強権政治も反撥を呼んだ。

水戸藩士たちは、薩摩藩士とも手を結び、大老暗殺が成功した後は、薩摩藩から3千人の兵を京都に送り込み、朝廷を立てて一気に幕府を倒そうとした。これが成功していれば、明治維新はもっと早くなり、歴史は大きく変わったかも知れない。

だが、薩摩藩の当主・島津斉彬が急死し、挙兵慎重派の島津久光が後を継いだ為に計画は頓挫。暗殺計画に加わった水戸藩士たちは、一転、国家転覆を企んだ大罪人として追われる事となる。そればかりか、後ろ盾と思っていた藩主・徳川斉昭(北大路欣也)も彼らを跳ね上がりのテロリストとして糾弾する。
多くの藩士たちは捕らえられ、処刑された。鉄之介は、逃亡しながらも、一縷の希望をを求め、かつての賛同者を訪ね歩くが徒労に終わる。そして2年の逃亡の後、鉄之介も捕えられ、斬首刑に処せられた。

 
彼らの行動を見ていると、二・二六事件を思い起こさせる。あの事件も、青年将校たちによる、「昭和維新・尊皇討奸」を旗印に、政府の要人暗殺を謀ったクーデターだった。天皇親政を目指した点もよく似ている。
そして、クーデターは未遂に終わり、首謀者は処刑され、一部の将校は自刃した辺りもそっくりである。歴史は繰り返されるのである。

監督も、二・二六事件との繋がりを意識したのだろうか。鉄之介が処刑されるくだりでは、白い布を鉄之介の顔にかけ、目隠しをしている。
二・二六事件でも、将校たちが銃殺刑に処せられる時に、やはり顔に(これとそっくりな)布をかけていた

ちなみに、東映で1969年に作られた「日本暗殺秘録」(監督・中島貞夫)は、桜田門外の井伊大老暗殺に始まり、最後は二・二六事件で終わるオムニバスである。最後の処刑シーンでは前述のように、顔に布をかけられた将校たちが次々銃殺されるシーンが印象的だった。これは長らくソフト化されていなかったが、来年早々、DVDが発売されるという話を聞いた。興味ある方はご覧になる事をお奨めする。
なお、プロデューサーはオリジナルの工藤栄一監督版「十三人の刺客」、さらに前述の「新幹線大爆破」もプロデュースしている、天尾完次氏である点も要チェックである。

 
彼らの行動は失敗に終わったが、この事件がきっかけとなって、尊皇倒幕運動の火は燎原の炎のように広がり、やがて明治維新に繋がって行った事を思うと、彼らの死は決して無駄にはならなかったと言えるだろう。
テロは許されないが、若者たちが、この国を良くしたいという理想を抱き、立ち上がる事は悪いことではない。ラストで、場面は現代になり、桜田門からパンしたカメラが国会議事堂を捕らえるシーンに、そうした監督の思いが凝縮されている気がした。

1点だけ疑問。冒頭にも、現代の国会議事堂が登場するのだが、これは不要。最初にこれを見てしまうと、ラストの議事堂を捕らえたシーンのインパクトが弱くなってしまう。インサートのタイミングも中途半端。この冒頭の現代シーンは、ない方がラストがより引き締まった気がする。

そういった点や、回想シーンの乱れが気になるなど難点もいくつかあり、高得点は差し上げられないが、来月で78歳になるベテラン監督、佐藤純彌氏の頑張りと熱い思いには敬意を表したい。今の時代、観ておく価値のある作品であると思う。    (採点=★★★☆

 ランキングに投票ください → ブログランキング     にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

 
お楽しみはココからだ

佐藤純彌監督は、東映で現代任侠映画を撮っていた頃から好きな監督である。その作品の中でも、あまり知られてはいないが私の愛着のある作品を紹介しておきたい。

Kumichoutosikaku その題名は「日本暴力団 組長と刺客」(69)。鶴田浩二扮する、ある暴力団幹部が、抗争の果てに仲間を殺され、敵のボスを待ち伏せて殺すまでを描いているのだが、異色なのは、ボスのいる大邸宅の前で雨に濡れながらじっと待っているシーンが物語の大半を占め、その待つ間に、そこに至った経緯を回想するシーンが何度もインサートされるのである。

東映ヤクザ映画にしては珍しい、過去と現在の時制が何度も行き来する斬新な展開で、さすがは回想シーンが得意な佐藤監督だとニヤリとさせられた。

面白いのは、雨の降る中、ひたすらボスが屋敷から現れるのを待ち、遂に最後にボスが出てくるや突進し、暗殺に成功するが自身も蜂の巣になって倒れる、という展開が、“雪が降るしきる中、門前で大老が現れるのを待ち続け、暗殺に成功する”本作の展開とよく似ている点である。ボスの屋敷が、ちょっと大名屋敷を思わせる作りであるのも面白い。回想シーンが多いのも共通しているし。

佐藤監督、案外今回は、あの「組長と刺客」で行こう、と思ったのかも知れない。題名からして“刺客”が入ってるし。

おマケに、そのボスを演じたのが、オリジナル「十三人の刺客」で刺客の一人で、新作では古田新太が演じた佐原平蔵役の、水島道太郎である、というのもまた面白い。ついでに、鬼頭半兵衛を演じた内田良平も出演している。

|

« 「死刑台のエレベーター」 (2010) | トップページ | テレビ「田原総一朗の遺言」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「桜田門外ノ変」:

» 『桜田門外ノ変』 [ラムの大通り]
----またまた、ずいぶん間があいちゃったね。 久しぶりに、何喋ってくれるのかと思ったら、 またまた時代劇…。 「いやあ。ほんと今年は多いね。 時代がこうも不況だと、 過去にヒントを求...... [続きを読む]

受信: 2010年10月20日 (水) 07:50

» 桜田門外ノ変 [とらちゃんのゴロゴロ日記-Blog.ver]
この事件の関係者は、あまり歴史の表舞台で語られることが少ない。同じ脱藩浪人でも、土佐・長州・薩摩の出身者は表舞台で活躍した。この事件の水戸藩士たちは非常に地味な存在だが、同じように日本の行く末を案じて命を落としていった。我々は、彼らの犠牲の上で現在の日本... [続きを読む]

受信: 2010年10月20日 (水) 09:31

» 桜田門外ノ変 [Akira's VOICE]
ドラマへの求心力が弱い。。   [続きを読む]

受信: 2010年10月20日 (水) 10:09

» 桜田門外ノ変 [映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子公式HP]
桜田門外ノ変オリジナルサウンドトラック幕末を背景にした正統派歴史劇。井伊直弼暗殺をクライマックスにせず、その事件が個人をどう変えていったかを描くことで、歴史を俯瞰している点が意義深い。黒船来航により開国か攘夷かで揺れる日本。開国派の大老・井伊を暗殺するこ....... [続きを読む]

受信: 2010年10月20日 (水) 23:56

» 桜田門外ノ変 [だらだら無気力ブログ]
茨城県の地域振興と郷土愛の醸成を目的に、市民が主体となって企画し、 映画化が実現した時代劇。吉村昭の同名小説を基に、歴史の大きな転換点と なった大老・井伊直弼襲撃事件へと至る経過とその後の顛末を、襲撃者側で ある水戸藩士たちの視点から丁寧に描き出していく…... [続きを読む]

受信: 2010年10月21日 (木) 00:14

» 桜田門外ノ変 [佐藤秀の徒然幻視録]
大沢たかおの格好悪い桜田烈士ぶり 公式サイト。吉村昭原作、佐藤純彌監督、大沢たかお、北大路欣也、池内博之、長谷川京子、柄本明、生瀬勝久、西村雅彦、伊武雅刀、渡辺裕之、渡部豪太、本田博太郎、榎木孝明、加藤清史郎。いざ桜田門外の修羅場となると、実行部隊隊長の関...... [続きを読む]

受信: 2010年10月21日 (木) 06:24

» 桜田門外ノ変 [象のロケット]
安政7年(1860年)。 水戸藩士・関鉄之介は、有志たちと徳川幕府大老・井伊直弼を討つために江戸へと向った。 ペリー来航以来、開国派の井伊はじめ譜代大名たちと、それに異を唱える水戸藩ら尊王攘夷派は対立しており、井伊は安政の大獄(幕府による尊王攘夷派への弾圧)の指揮を取っていた。 開国派の暴挙を食い止めるため、鉄之介たちは立ち上がったのだが…。 幕末時代劇。... [続きを読む]

受信: 2010年10月21日 (木) 21:31

» 「桜田門外ノ変」 [【映画がはねたら、都バスに乗って】]
なに、あの終わり方。 なにって、桜田門外の変は、歴史上の出来事じゃなくて、いまの日本につながっているんだっていうことを象徴するラストだったじゃない。 それを言いたいためにあの建物を持ってきたわけ?なんか...... [続きを読む]

受信: 2010年10月21日 (木) 21:32

» 『桜田門外ノ変』 [京の昼寝〜♪]
[続きを読む]

受信: 2010年10月24日 (日) 10:09

» 桜田門外ノ変 [花ごよみ]
主人公は水戸浪士、関鉄之介、 大沢たかおが演じます。 その妻に長谷川京子。 長男の誠一郎には加藤清史郎君。 水戸藩主、徳川斉昭に北大路欣也、 井伊直弼には伊武雅刀。 柄本明、生瀬勝久、渡辺裕之、 池内博之、西村雅彦等が出演 監督は佐藤純彌。 原作は吉村昭の同名小説。 ペリーが来航。 そして安政の大獄。 攘夷派の水戸藩の浪士と、 薩摩藩の浪士18名が意を決して、 開国派の時の権力者、 大老、井伊直弼(伊武雅刀)を、 桜田門外で首を奪った事件。 「桜田門外ノ変」。 その後、挙兵する約束の薩... [続きを読む]

受信: 2010年10月25日 (月) 19:13

» 桜田門外ノ変 [WEBLOG:e97h0017]
本作を娯楽作品に仕上げようとするならば、言うまでもなく井伊直弼暗殺の事件描写を終盤に持ってきてクライマックスとするべきであり、それをしなかったということは本作のテーマがあくまでも襲撃を画策・実行した尊攘派志士たちがたどった末路を描く人間ドラマを軸にしていたということになると思います。... [続きを読む]

受信: 2010年10月26日 (火) 16:38

» [映画『桜田門外ノ変』を観た] [『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭]
☆う〜む、面白かった。  どこが面白かったかと聞かれたら、パッと答えられないのだが、幕末の激動の序章を、きっちりと、『十三人の刺客(2010)』のような「ケレン」を全く排して、「十八人の刺客」を描いていたのが良かった。  私は、例え『ダンス...... [続きを読む]

受信: 2010年10月30日 (土) 21:36

» 桜田門外ノ変 [映画的・絵画的・音楽的]
 『週刊文春』(10月21日号)の阿川佐和子のインタビューに、主役の大沢たかおが登場して、面白そうな内容のように思えたこともあって、『桜田門外ノ変』を渋谷TOEIで見てきました。 (1)た...... [続きを読む]

受信: 2010年10月31日 (日) 10:17

» 「桜田門外ノ変」 (2010 東映) [事務職員へのこの1冊]
監督:佐藤純彌 出演:大沢たかお、北大路欣也、池内博之、長谷川京子、柄本明、生瀬 [続きを読む]

受信: 2010年10月31日 (日) 13:18

» 桜田門外ノ変 [C'est joli〜ここちいい毎日を〜]
桜田門外ノ変10:日本◆監督:佐藤純彌「男たちの大和/YAMATO」「植村直己物語」◆出演:大沢たかお、長谷川京子、柄本明、生瀬勝久、加藤清史郎、西村雅彦 、伊武雅刀、北大路欣也◆STORY◆安政7年(1860年)、尊王攘夷を唱えた水戸藩藩主・徳川斉昭は、開国派の幕府...... [続きを読む]

受信: 2010年11月 2日 (火) 16:57

« 「死刑台のエレベーター」 (2010) | トップページ | テレビ「田原総一朗の遺言」 »