テレビ「刑事定年」
いつも言ってるが、私はテレビドラマはめったに見ない。「龍馬伝」も「ゲゲゲの女房」も見ていない。この1年で見たのは「相棒」シリーズと「仁 -JIN-」くらいか。どちらも見応えある力作で、最低でもこのくらいのレベルは保って欲しいもの。
で、我が家では、やっとこの夏からBSデジタルケーブルが開通し、民放BS番組が見れる様になったが、再放送やショッピングばっかりでまったく面白くない。まあまあ良かったのは、田原総一朗さんのBS朝日「激論!クロスファイア」と、前回紹介したBSジャパン「田原総一朗の遺言~タブーに挑んだ50年! 未来への対話~」くらいである。
そんな中で、久しぶりに、面白い、と思えるテレビドラマを見つけた。
BS朝日で放映中の「刑事定年」。民放BSでは珍しいオリジナル・ドラマである。主演は柴田恭兵、浅田美代子、田丸麻紀、等。
刑事ドラマは山ほどあるが、これは“定年退職した刑事を主人公としたホームドラマ”というユニークな設定。この目のつけどころがいい。
舞台を、建設中の東京スカイツリーが見える東京の下町とし、定年退職して、ほとんど家にいる元敏腕刑事の自宅に舞台を限定して、家族や、そこに集まって来る元同僚や、在任中に面倒を見た人たちが織りなす、下町人情ドラマといった趣である。
カメラはほとんどと言っていいほど、主人公・猪瀬直也(柴田恭兵)の家から一歩も出ない。
そしてこの家に、毎回、おかしな人たちが闖入して来てドタバタ騒動を繰り広げたり、微妙な空気をかもし出したりする展開は、笑いと涙の人情コメディである点も含めて、「吉本新喜劇」にも似ている。
だが、泥くさい吉本コメディなどと決定的に異なるのは、“仕事一筋に生きて来た男から仕事を奪ったら何が残るのか”、
“夫婦とは何なのか、家族とは、親子とは”、“老後の長い人生を、どういう目的を持って生きるのか”といったシリアスな問題とも正面から向き合い、ハラハラさせたり、考えさせられたり、最後は人情の機微でホロリとさせる、絶妙なドラマ展開にある。
第1回から、仕事一筋で、家庭をほとんど顧みなかった為に、子育ては妻・早季子(浅田美代子)が一人でして来ており、妻からも娘からもどことなく距離が出来てしまっている状態が描かれる。早季子は夫を無視して自分なりの生活を楽しんでいるし、娘の真紀(田丸麻紀)からは「私、このうちでお母さんと二人で育ってきた気がする」だとか「夫婦の会話がほとんどない」と突っ込まれ、直也は愕然とする。
仕事を辞め、家に入ったら、毎日ゴロゴロとして、やる事がなく、居場所の無さを痛感する直也…。
サラリーマン、特に同じように定年を迎えて来ている団塊の世代には、身につまされる話だろう。
これだけだったら、何となく暗くなってしまいそうなシチュエーションだが、主人公を元刑事…それも、取調べでも犯罪者に対し、温情を示す人情脆い男、にした点が秀逸。これによって、自宅にヤクザの親分やら、虚言癖の女やら、ややこしい人物が直也を慕ってやって来て、ドタバタ騒動を巻き起こす事によって笑いが生まれる。さらに、何か秘密があるのでは、犯罪が起きているのでは、というサスペンスも生まれ、スリリングで飽きさせない。
最新作、11月24日放映の第5回「泥棒の帰郷」は特に良かった。
今回のゲストは國村隼。
妻が留守中、直也が近所の買い物から戻ると、洗面所で物音がするので覗いてみると、怪しい男(國村隼)がいる。どうやら空き巣である。刑事の習性で尋問を始めるうちに、20年以上前に出稼ぎで上京したが、仕事がうまくいかず、家族の待つ故郷の青森へ帰る前に、出来心で侵入してしまったという身の上話を聞かされ、見逃してやる事にしたが、そこへ妻が帰って来て…という展開。
國村隼が絶妙の名演。離れた娘との心の交流を中心とした、親子の情愛がテーマとなっており、最後は思わず泣かされる。金子成人の脚本がよく練られている。
1回目の頃は、妻ともギクシャクしていたのが、回が進むごとに会話やコミュニケーションが増えて、次第に夫婦の絆を取り戻して行くプロセスが丁寧に描かれる。また、29歳にもなってまだ結婚相手が見つからない娘の真紀も、今回の國村と娘との心の触れ合いを目にして、次第に自分自身を見つめ直して行く。
これはまた、一つの家族の、再構築のドラマでもあるようだ(東京スカイツリーが、建設途中だというのも、テーマと被らせているのかも知れない)。今後の展開が楽しみである。
笑ったのが、第4回の直也のセリフ。「そりゃ、刑事(デカ)としてあぶない事や、刑事としてはみだす事もあったよ」。
柴田恭兵の当たり役刑事ドラマのタイトルに引っかけてますね。ただお話の方はこの回はイマイチだったが…。
“笑い、涙、下町人情”というテーマは、「男はつらいよ」に代表される、山田洋次の世界とも繋がっているし、また“半完成のテレビ塔(スカイツリー)が見える下町”という舞台は、これまた下町人情ドラマの秀作「ALWAYS 三丁目の夕日」を思わせる。
脚本は、「金曜日の妻たちへ」等の名作で知られる鎌田敏夫をメインに、金子成人、樫田正剛が参加。そして演出は「キサラギ」で名を上げた佐藤祐市。なるほど、1つの屋根の下だけで展開する物語は、「キサラギ」で得意とする所である。
中高年以上の方には特にお奨めだが、若い人が観ても十分面白い。本年出色の秀作ドラマである。
それにしても、こんな優れたドラマを、BSだけで放映するのはもったいない。是非地上波での再放送をお願いしたい。
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