「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ 」
2009年・英/配給:ギャガ
原題:Nowhere Boy
監督:サム・テイラー=ウッド
脚本:マット・グリーンハルシュ
若き日のジョン・レノンと彼の2人の母親の交流を描いた青春ドラマの佳作。監督は、イギリスの現代アートを代表する新進女性アーティストで、本作が長編映画デビュー作となるサム・テイラー=ウッド。
着眼点がいい。これまで作られたミュージシャンの伝記映画は、ほとんどが、苦労・紆余曲折の末に成功を収め、有名になるまでか、あるいは晩年の姿を描いたものが大半である(代表的なものとしては、「グレン・ミラー物語」、「愛情物語」、新しい所では「レイ Ray」、「五線譜のラブレター」等がある)。
本作は、ジョン・レノンの少年時代、―特に、一般的にはあまり知られていない、2人の母との確執に焦点を絞っている点がユニークである。物語の最後も、アマチュアバンド、クォーリー・メンを結成し、成功の糸口となった西ドイツ・ハンブルグに向かう所で終わっている(ビートルズとして有名になるのはそれから数年経ってからである)。
従って、本作はミュージシャン伝記映画と言うよりは、一人の悩める若者が音楽と出会い、愛を求めて彷徨い、かけがえのない友人(ポール、ジョージたち)と出会い、やがて自分の生きる道を手さぐりでつかんで行く、青春映画の色合いが強い。そこが新鮮である。
そして何より、人生とは、自分を導いてくれる、大切な人の存在がとても大きい事を、丁寧に、きちんと描いている点がいい。
ジョンは、小さい時、父と別れ、母とは引き裂かれて厳格な伯母の元に預けられ、グレて悪さばかりしていた。…そのままだったら不良少年となって最悪の人生を送っていたかも知れない。
そんなある日、近くに実の母が住んでいる事を知ったジョンは、伯母に隠れて母に会いに行く。
母は奔放で、気ままに生きているが、そのおかげでジョンは母からバンジョーの弾き方を教えてもらい、音楽の楽しさと可能性を知る。
厳格な伯母との暮らしと、母のいない寂しさで、鬱屈した思いを抱いていた時期に、音楽と出会ったからこそ、それはジョンにとって自分を救う道であったのだろう。単に、母親と何不自由ない暮らしをしていたら、母にバンジョーを教えて貰っても音楽にのめり込む事はなかったかも知れない。そうであったら、ビートルズは誕生しなかったかも知れない。無論、それプラス、エルヴィス・プレスリーの衝撃的な登場、という要因もあったにせよ。
もう一人、音楽活動の過程での、ポール・マッカートニーとの出会いも大きい。ポールとのコラボが相乗効果となり、ジョンの音楽性を飛躍的に高めた事もまぎれもない事実である。
運命とは、出会いとは不思議なものである。無論、ポールにとってもジョンとの出会いは大きかった事も間違いはない。
ビートルズ・ファンとして楽しいのは、ポールに「それはバンジョーのコードだ」と指摘されてジョンがクサッたり、クォーリー・メンのメンバーに、楽器を買えず洗濯板を楽器代用でかき鳴らしていた者がいた、等の(ファンなら知っているが)トリヴィアなネタが描かれている点である。左利きのポールがガットギターの弦を上下逆さに張って左利き用ギターとして使うシーンも芸が細かい。無論すべて事実である。
ラストがいい。ハンブルグに旅立つ直前、ミミ伯母さんの家に立ち寄り、身分証に身元保証人のサインを貰うのだが、「親の欄、それとも保護者?」と尋ねる伯母さんに、ジョンは少し照れながら「両方だよ」と答えるシーンは感動的である。ここは泣けた。
人間にとって大切なのは、奔放だろうと、厳しかろうと、深い愛情をこめて見守ってくれる人がいるという事。そしてそれらの愛を、しっかりと受け止め、心の糧にする事こそ大切なのだ、という事である。ジョンの作った歌に、すべての人への“愛”をこめた作品が多いのもそれで理解出来る。エンディングに流れるジョン作曲の“MOTHER(母)”も、改めて聴くと、深い思いが込められている事が分かる。
監督のサム・テイラー=ウッドは美術家出身で、故・アンソニー・ミンゲラ監督に才能を見出され、映画監督の道を歩む事になったという(エンドロールには、ミンゲラ監督への献辞がある)。…ここでも、“導いてくれる人との出会い”があり、作品のテーマと二重写しになっているようで感慨深いものがある。
ジョンに扮するアーロン・ジョンソンや、ポールに扮するトーマス・ブローディ・サングスターがあまり本人と似てないのはご愛嬌だが、アーロンは、観ているうちに気のせいか、だんだんジョンに雰囲気が似て来たように見えた。さすがである。
題名は、ジョンの作ったビートルズのヒット曲「ノーウェア・マン」から採っている(同曲の日本語タイトルも「ひとりぼっちのあいつ」である)。が、冒頭、素行不良で教師から「お前はどこにも行き場のない奴(ノーウェア・マン)だ」と言われるシーンがあり、これが本当に教師からそう言われたのか、それともビートルズ・ナンバー「ノーウェア・マン」からタイトルを頂いた故の創作なのかは定かでない。前者だとしたら、このエピソードは「ノーウェア・マン」という曲の誕生秘話とも言え、興味深い。今度じっくり聴いてみよう。
ともあれ、これはビートルズ・ファンなら必見の作品であり、またファンならずとも、瑞々しい青春映画の佳作としてお奨めしたい力作である。 (採点=★★★★)
(付記)
レノンの伝記映画としては、レノンが肉声で生い立ちを語るナレーションを挿入し、その生涯を追ったドキュメンタリー「イマジン -ジョン・レノン-」(アンドリュー・ソルト監督・ワーナー配給)がある。ミミ伯母さんの事、母の交通事故死についても簡単ではあるが、本人の口から語られている。ジョン・レノンの伝記としては最も丁寧に作られており、本作に感動した方、ジョンに興味を持った方にはお奨めである。
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