「海炭市叙景」
2010年・日本/配給:スローラーナー
監督:熊切和嘉
原作:佐藤泰志
脚本:宇治田隆史
1990年に、41歳の若さで自ら命を絶った不遇の作家・佐藤泰志の連作小説を、原作者と同じ北海道出身、「ノン子36歳(家事手伝い)」の熊切和嘉監督が映画化。
舞台となるのは、佐藤の故郷である函館をモデルにした架空の地方都市“海炭市”。原作はこの街で暮らす市民たちの生活を淡々と描いた、18編からなる連作短編小説。映画は、その内から5編を選び、巧みに人物を交差させつつ、オムニバス風に綴っている。
描かれる物語は、①造船所のリストラで解雇され、初日の出を見に行く兄妹(竹原ピストルと谷村美月)、②立ち退きを迫られつつも頑固に拒否する一人暮らしの老婆(中里あき)、③プラネタリウムで働いているが、水商売の妻(南果歩)の不貞と、会話のない息子との生活に悩む中年男(小林薫)、④妻の子供への虐待に苛立つ燃料店の若い社長(加瀬亮)、⑤帰郷しても家に立ち寄らない息子と深い溝が出来ている市電の運転士(西堀滋樹)…の5つのエピソード。
原作は、1988年から90年までの2年間に書かれたものだが、作者の死により未完となっている。映画は時代を現代(2009年末)に置き換えているが、前述した5編の物語の梗概を読めば分かる通り、テーマは、不況によるクビ切り、一人暮らしの孤老、家庭崩壊、児童虐待、親子の断絶…と、今の時代が抱える(と言うより、ここ数年顕著になった)深刻な問題ばかりである。
1988年と言えばバブル崩壊前、日本はまだまだイケイケで元気な時代だったはずである。そんな時代に、まるで作者の死後20年間の、いわゆる“失われた20年”を経過して、どんどんダメになって行った今の日本の閉塞状況を、佐藤泰志はまるで予感していたかのようである。
今の時代になって、改めて原作が注目されている(絶版になっていたが、最近文庫で復刊)のは、原作がそうした、時代を超えた普遍性を保っているからなのかも知れない。作者が自死したのが惜しまれてならない。
映画もまた、原作再評価の機運の中で、函館市民の有志が企画し、多くの市民の協力によって作られた。また谷村美月、加瀬亮、村上淳、小林薫、南果歩などの実力派俳優が企画に賛同し、結集したというのも素敵な事である。
この映画で描かれる物語は、どれも悲しく、厳しく、出口がないように見える。
だが、それでも人々は懸命に、あるいは逞しく生きている。ラストで、市電に乗り合わせる主人公たちは、希望を求め、来るべき新年に向かって歩もうとしているのだろうか。先は見えずとも、探し続ければ、希望はどこかに見えて来るのかも知れない。
姿が見えず、あきらめかけていた所に戻って来た猫を、優しく抱く老婆の姿をエンドにもって来たのも、あきらめないで、希望を捨てないで、という作者のメッセージなのかも知れない。
熊切和嘉の演出は、庶民の暮らしぶりをドキュメンタルな視線で丁寧に捕らえており、冒頭の進水式のダイナミックな映像に始まり、寒空の下の町の光景を経て、ラストの吹きすさぶ船のデッキに立ち尽くす、市電の運転士の息子の姿に至るまで、対象をじっと凝視する視線に揺るぎはない。前作「ノン子36歳(家事手伝い)」でも見せた、地方都市に暮らす人々の生活と空気感をリアルに捕らえる演出はさらに磨きがかかり、風格さえ漂って来ている。見事。
熊切和嘉監督と言えば、大阪芸大の卒業制作で、残酷グロ描写で物議をかもした「鬼畜大宴会」(97)を撮った人なのだが、時を経てここまで一流監督に成長するとは、誰が予想しただろうか。次回作も期待したい。
ちなみに、大阪芸大出身の映画監督には、「天然コケッコー」等の山下敦弘、「ぐるりのこと。」の橋口亮輔、「川の底からこんにちは」の石井裕也などがおり、本作の脚本を担当した宇治田隆史も同大学出身。多士済々である。 (採点=★★★★☆)
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コメント
良い映画でしたね。竹原ピストル氏が本当に魅力的でした。
>大阪芸大出身の映画監督
あと、確か「オカンの嫁入り」の呉美保監督もそうだったような・・・キネ旬「マイ・バック・ページ」連載に発言が登場した際に、そう書いてあった記憶が。
やっぱり才能が結集したり、成長する土台ってありますね。
投稿: タニプロ | 2011年1月19日 (水) 01:14
◆タニプロさん
調べましたら、やはり呉美保監督も大阪芸大出身でした。
http://akatsuki21.com/article/164865627.html
大林信彦監督の事務所で、スクリプターをやっていたようです。
こんなに一時に、才能が結集するというのも珍しいですね。東京も負けずに頑張って欲しいものです。
投稿: Kei(管理人) | 2011年2月 3日 (木) 23:56
この作品がバブル時代に書かれたことに
まず驚嘆。
あの時期にこんなことを考えていた人が
いたことが驚きですが、佐藤さんという
作家は貴重な存在であったことがわかります。
決して幸福な物語でないのですが、
いつまでもこの映画を見ていたいという
気持ちにさせてくれます。
投稿: 哲 | 2011年5月 9日 (月) 07:45
人間の根底に有る、故郷が存在する故に持つ悲しみは 私にも存在します。50を過ぎてこの映画と感じれる悲しみを感じていた矢先、この映画で回答を得たように思えます。
私は故郷を離れ、一応の人生の幸福感を見つける事が出来ました。
ですので、今のこの環境(場所)を人生の第二の故郷と言えますが、結果が逆だったのなら、映画の最後の青年が絶望した故郷に何故が足を向けたように、故郷が暖かく感じたでしょう。
人の運命は故郷への思いを いろいろな色に染め上げるのだなと。。。この映画で教えられた気がします。
投稿: ギター屋主人 | 2012年8月 2日 (木) 21:28