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2011年2月27日 (日)

「ヒア アフター」

Hereafter2010年・米/配給:ワーナー
原題:HEREAFTER

監督:クリント・イーストウッド
製作総指揮:スティーブン・スピルバーグ、フランク・マーシャル、ピーター・モーガン、ティム・ムーア
製作:キャスリーン・ケネディ、ロバート・ロレンツ
脚本:ピーター・モーガン

80歳を超えた今もコンスタントに新作を発表している名匠クリント・イーストウッドが、それぞれに“死後の世界”にかかわった3人の人間の苦悩と解放を描いたヒューマン・ドラマ。脚本は「クイーン」「フロスト×ニクソン」のピーター・モーガン。

津波に呑まれたが九死に一生を得た、パリ在住の女性ニュースキャスター、マリー(セシル・ドゥ・フランス)、不慮の事故で兄を亡くしたロンドン在住の少年マーカス(ジョージ・マクラレン)、そしてサンフランシスコに住む元霊能者で肉体労働者のジョージ(マット・デイモン)…。この3人が互いの問いかけに導かれるようにめぐり会い、生きる喜びを見出して行く。

これまで、リアリスティックな人間ドラマを描いて来たイーストウッド監督が、“死後の世界”という、何となくオカルトっぽいテーマの作品を手掛けた事に違和感を感じる人もいるだろう。実際私も観る前は、こりゃイーストウッドらしくないな、トシとってそっちの方に関心が行ってるのかな、とちょっと心配になった。

だが、映画を観て杞憂は吹き飛んだ。素晴らしい心に沁みる秀作に仕上がっていた。毎回、新しいジャンルに挑戦して、いとも軽々とクリアしてしまうイーストウッド監督には、心の底から畏敬の念を抱かざるを得ない。

 
冒頭の津波シーンの迫力にまず驚かされる。全体が淡々と、静かな内容であるので、最初のツカミで観客を引っ張り込んでおこうという戦略は悪くはない。が、どちらかと言うと製作総指揮のS・スピルバーグの意向も入っているのかも知れない。そう言えばイーストウッドとスピルバーグのコラボでは、「父親たちの星条旗」でも壮大なCGシーンがうまく配置されていた。

イーストウッドらしくない作品と思う人も多いだろうが、よく見ればやはりイーストウッドらしい要素が巧妙に配置されている。

マーカス少年は、自分の代りにお使いに出た兄が死んだ事で、兄の死は自分のせいだ、と悩んでおり、もう一度兄に会って、謝りたいと思っている。
つまりは、ここ数年のイーストウッド作品の一貫したテーマである“贖罪”が、ここでもちゃんと描かれているのである。

イーストウッド自身作曲の、ギターを中心とした静かだが心に響く音楽、抑えた色調の撮影、そして、苦悩を抱えながらも、生きる事の大切さを、丁寧かつしみじみと描く、まさにイーストウッド・タッチと呼べる演出は本作でも健在である。

“死後の世界”と書いたが、実は本作には、あからさまなそんなシーンは登場していない。マリーが臨死体験の中で見る不思議な光景も、ぼんやりとしていて、かつ一瞬であり、どちらかと言えば彼女ののようにも思える描き方である。
ピーター・ジャクソン監督の「ラブリー・ボーン」とか、ロビン・ウィリアムズ主演の「奇蹟の輝き」(1998)などが、霊界を極彩色で豪華絢爛に描いたのとは大違いである。

(ここからネタバレがあります。一部隠してありますので、映画を観た方のみドラッグ反転させてください)

そして、マット・ディモン扮するジョージの特殊能力…死者を呼び出すというふれ込みで、これまでビジネスをやって来たが、ジョージはそれに嫌気がさして辞めたがっている。
が、映画をじっくり見ると、実は死者の霊も、死者の言葉も画面には一切登場してはいないのだ。

ジョージは、相手に触る事で、その心の中を見る能力は持っている。それで、相手の過去の体験や、亡くなった誰に会いたいのかは知る事が出来る。

その得た情報を元に、ジョージはあたかも死者から話を聞いたごとくに装い、依頼者が望む通りの、死者の言葉を伝えるのである。
つまりは、一種の詐欺である。が、依頼者は自分しか知らない秘密をジョージが知っているので、本当に死者を呼び出したものと錯覚してしまい、ジョージに感謝するのである。

ジョージがこの商売を辞めたがっているのは、霊能師である事にうんざりしたと言うよりは、兄にそそのかされて、他人を騙す事に強い罪の意識を感じているからではないだろうか(つまり、ここにも“贖罪”というテーマが見え隠れする)。

料理教室で知り合ったメラニー(ブライス・ダラス・ハワード)に頼まれ、彼女の触れられたくない過去を知って、結局彼女の心を傷つけてしまう。自分の能力は人を欺くだけでなく、時には他人を傷つける事だってある、という点にもジョージは思い至るのである。

ここでも、よかれと思ってした己の行動が、却って悲惨な結果を招いてしまったことで、激しく己を責めたてる、「グラン・トリノ」の主人公の姿がダブる。

イギリスで出会ったマーカスから、兄の霊を呼び出して欲しいと頼まれても、頑なに拒否するのも、もう他人を騙すような事はしたくない、という思いがあるからだろう。

結局マーカスの熱意に根負けして、マーカスの願いを聞き入れるシーンでも、やはりマーカスの兄の霊が登場するシーンはない。マーカスの心の中を読み、相手に合わせてあたかも兄が喋っているかのように見せかけているだけである。
それで、マーカスの心が解放されるなら、嘘も方便、という事なのである。

そしてマリーの出版サイン会で、ジョージがマリーの手に触れた時見るのは、マリーの過去=津波で溺れた光景-だけである。

その後、ラストでそのジョージが、マリーと会う約束をした場所で幻視するのは、二人の未来である。

つまりは、これまで(他人の)過去とばかり向き合って来たジョージが、ここで初めて、未来(=希望)と向き合う事となるのである。

生きる事はせつない。人は絶望や苦悩を抱え、悩み苦しむ時だってある。

それでも人は生きて行かねばならない。未来がある限り…。

“ヒア アフター”とは、“来世”と訳されているが、直訳すれば、“ここから後”―即ち、“未来”を示しているとも言える。

スピリチュアルな作品と誤解されそうだが、実は全くそんな作品ではないのである。よく見れば、まさにイーストウッドらしい、生きる事と人生の意義を見つめ直す、素敵な心温まる人間ドラマなのであった。

 
インタビューによれば、イーストウッド監督は、現役最高齢監督のマノエル・デ・オリベイラ監督(最新作「ブロンド少女は過激に美しく」が公開されたばかり)にならって、少なくとも100歳まで監督業を続けるつもりだという。素晴らしい事である。歳を取ったって、まだまだ人間、何だってやれる、と勇気づけられる。

そう、生きている限り、人生のお楽しみは、まだまだこれからなのである。

どうでもいいが、私のブログ名「お楽しみはココからだ」の“ココからだ”って、英訳すれば“ヒア アフター”になるんじゃないか、と気がついて、ニンマリしている私なのであった(笑)。      (採点=★★★★☆

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2011年2月19日 (土)

「冷たい熱帯魚」

Coldfish2010年・日本/配給:日活
英題:COLDFISH
監督:園子温
脚本:園子温/高橋ヨシキ

「愛のむきだし」の鬼才・園子温監督による、人間のおぞましいまでの狂気と欲望のカオスを描いたホラー・サスペンスの傑作。

小さな熱帯魚店を営む社本信行(吹越満)の家庭では、年頃の娘・美津子(梶原ひかり)が若い後妻・妙子(神楽坂恵)に反発しており、そのため彼と妻との関係にも亀裂が生じていた。そんなある日、彼は娘が起こした万引き事件をきっかけに同業者の村田幸雄(でんでん)と知り合う。やがて村田の事業を手伝うことになった社本は、いつしか恐ろしい猟奇殺人事件に巻き込まれていく。

いやはや、凄い映画である。猛烈な毒を持っている。「愛のむきだし」ならぬ、“狂気と欲望のむきだし”だ。

(以下ネタバレ注意)
何と言っても凄いのは、強烈な悪・村田役を演じたでんでんの存在感である。
表の顔は、巨大な熱帯魚センターを経営し、人望もあり、人が良くて世話好きで、虫も殺せないような好人物である。従業員に対してはハイテンションで熱弁をふるい、とにかくよく喋る。金を持っている人間には、口八丁で弁舌巧みに儲け話に誘い込む。
だが、一たび本性を表わすと、悪魔のような殺人鬼に変貌する。騙した人間を平然と殺し、解体し、ゴミのように棄ててしまう(“透明にする”と呼んでいる)。

社本一家に対しても、最初はにこやかに話しているが、途中から乱暴な口調に変わり、妻の妙子を強姦し、気弱な社本を強引に共犯者に仕立て上げて行く。娘を従業員として、一種人質に取られている事と、村田の勢いに飲まれて、蛇に睨まれた蛙状態になってしまい、社本はなすすべもなく村田の言うがままに従わざるを得なくなる。

死体を解体する時は、若い妻・愛子(黒沢あすか)と共に、冗談を言い合いながら、魚をさばくかのように楽しそうに作業をこなして行く。
どうやら、過去に何人もこの手で殺して来ているようである。

いやはや、凄いモンスターである。映画史の中でも類を見ない凶悪ぶりなのだが、人の良さそうな表の顔とのギャップが際立っている点が実にユニークである。

これまで、山田洋次監督「母べえ」で演じた、母べえに何くれとなく世話を焼く町内会長役とか、人のいいオジさん役が板に付いているでんでんだからこそ、観客も社本も、コロッと騙されてしまう。このキャスティングが何よりの本作成功の一因であるのは疑いがない。

本当の悪人とは、見るからにワルそうな奴ではなく、このでんでんのような、表面的にはいい人のように見える人間ではないだろうか。

人によっては、気分が悪くなりそうな話であるが、この物語も凶悪な犯人像も、実在するいくつかの猟奇殺人事件に基づいており、またニュースを見てても、そうしたおぞましい殺人、死体解体事件はいくらでも起きている。
その現実に我々は眼を瞑るべきではない。

 
もう一つ、テーマとして見え隠れするのは、親と子の関係を中心とした、家族という存在のありようである。

社本家は、後妻の妙子が入って来て以来、娘の美津子は妙子に反撥し、父の言う事も聞かない。半ば崩壊状態である。
その、気の弱い社本が、村田に脅され、悪事の片棒を担がされて行くうちに、次第に感化され、その狂気が伝染したかの如く、やがては家族に対して強い意志を示して行く。気ままだった娘を殴りつけるまでになる。

村田は社本に、「お前はまるで昔の俺だ」と言うのだが、気の弱い社本に対し、「そんな弱気でどうする!」と叱咤激励するかのような村田の態度は、父が息子を鍛えているようにすら見える。
おそらくは村田も、父に虐待された過去があるのではないか。私の想像だが、多分村田はそんな父を殺しているのだろう。そこから村田の殺人鬼としての人生が始まっているような気がする。

村田が社本を殺さずにおいたのも、彼を息子のように思っていたからかも知れないし、その社本に村田が、結果として殺される事となったのも、“息子による父殺し”が継承された事を示すのではないか。

そして社本が最後に娘に「人生は痛いんだよ」という言葉を残して自殺するのも、我が子に、「強く生きろ」と伝えたかったのかも知れない。

園監督の前作が、父と子の心の葛藤と絆を描いた、「ちゃんと伝える」(2009)であった事は、その点でも重要なポイントであろう。

 
園子温監督は、「自殺サークル」以来、「紀子の食卓」「エクステ」「愛のむきだし」と、日本社会の底辺にうごめく狂気と悪意、あるいは家族の崩壊、等のテーマを一貫して描いて来たが、本作はそれらの集大成であるとも言える。

本作ではさらに、でんでんというキャラクターを得て、ブラックなコメディという要素も加わっている。でんでんが、元はスタンダップ・コメディアン(「お笑いスター誕生」出身)だった事を知っていればその事も理解出来るだろう。実際、劇場では何箇所か、笑いが起きていた。
ホラー映画でも、突き抜けると笑える映画となるのはサム・ライミ作品でもお馴染みだ。

なお、ラストで警察が2人しかやって来ない事、そのパトカーになぜか社本の妻と娘が乗っている事など、不自然な描写も散見されるが、これは作品の流れと言うか、勢いを大事にした結果としてそうなったのだろう。村田と愛子殺しのテンションがまだ高まっている時だからこそ、その後の妻殺しに一気になだれ込む結果も納得出来るのである。この程度の齟齬は作品のパワーを損ねるほどの物ではない。

でんでんは、既に「映画秘宝」誌の2010年度最優秀男優賞を獲得しているが、本年度の映画賞において、主演男優賞(あるいは助演男優賞)の有力候補となるのは間違いないだろう。

パワフルな問題作を作り続ける、園子温監督の、これは集大成としての最高傑作であろうし、本年屈指の問題作である。観るべし。    (採点=★★★★★

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2011年2月12日 (土)

「RED/レッド」

Red2010年・米/サミット・エンタティンメント
原題:RED
監督:ロベルト・シュベンケ
原作:ウォーレン・エリス、カリー・ハマー
脚本:ジョン・ホーバー、エリック・ホーバー

ウォーレン・エリス&カリー・ハマーによるDCコミックスの同名グラフィック・ノベルを、ブルース・ウィリス、モーガン・フリーマン、ジョン・マルコビッチ、ヘレン・ミレンの豪華共演で映画化したスパイ・アクションの快作。監督は「フライトプラン」のロベルト・シュベンケ。

かつてCIAの工作員だったフランク(ブルース・ウィリス)は、今は引退し、のどかな余生を送っていたが、内部機密を知りすぎているという理由でCIAの暗殺対象者になってしまう。フランクはかつての仲間たちと再び手を組み、生き残りをかけて巨大な陰謀に立ち向かって行く…。

スパイ・アクション映画も飽きる程作られ、パターンもほぼ出尽くしたかと思っていたが、どっこい、“引退した元凄腕スパイの逆襲”という手がまだあった。先の「エクスペンダブルズ」といい、中高年世代のオヤジたちが暴れまくる映画が続いているのは、特に同世代のオヤジ観客にとっては溜飲が下がる思いだろう。最近、中高年のオヤジ・バンドがブームになっている事とも一脈通じる所があるのかも知れない。

題名の“RED”とは、RETIRED EXTREMELY DANGEROUS=“引退した超危険人物”を示す。まさにフランクなど、屈強のCIA襲撃部隊に襲われても、平然と全滅させてしまう。そして自分以外のかつての同僚にも敵の手が伸びていると悟ると、その仲間たち=ジョー(モーガン・フリーマン)、マービン(ジョン・マルコヴィッチ)、ビクトリア(ヘレン・ミレン)と連絡を取り、4人で手を組んでCIAに挑戦状を叩きつける。

4人のキャラクター設定が面白い。フランクは凄腕スパイである上に格闘技にも強い、まあジェイソン・ボーンの30年後の姿と言えば分かり易い。ジョーは末期ガンを抱え、老人ホームで余生を送っており、マービンは湿地帯で隠遁生活している変人、ビクトリアは一見優雅な貴婦人だが、銃火器のエキスパート。
チーム・プレイものは、それぞれのキャラが際立っているほど面白い。ジョーは暴れる方は不得手だがチームの知恵袋、マービンは対照的に頭はどっかぶっ壊れてるが暴れると手がつけられない。そしてビクトリアは、見かけによらずマシンガンをド派手にぶっ放して大暴れ。エリザベス女王も演じた事のある名優、ヘレン・ミレン(65歳)が男まさりにアクションをこなすミスマッチが却って痛快。

こういう連中が、それぞれのキャラを十分に生かして、年齢など関係ないとばかりに、派手に暴れてくれるだけでも痛快で堪能させられる。多少の辻褄の合わない点などどうでもよくなる。

何よりいいのは、リタイアして、くたびれかけた中高年オヤジが、“まだまだ若いモンには負けない”と頑張る姿である。
同世代の、例えば“団塊の世代”の人々にとっては、まさに応援歌と言ってもいい。定年になっても、まだまだ人生はこれからだ、と勇気を貰う映画である、とも言えよう。

また、嬉しいのは、CIA記録保管室のヘンリー役で、アーネスト・ボーグナインが出演している点である。「マーティ」(55)でアカデミー主演男優賞を獲ってからでも早や半世紀以上。「特攻大作戦」「北国の帝王」「ワイルドバンチ」「ポセイドン・アドベンチャー」など、記憶に残るアクション映画で活躍した姿が今も目に浮かぶ。当年とって94歳!になるが、あのギョロ目もそのまま、元気な姿が見られただけでも涙腺が緩んで来る。

思えば、ボーグナインの代表作「ワイルドバンチ」もまた、4人組の老人たちが巨大な敵に戦いを挑むアクション映画の傑作だった。ボーグナインを起用したのは、そういうオマージュの意味も含まれているのかも知れない。

あと、「アメリカン・グラフィティ」「ジョーズ」「未知との遭遇」などで活躍したリチャード・ドレイファス(63歳)とか、「ロング・キス・グッドナイト」などのブライアン・コックス(64歳)等の還暦超えオヤジたちが脇を固めているのもいい。
まさに老人パワー炸裂映画、と言えよう。

高齢化社会が進んで、どんどん老人が増えて行く時代、こうした中高年オヤジが活躍する映画はこれからも増えるだろう。我が国でも、そうしたアクションが作られる事を望みたい。…そう言えば「十三人の刺客」でも松方弘樹(68歳)が年齢を感じさせぬ豪快な殺陣を披露していた。この調子で、往年のアクション・スター…高倉健、菅原文太、梅宮辰夫、千葉真一、小林旭などがチームを組んだ、日本版「エクスペンダブルズ」を是非作っていただきたい、と最後にお願いしておこう(考えただけでもワクワクするなぁ(笑))。    (採点=★★★★

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2011年2月 3日 (木)

「ソーシャル・ネットワーク」

Socialnetwork_2 2010年・米/ソニー・ピクチャーズ
原題:The Social Network
監督:デビッド・フィンチャー
脚本:アーロン・ソーキン
原作:ベン・メズリック

世界最大のSNSサイト「Facebook」創設者、マーク・ザッカーバーグの半生を、「ベンジャミン・バトン~数奇な人生~」の鬼才デビッド・フィンチャーが映画化。

半生と言っても、ザッカーバーグは映画公開の時点でまだ26歳。80歳まで生きるとして、まだ3分の1にも達していない。彼の人生はまだ端緒についたばかりかも知れないのだが。それでも、巨万の富を築き上げた時点で、人生の目的は果たしてしまったのかも知れないが。

さて、これは実在の人物の成功譚を描いた作品であるが、この手のドラマは、“挫折や苦難を乗り越え、愛する人や、友人や恩師等、周囲の人々の温かい眼差しに支えられ、最後に栄光を勝ち取る”という感動のドラマがお決まりのパターンである。特に、本人が存命の場合はなおさら否定的には描けない。音楽家コール・ポーターの伝記映画「昼も夜も」はポーターが存命だった為、いいお話に終始していたが、当人が亡くなった後に作られた「五線譜のラブレター DE-LOVELY」では、ポーターがゲイだった、等の、あまり知られたくない事実も暴露されていた。

ところが本作は、本人が存命も存命、昨年の「TIME」誌の表紙になる程の時の人であるにもかかわらず、人間的に、かなりイヤな奴として描かれている。頭の良い天才には違いないが、傲慢で人を見下し、ガールフレンドをやり込める冒頭からして、人間的に好きになれないタイプの人物像が強調される。ちょっとした思い付きから、たちまち世界最大規模のSNS・フェイスブックを成功させ、巨万の富を築くが、反面他人のアイデアをちゃっかり盗み、友人をも裏切り、それぞれから訴えられる始末。

実物のマークは、顔も柔和で、映画で描かれたほどオタクでも傲慢でもないらしい。これはドラマとして面白くする為の脚本家・アーロン・ソーキンの脚色も混じっているようだ。そのおかげで、バーチャルの世界では大成功を収めたけれど、現実世界では、友人も、恋人も失った、この主人公の孤独がより強調され、結果としてこれは奥行きの深い人間ドラマの秀作となった。

マーク・ザッカーバーグを演じた、ジェシー・アイゼンバーグが見事な好演。天才で成功者であるが傲慢で、内面は孤独、という複雑な人物像を的確に演じきった。いつもの映像テクニックを封印し、正攻法に徹したデビッド・フィンチャーの演出もお見事。

 
この作品を見て、思い出した映画がある。
オーソン・ウェルズの監督デビュー作にして、今もなお映画史上の最高傑作として名高い「市民ケーン」(1941)である。

Photo 新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにした、巨万の富を築き、ザナドウと呼ばれる大邸宅に住み、欲しい物はすべて手に入れた新聞王チャールズ・フォスター・ケーンが亡くなった後、いろんな周辺の人々のインタビューを重層的に積み重ねて、その男の数奇な人生の光と影を描いた秀作である。

若くして、新聞という情報メディアを制して有名になって行った点や、巨万の富を築いたが、内面は孤独だった、という人間像、過去と現在を縦横に行き来して、多面的な角度からこの人物像を追求した演出、等、両者にはいくつかの共通点がある。

特に、いくら大富豪になったところで、金で手に入れられない、大切な物を失ってしまっていた、という皮肉なラストが、共に効いている。
本作は、まさに“21世紀の「市民ケーン」”であると言えよう。

 
ところで、この作品の監督であるオーソン・ウェルズ自身も、考えてみればマーク・ザッカーバーグと似ている所がある。

ウェルズは子供の頃から天才と言われ、また一方、傍若無人な性格で周りとの人間関係に問題があったそうだ。この辺の性格も似ていると言える。

16歳で舞台俳優として活躍し、19歳の時にはラジオドラマのディレクター兼俳優となる。そして21歳で数多くの舞台で、演出家として成功を収める。

そしてもはや伝説となっているのが、1938年にオーソン・ウェルズが、H・G・ウェルズ原作の「宇宙戦争」「火星人襲来」の題名でラジオドラマ化した際の大騒動である。
ウェルズは放送に際し、それまでに例を見ない、迫真の臨時ニュースを中心とした、ドキュメンタルなスタイルで統一した為に、放送を聴いた多くの聴衆がドラマと思わず、本当に火星人が攻めて来たと勘違いし、全米中がパニック状態になってしまった。

これもよく考えれば、ラジオという、情報を伝えるメディアをうまく活用したわけで、メディアの利点を最大限に生かして時代の寵児となった辺りも、よく似ている。
ちなみに、この時の騒動は1975年にアメリカでテレフィーチャーとしてドラマ化されており、我が国では「アメリカを震撼させた夜」というタイトルでテレビ放映されている(DVD未リリース。DVD化を強く希望)。監督は「サブウエイ・パニック」等で知られるジョセフ・サージェント。

そして、ザッカーバーグは当年26歳だが、オーソン・ウェルズが「市民ケーン」を発表したのも、26歳の時なのである。

但し、モデルとなったハーストが映画「市民ケーン」の内容に激怒、本人の名前を出していないにもかかわらず、ハースト系新聞に徹底的にこき下ろされ、興行的には惨敗。ウェルズは以後、映画作家としては不遇をかこつ事となる。

対して本作は、実名を使って、かなり辛辣にザッカーバーグをイヤな人間として描いているにもかかわらず、興行的にも大成功、賞レースも賑わしている。

ザッカーバーグが人間として鷹揚なのか、時代が変わったのか、この反応の違いもまた興味深い。     (採点=★★★★☆

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DVD「市民ケーン」

ザッカーバーグに関する本

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