「トゥルー・グリット」
2010年・米/配給:パラマウント
原題:True Grit
監督・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
製作:スコット・ルーディン、ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
製作総指揮:スティーブン・スピルバーグ、ロバート・グラフ、デビッド・エリソン、ミーガン・エリソン
原作:チャールズ・ポーティス
1969年に作られた、ジョン・ウェイン主演の西部劇「勇気ある追跡」を、「ノーカントリー」等のジョエル&イーサンのコーエン兄弟がリメイク。製作総指揮には、スティーブン・スピルバーグも名を連ねている。
父親を殺された14歳の少女マティ(ヘイリー・スタインフェルド)は犯人を追跡するため、隻眼で元は凄腕だが、今は大酒のみで自堕落な連邦保安官ルースター・コグバーン(ジェフ・ブリッジス)を雇う。気の強いマティはコグバーンに無理やり同行し、別件で同じ悪党を追うテキサス・レンジャー、ラビーフ(マット・ディモン)も加わり、3人の危険な追跡劇が始まった…。
コーエン兄弟の監督という事で、どんな毛色の変わった西部劇になるかと思ったが、意外や実に本格的・正統西部劇に仕上がっていたので感心した。ジョン・ウェイン主演のオリジナルにもオマージュを捧げたシーン(口に手綱を咥え、両手に銃を持って対決する)もあり、オリジナルが大好きな私にはそれだけでも感動ものである。
マティに扮したヘイリー・スタインフェルドが素晴らしい熱演。あどけない顔なのに、葬儀屋と駆け引きしてコグバーンを雇う費用を捻出する辺り、大人も顔負けである。
このシークェンスが、最初はマティを子供扱いしていたコグバーンが、次第に彼女を対等に扱うようになり、二人が心を通わせて行く伏線にもなっている辺りもうまい展開である。
マット・ディモンも、「ヒア アフター」とは一転、西部の風景に見事に溶け込んでいる。
そしてジェフ・ブリッジス。「クレイジー・ハート」で素晴らしい復活を見せたばかりか、今度は風格あるウエスタン・ヒーローを豪快に演じ、またまた男を上げている。ジョン・ウェインが演じた前作のコグバーンとも全くひけを取っていない。秀作「ラスト・ショー」(71)で、遅れて来たアメリカン・ニューシネマの残像を引きずっていたブリッジスが、こんな渋い老年ヒーローを演じるまでになった事に感慨深いものがある。
ちなみに、「ラスト・ショー」の中で、文字通りラスト・ピクチャー・ショーを飾っていたのが、ジョン・ウェイン主演の「赤い河」であったのも、何かの因縁であろうか。共演者の中に、ジョン・ウェインとの共演作も多い西部劇の名優、ベン・ジョンソンの名前があるのもまた興味深い。
クライマックスの、悪党一味との決闘シーンも、まさにこれぞ西部劇。久しぶりに興奮した。やるじゃないかコーエン兄弟。
そして終盤、ガラガラヘビに噛まれたマティを、医者に連れて行く為にコグバーンが必死で馬を駆けるくだりも印象的だ。
美しい星空の下、少女の命を助ける為に走り続ける老ヒーローの姿に、西部男の心意気を見る。
ラストの後日譚も印象深い。あれから25年を経て、その後のマティとコグバーンの顛末が語られる。ウェインのオリジナル作品にはないエピソードであるが、ここは実は原作通りであり、コーエン兄弟も言っているが、これは“原作に忠実な映画化”なのである。
これを描く事によって、西部のヒーローの悲しい末路、並びに“復讐には代償が伴う”本作のテーマをくっきりと印象付けている。
カッコいい西部劇であったウェイン主演の前作とは明らかに異なる、人間の運命、憎悪の連鎖の空しさ、といった、9.11以降のアメリカの空気、をも敏感に反映していると言えよう。今世紀に、コーエン兄弟があえてリメイクにチャレンジした意味も十分納得出来る。
爽快な正統西部劇として楽しむも良し、コーエン兄弟映画の新たな展開として見るも良し、本年を代表する見事な秀作としてお奨めしたい。 (採点=★★★★☆)
(で、お楽しみはココからだ)
既に一部の評論家も指摘しているが、本作には、チャールズ・ロートン監督のカルト的秀作「狩人の夜」(1955)へのオマージュも巧みに盛り込まれている。
ご存じない方の為に解説すると、これはビリー・ワイルダー監督「情婦」等の名演でも知られる俳優、チャールズ・ロートンが初監督を担当し、ロバート・ミッチャムが不気味な殺人犯を演じたサスペンス映画である。共演にはリリアン・ギッシュ、シェリー・ウィンタース等の名優が並ぶ。
だが、公開当時は興行的にも当らず、批評家からも黙殺され、我が国でも劇場未公開に終わった不幸な作品である。ロートンも監督作はこれ1作に終わった。
が、後年、F・トリュフォー等一部の映画人が激賞し、やがてカルト的な人気を得て再評価の機運が高まり、我が国でも1990年に至ってようやく劇場公開される事になった、いわく付きの作品である。
後年の映画にも多大な影響を与えており、ミッチャムの両手の指に彫られた刺青、“LOVE”と“HATE”は、スパイク・リー監督の「ドゥ・ザ・ライト・シング」の中で、巨大ラジカセを肩にかついだレディオ・ラヒームが両手に着けているリングに、そのまま引用されている。
また、マーティン・スコセッシ監督「ケープ・フィアー」で、ロバート・デ・ニーロの身体に彫られた「TRUTH」と「JUSTICE」の刺青もこれの引用と言われている。
で、本作へのオマージュの件だが、本作で随所に流れる、「永遠(とわ)なる腕(かいな)に身をゆだね」という歌詞の賛美歌(聖歌503番「主の御手に頼る日は」という題名の曲)は、「狩人の夜」の中で印象的に使われており、「狩人の夜」を気に入った映画ファンならすぐにピンと来るだろう。
そして映像的にも、この作品には、地平線を行く馬に乗った男のシルエット(写真1)とか、星空の下、河を流れて行く兄妹の船(写真2)とかの印象的な名シーンがあるのだが、これらに似たシーンが「トゥルー・グリット」でもちゃんと登場しているのは、映画を見れば自明である。
思えば、ミッチャムが演じた、どこまでも執拗に追って来る不気味な殺人鬼のイメージは、コーエン兄弟の「ノーカントリー」の殺人者、ハビエル・バルデム演じるアントン・シガーに、巧妙に投影されているのかも知れない。
なお「狩人の夜」は、2007年に「カイエ・デュ・シネマ」誌が発表した「世界で最も美しい100本の映画」では、第2位に選ばれている。
ちなみに、1位はオーソン・ウェルズ監督「市民ケーン」である。
人気の高さを窺い知る事が出来るだろう。
どうでもいいが、この1位、2位の作品、どちらもでっぷり太った性格俳優(笑)の初監督作品で、どちらも公開当時は批評・興行共に惨敗、後年再評価される、といった共通点があるのが面白い。
映画ファンなら、見ておいて損はない秀作である。興味があれば是非。
原作本
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コメント
読みごたえあり、
なおかつ嬉しくなる映画の記憶に満ちたレビューでした。
私のツイッターでご紹介させていただきました。
事後報告、すみません。
投稿: えい | 2011年3月21日 (月) 21:35
おお、「狩人の夜」かあ。
全く気付きませんでした。なるほど言われてみれば・・・と言いたいところですが、見たのが昔過ぎてあんまり覚えていない・・・(苦
しかし旧作には使われてなかった、「主の御手に頼る日は」のアイディアはどこから来たのだろうと思っていたのですが、ようやくすっきりしました。
投稿: ノラネコ | 2011年3月21日 (月) 21:59
◆えいさん
ツイッターでの紹介ありがとうございました。光栄の至りです。
コーエン兄弟、いろいろ遊んでくれますねぇ(笑)。
◆ノラネコさん
TB出来なかったのに、わざわざTBいただいてすみません。
「狩人の夜」は最近ツボに嵌った作品です。
チャールズ・ロートン、監督としても見事な腕前ですね。たった1作しか撮らなかった(撮れなかった?)のが惜しまれてなりません。
投稿: Kei(管理人) | 2011年3月22日 (火) 02:16