「ダンシング・チャップリン」
2011年・日本/配給:アルタミラピクチャーズ、東京テアトル
監督・構成・エグゼクティブ・プロデューサー:周防正行
振付:ローラン・プティ
音楽:チャールズ・チャップリン、フィオレンツォ・カルビ、J・S・バッハ、周防義和
フランスの巨匠振付師ローラン・プティが、名ダンサー、ルイジ・ボニーノのために創作した、チャールズ・チャップリンを題材としたバレエ「ダンシング・チャップリン」の舞台を、周防監督の妻の草刈民代も参加してフィルムに収めた、文字通りの記録映画。
「Shall we ダンス?」(96)、「それでもボクはやってない」(2007)等で今や日本を代表する名匠となった周防監督だが、一般劇場映画の監督作は、'89年の「ファンシイ・ダンス」以降昨年までの21年間にわずか4本と、超寡作である。
ファンとしては、日本映画に活力を与える為にも、もっと映画を撮って欲しいと切に願う(それにしても、その4本中3本がキネ旬ベストワン!なのだ)。
さて、その周防監督待望の新作はドキュメンタリー・フィルム。もっとも、かつて伊丹十三監督「マルサの女」のメイキング・ビデオを任せられた時、これをタイトルも「マルサの女をマルサする」とし、映画制作の舞台裏を克明に追った、むしろ優れたドキュメンタリー作品に仕上げた実績のある人である。故に本作も、さすが周防監督ならではの、見事な映画作品に仕上がっていた。
映画は2部構成になっており、第1部「アプローチ」は、企画の立ち上げから始まり、やがて参集した世界のトップダンサーがリハーサルを重ね、舞台に臨むまでの60日間を追った、まあ一種のメイキングである。
第2部「バレエ」は、その本番の演目を収録した本編。見どころは何と言ってもその本編であり、優雅に、ダイナミックに踊り、躍動するダンサーたちの舞いはまさに芸術。素晴らしい!。見事。
もともとの題材となったチャップリンの映画も素晴らしいが、それをベースとして、ダンスの振付を創案したローラン・プティ、それをダンサーとして完璧にこなしたルイジ・ボニーノと、その彼を取り巻くこれまた素晴らしいダンサーたち、さらに、それらのダンスを卓抜な演出力で映画に昇華させた周防正行……。
まさに、超一流のアーティスト、クリエイターたちの火花散るコラボレーションが相乗効果となって、これはバレエという枠、映画という枠を超えた、見事な総合アートとして屹立しているのである。
警官たちのダンスを舞台でなく、野外で撮りたいと言う周防監督に対し、「だったら映画は中止だ」と宣言するプティ。
…それぞれのクリエイターとしてのこだわりがぶつかり合うこのシーンをちゃんとフィルムに捕らえ、前半のメイキングに組み入れているのが面白い。これによって観客は否が応でも、本編が凄い真剣勝負になる事を予感し、観客もまた真剣に画面に向かい合う気持になるのである(ローリング・ストーンズのコンサート・ドキュメント「シャイン・ア・ライト」の中で、監督のマーティン・スコセッシとストーンズたちがセット・リストをめぐって火花を散らすシーンを思い出した)。
さて、第2部の本編は、以下の13のパートで構成されている。
1.チャップリン~変身
2.黄金狂時代 (黄金狂時代)
3.二人の警官
4.ティティナを探して (モダン・タイムス)
5.チャールストン (犬の生活)
6.外套
7.空中のバリエーション
8.小さなトゥ・シューズ (ライムライト)
9.警官たち
10.キッド (キッド)
11.街の灯 (街の灯)
12.もし世界中のチャップリンが手を取り合えたら
13.フィナーレ
( )内は元となった映画の題名。
チャップリンの映画の大ファンであるなら、オリジナルのシーンを思い出して、より感動が深まるだろう。
ローラン・プティもルイジ・ボニーノも、実に見事にチャップリン映画の真髄を理解し、自家薬籠中の物にしている。
ほぼオリジナルの物語を再現したような「黄金狂時代」や「キッド」、「街の灯」は普通に楽しいが、圧巻はソロを中心とした優雅なダンスが見られる「ティティナを探して」、「外套」、「空中のバリエーション」である。バレエに興味がない私でも、ただただ圧倒され、陶酔させられた。カメラ・アングルも、バスビー・バークレー風の俯瞰撮影など、さまざまに工夫が凝らされているのはさすが。
笑ったのが、ボニーノが首にチュチュ(バレエ用スカート)を巻き、手にトゥ・シューズをつけ、これを足に見立てて踊る「小さなトゥ・シューズ」である。
メイキングにも出て来るが、これは「黄金狂時代」でチャップリンがコッペパンにフォークを刺し、それを足に見立ててダンスを踊る有名なシーンへのオマージュである。…と同時に、これはバレリーナの再起を老チャップリンが見守る「ライムライト」をも思わせ、笑いながらも思わず目頭が熱くなる。
「ティティナを探して」の、ボニーノによる椅子を相手のダンスも凄い。椅子が人格を持った生き物のように見えて来る。
私はこれを見て、MGMミュージカルで、フレッド・アステアが帽子掛けとダンスを踊る名シーンを思い出した(アンソロジー「ザッツ・エンタティンメント」でも見る事が出来る)。
ボニーノはまさにここでは、フレッド・アステア化しているのである。アステアも映画史に残る、素敵な名ダンサーだった。
合間に2箇所で、息抜きのように登場する警官のダンスも楽しい。周防監督がプティと揉めた、屋外撮影シーンである(どうやらプティが折れたか。それとも無断で撮って、後でプティに見せて納得させたか)。新緑が広がる草原での、縦横に躍動するダンスは、狭い舞台空間でのダンスでやや息苦しくなった観客をホッとさせ、開放感に浸らせてくれる。映画としてのリズムを知り尽くしている周防監督の狙いが正しかった事が裏付けられていると言えよう。
ちなみに、チャップリンが有名になる前からハリウッドのサイレント・スラップスティック(いわゆるドタバタ)・コメディでは、警官が道化役となって主人公と追っかけっこを繰り返す作品が無数に作られ(無論チャップリンの初期短編作品にも登場する)、警官たちは撮影所の名前を取って“キーストン・コップス”と呼ばれていた。
「警官たち」はこれら、キーストン・コップスへのオマージュにもなっている。初期のサイレント・スラップスティック・コメディに愛着のある人は余計楽しめるだろう。
そしてフィナーレ。ここも野外撮影であり、「モダン・タイムス」のラストのように、ボニーノは寂しそうな後姿を見せつつ去って行く。映画の終わりを、かつダンスの終わりを惜しむかのように…。
今はもう、チャップリンも、アステアもこの世にはおらず、60歳を迎えたルイジ・ボニーノもやがて引退する。
だが、映画は永遠に残る。舞台では見られなくなろうとも、その記録を焼き付けた映画は、これからも何度も上映され、DVDやBRとなっていつでも観る事が出来る。
相手役を務めた草刈民代もバレリーナとしては引退しており、この作品はまた、彼女の最後の記録でもあるわけなのだ。
ある意味ではこれは、周防正行にとっての愛妻へのラブコールであるとも言える。草刈民代は、最高のパートナーを得た、幸福な人であると言えよう。
バレエ・ファン、チャップリン・ファンは必見の秀作であるが、それらのファンでなくても十分感動させられる。
なぜなら、生身の人間の肉体が作り出す芸術の素晴らしさは、それらが鍛えぬかれ、磨き上げられた本物である故に、真の感動を呼ぶからである。
CGやSFXがいくら幅を利かせようとも、その感動を超える事は絶対に不可能なのである。
欲を言えば、メイキングを削ってでも、本編のバレエ部分をもっと見たかったという思いがしきりである(オリジナルの舞台では20演目あるそうだ)。
本当に、何度も繰り返し観たくなる素晴らしいアートである。DVDが出たら即座に買いたくなるだろう。すべての、芸術を愛する人にお奨めの、これは素敵な傑作である。 (採点=★★★★☆)
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