「アンノウン」
2011年・米/配給:ワーナー・ブラザース
原題:Unknown
監督:ジャウム・コレット=セラ
原作:ディディエ・ヴァン・コーヴラール
脚本:オリバー・ブッチャー、スティーブン・コーンウェル
製作:ジョエル・シルバー 、レナード・ゴールドバーグ、アンドリュー・ローナ
製作総指揮:スーザン・ダウニー、 ピーター・マカリーズ、サラ・メイヤー、スティーブ・リチャーズ
「片道切符」で'94年のゴンクール賞を受賞したフランス人作家・ディディエ・ヴァン・コーヴラールの原作を、「96時間」のリーアム・ニーソン主演により映画化したアクション・ミステリー。監督は「エスター」のジャウム・コレット=セラ。
植物学者のマーティン・ハリス博士(リーアム・ニーソン)は、学会に出席するため、妻エリザベス(ジャニュアリー・ジョーンズ)とベルリンに降り立った。ホテルへ着いたところで忘れ物に気付いた彼は妻を残し、タクシーで空港へと引き返すが、途中で交通事故に遭い、4日間もの昏睡状態に陥ってしまう。病院で意識を取り戻したマーティンは学会が開かれるホテルへ向かうが、彼を待っていたはずの妻はマーティンを“あなたは誰?”と言い放ち、彼女の傍らにはマーティンを名乗る見ず知らずの男がいた…。
設定がまず面白い。事故で昏睡し、目が醒めたら記憶の一部が失われていて、妻からは自分を知らないと言われ、他に自分を証明してくれる人間は誰もいない…という状況は、まるで悪夢である。フランツ・カフカの小説に出て来るような、不条理劇である。
さあこれは、夢なのか、あるいは巨大な陰謀に嵌められたのか、とまず観客をワクワクさせるには十分な出だしである。
さらに状況として面白いのは、舞台が外国(ドイツ)である為、言葉が通じない=コミュニケーションが取れないというハンディである。
似た作品としては、ハリソン・フォード主演の、フランスを舞台とした「フランティック」(1988)がある。こちらも学会出席の為に異国にやって来て、荷物はなくするし、言葉が通じないし、という共通点がある。原作者は参考にしたのかも知れない(本作の原作は2003年発表)。
こうして、窮地に追い詰められた主人公が、さらに何故か殺し屋?に命を狙われる、という展開が追い討ちをかける。
何故妻は自分を知らないと言うのか、命を狙われる理由は、と謎だらけ。どうオチをつけるのか、ミステリー・ファンには興味津々の展開。派手なカー・チェイスがあるのは、プロデューサーとして「マトリックス」や「インベージョン」のジョエル・シルバーが一枚噛んでいるせいである。
映画未見の方はここまでで、後は読まないように。ややオイオイと言いたくなる突っ込みどころもあるけれど、まあ十分楽しめる快作である。
(以下、ネタバレあり。読みたい方はドラッグ反転してください)
少々ご都合主義なのは、マーティンの残っている記憶が、妻と愛し合うシーンくらいで、さらにフランク・ランジェラ扮する、米国にいるコールという男についての記憶が、信頼出来る友人、という部分だけという点。
実はマーティン自身も、妻も、コールも、伝説的な暗殺組織の一員で、学会で画期的な発表をする予定の教授の研究データを盗み、暗殺するという計画に参加していた事が後に判明する。
“主人公が実は悪人グループの一味だった”というのは新趣向で、それ自体は面白いアイデアである。
が、それならなんで戻った記憶が、仮想で作り上げた、善良な学者、という部分だけなのか。コールの姿を見たら、犯罪計画の一部でも思い出しそうだが、その記憶が戻るのは、ほとんど終盤になってからである。
記憶が戻ってからは、マーティンは今度は犯罪計画を阻止しようと懸命に行動する。…って、あれれ、いつのまに正義に目覚めたのか。
記憶が戻って、残忍な犯罪者としてのアイデンティティが蘇えり、協力者となったジーナ(ダイアン・クルーガー)を殺そうとする…というサスペンスが加わったら、これも面白いのだが。
どこかで、マーティンが実は足を洗おうと心に決めていたが、組織から抜ければ殺されるので苦悩していた、という設定を入れておけば納得出来たのではないか。
…とまあ、突っ込みどころはいくつかあるが、自分の子供が突然行方不明となり、周囲の皆が「そんな子供はいなかった」と証言する、似たような不条理設定から始まる「フォーガットン」が、最後は唖然とするトンデモ展開となったのに比べたら、本作は一応サスペンスとしてきちんとまとめていた点は評価出来る。
ともかく、ダレる所なく、ハラハラさせられながら一気に最後まで突っ走る、ミステリー・ファンも満足出来るサスペンス・エンタティンメントの水準作としてお奨めしたい。 (採点=★★★★)
(で、お楽しみはココからである)
本作をゆっくり思い直して見ると、あちこちにヒッチコック映画へのオマージュらしき部分があり、ヒッチコック・ファンであれば余計楽しめる作品になっている。
まずはヒッチの代表作「引き裂かれたカーテン」(1966)。夫が学者である夫婦(ポール・ニューマンとジュリー・アンドリュース)が、当初は学会に参加するという目的で出発し、やがて(当時の)東ドイツ・ベルリンにやって来る…という出だしが、本作の設定とほぼ同じ。ご丁寧に真の目的が、高名な教授の研究データを盗み取る、という点までそっくりである。
本作には、元東ドイツ秘密警察・諜報機関(シュタージ)にいた、ユルゲン(ブルーノ・ガンツ)という男に協力を求めるシーンがあるが、「引き裂かれたカーテン」でもこの諜報機関らしき組織に所属する凄腕の諜報員が主人公を苦しめる。
本作には、アラブの王子の暗殺計画が途中で浮上する、という展開があるが、ヒッチの「知りすぎていた男」(1956)では、夫婦が、秘密組織の要人暗殺計画に巻き込まれる事となる。
時限爆弾がいつ爆発するか、というサスペンスフルな展開から思い出すのが「サボタージュ」(1936)。
「北北西に進路を取れ」(1959)では、主人公(ケーリー・グラント)が秘密組織のスパイ活動に巻き込まれ、言っている事が周囲の誰からも信用されない、という窮地に追い込まれる。
戦前の代表作「バルカン超特急」(1938)では、スパイ組織の陰謀で、列車から一人の貴婦人がいなくなり、やはりこちらも主人公がいくら言っても誰も信用してくれず途方に暮れる、という展開となる。ご丁寧にも、主人公が頭を怪我して、その後遺症で思い違いをしているのだと疑われる場面まである。
本作の監督、ジャウム・コレット=セラは、過去にも「蝋人形の館」(2005)、「エスター」(2009)と、ショッキングなホラー・サスペンスを発表しており、多分ヒッチコックの信奉者ではないかと私は思っている。
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コメント
はじめまして。
堀晃さんの日記からたどって参りました。
この映画は面白かったですね。
ヒッチコックっぽい映画だと思いましたが、なるほど「引き裂かれたカーテン」ですか。
確かにラストはもう一工夫欲しかったですかね。
続編は難しいでしょうが、観てみたい気もします。
投稿: きさ | 2011年5月22日 (日) 15:00
◆きささん
お越しいただき、ありがとうございます。
堀さんとは21日に初めてお会いしたのに、もう私のブログを紹介いただいたようですね。堀さんにもお礼を言っときます。
続編ねぇ。この映画は意外なトリックがツボですから、ラストで完結してしまってる気がしますしね。
でも、所属していた伝説のスパイ組織がまだ壊滅せず、どこまでも彼を亡きものにせんと追いかける…という話ならいけますかね。…ウーン、やらん方がいいような気が(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2011年5月24日 (火) 01:44
いえ、こちらこそよろしくお願いします。
堀さんとは面識はなく、もっぱらファンとして日記を読むだけの関係なんですが、こちらの「十三人の刺客」の評を絶賛されていました。
確かに「十三人の刺客」の評も素晴らしかったですが、その他の評も見事でついつい読みふけってコメントさせていただきました。
まあ、続編は半分冗談なんですが、「カムイ外伝」になるかもと思ったり。
いやあまり面白くならないかな。
投稿: きさ | 2011年5月24日 (火) 22:35