「アリス・クリードの失踪」
2009年・イギリス/配給:ロングライド
原題:The Disappearance of Alice Creed
監督・脚本:J・ブレイクソン
製作:エイドリアン・スタージェス
製作総指揮:スティーヴ・クリスチャン、マーク・サミュエルソン
誘拐事件をテーマとしたサスペンスの傑作。監督のJ・ブレイクソンは、当年34歳。高校時代から短編映画を撮り続けては映画祭に出品し、脚本家としても活躍していたが、自ら書き上げた本作の脚本で長編監督デビューを果たし、各地の映画祭で絶賛された。
富豪の父親をもつ20代の女性アリス・クリード(ジェマ・アータートン)は、2人組の男、ヴィック(エディ・マーサン)とダニー(マーティン・コムストン)に誘拐され密室に閉じ込められる。男たちは多額の身代金を手に入れようと企むが、ふとした事から、完璧だったはずの計画がほころび始める。
たった3人しか登場人物がいないが、巧みに張られた伏線、小道具の見事な使い方、物語は二転三転、まったく先が読めない展開…と、まず緻密に構築された脚本の見事さに唸る。
演出も冒頭から快テンポ。全くセリフがなく、短いカッティングで、二人の男が誘拐の為の道具、部屋を周到に準備して行くシークェンスが積み重ねられる。これだけで、観客はこれから何が起きるのか、興味津々となる。
(以下ネタバレあり。注意)
二人の男のキャラクター設定もうまい。中年のヴィックは、その沈着・スピーディで手際良い行動からして、相当修羅場をくぐって来た事が分かるし、計画を立てたのもほとんどがこの男である事が一目瞭然。一方、若いダニーはどことなく落ち着きがなく、不安を覗かせて、こうした犯罪に慣れていない様子。完全にヴィックがリーダーで、ダニーは命令に従っているだけの手下という関係である。
従って、ミスをするのもダニーの方で、うっかりアリスに後ろを見せた為に逆襲されるハメとなる。
が、面白いのはここからで、実は[ダニーはアリスの恋人だった事が判る。これ以降、当初は全くに被害者だったはずのアリスが、ダニーと手を握り、2人で如何にしてヴィックを出し抜くか、という主客の転倒が起きる]。
見事なのは、ここでアリスが発射し床に転がったピストルの薬莢、壁にめり込んだ弾丸、そして警察に連絡しようとしてアリスがポケットに入れた携帯、等のちょっとしたアイテムが、すべて後のサスペンスに繋がって行く展開のうまさである。
さらにうまいのが、ヴィックとダニーが、実は[ゲイの関係]であった事が分かるシーン。
これがまた、新たな謎を生むわけで、[アリスとも恋人だったダニーは、いったいノーマルなのか本当のゲイなのか。ヴィックを騙す為にゲイのふりをしていたのか、あるいは本当は女に興味はないが、金を手に入れる為にアリスに近づいたのか…]、つまりは、ダニーが本当に騙そうとしている相手は、ヴィックなのか、アリスなのか、観客にはまったく分からなくなって来るのである。
やがて、壁の弾丸、アリスが持っていた携帯から、ヴィックはダニーに騙されていた事を知る。
ここから以降は、互いに疑心暗鬼、3人が3人、それぞれに相手を疑い、騙し、裏切り、首尾よく手に入れた200万ポンド(約2億6千万円)は、いったい誰の手に渡るのか、息もつかせぬハラハラ、ドキドキの展開となる。
これから後は映画を観てのお楽しみ、結末は書かないが、エンディングも秀逸。そして、最後にようやく、タイトルの意味も判る事となる。見事なサスペンスの傑作だ。
これがイギリス映画である事も注目である。
イギリス・サスペンス映画と言えば、アメリカ映画とは一味違う、キッチュで少し毒があって、どことなく洒落ているのが特徴である。
古くは、「マダムと泥棒」(1955)という、完全犯罪がちょっとした事から破綻して、最後に全員が自滅するブラックな犯罪コメディの快作がある。
また、ダニー・ボイル監督のデビュー作「シャロウ・グレイブ」(1994)は、大金をめぐって3人の男女の人間関係が崩れて行くサスペンスである。
低予算に、よく練られた脚本、気鋭の新人のデビュー作、と、本作との共通点は多い。
なにしろ、イギリスと言えば、傑作「第三の男」を生んだ国である。
本作は、そうしたイギリス犯罪映画の伝統も、うまく引き継いでいると言えよう。 (採点=★★★★)
(さらに、お楽しみはまだある)
全体として感じるのは、ジョエル&イーサンのコーエン兄弟作品と共通するテイストである。
人間の欲と愛憎がからみ、二点三転する物語展開は、「ブラッド・シンプル」を思わせるし、誘拐事件と、金に絡む騙し合い、殺し合いは「ファーゴ」を思わせる。
ちょっとした小道具を、うまく利用してサスペンスに繋げる語り口も、「ブラッド・シンプル」における、置き忘れたライターの使い方を想起させてくれる。
ちなみに、コーエン兄弟作品「レディ・キラーズ」は、前掲のイギリス映画「マダムと泥棒」のリメイクである、という点も見逃せない。
また、深い森の中で、ヴィックがダニーに拳銃を突きつけるシーンの絵柄は、コーエン兄弟の代表作「ミラーズ・クロッシング」の有名なシーン(右写真)と構図がそっくりだったりする。
ブレイクソン監督は、コーエン兄弟のファンであるのかも知れない。
が、コーエン兄弟自身が、「レディ・キラーズ」リメイクの例を見ても、イギリス犯罪映画をこよなく愛している気配を感じる。両者が互いを引き付け合うのは、むしろ当然なのかも知れない。
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コメント
こんにちは。
伏字だらけですね(笑)。
でも、本当にこの映画は、
そのオモシロさを語りづらい。
でも、コーエン兄弟の影響はあきらか。
とりわけ『ミラーズ・クロッシング』への目くばせには、
ニヤリとせざるをえませんでした。
投稿: えい | 2011年7月19日 (火) 18:49
ラスト、アリスは本人の意思で、「失踪」
した、ということでしょうか?
投稿: しまのうち | 2012年1月15日 (日) 23:33
◆しまのうちさん
>アリスは本人の意思で、「失踪」した、ということでしょうか?
自分で車運転して去って行きましたし、その通りでしょうね。
ちなみに辞書で引くと「失踪」は「行方をくらますこと。また、行方が知れないこと」
とあります。
うまいタイトルですね。
投稿: Kei(管理人) | 2012年1月24日 (火) 01:48