「この愛のために撃て」
2010年・フランス=ゴーモン/配給: ブロードメディア・スタジオ
原題: A bout portant
監督: フレッド・カヴァイエ
脚本: フレッド・カヴァイエ、ギョーム・ルマン
製作: シリル・コルボー=ジュスタン、ジャン=バティスト・デュポン
製作総指揮: ダヴィ・ジョルダーノ
デビュー作「すべて彼女のために」(2008)がフランスで大ヒットし、後にポール・ハギス監督により「スリーデイズ」(10)としてハリウッド・リメイク(日本公開は本年後半)もされた新進・フレッド・カヴァイエ監督の第2作で、パリを舞台に描くサスペンスアクション。
看護師助手のサミュエル(ジル・ルルーシュ)は、出産間近の妻ナディア(エレナ・アナヤ)と仲むつまじく暮らしていた。が、ナディアが何者かに誘拐され、交通事故で病院に担ぎ込まれた指名手配犯サルテ(ロシュディ・ゼム)を3時間以内に病院から連れ出せと犯人から要求される。妻を救う為、サミュエルは必死の覚悟で要求に従うが、その為警察からも、そしてやはりサルテを探す謎の一味からも追われる身となってしまう…。
ミニシアターでひっそりと公開されているが、意外と掘り出し物のフランス・フィルム・ノワールの秀作である。
フィルム・ノワールは、20世紀中盤に次々と秀作が産み出されたが、その後はジリ貧となり、今世紀に入ってようやく「あるいは裏切りという名の犬」(2006年・オリヴィエ・マルシャル監督)が発表され、復活の兆しが見えたのだが、後が続かず、再び低迷期に入ったかに見えた(フィルム・ノワールについては同作品評を参照)。
そんな折、2008年に登場した「すべて彼女のために」は、平凡な一般市民である国語教師が、投獄された愛する妻を救う為に奔走する、という新しいタイプの犯罪映画であり、この作品で注目されたカヴァイエ監督が、満を持して発表したのが本作である。
主人公は今回も平凡な一市民で、やはり愛する妻を救う為に奔走する…という点も共通するが、意外な敵の正体、パリの街中、地下鉄駅構内を走り回るスピーディな演出、そして警察署内での善悪入り乱れたアクション、と、前作を上回るスリリングな展開に圧倒された。
何度も襲う絶体絶命のピンチを、サミュエルはどう切り抜けるのか、愛する妻を救えるのか、そして敵の正体は暴けるのか、と、何重にも構築された、手に汗握るサスペンスにハラハラし、最後には感動も用意されている。「96時間」と設定はよく似ているが、こっちの主人公は平凡な市民で、特殊能力も腕力もないだけに余計ハラハラする。上映時間も85分とコンパクトだが、短さを感じさせないハイテンションの演出が見事である。
とにかく、あまり情報を仕入れずに、白紙で観る事をお奨めする。ド派手なCG満載のハリウッド・アクションに食傷した方には特におススメ。CGも、カーチェイスもなくたって、工夫次第で映画は面白くなれるのである。
ちなみに、本作でプロの殺し屋サルテを演じたロシュディ・ゼムは、前掲の「あるいは裏切りという名の犬」にも出演しており、その映画の監督、オリヴィエ・マルシャルは、カヴァイエ監督の前作「すべて彼女のために」に、脱獄のプロ役でゲスト出演している、という連係ぶりにも注目しておきたい。
ちょっとイチャモンをつけると、邦題が内容にふさわしくない。主人公はほとんど銃を撃たないからである(バス停で威嚇の為ガラスをぶち破るくらい)。まあ適当な題名も思いつかないけれど。
も一つ残念なのは、名前の知れた俳優が出ておらず、ために地味な印象を受けてしまう。
フィルム・ノワール全盛期には、アラン・ドロン、ジャン・ポール・ベルモンド、大御所ジャン・ギャバンに渋いリノ・バンチュラ、と錚々たる役者が揃っていた。もうあんなスターたちは出て来ないのだろうか。寂しい事ではある。
(で、お楽しみはココからだ)
普通の市民が、行きがかりで犯罪に巻き込まれる、という展開は、ヒッチコックが得意とする、いわゆる“巻き込まれ型サスペンス”の典型パターンである。その代表作は「北北西に進路を取れ」であるが、誤解から指名手配されて警察にも追われ、犯罪組織の一味からも追われ、両方から逃げまくる、という展開は両作とも共通する。
また、愛する家族が犯罪者に誘拐され、仕方なく協力せざるを得なくなる、という展開は、やはりヒッチコックの代表作「知りすぎていた男」と同パターンである。
つまりは本作は、ヒッチコックの代表的パターンを巧みに消化した作品、とも言えるのである。
ちなみに本作は、フランスの老舗映画会社、ゴーモン社の作品であるが、ゴーモン社は戦前にイギリスに進出してゴーモン・ブリティッシュを設立している。
このゴーモン・ブリティッシュ社を一時期根城にしていたのが、他ならぬヒッチコックで、ヒッチコックは同社において、「暗殺者の家」(1934)、「三十九夜」(35)、「間謀最後の日」(35)、「サボタージュ」(36)、「第3逃亡者」(37)、「バルカン超特急」(38)…と、まさにイギリス時代の代表的傑作を次々と発表している。
ちなみに、同社製作の「暗殺者の家」をリメイクしたのが前掲の「知りすぎていた男」である。「第3逃亡者」も、“巻き込まれ型サスペンス”の代表的作品である。
こういった具合に、ゴーモン社と因縁浅からぬヒッチコック作品を、本作が巧妙に取り入れたフシがある、というのも、偶然ではあろうが不思議な縁を感じてしまう。…てな事を知って本作を観ると、また別の味わいがあろうという物である。 (採点=★★★★☆)
(付記)
上でも取り上げた、カヴァイエ監督のデビュー作「すべて彼女のために」は、DVD発売されているが、題名が「ラスト3デイズ」(小さく「すべて彼女のために」と表示)と改題されているので、セル又はレンタルで観たいと思っている方は要注意。 ↓
DVD[あるいは裏切りという名の犬」
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コメント
これは面白かったです。
ピシッとタイトにまとまった快作でした。
監督の前作『すべて彼女のために』は未見なのですが、見ないと。
人を殺す事をなんとも思わない敵に素人が立ち向かうとなると、どうしてもご都合主義になりがちですが、本作のシナリオはそこも良く考えられていて説得力ありました。
元々、巻き込まれ型サスペンスって好きなのですが、今年後半では今の所一番好きな映画かも。
投稿: きさ | 2011年8月12日 (金) 22:29
これはオモシロかったです。
なるほど、ヒッチコックも入っていましたね。
あまりのテンポのよさに
そこまで思いいたらなかったです。
「すべて彼女のために」の
ポール・ハギスによるリメイク「スリーデイズ」は
2時間越えでしたが、
こちらはこちらで
成るほど、ハリウッドだと
こんな風に料理するのかと
オモシロく観られました。
投稿: えい | 2011年8月13日 (土) 10:12
◆きささん
本当にシナリオがよく練られていますね。前作はちょっとご都合主義的な部分があって惜しい出来でしたが、本作は実に緻密に構成されていて唸りました。次回作が楽しみです。
それにしても85分!日本映画を見てると、そのくらいで十分終わる話なのに、ダラダラ引きずって2時間超える間延びした作品が多くてうんざりします。昔の日本のサスペンス映画はどれも1時間半前後でスピーディで、今見ても見ごたえがあります。
最近の監督さんには、本作や、昔の邦画(特に有名になる前の深作欣二作品等)を見習って欲しいですね。
◆えいさん
「スリーデイズ」楽しみにしています。
オリジナルで、やや強引な展開で首を捻った所が、どう改善されているのか興味ありますね。しかし2時間超て、長過ぎませんかね(上で書いたばかりだし)。
予告編見たら、リーアム・ニーソンはオリジナルでオリヴィエ・マルシャルが演じた脱獄のプロ役のようですね。
それにしても、オリジナル公開からリメイク作るまで、速すぎ(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2011年8月24日 (水) 01:09
こんちは、よそ様のTB、辿ってきました。
「この愛のために撃て」・・・なかなか撃たない。なるほど。タイトルに「愛」を入れたかったんでしょうねえ。
じゃあ、破綻をきたさないように「この愛のために犯罪者サルテが撃て」。
わははははは。
軽口はともかく、とても面白かったです。
投稿: ふじき78 | 2011年8月27日 (土) 09:40
映画の長さについては特にこういうサスペンスものはせいぜい95分くらいがいいののでは、と私も思います。
本作が面白かったので「すべて彼女のために」DVDで見ました。
本作ほどではないですが、面白かったですね。
リメイク「スリーデイズ」は9月公開予定だそうですね。
2時間越えはちょっと不安ですが、ポール・ハギス監督ですから楽しみにしています。
投稿: きさ | 2011年8月28日 (日) 08:51
◆ふじき78さん、ようこそ。
>タイトルに「愛」を入れたかったんでしょうねえ。
いえ、多分前作のタイトルの一部「…のために」を入れたかったんだと思いますよ(笑)。
そちらでも書かれてますが、こんな面白い作品なのに、あまり客が入ってないんですね。
配給会社もマイナーだから仕方ない所もありますが、面白さをもっと売る努力をして欲しいですね。
◆きささん
「すべて彼女のために」ご覧になりましたか。
ややツっ込みどころもあるのですが、後半のサスペンスの盛り上げは見ごたえがありましたね。
「スリーデイズ」不安半分ですが、ハギス監督の手腕に期待したい所です。
しかし主演がラッセル・クロウ…って、ちょっとカッコ良すぎませんかねぇ(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2011年8月28日 (日) 18:44