「探偵はBARにいる」
2011年・日本/配給: 東映
監督: 橋本 一
原作: 東 直己 (「バーにかかってきた電話」)
脚本: 古沢良太、須藤泰司
音楽: 池 頼広
エグゼクティブプロデューサー: 平城隆司
プロデューサー: 須藤泰司、上田めぐみ、今川朋美
東直己原作の、人気ミステリー・シリーズ「ススキノ探偵シリーズ」の第2作「バーにかかってきた電話」の映画化。監督は東映生え抜きで「新仁義なき戦い/謀殺」 (2002)で劇場作品デビューし、「茶々 天涯の貴妃」 (2007)、テレビ「相棒」シリーズ等で知られる新進・橋本一。
札幌・ススキノで探偵業を営む“俺”(大泉洋)は、事務所代わりにしているバーにかかってきた“コンドウキョウコ”と名乗る女に、ある仕事を依頼される。簡単な仕事だと思い引き受けたが、実行直後に雪に埋められ、半殺しの目に遭う。やがて“俺”は相棒の高田(松田龍平)と組んで、その依頼の背後にある4つの殺人事件の謎に迫って行く…。
東直己のススキノ探偵シリーズは、1992年発表の「探偵はバーにいる」を第1作に、現在まで11作が作られている人気長寿ミステリー・シリーズである。で、本作はその2作目で、シリーズ中でも評価の高い「バーにかかってきた電話」を映画化したものである。映画のタイトルは1作目と同じ(但し“バー”はアルファベットに変っているが)なので紛らわしいが、「バーにかかってきた電話」という題では売りにくいし、映画としては第1作(続編の話もある)なので許せる範囲か(しかしこれで原作1作目は映画化しにくくなった(笑))。
原作は、明らかにダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーのハードボイルド・ミステリーを意識している。主人公が愛飲する酒は、チャンドラー原作の探偵フィリップ・マーロウのそれと同じギムレットだし。…但し、やはりチャンドラー・オマージュの原尞(「そして夜は蘇る」等)作品が主人公のキャラクターまでフィリップ・マーロウまんまであるのに対し、ススキノ探偵シリーズはどこかトボけていてユーモラスである。
映画化された本作は、“俺”を演じているのが大泉洋という事もあって、さらにコミカルな要素も増えている。相棒の高田がクールで無口であるのに対し、“俺”の方が饒舌でドジもするし、強そうな奴に追われると、ひたすら逃げまくるという人間くささには親近感を感じて楽しい。
その点では、奇しくも松田龍平の父、松田優作が演じた「探偵物語」のテイストに近いものを感じる。
こういう探偵ものは好みである。アクションもあり、随所に謎と、カギとなる伏線も配され、謎の美女=ファム・ファタールも登場し、最後に、愛と哀しみの復讐のクライマックスが訪れる展開も悪くない。
バーにかかってきた謎の依頼人の正体はある程度予測はつく。小説と違って、映画では声で判ってしまう、というハンディがあるのだが、むしろ本作は謎解きよりも、作品のムードを楽しむ映画であると考えれば、これは大した欠点ではない(てか、原作を先に読んでる人にはとっくに判ってる事ではある)。
主人公は、携帯を持たないし、バーに座ると、無口なマスター(演じる枡田徳寿という役者?がいい)がさりげなく缶入りピースと、これも缶入り胃腸薬を差し出す。白を裏返せば黒に変るオセロに関する講釈もいい。これはまた、善人か、はたまた悪女か予測がつかない沙織(小雪)のメタファーでもあるのだろう。
そして、全編に漂うレトロな、昭和のムードがまたいい。バーの電話機は黒のダイヤル式だし、高田の運転する車もレトロな丸っこいポンコツ車である。思えば、ファム・ファタールを演じる小雪は、昭和テイスト満載の「ALWAYS 三丁目の夕日」のヒロインでもあった。
冒頭に歌手として登場し、エンドロールでも歌っているカルメン・マキも懐かしい。元気なその姿を見られただけでも嬉しい。歌もこれまた懐かしい「時計をとめて」。
監督の橋本一は、今ではほとんど絶滅品種(笑)の、撮影所育ちの社員監督である。彼の所属する東映は、時代劇から、任侠映画、そしてエログロ作品と、ひたすらオールド・ファッションな昭和テイスト作品を連発して来た会社である。これまでの橋本監督作品も「仁義なき戦い」の続編、「極道の妻たち」の続編、そして時代劇「茶々 天涯の貴妃」と、見事に昭和テイスト作品ばかりである。…まさに、本作には適任である。テレビ「相棒」でも橋本監督作品には注目していたのだが、本作では、これまで埋もれていた作家としての資質が見事開花したようで、まことに喜ばしい事である。
随所に仕掛けられた遊び(後述)といい、ハードボイルド探偵ものの味わいといい、ひさびさに登場した、大人が楽しめるウエルメイドなエンタティンメントの快作である。幸いな事に、興行的にもヒットしているようで、是非続編も橋本監督で、息の長いシリーズとして作り続けて行く事を期待したい。採点は大マケで…。 (採点=★★★★☆)
(さて、お楽しみはココからである)
その1
高田の愛車は、原作ではトヨタ・カローラ1300となっているのだが、映画では光岡自動車製・ビュートに変更されている。で、このクルマを見てて気が付いたのだが、本作はどうやら宮崎駿の「ルパン三世・カリオストロの城」にもオマージュを捧げているようだ。
なにしろ、この光岡ビュートの丸っこい感じが、「カリオストロの城」に登場するルパンの愛車、フィアットにそっくりだし、探偵が車の屋根に登っている、そっくり同じショットが「カリオストロの城」にも登場している(右参照)。
大泉洋扮する探偵の、女に弱いコミカルなキャラクターは、ルパンと似ているし、相棒の無口だが格闘技に強い高田は、五右衛門のキャラクターに似ている。ファム・ファタールな美女もルパン・シリーズによく登場する。
…と思ったら、インタビュー(キネ旬9月下旬号)でも橋本監督、「カリオストロの城」を意識したと語っている。うーむ、遊んでいる(笑)。
その2
映画ではあまり出てこないが、原作には映画の題名がいっぱい出てくるので、映画ファンにとっても原作は楽しい。
「バーにかかってきた電話」では、のっけから黒澤明監督作品の題名が頻出している。「七人の侍」、「用心棒」、「野良犬」…。
また本作にも出たと思うが(やや記憶曖昧)、探偵は偽名として、“桑畑○十郎”(笑)をよく使う。シリーズの「探偵は吹雪の果てに」の中にも登場している。原作者は黒澤明の大ファンなのだろう。
で、この「用心棒」自体が実はダシール・ハメットのコンチネンタル・オプもの「血の収穫」の巧妙ないただきなのである。主人公自身は名前がないし、「用心棒」でも三船扮する素浪人は名前がない。名を聞かれて窓の外を見て適当に“桑畑三十郎”と言っただけである。「名前などどうでもよかろう」と言っているし。
つまり探偵が“桑畑○十郎”と名乗るという事は、案外ダシール・ハメット・ファンであり、かつ黒澤映画ファンでもある探偵(と言うより、原作者)の趣味の反映、であるのかも知れない。探偵に名前がないのも、それで納得出来る。
こういう具合に、映画にも、原作にも、いろんな遊びが仕込まれている。そういうのを見つけてニンマリするのも、映画ファンのこの上ない、お楽しみなのである。
(9/17補足並びに訂正)
映画の中で探偵が示す偽名刺の名前が、記憶が不確かだったのでいろいろ調べたら、“桑畑三十郎”と「用心棒」の主人公まんまだった。
さらに原作シリーズの中を探すと、本映画の原作「バーにかかってきた電話」に登場する偽名刺には”桑畑二十郎”(笑)とある。数字が増えたのは大泉の年齢に合わせたのだろう。原作ではこの当時探偵は20歳代だったはずだから。
さらに調べると、シリーズ最新作の「半端者」(第一作の前日譚)では、“桑畑三十郎”を使っている。
上記「探偵は吹雪の果てに」では“桑畑四十郎”を名乗っているが、これは、この時は探偵は40歳代半ばになっていたからである。
この調子だと他にもあるかも知れない。知っている人がいたら教えてください。
そんなわけで上記の記事、少しだけ訂正しておきます。
原作「バーにかかってきた電話」
ススキノ探偵シリーズ第1作
橋本一監督・デビュー作 「新仁義なき戦い 謀殺」
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コメント
なかなか面白かったです。
松田龍平は「まほろ駅前多田便利軒」での瑛太とのコンビも良かったですがこちらでも良いですね。
冒頭、カルメン・マキが登場して歌うのは良かったです。
俳優陣はかなり豪華ですね。
ラスト続編を匂わせる描写もあり期待したいです。
カリ城を意識する映画って多いですね。
「怪人二十面相」もカリ城+ラピュタでした。
名刺の桑畑三十郎には私もにやり。
投稿: きさ | 2011年9月17日 (土) 18:08
◆きささん
早速、続編製作が決まったようです。↓
http://eiga.com/news/20110917/2/
ボックスオフィスでは初登場1位になる大ヒットぶりですので、まあ当然でしょう。
次作は、シリーズのうちの、どの作品になるのかも楽しみですね。
>「怪人二十面相」もカリ城+ラピュタでした。
「K-20 怪人二十面相・伝」の事ですね。これは私も同作品評に書いてありますので、お読みください。
投稿: Kei(管理人) | 2011年9月18日 (日) 14:22
最近キネ旬読者の会に参加してるんですが、ある方がこんなこと言ってました。
「こういうの昔すっごいたくさんあったんだけど、いまの若い人たちはこういうの待ってたのか」
ええ、そうです。
投稿: タニプロ | 2011年10月10日 (月) 18:54