「とある飛空士への追憶」
2011年・日本/配給: 東京テアトル
監督: 宍戸淳
原作: 犬村小六
脚本: 奥寺佐渡子
アニメーション制作: マッドハウス
原作が発表されるや、評判を呼んでラジオドラマや漫画にもなった犬村小六原作の同名ライトノベルのアニメーション映画化。脚本は本作と同じマッドハウスが制作したアニメ「時をかける少女」「サマーウォーズ」や実写でも昨年の「パーマネント野ばら」、本年も「八日目の蝉」と好調の奥寺佐渡子。
中央海と呼ばれる海を挟んだ帝政天ツ上と戦いを続けている神聖レヴァーム皇国の飛空士シャルル狩乃(神木隆之介)は、次期皇妃ファナ(竹富聖花)を水上偵察機に乗せ、婚約者のカルロ皇子の元へ送り届けるという極秘任務に就く。目的地は敵の領域を横切る1万2,000キロ先。だが出発早々、シャルル機は敵艦隊の待ち伏せに合う。果たして二人は無事目的地にたどり着けるのか…。
…といった具合に、題名からは想像がつかないが、これは山中峯太郎原作の「敵中横断三百里」(古い(笑))を思わせる、波乱万丈、冒険大活劇である(ちなみに、1万2,000kmは3,000里。つまり「母をたずねて」ならぬ「敵中横断三千里」というわけだ)。そうした決死の逃避行を縦糸に、横糸として身分の低い兵士と、高貴な姫との道ならぬほのかな恋模様も描かれる。正に冒険活劇の王道パターンである。
プロダクション・ノートでは「ローマの休日」を下敷にしているとある。なるほど、プリンセスと庶民の恋とくれば、いやでも同作を思い出すが、私はむしろ”姫を守っての敵中横断大冒険”というストーリーから、黒澤明監督の傑作「隠し砦の三悪人」を思い起こした。無事姫を送り届ければ“黄金”が褒賞として与えられる点でも共通する。
ただし、“道中を続けるうちに、卑しい出身の若者と、姫との間にほのかな恋が生れる”という本作のポイントを見れば、これはむしろ黒澤作品よりも、それをリメイクした樋口真嗣監督の「隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS」の方にストーリー展開は近い。まあ男女二人が力を合わせて敵中を突破する、というお話は、H・ボガートとK・ヘップバーン主演の「アフリカの女王」を始め、枚挙にいとまはないのだけれど。
ちなみに、山中峯太郎原作「敵中横断三百里」は、黒澤明が戦前に小国英雄と共同で脚本を書くも映画化に至らず、ようやく昭和32年に大映で映画化(監督は森一生)された、という事実も知っておくと興味深い。
閑話休題。さて本作であるが、これが意外に面白かった。こういうストーリー展開なら、面白くならないはずがないのだが、敵艦隊や敵戦闘機との大空中戦バトルも、CGを巧みに生かして、スリリングかつダイナミックに描いており、飛行機ファンならワクワク・ハラハラ、アドレナリンが高まる事請け合いである。
メカデザインも、天ツ上軍の戦闘機は、第二次大戦中の旧日本海軍の戦闘機「震電」をモデルにしており(ただ、名称が「真電」と、同じ読みなのはどうかと思う)、これを見るだけでも戦闘機マニアには垂涎ものである。シャルルの操縦する水上偵察機は、これも旧日本海軍の雷撃機(機種不明)にやや似ているが、面白いのは車輪がついている上に、折りたたみ式フロートも備えている水陸両用機であるという点で、これも飛行機マニアの心をくすぐる。さらに燃料は海水から精製した水素ガスを使っているので、充填に一晩かかるものの、燃料補給が不要であるというのも面白い。これによって、1万2,000キロを航行する間の燃料補給はどうするのか、というストーリー上の難関をクリアしている。まあご都合主義と言えなくもないが(笑)大目に見よう。
(以下ネタバレあり)
そしてポイントとしては、最初は内気で控えめだったファナが、シャルルとの二人旅で、敵との遭遇・逃避行という苦難を乗り越えて行くうちに、シャルルを信頼し、時には励まし、二人の絆を深めて行き、やがては気丈で自己主張する、逞しい王妃へと成長して行く物語にもなっている点が挙げられる。深手を負ったシャルルを一人で陸に担ぎ上げ、包帯を巻いて看病するという、生れて初めての経験をし、一時は王妃の座など投げ出して自由な生活をしたいと望み(ここらは、ファナが髪を短く切るシーンも含め「ローマの休日」からの応用)、酒の勢いも借りて自分をさらけ出す辺りも悪くはない(ここで、出発時に餞別として差し入れられた酒が伏線になっているのはうまい)。
目的地間近でのシャルル機と敵のエースパイロット、千々石との、まるで騎士同士の決闘のようなドッグファイト・シーンもスリリングで見ごたえがある。ここでシャルルの合図に合わせ、ファナが後部座席の機銃を乱射するシークェンスは、二人が一心同体で力を合わせ、危機を乗り越えると同時に、二人の心がシンクロした事をも併せて示しており、見事な展開である。
そして最後、ファナとシャルルの別れのシーンも切ない。ファナへの断ち切りがたい思いにかられながらも、シャルルは任務を果たすべく、レヴァームの母艦にファナを引き渡す。意地悪なレヴァームの高官は、どうせ報酬に目がくらんだのだろうと言うが、本当の所は「ローマの休日」と同様、ファナには、“王妃としてこの国を統治する大切な役目がある”事を何より理解していた故だろう。
ここで渡される報酬が金貨でなく、砂金であるのが不思議だったが、ラストを見て納得。空中から降り注ぐ砂金の雨は、シャルルの行動が報酬目当てではない事を示すと同時に、それがファナの将来を祝福する花吹雪のようにも見えて感動的である。見事。
アクションに興奮し、切ない恋模様に心ときめき、爽やかな幕切れに感動出来る、予想以上に楽しめた作品である。
…と一応褒めておくが、欲を言えば、やや描き足りない部分もいくつかあり、傑作とは言い切れないのが残念である。惜しい。
原作ではきちんと描かれているのだろうが、シャルルが身分が低いにも係わらず、大役に任命された理由が判り辛い。セリフでは説明されているが、説得力ある画で見せるべきではなかったか。オトリとなった味方軍がその後どうなったかも不明である。
また、カルロ皇子が率いているはずの、レヴァーム軍の戦闘部隊がまったく登場しないのも物足りない。天ツ上軍の圧倒的戦力だけが目に付き、これでレヴァーム国は戦争に勝てるのだろうかと、つい思ってしまう。
せめて冒頭の掴みで、同僚も敬服するシャルルの見事な操縦テクニックを見せておき、それを見た軍の上層部が彼に注目する…という描写は入れておくべきではないか。
この所好調の 奥寺佐渡子脚本にしては、詰めが甘い出来である。演出にも問題があるのかも知れないが。
とは言え、観ている間は十分楽しめた。目だった収穫のない本年のアニメの中では力作の部類に入るだろう。
ミニシアターでひっそりと公開され、観客もあまり入っていないようだが、売り方次第ではもっと観客を呼べる作品であるのに、もったいない。是非多くの人に観て欲しいと思う。 (採点=★★★★)
(付記)
細かい突っ込みで申し訳ないが、登場する航空機が、第二次大戦を思わせるプロペラ機ばかりなのに、敵の発射するミサイルが、近代装備である“自動追尾機能”付きなのは不思議。まあ舞台がパラレルワールドだからそれは許すとしても、技術的な疑問として、プロペラ機をどうやって追尾出来るのだろうか。素人知識で間違ってたら申し訳ないが、そもそも今のミサイルが追尾出来るのは、ジェット・エンジンの排気熱に含まれる赤外線を感知するから、と記憶しているが。
この辺り、映画の中で説明があれば納得出来るのだが(無理?(笑))。
(で、お楽しみはココからだ)
本作を注意して見ると、宮崎駿作品へのオマージュも感じられる。以下いくつか挙げておきたい。
まず、巨大なプロペラが何枚も重なった敵飛行船のデザインが、「天空の城ラピュタ」に登場するゴリアテ号(下)によく似ている。見るからに宮崎デザインである。
シャルルとファナが偵察機の中で、伝声管を通じて語り合うシーンも「天空の城ラピュタ」の、パズーとシータが狭い偵察機の中で語り合うシーンを髣髴とさせる。
シャルルが操縦する水上偵察機、サンタ・クルス号がフロートを出し、水上を滑空するシーンは、「紅の豚」に登場するポルコの愛機を思い出させる。
そう言えば、飛行艇を係留した島で、ランタンの灯りの下で、ポルコとフィオが語り合い、フィオがポルコを好きになって行く、という本作と似たシーンもあった。
そして、高貴な姫と、庶民の男とがいつしか心を寄せ合う、という展開は、「ルパン三世・カリオストロの城」とも共通する。
姫は男の為、身分を捨ててもいいと願い、男は姫を心の中で愛しながらも、姫の将来を思い、身を引くというオチも、「カリオストロの城」と同じである。
…それにしても、思えば上記作品の頃の宮崎駿作品って、どれも血湧き肉踊る面白い冒険大活劇ばかりだったなあ。本作に宮崎テイストを感じるのも、ゆえに当然なのかも知れない。
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