「ランゴ」
2011年・アメリカ/配給:パラマウント
原題:Rango
監督:ゴア・ヴァービンスキー
脚本:ジョン・ローガン
製作:ゴア・ヴァービンスキー、グレアム・キング、ジョン・B・カールズ
製作総指揮:ティム・ヘディントン
「パイレーツ・オブ・カリビアン」のゴア・ヴァービンスキー監督によるフルCGアニメーション。SFX工房の最大手ILMが初めて手掛けた本格長編CGアニメでもある。
人間のペットとして飼われていたお調子者のカメレオン、ランゴ(ジョニー・デップ)は、飼い主と車で移動中に事故に遭い、砂漠の中に放り出されてしまう。途方に暮れる彼は、やがて寂れた荒野の町“ダートタウン”にたどり着く。酒場に立ち寄った彼は、口から出まかせに武勇伝を得意げに語ると、いつの間にか町の保安官に任命されてしまう。しかしやがてその嘘がばれて…。
…と、舞台も物語もまるまる西部劇。しかも、アオリ気味のロングショットと顔のアップのカットバック、といった演出スタイルからして、セルジオ・レオーネ監督を中心としたマカロニ・ウエスタンの匂いが芬々。後で述べるが、過去の西部劇映画からの引用シーンも多い。「カウボーイ&エイリアン」に続いて、またまた西部劇オマージュ作品の登場だ。西部劇ファンにとっては嬉しい限りである。
主人公の名前、“ランゴ”は、マカロニ・ウエスタンの傑作「続・荒野の用心棒」(66)の主人公“ジャンゴ”のもじりだろうとは気が付く人も多いが、マカロニ・ウエスタンには他に、“リンゴ”(RINGO)もよく使われているのである。
まず1965年、ジュリアーノ・ジェンマの出世作となった、原題が“リンゴのピストル”なる作品(本邦未公開。テレビ放映題名「夕陽の用心棒」)が作られ、続いて同年、同じ監督(ドゥッチオ・テッサリ)・主演で、やはりリンゴが主人公の「続・荒野の1ドル銀貨」(原題“リンゴの帰還”)が公開される。66年には別主演者による「リンゴ・キッド」(監督セルジオ・コルブッチ!)も作られている。
つまり、“ランゴ”は、共にマカロニ・ウエスタンによく登場する、リンゴとジャンゴを合成した名前なのである。本作がマカロニ・ウエスタン・オマージュであるのはこれらからも分る。
ちなみに、“リンゴ・キッド”の原典は、ジョン・フォード監督の名作「駅馬車」(39)でジョン・ウェインが演じた主人公の名前である。
CGで描かれたリアルな西部の風景も素晴らしいが、ジョニー・デップの動きをモーションキャプチャーでトレースさせたランゴの演技が実に自然で素晴らしい。ILMの高い技術が如何なく発揮されている。声優もデップが務めている。
このランゴが、保安官に任命され、町の人から正義のヒーローと期待されるものの、あっさり化けの皮がはがれ、失意のままに町を追放されるが、やがて自分を見つめ直し、最後に本物のヒーローとして町に戻って来る、という展開も、まさに王道パターンで安心して楽しめる。
そのきっかけとなるのが、砂漠でランゴが出会う“西部の精霊(Spirit of the West)”であるのだが、これがポンチョ姿に葉巻きの、まさにマカロニ・ウエスタンで大スターに躍進した、あの人なのにはもう感激。顔も、声もそっくりである。
中盤には、水を積んだ幌馬車の大チェイスという、西部劇では定番のスリリングなアクションも用意され、見ごたえ十分。このシーンに、「地獄の黙示録」でお馴染みの「ワルキューレの騎行」が流れるのも楽しい。
そしてラスト、町の中央通りに、砂塵の中からランゴが姿を現すシーンは、まさに西部劇のクライマックスそのままでカッコいい。
主人公をカメレオンとしたのが出色である。周りの色に合わせるだけで、自分の色を持たなかった意気地なしの男が、やがて自立し、“自分自身の色”(アイデンティティー)を獲得して行くわけで、これは主人公の成長の物語にもなっているのである。
また、大切な水をめぐる争奪戦と、町の実力者によって隠された陰謀、という背景も、水を石油に置き換えれば、現代の中東問題の暗喩になっているのかも知れない。
一見コメディだが、バックグラウンドは意外に奥が深い。西部劇オマージュも含めて、これは小さな子供よりも、大人こそが楽しめる快作なのである。西部劇ファンは特に必見。
「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズで知られるヴァービンスキー監督だが、こんなに古きよき時代の映画へのリスペクトに満ちた、コアな映画ファンを楽しませてくれる作品を作る人とは思わなかった。次回作が目を離せなくなって来た。 (採点=★★★★)
(さて、お楽しみはココからだ)
本作には、いくつかの西部劇オマージュが含まれているが、ここではあまり知られていない作品からの引用を取り上げてみたい。
(1)中盤の、水が詰まった巨大なビンを幌馬車で移送し、それを狙う一団との追いつ追われつの爆走シーン。
これは多分、ジョン・スタージェス監督の大作西部劇「ビッグトレイル」(1965)へのオマージュではないかと思う。
物語は、町の酒が底をついた為、遠くから40樽ものウイスキーを幌馬車で輸送しようとするが、それをめぐってインディアンや騎兵隊、禁酒運動を進める婦人団体等も巻き込んだてんやわんやの大騒動を描いたアクション・コメディで、なんと大都市ではシネラマ方式で上映された。
馬車の追跡アクションは西部劇にはよく登場するが、一味違うのが、運ぶものが大量の酒である点で、本作の水の輸送を思わせる。手綱を握っているのはこちらも女性であるし(下のプログラム表紙参照)。
さらに最後に、手違いから大量の酒が流砂に飲み込まれてしまう事となる。せっかく苦労して運んだのに、徒労だった、というオチも本作と共通する。
ついでにこれは、本作のラストの、地下から水が溢れ出るシーンの逆パターンにもなっている。
バート・ランカスター、リー・レミック、マーティン・ランドーが共演し、監督も「荒野の七人」「OK牧場の決闘」などで知られる、西部劇映画の巨匠ジョン・スタージェス、とメンツは揃っているのに、今ではほとんど忘れられている作品で、DVDも出ていないのは、スタージェス演出がコメディに向いていなかったせいでもあろうか。
ただ、クライマックスのシネラマ画面に繰り広げられる幌馬車大爆走シーンはなかなか壮観で、一番の見どころとなっている。忘れられてしまうにはもったいない、とヴァービンスキー監督らがオマージュ捧げたくなる気持ちも分るのである。
(2)次に、本物と間違われたにせ者が、最後に奮闘し、本物のヒーローとなる展開は、ジョン・ランディス監督「サボテン・ブラザース」などいくつか作られているが、その原型となった作品がマカロニ・ウエスタンにある。
それが、「進撃0号作戦」(1973)という作品。監督は前述の「続・荒野の用心棒」のセルジオ・コルブッチである点も要チェック。
メキシコ革命が舞台で、ヴィットリオ・ガスマン演じる劇団の役者と、パオロ・ヴィラッジョ扮する神父が、奇妙な友情に結ばれ、革命のさ中に右往左往するコメディで、ガスマンが政府軍に命じられ、にせ者のサパタを演じる事となるが、最後に勇気を奮い起し、命がけで政府軍に抵抗し死んで行く、というお話で、ヴィラッジョの腕の中で微笑みながらこと切れるラストが泣かせる、拾い物の佳作であった。
ちなみに本作はコルブッチ監督の「ガンマン大連合」、「豹/ジャガー」と並ぶ「革命3部作」として、マカロニ・ウエスタン・ファンには根強い人気がある。但し厳密には本作はウエスタンではないが。
“にせ物を演じていた男が、最後に本物のヒーローとなる”という展開のパターンは、これ以前にはあまり記憶がない。「サボテン・ブラザース」もメキシコが舞台であるのは偶然ではない気がする。そう言えば、「サボテン・ブラザース」の主人公たちも役者だった。
ただ、有名な俳優が出ていないせいもあるが、この作品はほとんど宣伝もされず、従って興行的にも惨敗し、以後ソフト化もされていない、今では幻の作品である。捨て難い魅力を持つ佳作であるだけに、是非DVD化を切望したい。
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