「ヒミズ」
2011年・日本/配給: ギャガ
監督:園 子温
原作:古谷 実
脚本:園 子温
アクション監督:坂口 拓
製作:依田 巽
エグゼクティブプロデューサー:小竹里美
プロデューサー:梅川治男、山崎雅史
古谷実原作コミック「ヒミズ」を、「冷たい熱帯魚」、「恋の罪」の鬼才・園子温監督が実写映画化。園監督にとっては初の原作ものである。主演の染谷将太と二階堂ふみが、共に2011年・第64回ベネチア国際映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞した。
中学三年生の住田祐一(染谷将太)は、子供に無闇に大きな夢を抱かせようとする教師たちに反発し、ごく普通に生きようと思っていた。だが、祐一の母親(渡辺真起子)が突然愛人と出奔した事から、祐一は生活の為学校を休み、家業の貸しボート屋で働かざるを得なくなる。更に別れた父親(光石研)は闇金から巨額の借金をし、祐一はその借金の取立にも悩まされる事となる。そんな祐一の元に、彼を愛する同級生の茶沢景子(二階堂ふみ)が積極的に近づいて来てボート屋を手伝おうとする。だがそこに、蒸発していた父親が戻ってきたことで、祐一の運命は大きく狂い始める…。
園子温監督作品に共通する、主人公たちの置かれた環境は、いつもデスペレートで暗い。主人公の祐一は、母は勝手に愛人を作って出て行ってしまうし、父は暴力を振るい、闇金で借金漬け。まったくどうしようもない両親である。
さらに冒頭から、3.11の東日本大震災で破壊された被災地の風景が延々と映し出される。これもまた暗い、悲惨な現実である。
だが、観ているうちに、これはいつもの園子温監督作品とは明らかに異なる要素が含まれている事に気付く。
それは、主人公を温かく見守り、励ます善意の輪の広がりである。
祐一の住む、ボート小屋の周辺には、地震で家を失い、ブルーシートの仮小屋に住んでいる人たちがいる。
彼らは、自分たちが悲惨な目にあっているのにもかかわらず、祐一たちを励まし、支援しようとしている。
震災で経営していた会社も失った夜野(渡辺哲)は、窃盗してまで金を作り、闇金に金を届けて住田家の借金を帳消しにするよう依頼する。
その際に夜野は闇金の社長・金子(でんでん)に言う。「あの子供たちには未来があるんだ。その未来を壊さないでくれ」…
これには感動した。やり方が少々荒っぽいとは言え、園子温監督作品で、他人に無私の善意を施す大人が登場するとは意外であった。
一方で、祐一の同級生である茶沢も、一途に祐一に愛を寄せる。これも、無償の献身である。
愚かでどうしようもない父を殺した祐一は、絶望にさいなまれ、悪い奴を殺して自分も死のうとするのだが、こうした周囲の善意に支えられ、次第に生きる勇気を取り戻して行く。
ラストで、自首してもう一度やり直そうと、希望に向かって走り出した祐一に茶沢は「頑張れ!住田!」と声をかけ、彼の後を走って追いかけて行く。
このラストには泣けた。ボロボロ泣いてしまった。
この映画が、東日本大震災を背景としているのも重要である。
この大震災を、“第2の敗戦”と呼ぶ人もいる。
冒頭を含め、何度も映し出される瓦礫の山は、焦土と化した第二次大戦の敗戦後の姿ともオーバーラップするし、原発事故による放射能の拡散は、広島・長崎の原爆投下とも重なって見える。
そう思えば冒頭近くの、学校の教師が空虚な言葉で生徒たちに語りかける姿は、戦時中は子供たちを「お国の為に」と称して戦地に追いやり、戦後は手のひらを反して民主化を唱え出した無節操な教師たちを連想させる。
戦争を引き起こしたのも、園監督作品に常に登場する、現実に起きた救いようのない陰惨な事件を引き起こすのも大人である。子供を虐待するのも大人である親たちである。
そうした大人たちの醜い現実があっても、それでも子供たちには未来への希望を失わないで欲しい。…そうした、祈りにも似た願望が、本作には満ち溢れている。
それは、震災に打ちひしがれ、はたまた放射能汚染でいつ故郷に帰れるか分からない現状に絶望する人たちに、“希望を失わないで、頑張って”と呼びかける励ましの声でもあるのだろう。
主演の染谷将太と二階堂ふみが素晴らしい。迷いながらも必死で出口を模索する祐一役の染谷将太、高いテンションを持続したまま、元気いっぱい、最後まで祐一を引っ張って行く茶沢役の二階堂ふみ、共に快演である。ヴェネチア国際映画祭のマルチェロ・マストロヤンニ賞受賞も納得である。
そうした熱演を引き出した、いつもながらの園監督のパワフルな演出も見事である。
またよく見れば、この映画には、これまでの園作品に登場したテーマや名シーンがいくつか再現されている。
親に反撥し迷走する少年と、彼を愛する少女の一途な思いは「愛のむきだし」にも登場したし、若者たちが最後、明日に向かって走り出すシーンも同作や、それ以前の園作品にもしばしば登場している。
窪塚洋介扮するスリが、目にも止らぬ早業でスリ取るシーンは、「愛のむきだし」のユウが早業でほとんど気付かれずに盗撮するシーンを思わせる。
また、父親殺しは、「冷たい熱帯魚」の隠れたテーマでもある。
出演者も、これまでの園監督作品に登場した俳優たちがこぞって参加している。
そうした点からも、本作は園子温作品の集大成的な作品であると言える。
だが、これまでは人間の底知れぬ心の闇を暴き出す、言ってみれば性悪説的な観点が主流を占めていたのが、本作では善意に満ちた人々が登場したり、未来への希望が垣間見えたりと、その作品世界は大きな広がりを見せている。
主人公たちのみならず、園子温監督自身もまた、新しい世界に向けて走り出したのかも知れない。その点でも感動した。是非多くの人に見て欲しい。傑作である。 (採点=★★★★★)
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コメント
こんばんは。
こちらに書かれていることに
ほんとうに心から同意します。
「震災をダシにしてる…」的なレビューに出会うと
とても辛い気持ちになっていましたので
とても嬉しかったです。
投稿: えい | 2012年1月26日 (木) 21:21
関係ない話題、お許しください。
和田誠さんが書かれたポスターです。もうご存知でしたらスルーしてください。
http://twitpic.com/8epyct
Twitterで多くの人が衝撃を受けているようです。僕は見た瞬間に涙が出てしまいました。
投稿: タニプロ | 2012年2月 6日 (月) 21:17
◆えいさん
コメントありがとうございます。
>「震災をダシにしてる…」的なレビュー…
私もそんなのを読んで悲しくなりました。
これまで、時代のひずみや、おぞましい事件に真摯に向き合い、取り組んできた園子温監督だからこそ、震災に向き合わざるを得なかった気持ちが私にはよく理解出来ます(どうでもいいけど、“ひずみ”を並べ替えると“ヒミズ”になると今気付きました(笑))。
それで思い出したのが、山田洋次監督の「男はつらいよ/寅次郎紅の花」で、この中で、阪神大震災直後の、神戸市長田区の被災地の光景が登場していました。
やはり、時代々々の日本と日本人を描き続けて来た山田監督だからこその勇気ある決断で、これを非難する人など当時いなかったと記憶しています(しかもこちらはコメディです)。
園監督を批判する人は、「紅の花」をどう捉えるのでしょうか。聞きたいですね。
◆タニプロさん
情報ありがとうございます。
素晴らしいポスターですね。
クリエイターとして、描きたい気持ちがヒシヒシと伝わって来ます。ピカソの「ゲルニカ」を思い出しました。
でもやはりこれにも、心ないコメント寄せる人いるんですね。情けなくなりました。
投稿: Kei(管理人) | 2012年2月 9日 (木) 03:18
twitterで映画評論家の町山智浩氏が一緒に飲みに行った時のこと話してました。
「被災地で撮影して何が悪い」と言ってたそうです。
ところでヨコハマ映画祭の件ブログに書きました。
http://d.hatena.ne.jp/tanipro/20120209
例の件、本当にありがとうございました。何か機会があれば是非御礼をさせてください。
投稿: タニプロ | 2012年2月12日 (日) 23:23
震災・原発事故に触れた映画として、大変素晴らしい映画を観ました。
金子修介監督最新作「青いソラ白い雲」です。
http://anicot.jp/sorakumo/
目下、オレの本年ダントツベストワンです。
投稿: タニプロ | 2012年4月 2日 (月) 23:24
吉永小百合さんの朗読会、和田誠さんのポスターがあります。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120414-00000037-spnannex-ent
投稿: タニプロ | 2012年4月16日 (月) 00:57
◆タニプロさん
>「青いソラ白い雲」
金子修介監督は私の敬愛する監督の一人ですので、新作はいつも楽しみにしています。
が、今の所、大阪公開は未定です。公式ページ覗くと、今後の公開予定は岡山のみ。しかも5月の千葉・柏ステーションシアターの上映予定が抹消されてます。
で、同劇場のサイトを訪問すると、なんと、3月31日で閉館したとのこと。
たまたま拙ブログでも、大阪のユウラク座、タナベキネマの閉館を記事にしたばかりです。最近、中小映画館の閉館が多いですね。デジタル上映化の進展は想像以上に深刻な問題のようです。
今回の柏のケースは、「青いソラ-」のような地味な作品をなんとかかけようと努力したけれど力尽きた…という感じで、暗澹たる気にさせられますね。
ともかくも、なんとか「青いソラ-」少しづつでも公開規模を広げていただきたいと切に望みます。
投稿: Kei(管理人) | 2012年4月17日 (火) 23:21
こんな記事がありました。
金子修介監督、新作映画から「放射能」「東京電力」という言葉が排除され、「犬映画」にされた悔しさを語る!
http://www.cinematoday.jp/page/N0041445
投稿: タニプロ | 2012年4月21日 (土) 14:20
ヒミズの住田祐一役だった染谷将太さんは、TBSで放送予定の「木曜ドラマ9スクラップティーチャー教師再生(2008年に日テレで放送された作品のリメイク版)」「金曜ドラマ1リットルの涙(2005年にフジテレビで放送された作品のリメイク版)」にもでるそうです。
投稿: 三崎東岡 | 2013年12月 3日 (火) 20:21