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2012年2月28日 (火)

「キツツキと雨」

Kitsutsuki2011年・日本/オフィス・シロウズ=配給:角川映画
監督:沖田修一
脚本:沖田修一、守屋文雄
撮影:月永雄太
エグゼクティブプロデューサー: 井上伸一郎、椎名 保
企画: 佐々木史朗、嵐 智史 

「南極料理人」で注目された沖田修一監督による、ひなびた山あいの山村にやって来た映画撮影隊と無骨な木こりとの交流が織りなすハートフル・コメディの佳作。主演はこれが初共演となる役所広司と小栗旬。2011年・第24回東京国際映画祭で審査員特別賞、第8回ドバイ国際映画祭で最優秀男優賞(役所)、脚本賞、編集賞を受賞。

岸克彦(役所広司)は、60歳になるベテラン木こり。3年前に妻を亡くし、定職に就かない息子の浩一(高良健吾)とはギクシャクした関係。ある日突然、その村にゾンビ映画の撮影隊がやってくる。ひょんなことから撮影を手伝うことになった克彦は、自分の息子と同じ読み方の、気の弱そうなスタッフの青年幸一(小栗旬)がなんとなく気になるが、その幸一は実は本作の新米監督だった事が分かり…。

映画作りの話、というのは、F・トリュフォ監督の名作「アメリカの夜~映画に愛をこめて」(1973)とか、後にミュージカル「NINE」にもなったF・フェリーニ監督の傑作「8 1/2」(1963)とか、タヴィアーニ兄弟監督の、これもキネ旬ベストワンになった「グッドモーニング・バビロン!」(1987)とか、映画史に残る傑作が多い。クリント・イーストウッド監督も、映画「アフリカの女王」撮影中のジョン・ヒューストン監督をモデルにした「ホワイトハンター・ブラックハート」(1990)という佳作(個人的には好き)を撮っている。
日本映画になると、何故か、ピンク映画のロケ隊を描いた「ロケーション」(1984年・森崎東監督)とか、一応東映京都撮影所が協力してるけれど多分誰も知らない(笑)「ストップモーション」(2000年・寿野俊之監督)とかの、超マイナーな作品しか思い当たらない(後者は一応私、観ている)。日本映画の場合、どうしても貧乏くさい(笑)話になってしまうせいだろうか。

さて、そんなわけで、本作も過去のそうした日本映画の例に洩れず(笑)、撮影隊が撮ろうとしている映画は、いかにもチープなゾンビ映画。素人の克彦にまでゾンビ・メイクをさせて、大した演技指導もなく、監督の幸一はまるで自信なげで優柔不断。助監督には子供扱いされ、スタッフには「邪魔よどいて」と怒鳴られ、ベテラン・カメラマンから「やるの、やらないの」と突き上げられる始末。
最近の映画題名をもじれば、ものすごく小心で、ありえないほど弱気(笑)。

こんな調子では、まともな映画なぞ作れるのか、と他人事ながらこちらも心配になって来る。あげくに、幸一は撮影ほったらかして東京に逃げ帰ろうとし、気付いた助監督たちにとっ捕まってしまう体たらく。観ているこっちも、「そんなに根性ないなら、映画監督なんかやめちまえ!」と一喝したくなって来るくらいだ。

ところが、克彦の方は、ラッシュ試写で、ゾンビに扮した自分が映っている映像(遠景でほとんど豆粒にしか見えないのだが)を見て、次第に映画に対する興味が湧いて来る。幸一にストーリーを熱心に聞き、やがては率先して村人に協力を求め、エキストラも集め、映画作りの面白さにのめり込んで行く。

そうした克彦の熱意に圧される形で、幸一は次第に映画作りに対する自信を取り戻して行き、「OK!」の声もいつしか大きくなり、一人前の監督として成長して行くのである。また克彦の方も、幸一と語り合ううちに、息子との接し方を反省し、親子の絆を取り戻して行くのである。

脚本(沖田修一、守屋文雄)がなかなか良く出来ている。小道具の使い方や、ちょっとしたきっかけで二人が意気投合して行くプロセスにも工夫が凝らされている。
例えば、幸一が監督を辞めるつもりで、台本を克彦に譲るのだが、克彦はこの台本を読んで幸一が監督である事を知り、かつ幸一の映画に対する思いも理解する事となるし、その後台本を返してもらいにやって来た幸一と将棋をし、海苔を食べ合う事によって、両者の気持ちが接近して行く辺りの展開がうまい。
実はその直前、息子の浩一が家を出て行ってしまい、寂しい気持ちの所に幸一がやって来て、それを息子が戻ったと思って「浩一か」と声をかけ、幸一の方が「はい」と答えるのだが、この成り行きで、克彦が幸一を、つい息子のように感じて行く心境の変化が観客にもよく分かるのである。ここらはこっちもホロリとしてしまう。

その他、温泉場の湯船で二人が出会うシーンが2度登場するのだが、最初はスルスルと克彦の方から接近し、幸一が及び腰だったのが、2度目は幸一の方から接近する事で、幸一の心境の変化を巧みに表現している辺りもうまい。

そして撮影最終日、あいにくの雨で撮影を決行するかどうか、ここでの克彦のアドバイスと幸一の決断、そして村人たちと撮影クルーが一心同体となった、素晴らしいクライマックスが感動的である。

 
不満もないではない。あんな気弱な監督はいないだろうとか、25歳の若者がどうやって監督を任されるに至ったのか、その経緯がよく分からないとか、映画作りはロケで終わりではなく、この後セット撮影とか、CGとかのポスト・プロダクションとか、難関はまだまだあるのでは、とか、気になる点も多い。

しかし、この物語は、映画作りのリアルな実態を描くのが目的ではない。映画作りという題材を使って、チープな内容であろうが、素人の寄せ集めだろうが、一つの目標に向かって多くの人たちが力を合わせ、幾多の困難も乗り越え、全員一丸となってプロジェクトを成し遂げる…その事の大切さを描こうとしているのだろう。
そうしたプロセスは、今の先が見えない、混沌とした時代において、特に大切な事ではないだろうか。

沖田修一監督は、前作「南極料理人」でも、どことなくトボけた味わいながら、人間同士の心の触れ合い、奇妙な連帯感を独特の空気感で描いていた。その作風は本作でも健在である。

物語よりも、おかしな人間たちが醸し出す、その雰囲気、至福感を楽しむ映画である、と言えよう。今後が楽しみな監督として期待したい。    (採点=★★★★☆

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(付記)

この映画の製作母体は、オフィス・シロウズと言い、代表を務めるのが佐々木史朗氏。

このお名前、映画ファンにはおおっ、と来るビッグネームである。

1978年より、日本ATG代表に就任。以後積極的に若手監督にチャンスを与え、数多くの映画史に残る秀作を送り出して来た。
以下、代表作を挙げてみる。

「ヒポクラテスたち」(80年・大森一樹)、「ガキ帝国」(81年・井筒和幸)、「遠雷」(81年・根岸吉太郎)、「転校生」(82年・大林宣彦)、 九月の冗談クラブバンド」 (82年・長崎俊一)、「家族ゲーム」(83年・森田芳光)、「逆噴射家族 」(84・石井聰亙)。

93年にはオフィス・シロウズを設立、「20世紀ノスタルジア」(97年・原将人)、「ナビィの恋」(99年・中江裕司)、「笑う蛙」(02年・平山秀幸)、「スクラップ・ヘブン」(04年・李相日)…と、多くの若手監督の意欲作・傑作を手掛け、後のブレイクに繋げている。

それまでは大島渚、篠田正浩、吉田喜重、羽仁進、黒木和雄…と、ベテラン、重鎮中心だったATG製作映画に、若手監督登用方針を打ち出した点は大いなる功績である。その眼力の鋭さは、これら監督のその後の活躍を見るだけで充分である。
ある意味、佐々木氏がプロデュースした新人監督は、その後ブレイクする、というジンクスというか信頼度がある。

その意味では、沖田監督も今後一流監督として出世する可能性は大である。

佐々木氏は当年で73歳。まだまだ頑張って、若手監督を発掘していただきたい。今後も注目である。
(なお、主にアニメの音楽プロデューサーとして活躍されている、同姓同名の方がおられるが別人である。allcinema等データベースで同一人物扱いしているケースがあるので要注意)

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2012年2月15日 (水)

「J・エドガー」

Jedgar2011年・アメリカ/配給:ワーナー
原題:J. Edgar
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ダスティン・ランス・ブラック
撮影:トム・スターン
美術:ジェームズ・J・ムラカミ
製作:クリント・イーストウッド、ブライアン・グレイザー、ロバート・ローレンツ
製作総指揮:ティム・ムーア、エリカ・ハギンズ

FBI(アメリカ連邦捜査局)の初代長官を務めたジョン・エドガー・フーバー(J・エドガー)の半生を、クリント・イーストウッド監督とレオナルド・ディカプリオの初タッグで描く人間ドラマ。脚本は「ミルク」でアカデミー脚本賞を受賞したダスティン・ランス・ブラック。

 
1924年、FBIの前身である捜査局BOIの長官に任命されたJ・エドガー・フバー(レオナルド・ディカプリオ)は、図書館蔵書検索システムや、それにヒントを得た指紋照合等、近代的な手法を導入すると共に、州を越えた広域捜査を展開して揺ぎない地位を築き、35年にFBIへと改称した後も、72年に他界するまで8人の大統領に仕え、実に48年間に渡ってFBI長官として君臨した。

映画は、何故彼が、アメリカの巨大司法・捜査機関FBIに長きにわたって君臨出来たのか、その謎に包まれた私生活と併せて容赦なく暴いて行く。

過去と現在を巧みに行き来しつつ、また実際に起きた様々な事件と、その私生活も取り混ぜつつ、次第にその謎が明らかになって行く重層的な展開はスリリングで見ごたえがある。

彼(J・エドガー)のやり方は、実にダーティである。特権を利用して、明らかに違法な手段まで講じて政官財の大物たちの弱みや秘密を探り、それを極秘ファイルにして散らつかせ、大統領ですら手だし出来ない絶対権力を手に入れて行く。

さすがに副長官であり、公私に亘るパートナーでもあるトルソン(アーミー・ハマー)は「それは違法では」と注意するのだが、J・エドガーは「国家保全の為には法を曲げる事も必要だ」と平然と言い放つ。

この彼の信念は、ある意味、イーストウッドが永年にわたって演じて来たヒーロー「ダーティ・ハリー」のやり方とも相通じるものがある。
ハリーは、正義を貫く為には、法律の手順を踏まずにどんどん違法捜査もやってのける。そうしないとみすみす悪人を取り逃がしてしまう、という信念を持っている。その為停職を食らおうと、それでもおかまいなしに犯人を追いつめて行く。

こうした法を無視した正義は、アメリカ映画にしばしば登場する。西部劇では、保安官は頼りにならぬとばかりに自らの手で悪人を倒すヒーローがよく登場するし、ハリーと同様、無茶苦茶な違法捜査をするはみだし刑事もいる。

やはりイーストウッドが監督・主演した「許されざる者」でも、ジーン・ハックマン演じる保安官は、正義を守る為に絶対的権力を敷いて、町に君臨していた。
この保安官のキャラクターは、なんとJ・エドガーと似ている事か。

だがこの作品の重要なポイントは、かつては“正義を守る為に違法も辞さない”事を是としていたダーティ・ハリー=イーストウッドが、ここでは、“おまえの言う正義は、単なる自己正当化だ”とばかりに、この保安官を断罪し、打ち倒してしまう点である。

アメリカが意気軒昂だった時代は、アメリカは世界の警察として世界中に君臨していた。従ってダーティ・ハリーの正義も正しかった。

だが、ベトナム戦争の敗北を通じてその正義は揺らぎ始め、やがて「許されざる者」においてイーストウッドは、“正義の為と称する暴力は、果して絶対的に正しいのか”と疑問を投げかけた。…これは、自身が築き上げてきた正義のヒーロー像の、自らによる否定に他ならない。

近作「グラン・トリノ」において、イーストウッド扮する主人公は、昔ながらに暴力で悪を屈服させる手法を取った結果、さらに憎悪の連鎖を呼んだ事を激しく悔悟する。目には目を、はもはや正義ではない、とする視点は、圧倒的戦力で枢軸国家をねじ伏せるアメリカの正義の戦争に対する批判にも繋がっている(この点については「グラン・トリノ」評も参照)。

こうして見て来ると、本作もまた、まぎれもなくイーストウッドがここ数年描いて来た、“正義とは何なのか”というテーマの集大成的作品に他ならないのである。

 
もう一つ、この作品に内包されたテーマ、それは、“権力の座についた人間は、それをなかなか手放さない”という点である。手放す事を恐れてもいる。

エジプトのムバラク、リビアのカダフィ等の例に見るように、独裁者は何十年にも亙ってその座に居座り続ける。過去においてもほとんど例外はない。もしその座から降りる時は、自分の身が危うくなる、と本能的に嗅ぎ取っているかのようである。…実際、ルーマニアのチャウシェスク元大統領の例を見ても、独裁者の末路は悲惨で哀れである。カダフィも例に漏れなかった。だから余計権力の座からは降りられないのである。

権力者はまた孤独でもある。表向きは絶対権力者として振舞っているが、内面は孤独で心寂しき、哀しい存在である事もこの映画は容赦なく描く。彼が本当に心を許していたのは、ゲイであるトルソン、そして母(ジュディ・デンチ)くらいしかいなかった。40年に亙って仕えた秘書ヘレン・ギャンディ(ナオミ・ワッツ)にすら本心は見せなかった。それ故、母を失った時、彼は孤独に苛まれ、母の服を身にまとって喪失感を埋めようとするのである。

 
アメリカ国民にとっては、FBIは長い間、正義の代名詞であった。共産主義テロから国を守り、ギャングを撲滅し、憎むべき犯罪者を捕まえて絞首台に送って来た。―その頂点にいたのがJ・エドガー・フーバーであった。

その伝説的人物の、隠された実体をさらけ出す事によって、イーストウッドは、アメリカ国民が信じ続けて来た、正義の欺瞞をも暴き、また権力の座に居座り続ける独裁者のエゴイズムをも痛烈に批判しているのではないだろうか。

本作が21世紀の今の時点で作られた意味も、そこにあるのではないかと思う。

 
それにしてもイーストウッド監督は凄い。80歳を越えても、精力的に映画を撮り続けているだけでなく、ブレずに一貫して自らのテーマを語り続けている。本作ではさらに、これまで描かなかったゲイやマザコン描写にも堂々取組み、新境地を開拓している。本当に感服する。

「インビクタス」「ヒア アフター」では、ちょっと毛色の変ったジャンルに取り組む余裕も見せていたイーストウッドだが、本作はゼロ年代に作って来た、奥深いテーマを持った骨太の人間ドラマに再び回帰して来たようだ。これからも、ますますイーストウッド映画から目が離せない。    (採点=★★★★☆

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(さて、お楽しみはココからだ)
この映画を観て思い起こすのは、天才オーソン・ウェルズ監督が1941年、弱冠25歳の時に発表した映画「市民ケーン」である。

Citizenkane1_3新聞王と呼ばれ、巨万の富を得、政財界にも顔を利かせ、巨大な帝国を築き上げた男・ケーン(ウェルズ)が死ぬ。やがて、さまざまな人たちの回想を通じて、その謎に包まれた生涯が明らかになって行く…という話で、独善的で近寄り難い主人公のキャラクターは無論の事、“強大な力と名声を得たカリスマ的人物の生涯を、さまざまな角度から光を当て、時系列を巧みにシャッフルしつつ描き、次第に人物像を解明して行く”という物語構成まで本作とよく似ている。

Citizenkane2_2 主人公を演じる俳優が、20歳代から晩年の死に至るまで、特殊メイクで一人で演じ分けている、という点、さらに監督が、強烈な個性を持った名俳優でもあるという点まで、両作の共通点は多い。
よく見れば、晩年期の老けメイクまでよく似ている(右)。

おそらくイーストウッド監督は、「市民ケーン」をある程度は意識して作ったのではないだろうか。

ちなみに、「市民ケーン」はアカデミー賞では9部門でノミネートされたものの、受賞したのは脚本賞のみで、興行的にも惨敗した(現在ではこの作品は、映画史上の最高傑作として評価が定着している)。

ウェルズは本作のみならず、以後もアカデミー賞(監督・俳優賞とも)とは無縁だった。どうもアカデミー協会からは嫌われていたらしいが、イーストウッドも「グラン・トリノ」は無冠、本作も秀作であるにも関わらずノミネートは一切なし(熱演のディカプリオすら主演賞ノミネートなし)…と、そういう所まで似ているのも何かの縁だろうか。

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2012年2月12日 (日)

追悼 バート・シュナイダー

調べものをしていたら、たまたま見つけたサイトで、バート・シュナイダーが昨年亡くなっていた事を知った。
亡くなったのは、2011年12月12日。享年78歳だった。

Easyrider バート・シュナイダー…と言っても、ピンと来る人はあまりいないかも知れないが、アメリカン・ニューシネマの傑作「イージー・ライダー」で製作総指揮を務めた、と聞けば、思い出す方もいるだろう。

それだけではない。その他にも多くの異色作、秀作を世に送り出すのに貢献し、映画史に輝く足跡を残している。

以下のフィルモグラフィを見れば、その功績が多大である事に納得するだろう。

1968年 「ザ・モンキーズ/恋の合言葉 HEAD!」(監督:ボブ・ラフェルソン) 製作総指揮 

1969年 「イージー・ライダー」(監督:デニス・ホッパー)  製作総指揮

1970年 「ファイブ・イージー・ピーセス」(監督:ボブ・ラフェルソン)  製作総指揮

1971年 「ドライブ、ヒー・セッド」(日本未公開・監督:ジャック・ニコルソン)  製作総指揮

1971年 「ラスト・ショー」(監督:ピーター・ボグダノヴィッチ)   製作総指揮

1974年 「ハーツ・アンド・マインズ ベトナム戦争の真実」(監督:ピーター・デイヴィス)  製作

1975年 「放浪紳士 チャーリー」(監督:リチャード・パターソン)  製作

1978年 「天国の日々」(監督:テレンス・マリック)  製作

 
どれも異色の問題作である。「イージー・ライダー」だけでなく、「ラスト・ショー」はアカデミー作品賞、監督賞にノミネートされ、ベン・ジョンソン、クロリス・リーチマンにそれぞれ助演賞のオスカーをもたらし、日本ではキネ旬ベストワンを獲得した。
また、ベトナム戦争記録映画「ハーツ・アンド・マインズ ベトナム戦争の真実」は第47回アカデミー賞でドキュメンタリー長編賞を受賞し、数多くのベトナム戦争映画に多大な影響を与えた。
そして、今では伝説の映画監督とも呼ばれ、昨年は「ツリー・オブ・ライフ」で話題を呼んだテレンス・マリックの出世作「天国の日々」の製作にも手を貸している。

これほどの功績を残しているのに、我が国マスコミはどこも訃報を載せなかった。けしからん事である。

 
以下、経歴を簡単に。

バート・シュナイダーは1933年5月5日生れ。父親はコロンビア映画の社長を務めた事もあるエイブラハム・シュナイダー。
1960年代前半に、コロムビアのテレビ部門であるスクリーン・ジェムズに入社。ここで映画監督を目指していた
ボブ・ラフェルソンと意気投合、二人で制作会社、レイバート・プロダクションを設立した。

1964年、イギリス出身のビートルズが全米でも大人気となり、その加熱ぶりを目の当たりにした二人は、アメリカでもそれにあやかったグループを作り出そうと考え、オーディション広告で若いミュージシャンを集め、その中から4人を選んでザ・モンキーズを結成させ、テレビ番組「ザ・モンキーズ」をスタートさせた。これは我が国でもテレビ放映された。
この番組は1966年から2年間続き、勢いに乗ってモンキーズ主演の映画「HEAD」(邦題「ザ・モンキーズ/恋の合言葉 HEAD!」)を製作し、監督はラフェルソンが務め、脚本にはラフェルソンと親しかったジャック・ニコルソンが参加した。
当初の企画では、ビートルズ主演の「ハード・デイズ・ナイト」のような作品になるはずであったが、ラフェルソンとニコルソンが自由奔放にイメージを膨らませ、出来上がった映画はとりとめのないシュールな映像がランダムにコラージュされた、マカ不思議な怪作になった。この為、同作品は我が国では未公開となり、ようやく劇場公開が実現したのは1981年であった。

しかし、この作品で映画作りに自信を深めたシュナイダーは、やがてニコルソンを通じて、自分たちの映画を作りたがっていたピーター・フォンダとデニス・ホッパーと知り合い、レイバート・プロの製作によって「イージー・ライダー」映画化が実現する事となったのである。

「イージー・ライダー」の成功で、シュナイダーは次々と映画企画を実現して行く事となる。 Fiveeasypieces_2 70年には盟友ラフェルソン監督により、ニコルソン主演「ファイブ・イージー・ピーセス」を製作、これもアメリカン・ニューシネマの秀作として高く評価された。

シュナイダーが映画プロデューサーとして活躍したのは、1968年からわずか11年であったが、残した映画はいずれも映画史に燦然と輝いている。特に「イージー・ライダー」、「ラスト・ショー」、「天国の日々」と、短期間にこれだけの傑作、秀作を手掛け、ジャック・ニコルソン、デニス・ホッパー、ピーター・ボグダノヴィッチ、テレンス・マリックを、いずれも一躍スターダムに押し上げた功績は眼を瞠るものがある。
「ザ・モンキーズ/ 恋の合言葉 HEAD!」も今ではカルト的問題作として評価が高まっている。

なお、弟のハロルド・シュナイダーもプロデューサーであり、「天国の日々」をバートと共同製作の後、単独で異色のオカルト・ホラー映画「エンティティー/霊体」(82年・監督:シドニー・J・フューリー)、これも異色のハイテク・クライシス・ムービーの佳作「ウォー・ゲーム」(83年・監督:ジョン・バダム)、ジャック・ニコルソンが監督も務めた「黄昏のチャイナ・タウン」(90年)等の話題作をプロデュースし活躍している。

ネットでいろいろ調べてみたが、マスコミだけでなく、ネットでもバート・シュナイダーの訃報に触れたものはほとんどなかった。割と細かく訃報を載せている訃報ドットコムでも載っていなかった。功績に比べて不当ではないだろうか。残念でならない。

デニス・ホッパーも亡くなった事だし、今夜は「イージー・ライダー」のDVDを引っ張り出して2人を追悼する事にしようか。合掌。

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「モンキーズ HEAD!」 「イージー・ライダー」DVD  同・ブルーレイ

 

「ファイブ・イージー・ピーセス」  「ラスト・ショー」DVD 「ハーツ・アンド・マインズ」

 

「天国の日々」DVD

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2012年2月 4日 (土)

「哀しき獣」

Yellowsea2010年・韓国/配給: クロックワークス
原題: 黄海  "The Yellow Sea"
監督: ナ・ホンジン
脚本: ナ・ホンジン
撮影: イ・ソンジェ

「チェイサー」でデビューしたナ・ホンジン監督と主演のハ・ジョンウ+キム・ユンソクが再びタッグを組んだクライムサスペンス。

中国・延辺朝鮮族自治州でタクシー運転手を営むグナム(ハ・ジョンウ)は、借金返済のために賭博に手を出すが、失敗して更に借金漬けになってしまう。そんなグナムに、殺人請負人のミョン(キム・ユンソク)が、韓国へ行ってある人物を殺せば借金を帳消しにしてやると声をかける。グナムは、韓国へ出稼ぎにいったまま音信の途絶えた妻に会うためにもミョンの提案を受諾。黄海を渡り韓国へたどり着くが、そこで罠にはめられ、警察や黒幕すべてから追われる身となってしまう…。

「チェイサー」の登場は衝撃的だった。たたみかける息もつかせぬアクション、疾走するスピード感、グロテスクな描写もあるが、最後は爽やかな幕切れ、とこれが新人第1作とは思えない、ホラー・サスペンス・アクションの秀作であった。

次作が待たれていたナ・ホンジンであったが、満を持して登場した本作は、20世紀フォックスが資本参加(正式には傘下のフォックス・インターナショナル・プロダクションズ)している事もあって、スケールも大きくなり、ハリウッド映画も顔負けの派手なカー・アクションも網羅された2時間20分の大作となった。
その分、やや大味となって、前作よりはやや落ちるが、その分スケール感がカバーして、エンタティンメントとしては充分面白い力作となった。

(以下ネタバレあり)
本作には2つの流れがある。韓国に出稼ぎに行ったまま行方が分からなくなった妻の消息を探す旅、もう1つはグナムが依頼された殺しが首尾よく成功するのかというサスペンス。
請け負った殺しの仕事を進める傍ら、グナムは並行して妻の消息も捜し求める。

しかし途中からグナムは、別の人物に先を越されてしまった殺しの犯人として疑われ、警察と組織の両方から追われ、ひたすら逃げ回る事となる。この逃避行がハンパではない。

足で走り、海に飛び込み、はたまた車を駆って逃げる、逃げる。高速道を、市街を猛スピードで駆け抜け、車はどんどんクラッシュして行く。追い詰められ、追っ手を倒し、傷だらけになりながらもなお逃げる。さらには韓国にやって来たミョンも自ら手斧を持って、足で、車で執拗にグナムを追いかける。

全編の半分以上が、こうした追っかけアクションである。あまりにハイ・テンションが続くので、見る方も息が抜けない。さすがは「チェイサー」の監督だけのことはある。

ただ、話の方は相当入り組んでいて、一度観ただけでは判りづらい所があるのが難点。もう少し余分な部分をカットするなり、真相を語るシーンを追加するなどして整理した方が良かったのではないか。―特に銀行の課長が女性と会っているシーンは何なのか最後まで意味不明(後で仕入れた情報によると二人が浮気していて、それもグナムが依頼された標的・スンヒョンが殺される原因らしいが)。

 
もう一つ、この作品のテーマとなっているのが、グナムが生活する、中国吉林省にある延辺朝鮮族自治州である。今まであまり聞いた事がなかったが、戦前から、貧困の為に密入国した朝鮮族が不法に定住し、一時は人口の半数以上を朝鮮族が占めていた時代もあったという(現在は4割ほどに減っているそうだ)。

朝鮮民族でありながら、異国とも言うべき中国領土で永年暮らし、中国からも、故国からもはみ出してしまったような人々の韓国に対する屈折した思いが、この物語の背景にはあるようだ。この辺りは、韓国人であればもっと胸が締め付けられる話であるに違いない。

その2つの国を隔てているのが、原題でもある“黄海”である。グナムは最後、延辺自治州に船で戻る途中に出血死してしまい、この黄海に落とされてしまう。
ここのシークェンスは、それまでの派手なアクション・シーンとはうって変って、静謐さと寂寥感が漂う。

すべての怒り、哀しみを優しく受け入れてくれる、母のような黄海…。その海に包み込まれるように、グナムは沈んで行くのである。静かな余韻が残る、印象的なラストシーンであった(実はその後、もう一つのエピローグがあるのだが、それは観る時のお楽しみ)。

そんな訳で、あれもこれもと詰め込み過ぎた上に捻り過ぎの感なきししもあらずだが、凄絶かつ密度の高いアクションはやはり他を圧しており、欠点はあっても支持したい。プラス、ラストの寂寥感の好印象で、☆一つおマケしておこう。     (採点=★★★★☆

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