「哀しき獣」
2010年・韓国/配給: クロックワークス
原題: 黄海 "The Yellow Sea"
監督: ナ・ホンジン
脚本: ナ・ホンジン
撮影: イ・ソンジェ
「チェイサー」でデビューしたナ・ホンジン監督と主演のハ・ジョンウ+キム・ユンソクが再びタッグを組んだクライムサスペンス。
中国・延辺朝鮮族自治州でタクシー運転手を営むグナム(ハ・ジョンウ)は、借金返済のために賭博に手を出すが、失敗して更に借金漬けになってしまう。そんなグナムに、殺人請負人のミョン(キム・ユンソク)が、韓国へ行ってある人物を殺せば借金を帳消しにしてやると声をかける。グナムは、韓国へ出稼ぎにいったまま音信の途絶えた妻に会うためにもミョンの提案を受諾。黄海を渡り韓国へたどり着くが、そこで罠にはめられ、警察や黒幕すべてから追われる身となってしまう…。
「チェイサー」の登場は衝撃的だった。たたみかける息もつかせぬアクション、疾走するスピード感、グロテスクな描写もあるが、最後は爽やかな幕切れ、とこれが新人第1作とは思えない、ホラー・サスペンス・アクションの秀作であった。
次作が待たれていたナ・ホンジンであったが、満を持して登場した本作は、20世紀フォックスが資本参加(正式には傘下のフォックス・インターナショナル・プロダクションズ)している事もあって、スケールも大きくなり、ハリウッド映画も顔負けの派手なカー・アクションも網羅された2時間20分の大作となった。
その分、やや大味となって、前作よりはやや落ちるが、その分スケール感がカバーして、エンタティンメントとしては充分面白い力作となった。
(以下ネタバレあり)
本作には2つの流れがある。韓国に出稼ぎに行ったまま行方が分からなくなった妻の消息を探す旅、もう1つはグナムが依頼された殺しが首尾よく成功するのかというサスペンス。
請け負った殺しの仕事を進める傍ら、グナムは並行して妻の消息も捜し求める。
しかし途中からグナムは、別の人物に先を越されてしまった殺しの犯人として疑われ、警察と組織の両方から追われ、ひたすら逃げ回る事となる。この逃避行がハンパではない。
足で走り、海に飛び込み、はたまた車を駆って逃げる、逃げる。高速道を、市街を猛スピードで駆け抜け、車はどんどんクラッシュして行く。追い詰められ、追っ手を倒し、傷だらけになりながらもなお逃げる。さらには韓国にやって来たミョンも自ら手斧を持って、足で、車で執拗にグナムを追いかける。
全編の半分以上が、こうした追っかけアクションである。あまりにハイ・テンションが続くので、見る方も息が抜けない。さすがは「チェイサー」の監督だけのことはある。
ただ、話の方は相当入り組んでいて、一度観ただけでは判りづらい所があるのが難点。もう少し余分な部分をカットするなり、真相を語るシーンを追加するなどして整理した方が良かったのではないか。―特に銀行の課長が女性と会っているシーンは何なのか最後まで意味不明(後で仕入れた情報によると二人が浮気していて、それもグナムが依頼された標的・スンヒョンが殺される原因らしいが)。
もう一つ、この作品のテーマとなっているのが、グナムが生活する、中国吉林省にある延辺朝鮮族自治州である。今まであまり聞いた事がなかったが、戦前から、貧困の為に密入国した朝鮮族が不法に定住し、一時は人口の半数以上を朝鮮族が占めていた時代もあったという(現在は4割ほどに減っているそうだ)。
朝鮮民族でありながら、異国とも言うべき中国領土で永年暮らし、中国からも、故国からもはみ出してしまったような人々の韓国に対する屈折した思いが、この物語の背景にはあるようだ。この辺りは、韓国人であればもっと胸が締め付けられる話であるに違いない。
その2つの国を隔てているのが、原題でもある“黄海”である。グナムは最後、延辺自治州に船で戻る途中に出血死してしまい、この黄海に落とされてしまう。
ここのシークェンスは、それまでの派手なアクション・シーンとはうって変って、静謐さと寂寥感が漂う。
すべての怒り、哀しみを優しく受け入れてくれる、母のような黄海…。その海に包み込まれるように、グナムは沈んで行くのである。静かな余韻が残る、印象的なラストシーンであった(実はその後、もう一つのエピローグがあるのだが、それは観る時のお楽しみ)。
そんな訳で、あれもこれもと詰め込み過ぎた上に捻り過ぎの感なきししもあらずだが、凄絶かつ密度の高いアクションはやはり他を圧しており、欠点はあっても支持したい。プラス、ラストの寂寥感の好印象で、☆一つおマケしておこう。 (採点=★★★★☆)
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