「私の映画史―石上三登志映画論集成 」
例えば、前回の「コーマン帝国」でも取り上げたが、あのロジャー・コーマンの隠れた功績を、誰よりも早く我が国に紹介したのが石上氏である。バックナンバーで探すと、雑誌「映画評論」1971年9月号に石上氏が寄稿した「ビックリ箱の中の悪夢<ロジャー・コーマン論>」で、ここではコーマンが監督したエドガー・アラン・ポオ物や「ワイルド・エンジェル」等について、見事に分析している(奇想天外社刊「吸血鬼だらけの宇宙船」所収)。
その後は、1972年にキネ旬に掲載した評論「3人のプロデューサーによって発見された映画的才能の系譜」で、「コーマン帝国」で取り上げられた、コーマン・スクールの優等生たち―コッポラ、ボグダノビッチ、ピーター・フォンダ、ニコルソンらについてもとっくに紹介している(本書の第2部にも掲載)。今から40年以上!も前である。
その他、鈴木清順、岡本喜八、サム・ペキンパー、「刑事コロンボ」についても、多分日本で一番最初にきちんと評価したのは石上氏ではないかと思う(面白い、と書いた人は何人かいたが、作品の深層まで掘り下げて書いた人はいなかった)。
石上氏はこれまでに、いくつかの評論集を刊行しており、どれもユニークで読み応えがある。私は本屋に出る度に、どれも真っ先に買って読んだ。題名を挙げると、「キング・コングは死んだ―私説アメリカ論」(1975)、「男たちのための寓話―私説ヒーロー論」(1975)、「吸血鬼だらけの宇宙船」(1977)、「手塚治虫の奇妙な世界」(1977)、「地球のための紳士録」(1980)、「SF映画の冒険」(1986)等々…である。全部今も手元にある。
特に、特定の人物を、関連した仕事や著作等でシリトリ式に繋げて行って、最後は冒頭の人物に戻る「地球のための紳士録」は、映画のみならず、ミステリーからコミック、心理学にまで広がる氏の博識ぶりと着眼点に感嘆した。
あまりに感銘を受けたので、その数年後、私自身が発行するミニコミに、人物をシリトリで繋げる同じようなコンセプトの人物事典を作って掲載したくらいである(いずれ機会があれば発表するつもり)。
そんな石上氏には、もう一つの顔があり、本職は電通のCMクリエイター(本名・今村昭)。いくつかのCMで賞も獲っている(有名な所では三船敏郎を起用したビールのCM)。こういう仕事を抱えながら映画を観て、TVムービーまでこまめに見て、膨大な評論も書いて(映画だけじゃなくて手塚治虫マンガ論まで)、さらにさらに、「刑事コロンボ」や前回紹介の「ロジャー・コーマン自伝」等の翻訳出版までこなすという八面六臂ぶり…。もう私は頭が下がりっぱなしである。
で、当紹介本「私の映画史―石上三登志映画論集成 」であるが、これは氏が過去にキネ旬など映画雑誌に掲載した映画評論のうち、これまで単行本に未収録で、書籍化が待ち望まれていた、ファンの間では伝説的な評論をまとめた、まさにサブタイトル通り、石上映画評論の集大成的な本である。
全体は大きく分けて3つのパートに別れ、第1部が、キネ旬に長期連載された自伝的エッセイ「ぼくは駅馬車に乗った」、第2部が前掲のコーマン論も含めた、単発で映画雑誌に掲載された数編の長編評論、そして第3部が、これもキネ旬に長期連載された、劇場未公開TV放映作品や、コロンボを始めとするTVムービー作品を紹介した、「TVムービー作品事典」で構成されている。
「ぼくは駅馬車に乗った」は、ジョン・フォード「駅馬車」の主人公、リンゴオ・キッドを理想のヒーローとする石上氏の映画遍歴を通して、ヒーローとは何か、について論じた評論で、特にフロイト心理学とリンクした論旨の鮮やかさには、キネ旬掲載当時、読んでて思わず唸ってしまったほどである。
例えば、映画史上の傑作、オースン・ウェルズ監督・主演の「市民ケーン」を、大方の一般的な評価とは異なり、主人公の内面にエディプス・コンプレックスがあると喝破し、最終的にこれはフロイト心理学を基調とした“アンチ・ヒーロー論”映画の大傑作、とまとめているのである。
私も「市民ケーン」は私の生涯ベストワン、と決めているほど好きな作品だが、まさかそういう切り口があったとは、と読んで愕然となった記憶がある。
そして第3部であるが、石上氏は早くからTVムービーの将来性に言及し、NHKのUHF試験放送で細々と放映されていた「刑事コロンボ」の面白さをいち早く紹介した人でもあり、また我が国ではテレビでのみ放映された劇場未公開映画についても、積極的に紹介して来た人でもある。
劇場公開作品は、各種の映画雑誌で紹介され、新聞雑誌でも取り上げられたりしているが、こうした劇場非公開作品については、それまではどこのメディアでもあまり紹介されていなかった。無論ビデオなんかはまだほとんど出ていない時代である。
石上氏は、そうした状況の中で、キネ旬に「TVムービー評」コーナーの創設を働きかけ、当初は孤軍奮闘で毎回そのコーナーでTVムービー、未公開映画を取り上げ、見所を紹介していたのである。このコーナーのおかげで、ソウル・バスの監督第1作「戦慄!昆虫パニック」だとかS・スピルバーグ監督のTVムービー「恐怖の館」(後に「ヘキサゴン」と改題)などの異色作の存在も知る事が出来た。
この第3部では、その「TVムービー評」コーナーに掲載されたTVムービー批評がほぼ完璧に掲載されている。TVムービーの鑑賞には最適のガイドブックであると言えよう。
そうした労作を網羅しているおかげで、これは全部で588ページにも及ぶ、かなりぶ厚い本となった。私はほとんどキネ旬掲載当時にリアルタイムで読んでいるが、それでも何度読んでも面白いし、刺激になる。映画ファンなら必読の、まさにバイブルと言っても過言ではない名著である。
また、巻末附録として、石上氏のキネマ旬報に於けるベストテン選考の記録(1972年~現在)が掲載されているが、これを読むだけでも、そのユニークな視点が窺える。
欲を言えば、キネ旬以前の、「映画評論」誌時代の石上氏選考ベストテン記録も併せて是非掲載していただきたかった。こっちはもっと面白い。
ちょっとだけ紹介しておくと、1965年から67年にかけての邦画ベストテン上位に、鈴木清順監督の「刺青一代」「春婦伝」「けんかえれじい」「殺しの烙印」、加藤泰監督の「沓掛時次郎・遊侠一匹」「骨までしゃぶる」「懲役十八年」、山田洋次監督の「なつかしい風来坊」「喜劇・一発勝負」といった、当時まるで無視され、後にカルト的傑作として評価されるようになった秀作群がズラっと並んでいるのである。洋画の方では、1968年のベスト6位に、ロジャー・コーマンの「白昼の幻想」、1969年の1位に「ワイルド・バンチ」が選出されている。その眼力の凄さ、先見性には驚くやら感心するやら…。
なお本書は、熱烈な石上氏ファンだという、ライターの町田暁雄氏が企画し、その尽力によって刊行が実現したそうだ。町田氏にも感謝の意を表したい。
ところで余談だが、昨年秋、ミステリ・マガジンとキネ旬誌上で続いていた石上氏の連載記事が、急に中断となった。
どうしたのだろうかと心配していたら、本書の巻末あとがきの最後に、石上氏自身の筆で、骨髄異形成症候群という病気を患い、闘病生活中である事を告白されていた。
連載記事は、毎号楽しみにしていただけに、これはファンにとっては気がかりな話である。心密かに、一日も早く病状が回復される事を祈っていた。
幸いなことに、最近キネ旬誌上で、対談の形だが元気なお姿を拝見でき、近々連載も再開されるという事である。
嬉しいニュースではあるが、あまり無理をなさらずにゆっくりと養生され、その鋭い健筆ぶりが復活する日を待ちたいと思う。ご健康をお祈りしたい。
(追記)
石上氏はその後、2012年11月6日、骨髄腫のため、亡くなられました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
追悼記事はこちらを参照ください。
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