「愛と誠」 (2012)
早乙女財閥の令嬢・早乙女愛(武井咲)は、幼い頃に少年・太賀誠(妻夫木聡)に危機を助けられるが、誠はその時額に深い傷を負ってしまう。やがて成長した二人は1972年の新宿で運命的な再会を果たすが、誠は札付きの不良となっていた。彼への負い目から、愛は誠を更正させようと献身的に尽くすが、誠はそんな愛から離れ、不良の掃き溜めといわれる花園実業高校に転校してしまう。その誠を追って、愛も、そして愛に一途な思いを寄せる岩清水弘(斎藤工)も花園実業に転校して来る…。
梶原一騎原作コミック(当時は劇画と言った)は、'60~'70年代、一世を風靡した。本作以外にも、「巨人の星」、「あしたのジョー」、「柔道一直線」など多数あり、いずれもアニメ化、映画化、テレビドラマ化される等、国民的人気を博した。
当時のファンは、これらを読み、また映像化されたものを観て、愛の深さ、友情の強さ、男の生き様、等に感動し、泣いた方も多かったはずだ。
だが、今の時代に振り返ってみると、相当荒唐無稽、ありえない展開で、ほとんどギャグに近いものも多い。
「巨人の星」では、目の中で炎が燃えてたり(「少林サッカー」でパクられてた(笑))、エキスパンダーのバネを組み合わせたような「大リーグ養成ギプス」だとか、実写でやったら吹き出してしまう場面がいくつかあった。
極めつけは「大リーグボール2号」と名付けられた“消える魔球”。この種明かしを見た時にはズッこけた(笑)。科学的にあり得ない。まさにマンガである。
本作についても、例えば石清水弘の「君のためなら死ねる!」のセリフは笑えてしまうし、花園実業の荒れっぷりや、影の大番長の存在はほとんど東映のスケ番映画(「恐怖女子高校」シリーズ等)かと思えるほどに荒唐無稽である。
…にもかかわらず、これらが熱い支持を受け、読者の多くが感動出来たのは、時代が高度成長への発展途上であり、勤勉に働き、真摯な思いを抱いて頑張れば、報われる…つまり、信じられる夢があった時代だからだろう。
バブル崩壊を経て、長期的な低成長時代がいつ果てるともなく続き、閉塞感漂う現代。若い人は多くが非正規雇用を強いられ、夢を信じる余裕もない…。もはや、'70年代のような熱気は望むべくもない。
そんな今の時代では、梶原劇画の世界は、もはやギャグでしかないのである。
だから、今さら「愛と誠」をまともに映画化なんか出来っこない。呆れられ、失笑されるのがオチである。執筆を依頼された脚本家も頭を抱えた事だろう。
そこで脚本家の宅間孝行が思いついた戦略は、これを思い切って歌謡ミュージカルにしてしまうというものであった(インタビュー記事より)。
監督の三池崇史は以前にも「カタクリ家の幸福」(2001)という、これまた歌謡ミュージカル的作品を撮っているし、「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」(2010)でも仲里依紗扮するゼブラクィーンが歌い、踊るシーンが強烈に印象に残っている。まさにうってつけである(むしろ、三池が監督すると知って、宅間孝行の頭にそれらミュージカル・シーンが浮かんだのかも知れない)
かくて、本来は熱血純愛感動ドラマであった「愛と誠」は、一転、元ネタに突っ込んで、笑って楽しめるおバカ・ミュージカル・コメディに生まれ変わったのである。青春時代にこのコミックにハマったファンがこれを観たら、絶句するか怒り出すに違いない(笑)。
登場する歌は、「激しい恋」(歌手:西条秀樹。以下同じ)、「空に太陽があるかぎり」(にしきのあきら)、「あの素晴らしい愛をもう一度」(加藤和彦&北山修)、「夢は夜ひらく」(藤圭子)、「酒と泪と男と女」(河島英五)、「また逢う日まで」(尾崎紀世彦)と見事に1970年代の懐かし歌謡(但し、「狼少年ケンのテーマ」のみ60年代のアニメ主題歌)。なお一部、音楽担当の小林武史が書き下ろした新曲も含まれている。
これらをそれぞれ、主要登場人物が歌い、踊るのだが、パパイヤ鈴木が振付けたダンスは学芸会並みのユルいもので、おまけに歌はすべてフルコーラスなので少々モタれる。
しかし観ているうちに、これも三池監督の狙いらしい事が見えて来る。
愛が「あの素晴らしい愛をもう一度」を歌うシーン。ここでは、愛は完全に自己陶酔、自分の愛が誠を救えると思い込んでしまっている(いちいち、“あの素晴らしい愛を…”のくだりで寸止めする所が何とも可笑しい)。実際、愛の行動はほとんどストーカーで、誠でなくても迷惑この上ない。
こうした、学芸会的描写を敢えて積み重ねる事によって、元々今の時代ではバカバカしい物語を、“バカバカしくて悪いか”と開き直ったスタンスで一貫し、とことんバカバカしさを極めた、独自の作品世界を構築させているのである。一方で、喧嘩等のアクション・シーンはこれまた三池らしくなかなかの迫力。きっちりとエンタティンメントに仕上げている。
まさに三池ワールド。ここまでやってくれたら、却って清清しい。「フルメタル極道」、「ゼブラーマン」、「スキヤキウエスタン・ジャンゴ」といった三池監督作品にハマった人なら、間違いなく楽しめるだろう。
その他、パンツ丸出しで怪演する安藤サクラ、50歳近いのに大真面目で高校生・座王権太役を演じる伊原剛志、ノリノリで歌い踊る、舞台ミュージカルの重鎮・市村正親、その妻役で市村とデュエットする一青窈…それぞれ、今後のオファーが途絶えないかと心配になる(笑)程、見事に作品世界に溶け込んでいる。…ただ、高原由紀を演じた大野いとの演技が少々硬いのが残念。もっとハジけてもよかった。
それにしても、梶原一騎作品がこれほど笑えるものだったとは、原作者本人も当時は想像も出来なかっただろう。今頃は天国で苦笑しているに違いない。 (採点=★★★★)
| 固定リンク
コメント
ちょっと長いかな。とっても熱演している、しかも意外に歌がうまい!にもかかわらず、安藤サクラの登場部分を全て抜いても話が成立し、しかもちょうどいい長さになるところが少し残念。でも私はこういう感じ大好きです。こういう映画、けなすのは簡単だけど、ご指摘の「あの素晴らしい愛…あーい、あーい」の編曲をはじめ、相当真剣にふざけていることがわかります。だとしたら乗らない手はありません。皆熱演で、主役2人がかすんでると言われているけれど、武井咲の起用は大正解。彼女は、正直この映画を相当救っていると思います。「あの素晴らしい愛をもう一度」、演技経験少ないのに良く頑張りました!高原由紀役は、安藤サクラも出てることだし、三池作品も経験してるしということで、満島ひかりがあの「愛のむきだし」の雰囲気そのままで出ていてくれたら面白かったのに…と思ったのは私だけでしょうか?あと、余貴美子はまた助演女優賞決定!
投稿: オサムシ | 2012年6月28日 (木) 23:59
制作が発表されて以降、ずっと観たいと思っていた此の作品。念願叶って、映画館で観て来ました。「御馬鹿ミュージカル仕立て」というのは事前に知っていたものの、其の御馬鹿さ加減は想像以上。上でオサムシ様も書かれていますが、出演者が“良い意味で”御馬鹿に徹して演じているのが良い!
自分は原作を読んで育った世代ですが、ガムコ等の脇役をきちんと描いている「外さなさ具合」は立派。
事後報告になってしまって申し訳無いのですが、此方の記事を自ブログで紹介させて貰いました。宜しく御願い致します。
投稿: giants-55 | 2012年7月 2日 (月) 02:22
作り手の誰一人として「こういう映画を作りたい」という思いもなく、苦肉の策でおふざけに逃げる。そういう映画が作られているということじたいに、疑問を覚えます。
投稿: kai1964 | 2012年7月 2日 (月) 16:59
私は製作当事者でもなんでもないので実際のところはわかりません、が、この作品は苦肉の策でもしょーがなくおふざけしたわけでもなく、皆、「真剣に」おふざけしたんだと思います。少なくとも「ミュージカル映画」としては、ホントまじめに考えて作ってると思うんだけど。数年前の「矢島美容室」のときも、同じ思いがありました。要はミュージカル映画が好きか、否かで評価が分かれるのかな。個人的には、かつての日本映画には、植木等の「日本一の・・・」シリーズや「狸御殿」という傑作おふざけミュージカル映画(なぜか不思議なことにミュージカル映画というくくりで語られることが無いが・・)があり、現代に和製ミュージカル映画が作られるのはうれしいです。趣旨がずれている気もしますがお許し下さい。ついでに「狸御殿」といえば、これも数年前「オペレッタ狸御殿」という映画がありましたが、薬師丸ひろ子以外は皆不発、ひどい映画でした。和製ミュージカル映画だからと言って何でも褒めるわけではありません。
投稿: オサムシ | 2012年7月 2日 (月) 23:55
◆オサムシさん
確かに、134分は長いですね。歌をフルコーラス歌ってるのが一番の理由でしょう。まあ監督や脚本家は確信犯でやってるのでしょうから。私は許容範囲でした。
>満島ひかりがあの「愛のむきだし」の雰囲気そのままで出ていてくれたら面白かったのに…
あ、それ大いに納得(笑)。ついでにパンチラも盛大に(笑)。
◆giants-55さん
拙文のブログご紹介、ありがとうございます。赤面の至りです。
giants-55さんは「梶原一騎作品で育った世代」だそうですね。そうした世代の方からは反撥もあるのでは、とブログ本文でも懸念しましたが、貴殿はどうやら楽しめた口のようですね。安心いたしました。
>出演者が“良い意味で”御馬鹿に徹して演じているのが良い!
まさにその通りですね。おバカも、手を抜かず、真剣に演じればそれなりに楽しめる作品になる見本ですね。脱力の一歩手前で、良質のエンタティンメントに昇華されていると思います。
◆kai1964さん
私も下のオサムシさんと同意見で、真剣に、真面目に(変な言い方ですが(笑))おバカに取り組んでいると思います。
決して、脚本も演出も、おふざけに逃げている、とは思いません。
まあ、受け取り方は人それぞれで、そう思われる方がいても、仕方ないとは思います。反対に私や、オサムシさんや、giants-55さんのように、真剣に取り組んでいると受け止め、楽しんだ者もいるのもまた事実。いろんな見方があり、それぞれに感じた事を書き込むのも自由、と私は思っております。またご意見お寄せください。
投稿: Kei(管理人) | 2012年7月 3日 (火) 00:47
◆オサムシさん
フォローありがとうございます。
>かつての日本映画には、植木等の「日本一の・・・」シリーズや「狸御殿」という傑作おふざけミュージカル映画があり…
そうそう!私も植木等主演「日本一」「クレージー」シリーズのミュージカル場面は大いに楽しみました。あれらも、植木さんや古沢憲吾監督、坪島孝監督らは本当に真剣に考えて作っていたと思います。
「狸御殿」これも懐かしいですね。1960年代中期、大映で盛んに作られました。
それらでは、市川雷蔵、勝新太郎、中村玉緒らの錚々たる大スターたちが、あまり上手ではありませんが(笑)歌って踊ってました。舞台装置も豪華で、この人たちも本当に、おバカな題材を真剣に、丁寧に作っていたと思います。市川雷蔵は、「炎上」「破戒」等の文芸作品に出、「大菩薩峠」のような虚無的ヒーローを演じる傍ら、こうしたおバカな作品も手を抜かず、楽しそうに一生懸命演じてました。あんな幅の広いスターは、もう現れないでしょうね。
投稿: Kei(管理人) | 2012年7月 3日 (火) 01:06