「ミッドナイト・イン・パリ」
ハリウッドで売れっ子の脚本家ギル(オーウェン・ウィルソン)は、小説家になる夢を追い、婚約者イネズ(レイチェル・マクアダムス)と彼女の両親とともにパリに遊びに来ていた。ギルはパリに魅了されるが、イネズは無関心。酔ったギルはパリの裏町に足を踏み入れると、どこからともなくクラッシックな車が現れ、誘われるままに向かった社交場でコール・ポーターやヘミングウェイと出会う。いつしか彼は1920年代の世界に迷い込んでいたのだ…。
―といった具合に、主人公が過去の時代にタイムスリップする、というお話なのだが、別にSFではない。朝起きたらいつの間にか現代に戻っているように、これは現実世界に飽きて、憧れの世界に浸りたいと願う主人公が、その夢を一時実現してしまうファンタジーなのである。
私はウディ・アレン作品では「カイロの紫のバラ」(1985)が一番好きなのだが、この作品も、1930年代を舞台に、映画に夢中になり、スクリーンの中の夢の世界に浸りたいと願い続けるヒロイン(ミア・ファロー)が、スクリーンから抜け出てきた銀幕のヒーローと恋に堕ちるお話である。
言ってみれば、どちらも現代のおとぎ話なのである。現実には、そんな事とてもあり得ない。だが、アレン・マジックにかかってしまうと、「あってもいいかな。夢の世界だし…」という気になってしまう。そう思った人なら、この映画を十分に楽しめるだろう。
登場する当時の文化人の顔ぶれが楽しい。最初に誘ってくれるのがF・スコット&ゼルダのフィッツジェラルド夫妻(注1)、パーティでピアノを弾いているのがコール・ポーター。それにアーネスト・ヘミングウェイ(コリー・ストール)、パブロ・ピカソとその愛人アドリアナ(マリオン・コティヤール)、サルバドール・ダリ(エイドリアン・ブロディ)にルイス・ブニュエル(注2)、T・S・エリオット、さらには当時のパリで多くの芸術家と交流し、相談相手にもなっていたガートルード・スタイン(キャシー・ベイツ)まで。
欧米文学や絵画に興味のある人ならニンマリしたくなるメンツである。
アレンの趣味の良さが伝わって来る人選である。ちなみにこの人たちが1920年代のパリに住んでいたのもすべて史実通り。顔も人物の容姿も、写真で見る実物によく似ている。相当リサーチしたのだろう。
ギルはピカソの愛人、アドリアナと共に、彼女があこがれる、さらに過去の19世紀末に飛び、ここでもロートレックやゴーギャン、ドガらと出会う。
パリに集った芸術家たちが次々と登場するのがなんとも気分的にゴージャス。アレン的遊びの精神が楽しい。
しかしさすがはウディ・アレン、この作品を単なる、“昔は良かった”式のノスタルジー作品には仕上げていない。
いつの時代に行っても、その時代の人たちはやはり昔の黄金時代にあこがれている。ギルは次第に、昔の時代に行きたいと望んでいた自分の姿を反省し、自身を見つめ直して行くのである。
ラストでギルは、パリに関心のないイネズとも、19世紀にあこがれるアドリアナとも別れ、現代の美術店員ガブリエル(レア・セドゥー)と寄り添って、雨のパリの街を歩き去る。
先人が残した素晴らしい文化遺産を慈しむのはいいけれど、そこに逃避していてはいけない、私たちが生きているのは今の時代であり、この時代と向き合って生きて行かなければならないのである。
ゴージャスな、古き良きパリを堪能させてくれた上に、そんな事まで考えさせてくれたウディ・アレンはやはりさすがである。近年のアレン作品では、一番好きな、愛すべき佳作である。 (採点=★★★★☆)
(注1)F・スコット・フィッツジェラルドと言えば、ロバート・レッドフォード主演で映画化された「華麗なるギャツビー」の原作者としても有名。 ちなみに、ギルを演じたオーウェン・ウィルソンは、容貌、雰囲気がギャツビーを演じた頃のロバート・レッドフォードとそっくりである。あるいは意識してのキャスティングか?レッドフォードと共演しているのが、「カイロの紫のバラ」を始めとして、永年アレンの公私に亙るパートナーだったミア・ファローであるのも奇しき因縁である。
なお2008年に映画化された「ベンジャミン・バトン -数奇な人生-」もフィッツジェラルドの短編の映画化。
(注2)サルバドール・ダリとルイス・ブニュエルが話しているシーンがあるが、ダリはブニュエル監督作品「アンダルシアの犬」(1928)に脚本協力で参加している事を知っていれば余計楽しい。
ちなみに、ギルが、後にブニュエルが作る事になる難解な「皆殺しの天使」のヒントを教えると、ブニュエルが「なぜだ、訳が分からん」と文句を言うシーンがあるが、「アンダルシアの犬」がまた、超ワケの分からないアヴァンギャルド作品なのである(笑)。アレンらしい皮肉である。
→ Youtube「アンダルシアの犬」ノーカット全編 興味がある方はどうぞ(ショッキングなシーンがあるので要注意)
(さて、お楽しみはココからだ)
ウディ・アレンが監督をしていない、脚本のみの作品にまで範囲を広げると、アレン作品で私が一番好きなのが、アレン主演の「ボギー!俺も男だ」(1972・ハーバート・ロス監督)である。
これは、冴えなくて気が弱い、しかし映画「カサブランカ」が大好きだという男(アレン)が、「カサブランカ」の主人公リック(ハンフリー・ボガート)の幽霊?に励まされ、男らしく変身して行く物語である。
幽霊という事になっているが、どちらかと言うと主人公の妄想のように見える。しかしこれも、映画「カサブランカ」を何十回となく観て、自分もボガートのような男になりたいと願っていた男の前に、「カサブランカ」のスクリーンから抜け出たかのようにボガートが現れるという点で、後の「カイロの紫のバラ」とも共通する要素を持った作品と言える。
ラストシーンでは、「カサブランカ」の有名なラストシーンがそっくりそのまま再現され、ボギーそっくりのトレンチコートを着たアレンが、ボギーと同じ名セリフをヒロインの前で吐き、まさにボギーそのものにになりきってしまうのである。
ここも、1940年代の名作映画にあこがれた男が、その世界に入ってしまい、ボギー本人とも出会う、と見做せば、「ミッドナイト・イン・パリ」とも共通して来る。
つまりはこの作品、「カイロの紫のバラ」、「ミッドナイト・イン・パリ」の、それぞれの原型とも言え、その点ではウディ・アレン・ファンにお奨め、そして「カサブランカ」が好きな方なら絶対見逃していてはいけない、映画ファンへの、アレンからの素敵な贈り物なのである。
奇しくも、製作順に、1940年代(「カサブランカ」)、1930年代(「カイロの紫のバラ」)、1920年代(本作)と、関連する年代が10年づつ遡行しているのも面白い。
ちなみに、「ボギー!-」の主人公の職業は、allcinemaでは「脚本家」となっており、それだと「ミッドナイト・イン・パリ」の主人公と同じで面白い事になるが、正しくは「映画評論家」のはずである。
DVD「カイロの紫のバラ」
VHS「ボギー!俺も男だ」 DVD発売希望
| 固定リンク
コメント
やはりKeiさんは
『ボギー!俺も男だ』がお好きなんですね。
あれは、映画好きにはたまらない作品。
まだ、レーザーディスクが7800円の頃に購入した数少ない一枚です。
ハーバート・ロスの演出も
ウディ・アレンのようなシニカルさがなく洒落ていました。
ところでKeiさん。
『帰ってきた若大将』はご覧になっていますか?
この『ボギー!俺も男だ』のまたパロディを
田中邦衛が演じていますよ。
必見!
投稿: えい | 2012年6月10日 (日) 23:11
はじめまして。
「ミッドナイトインパリ」のレビューを探していてたどり着きました。「カイロの紫のバラ」私も大好きです。
「ボギー!俺も男だ」見てみたいと思います。
ところで、主人公の名前は「ジル」じゃなくて「ギル」だと思います。「ジル」は彼女が間違えて覚えていた名前・・・ですよね?
わざとだったらすみません。
投稿: けこ | 2012年6月18日 (月) 11:35
◆えいさん
や、えいさんも「ボギー!俺も男だ」ファンでしたか。
本当に、映画ファンには応えられない作品でしたね。
ハーバート・ロスに演出を任せたのも正解です。(当時の)アレン自身が監督したら、ギャグやパロディが増えてしまって、あれほどの名作にはならなかったかも。
「帰ってきた若大将」観てますよ。思い出しました。田中邦衛がトレンチ・コート姿で加山を空港で見送ると、ボギーとバーグマンのそっくりさんがすれ違うんでしたっけ(笑)。日本映画であそこまでやってくれるとは思いませんでしたね。もう一度観たくなってきた(笑)。
◆けこさん、ようこそ
あ、本当だ、間違えてますね。
早速直しておきました。ご指摘ありがとうございました。
「ボギー!」はお奨めです。是非探してご覧になってください。
ただ、「カサブランカ」ご覧になってますか?あれを観ておかないと面白さは半減以下ですので。一応ご注意まで。
これからも当ブログご贔屓に。よろしくお願いいたします。 m(_ _)m
投稿: Kei(管理人) | 2012年6月19日 (火) 04:16
今日、放送がありますね!
一方、ギャッツビーといえば...
最新作の主人公の名前ですねえ!
投稿: onscreen | 2020年8月25日 (火) 08:23