「ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳」
福島菊次郎は、敗戦直後、原爆が投下されたヒロシマの撮影から報道カメラマンとしての人生をスタートする。以後、安保闘争、東大安田講堂占拠、あさま山荘、三里塚空港反対闘争、ウーマンリブ、水俣、山口県祝島の原発反対運動…と、まさに戦後の激動の歴史をカメラに収めて来た、伝説の報道写真家である。
映画は、福島氏の、一人で自炊し、愛犬と暮らす日常生活を追いながら、福島氏の撮った写真を基に、戦後の日本を撮り続けて来た福島氏の半生を辿って行く。
本人は、ごく普通の老人であり、物腰も喋り方も淡々としているのだが、いざカメラを持つと、対象に飛び込み、寄り添い、容赦なく真実を抉り取る。
原爆の後遺症に苦しむ中村杉松さん一家と知り合い、「この苦しむ姿を世間に知らせてくれ」と言われて、その苦痛に歪む姿を、亡くなるまで10年にもわたって追い続けた。…これが福島氏の写真家としての原点なのだと言う。
講演会で氏は、「問題が法を犯したものであれば、カメラマンは法を犯しても構わない」と堂々と言ってのける。これが氏のスタンスであり、実際、安保や三里塚闘争では、学生や農民の側に立ってその実態を追っているし、自衛隊と軍需産業の密着取材を行った時は、防衛庁に取材目的を偽って自衛隊内部を撮りまくった。ウーマンリブの女性を取材した時は堂々アンダーヘアが見える写真を撮っている。
そして発言も過激である。「戦時中も大本営の嘘、戦後も政治の嘘、日本は嘘のかたまり」と言ってのける。これがタイトルの由来である。
(ここからは、映画を未見の方の為に一部隠します)
また、天皇についても、はっきりとその戦争責任を弾劾する(映画を観れば判るが、相当過激な事を言っている)。昭和天皇崩御後、自ら撮った天皇と戦争に関する写真を展示する「戦争責任展」を日本全国で開催している。
私はこの福島氏を見ていて、原一男が監督した傑作ドキュメンタリー「ゆきゆきて神軍」(1987)を思い起こした。あの映画の主人公、奥崎謙三もまた、天皇にパチンコ玉を発射して捕まったり、元上官宅に押しかけて暴力をふるったり、まさに過激に戦争責任を追及し続けた、強烈な個性を持った男であり、映画はその奥崎に密着取材し、奥崎が暴力をふるう場面もそのままカメラに収めた、ドキュメンタリー映画史上に残る傑作である。
だが、奥崎が短絡的に後先も考えず、過激な暴力的行動を取ったのに対し、福島氏はカメラを武器として、粘り強く、長い時間をかけて真実を追い続けたのである。その姿には尊敬の念を抱かざるを得ない。
1982年に、保守化する日本に絶望してカメラを置き、無人島で自給自足の生活を始める。その後胃ガンを患い、胃の3分の2を切除して無人島生活も無理になり、今は山口県のアパートで暮らす。
だが福島氏のさらに凄い点は、生活が苦しくなっても、「国家に対して異議を唱えている以上、国家から施しを受ける事は出来ない」と言って、年金の受け取りも、生活保護も拒否し、わずかな原稿料を元に、1日千円の生活費でつましく暮らしている点である。
その反骨精神ぶりには、素直に頭が下がる。凄い人である。
密着取材中の昨年3月、あの東日本大震災が起きるや、再びカメラを手に福島に向かう。そして首相官邸前の反原発集会にも、彼の姿がある。伝説でありながらも、91歳になった今も、福島氏は現役のカメラマンとして“ニッポンの嘘”に立ち向かい、戦い続けているのである。
その姿に、私はつい落涙してしまった。本当に凄い人である。
ヒロシマの原爆被爆者取材が原点である福島氏にとっては、又も国民が被曝してしまった原発事故は、どうしても見逃す事が出来ない対象だったのだろう。
その事故が、福島氏の密着ドキュメンタリーを撮っている最中に起きてしまったのも、不思議な運命の巡り合わせと言えよう。
戦後の日本の歴史、政治の欺瞞、見捨てられた人々の思い、人間の生きざま、…さまざまな事をこの映画は考えさせてくれる。
上映規模は小さいけれど、近くで上映している事を知ったなら、是非とも観ていただきたい、これは全国民必見の映画である。 (採点=★★★★★)
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コメント
こんばんは。
Keiさんが
「お楽しみはココからだ」という恒例の後段を書かなかった。
それだけでも、これが特別な映画だということが分かります。
この映画の福島菊次郎氏を見ていると
映画を超えて
自分が勇気づけられます。
少しでも多くの人に観てほしい映画です。
あっ、ツイッターで
こちらのレビューを紹介し、
リンクさせていただきました。
事後報告となってごめんなさい。
投稿: えい | 2012年8月25日 (土) 01:12
◆えいさん
>「お楽しみはココからだ」という恒例の後段を書かなかった…
いえいえ、ネタがなかっただけです(笑)。
それはともかく、リンクどうぞご自由に、よろしくお願いいたします。
>福島菊次郎氏を見ていると 映画を超えて 自分が勇気づけられます。
まさに同感です。90歳を超えても、あんなにエネルギッシュに、目的を持って行動出来るなんて、その生き方に勇気付けられますし、また私自身も目標にしたいと思います。
いつまでも、お元気で活躍されることを祈りたいですね。
投稿: Kei(管理人) | 2012年8月27日 (月) 00:32