「るろうに剣心」
かつて幕末の京都で、攘夷派の暗殺者“人斬り抜刀斎”として恐れられた緋村剣心(佐藤健)は、明治維新以後、“殺さずの誓い”をたて、“流浪人(るろうに)”としてあてもなく流浪の旅を続けていた。明治11年、フラリと舞い戻った町で剣心は神谷道場の師範代で、父亡き後、道場を守る神谷薫(武井咲)を助けた事から、やがてこの町を牛耳る悪徳実業家、武田観柳(香川照之)と対決する事となる…。
原作マンガが人気を博していたのは知っていたが、どうも絵柄が苦手でほとんど読む気になれなかった。映画化されると聞いても、何やらイケメン俳優が主演、これでまず観る気がなくなった。しかも監督がテレビ・ディレクター出身と聞いて、ますます観る気をなくした。これまでのワースト映画の条件が揃い過ぎているではないか。
ただ、監督が、NHKで演出した「龍馬伝」が意外と評判が良かった大友啓史と聞いて、しかも「アクションがすごいらしい」とかの噂も伝わって来て、まあ半信半疑で観る事にしたのだが…。
なんと!これは面白い!これは、絶えて久しかった、日本映画における、ヒーロー・チャンバラ・エンタティンメントの見事なる復活であった。チャンバラ活劇大好きの私としては、久しぶりに興奮した。
アクション監督が、香港で活躍し、「導火線」(07)、「レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳」(10)等の香港・中国映画でもアクション監督を担当した谷垣健治であるのも成功の一因だろう。
時代劇アクションとしては、近年ではリメイク版「十三人の刺客」(三池崇史監督)くらいしか秀作が思いつかないが、あれは集団抗争劇で、ヒーロー活劇ではない。ヒーローが活躍するチャンバラ映画の秀作は、贔屓目に見ても北野武監督「座頭市」(2003)以来ではないか(それでも、中年も超えたムサいたけしが主演ではやや違和感あり。カッコいいヒーローの主演ものとしては、1970年代の若山富三郎主演「子連れ狼」まで遡らなければならない)。
それともう一つ、本作のストーリーを簡単に要約すると、
①凄腕のカッコいいヒーローが、フラリとある町にやって来る
②町は悪徳ボスが牛耳っており、自分たちの利益の為に、町民を無理やり立ち退かせようと嫌がらせを繰り返している
③ヒーローはそのボスに楯突くが、ボスは卑怯な手を使ってさらに善良な人たちを苦しめる
④遂に堪忍袋の緒が切れたヒーローは、単身敵陣に乗り込み、バッタバッタと敵の部下を倒し、最後にボスをやっつける
…といった具合に、これはまさに、過去に無数に作られて来た、ヒーロー活劇映画の王道パターンである。
例えば、アラン・ラッド主演の西部劇の古典的名作「シェーン」が、このパターン通りである。
その「シェーン」を見事に換骨奪胎した、小林旭主演の日活アクション「渡り鳥」シリーズも当然ながらすべてこのパターンを満たしている。
三船敏郎主演の黒澤明監督「用心棒」も、若干の違いはあれど、ほぼこのパターン通りである。もちろん、勝新太郎主演の「座頭市」シリーズ、さらには高倉健主演「昭和残侠伝」シリーズ等も同様である。
「渡り鳥」シリーズには更に、宍戸錠扮する腕の立つライバルが登場し、最初は敵側につくも、やがてアキラの男らしさに惚れ込み、味方になる、というパターンが多いが、本作における、 相楽左之助(青木崇高)が、まさにそのようなキャラクターである。
意気投合した左之助が、剣心と肩を並べて敵陣に乗り込んで行く姿は、「昭和残侠伝」シリーズで、やはり最初は敵側にいたが、最後は健サン扮する花田秀次郎と肩を並べて敵の根城に殴り込んで行く風間重吉(池部良)の姿を思い起こさせる。
悪徳ボスに苦しめられる側の可憐なヒロインもこの種の活劇にはお約束で、「渡り鳥」シリーズでは浅丘ルリ子、「昭和残侠伝」では藤純子などが務めていた。本作では神谷薫がその役に当る。無論、物語が進むにつれて、ヒーローに仄かな恋心を抱く展開も定石通り。
「用心棒」の姉妹編でやはり似たパターンを含む「椿三十郎」や、勝新の「座頭市」シリーズでは、ボスを倒した後に、凄腕の剣客が待ち構え、ヒーローとの剣の対決を望み、そして大決闘の末にヒーローに倒される、というパターンがよく登場しているが、これも本作における凄腕の用心棒、鵜堂刃衛(吉川晃司)がそれに該当する。黒づくめ、という点では「シェーン」の憎たらしい悪役、ジャック・パランスをも連想させる。
こうして見てくると、本作はそうした過去のヒーロー活劇映画のパターンを、ほとんどすべて網羅している、と言えるのではないか。
原作は相当長い物語であるが、そこから巧みに、ヒーロー活劇のパターンを抽出し、2時間強の1本の映画にまとめあげた脚本が実に見事。
そしてアクションの派手さ、カッコ良さも近年の日本映画では類を見ないほどに素晴らしい。さすが香港武侠映画で鍛えた谷垣健治がアクション監督を担当しただけの事はある。
さらにこの映画で特筆すべきは、主人公が人を殺さない、という誓いを立てている為、よく観れば過去の回想を除いては、主人公は一人も人を殺していない点である。
時代劇や任侠映画では、当然バッタバッタと敵を斬り殺して行くシーンが多いのだが、これに私はどことなく爽快感を味わえなかった。
昔の市川右太衛門や片岡千恵蔵、大川橋蔵らが主演する東映全盛期の時代劇では、敵を斬っても血は一滴も流れず、何故か死体もいつの間にか片付いていて(笑)、爽やかな後味だったのだが、黒澤時代劇以降は、時代劇にしろ任侠映画にしろ、血が吹き出るシーンだらけで、まさに“人を殺している”殺伐とした印象が残っている。
特に「十三人の刺客」では、殺される側も根っからの悪人ではなく、主君に仕えている勤め人で、妻も子もいるだろう。殺すのは可愛そうで見てられなかった。作者(池宮彰一郎)としては、封建社会の非情さを強調するのが主眼だからそうした意図は理解出来るのだが。
それ故に、本作のクライマックスで剣心が結局誰も殺さなかった事は大いに評価したい。爽やかで、楽しい気分で映画館を後に出来る。
ヒーローものの原点とも言える、川内康範原作「月光仮面」のキャッチフレーズは“憎むな、殺すな 、赦(ゆる)しましょう”であった。
実際、月光仮面は劇中で誰も殺さない。悪人の最後も捕まるか、自滅形式が多かった。
剣心は、幕末期ではテロリストとして多くの人を殺していた。人を斬るシーンは結構陰惨である。
特に、まだ若く、近く妻を娶り、これからの人生がある侍を殺すシーンでは、観客は剣心よりも、殺される若侍の方に心情が傾いているはずだ。「俺はまだ死ねないんだ!」と若侍が叫ぶシーンは胸をうつ。
剣心は、死体に取りすがる婚約者の姿を見て、人を殺す空しさを悟り、維新後は“殺さずの誓い”を立てる。ここに、時代を見据える作者の意図が感じられる。
人を殺せば、殺された身内は復讐心を燃やす。復讐の連鎖は限りがない。…本作は、9.11以降の、憎しみの連鎖がさらに不幸な結果をもたらしている、この時代への批判も込められているのではないか、…と言ったら褒めすぎだろうか。
主演の佐藤健は、若いがアクションがきっちり出来ている。新しいアクション・ヒーローとして今後が楽しみである。奇しくも前述の、「昭和残侠伝」等の高倉健と同じ名前であるのも面白い。公開がその健サンの「あなたへ」と同じ日というのも、これまた不思議な縁である。
大友啓史の演出は、悪は徹底して憎たらしく(武田観柳を演じる香川照之が快演)、アクション・シーンは徹底して豪快かつスピーディで、エンタティンメントの基本をきちんと抑えているのが見事。ただ、上映時間が134分というのは長い。もう20分は詰められるはずだ。
聞けば、大友監督は1997年から2年間、ロサンゼルスに留学して映像演出を学んだという。また香港カンフー映画も大好きだという。
只のテレビ・ディレクターではなかったわけだ。本作は興行的にも大成功しているし、本作を足がかりに、さらに飛躍し、世界にも対抗出来る傑作アクション映画を作ってくれる事を期待してやまない。 (採点=★★★★☆)
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コメント
面白かったですよねー。予告編の面白さと本編に落差ありすぎとの悪い噂ばかり聞いていたので、観ないことにしようかと思っていたのですが観て良かったです。佐藤健も青木崇高も吉川晃司も皆かっこいい。武井咲は評判良くないですが、個人的には、剣心への思い(愛だけでなく頼るという意味でも)が凄く伝わってきました。これが、ラストの、自力で呪い(?)を解いて剣心の人を斬らないという志を守るところの感動につながっていると思います。愛と誠もそうだったのだけど、うまい下手は別にして何か感じさせるものがある。ぜひその雰囲気を大事にして成長していってほしいと思います。蒼井優の役が説明不足なので肝心なところが弱いと感じてもいますが、面白さが上回りました。出演者の多く、映像の感じ、佐藤直紀の音楽、どれをとっても相当「竜馬伝」とかぶってますが、それも私としては好印象でした。
投稿: オサムシ | 2012年9月17日 (月) 18:37