大滝秀治さん追悼
私が最初に大滝さんをスクリーンで観たのは、1968年の東宝作品「首」(森谷司郎監督)でした。
これは、「真昼の暗黒」の原作者としても知られる正木ひろし弁護士が書いた、もう1本の“真実を追究する弁護士の闘いの記録”とも言うべき実話の映画化作品です(1昨年の小林桂樹さんの追悼記事でも少し触れました)。
昭和18年、ある地方の町で、警察に留置されて三日目に急に脳溢血で死んだという男の死因に不審を抱いた親族の依頼で、正木弁護士が調べるうち、警察の暴行があったのではと疑いを抱き、真実の追究に走るあまりに、死因の鑑定の為、墓を暴いて死体の首を東京に持ち帰る、という凄い話です。
その中盤で、検死を行い、死因を「脳溢血」と断定した地元の医者を演じたのが大滝さん。当時から既に髪はほとんどありませんでした(笑)。
医者(大滝)は正木の問い詰めに、ノラリクラリと返事をボカし、最後に、「私はあの仏が、警察で変死した遺体だったとは全く知らなかったんですよ」と薄ら笑いを浮かべながら答えるのです。
この薄ら笑いがなんとも不気味で、正木が後で「この医者が相手方と通謀してるのは間違いない」と東大教授に洩らすのですが、そう言われなくとも、観客はこの医師が明らかに知ってて嘘をついている、と感じてしまいます。たったワンシーンなのに、それくらい、大滝さんの演技は圧倒的な存在感がありました。
この当時、私は映画にやっと熱中し出した頃で、名前は分かりませんでしたが、「この薄気味悪い(失礼)役者は誰だろう」と印象に留めました。
次に大滝さんを見つけたのが、熊井啓監督の「日本列島」(1965)。これは再映で観たのですが、こちらも戦後の日本の黒い霧を描いた社会派サスペンスの傑作です。偶然ですが、“真実を隠蔽する権力機構の闇”を告発している点で、前掲作と共通した要素があります。
大滝さん演じるは、涸沢と名乗る謎の男。国鉄総裁が轢死した有名な「下山事件」の現場の線路上に現れ、突然逃げ出したりするのですが、真相を探るうちに、どうやら涸沢は、GHQ占領時代に諜報機関で暗躍した闇世界の住人である事が分かって来るのです。
ここでも大滝さんは、得体の知れない不気味な存在感を示します。そこにいるだけで怪しい雰囲気を醸し出しているのですから、演出する方にとっては有難い役者さんです(笑)。
この2本で、私は大滝秀治さんという役者を強烈に意識しました。残念ながら、映画情報が極端に少ない時代です。小遣も乏しくてキネマ旬報もたまにしか買っておらず、お顔は覚えましたが、まだお名前は分からないままでした。謎の存在であるのが役柄にもマッチしてはいるのですが(笑)。
そして1969年、岡本喜八監督の助監督を長く務めた山本迪夫監督のデビュー作「野獣の復活」で大滝さんと3度目の遭遇を果たしました。
これも、日本製フィルム・ノワールの傑作として私が大好きな作品の1本です。
お話は、元ヤクザの幹部だった男(三橋達也)が、今は足を洗って堅気の暮らしをしていたが、ヤクザの組に入っていた弟が組から追われ、逃げて来た事からやむなく組の仕事を引き受け、やがて弟が殺され、復讐の為に組事務所に殴り込む、というものですが、この組のボスを演じたのが大滝さん。
相変わらず、ネチネチと不気味なボスを巧演しています。途中で、どうやら三橋を組織に引き戻す為に弟を利用したらしい事も判って来ます。この人が演じると裏に必ず陰謀が隠されてる気がします(笑)。三橋に乗り込まれ、「もう来たのか!」とうろたえた後、ショットガンであっさりとぶち殺されます。
この作品で、やっと名前が判明しました。
それから以後の活躍はご承知の通り。知名度も上がって、今や日本映画に欠かせぬ貴重なバイプレーヤーとなりました。
個人的に残念なのは、1970年代以降は現在に至るまで人のいい善人役が多くなって、上記3本で見せた薄気味悪さと、憎たらしい強烈な悪の魅力がすっかり薄れてしまった事。
この人が晩年になって、政界のフィクサー役とか、得体の知れない悪玉を演じたら、どんな演技を見せたでしょうか。是非観たかった気がします。
ともあれ、長い間お疲れさまでした。謹んで哀悼の意を表したいと思います。
(おマケ)
大滝さんの比較的若い頃の写真を紹介。
1974年公開の山本薩夫監督「華麗なる一族」の1シーンで、当時48歳ですが、見事に禿げ上がってます(失礼)。
映画の中で大滝さんは、“社民党の爆弾男”の異名を持つやり手の国会議員役を演じています。
無論当時は存在していない政党名で、与党は“自由党”と、一応当時としては架空の政党名にしたつもりが、政界再編でどちらも1990年代末期には実在してしまいました(笑)。政界が絡むフィクションは難しいですねぇ。
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コメント
書き込み有り難う御座いました。(レスは、当該記事のコメント欄に付けさせて貰いました。)
大滝氏と言えば自ブログでも書いたのですが、テレビドラマだと「特捜最前線」、そして映画だと「金田一耕助シリーズ」の印象が強いです。“良い意味で”主役を食ってしまう脇役でしたね。
実は大滝氏、父方の祖父に雰囲気がそっくりなんです。父方の祖父は自分が幼い頃に病死し、写真でしか顔は知らない位なのですが、兎に角似ている。だから彼が画面に登場すると、凄く親近感を覚えていました。合掌。
投稿: giants-55 | 2012年10月10日 (水) 19:47