「のぼうの城」
舞台は武蔵国(埼玉県行田市)忍城(おしじょう)。周囲を湖に囲まれ“浮き城”の異名を持つこの城の城主・成田氏長(西村雅彦)の従弟の長親(野村萬斎)は、“でくのぼう”が由来の“のぼう様”と呼ばれ、なぜか領民から慕われていた。
その頃、天下統一を目前にした豊臣秀吉(市村正親)は、最後の敵となった北条勢への総攻撃に乗り出し、小田原城を包囲する一方、支城の一つ、忍城に対し、家臣・石田三成(上地雄輔)に命じ、2万の軍勢を率いて開城を迫った。忍城の軍勢はわずか500。誰もが開城やむなしと思った。が、小田原城の援軍に向かった氏長に代わって城を任された長親は、居丈高な石田の使者の態度に怒り、「戦いまする」と宣言する。かくて豊臣勢20,000対忍城500の想像を絶する戦いの火ぶたが切って落とされた…。
いやあ、これは予想以上に面白かった。私は時代劇は大好きで、先般公開されたヒーロー時代劇「るろうに剣心」も楽しんだが、本作はもう一つの時代劇ジャンル、“戦国合戦”物の本格的な復活であった。
映画全盛期は、こうした戦国を舞台とする時代劇は多く作られていた。代表作は黒澤明監督の「七人の侍」であるが、黒澤は他にも「蜘蛛巣城」、「隠し砦の三悪人」、「影武者」、「乱」と、いくつも戦国時代劇の力作を作っている。
時代劇の名匠、稲垣浩監督も「戦国無頼」(1952)、「野盗風の中を走る」(1961)、「風林火山」(1969)等、戦国ものをいくつも撮っている。
ところが、日本映画界が低迷し始めた1970年代以降は、時代劇そのものも作られなくなり、特に膨大なエキストラも必要で、製作費のかかる戦国ものはほとんどと言っていいほど作られなくなり、わずかに絶頂期の角川映画が勢いを誇示した、角川春樹監督による「天と地と」(1990)、黒澤作品のリメイクで出来はイマイチだった「隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS」(2008)が作られた以外は、いずれもタイムスリップSFが絡んだ「戦国自衛隊」(1979)、「戦国自衛隊1549」(2005)、「BALLAD 名もなき恋のうた」(2009)くらいで、これらはいずれもまあ変格番外編。
「隠し砦の三悪人-」は、合戦シーンは登場しない敵中突破ものだし、大軍勢が激突する本格的な戦国合戦絵巻ものは、「天と地と」以来実に22年ぶりという事になる。
本作の物語は、“劣勢でとても勝ち目はない弱者が、力を合わせて強者に対抗し、勝利する”という、エンタティンメントの王道的ストーリーであり、そんな戦国時代劇アクションを探したら、映画史上の金字塔である「七人の侍」くらいしか思いつかない。
そう、本作はまさに、「七人の侍」以来の、戦国チャンバラ大活劇エンタティンメントなのである。面白いのは当然である。これが実話だというのだから驚きである。
よく観れば、「七人の侍」と共通する要素がいくつもあるのだが、それについては「お楽しみ」コーナーで詳述する。
本作の面白い点を挙げれば、まず登場するキャラクターがユニークで、かつそれぞれがきちんと描き分けられている点である。
主人公の“のぼう様”こと成田長親は、フワフワしてて何を考えているかつかみ所がない。農民の田植え踊りを見るのが楽しみで、いくさなど無関心の体。一見、主人公たるヒーローには見えないが、こういう男がどうやってヒーローになって行くのか、興味津々。昼行燈と呼ばれていても実は優れたリーダーだった大石内蔵助の例もあるし。
その他では、長親の幼馴染で歴戦の勇者・正木丹波守(佐藤浩市)、力自慢の暴れん坊柴崎和泉守(山口智充)、若くて美男子だが自称“軍略の天才”の酒巻靭負(成宮寛貴)、とそれぞれにキャラクターが立っている。勝気な城主の娘・甲斐姫(榮倉奈々)、石田軍で戦況を冷静に見つめる大谷吉継(山田孝之)等も役どころを押さえて好演。
長親は、丹波守がいつも「バカか」と言うくらい頼りなく見えるのだが、実は意外に先を見据えていて、策略家である。“のぼう様”を演じる事によって、人の心をちゃんと掴む術を心得ている。丹波守ら侍たちも、始めから戦いを放棄した城主・氏長よりも、毅然と石田軍に物を言った長親の方について行く事を決めるし、領民も、長親が戦うと決めたのならと、共に戦う事を決意するのである。槍を取った領民は3,000。十分な戦力である。
いざ戦いが始まると、靭負の奇策や丹波、和泉らの剛勇無双の戦いぶりで意外と善戦する。ここらも面白い。石田軍の水攻めシーンのスペクタクルSFXも迫力がある(ただ、まるでダムが決壊したかのような大げさな濁流シーンは、あの地形ではありえないのだが、それはご愛嬌)。
後半の見せ場である、水上での長親の田楽踊りはさすが狂言師野村萬斎、彼でなくては敵も魅了され踊り出す存在感は示せなかっただろう。
ここで彼は、敵に撃たれる事も覚悟していたようである。自分が死ねば、領民も含めた味方の軍勢は弔い合戦で死に物狂いで戦うだろうと考えたのだろうか。
この長親の心意気と、忍城軍の勇猛ぶりに圧された石田三成は、ほとんど引き分けに近い和睦案を示し、長親たちは実質2万の石田軍に勝利する事となる。まさに爽快なエンタティンメントであった。
登場人物たちが、軽めの現代言葉で会話したり、丹波守や和泉守らが目立ち過ぎて他の侍たちの存在が希薄だったり、村を捨てた農民かぞうが、たった一人の力で土手を決壊させるなんてありえない等、やや引っかかる点もあるが、それでも豪快なアクション、スリリングな展開、終った後の爽快感など、見どころは一杯。近年の日本製スペクタクル・エンタティンメントとしては出色の力作である。本格時代劇好きの方には特にお奨めしたい。 (採点=★★★★)
(で、お楽しみはココからだ)
映画をじっくり観ていれば、あちこちに黒澤明監督作品「七人の侍」へのオマージュが認められ、それらを探すだけでも映画をもう一度楽しめる。
まず、数で勝る敵に対し、不利な状況下ながらも、少数精鋭の侍と農民たちが協力して戦いを挑み、犠牲を出しながらも最後に勝利するというストーリー自体がよく似ている。
侍たちの個性的なキャラクターも「七人の侍」を髣髴とさせる。武道、智力に優れた丹波守は久蔵(宮口精二)、槍の名手で豪放な和泉守は七郎次(加東大介)、イケメンで若い靭負は勝四郎(木村功)をそれぞれ思わせる。そして何より、ひょうきんで農民の子供たちにも好かれる長親のキャラクターはまるで菊千代(三船敏郎)そっくりだ。
次に冒頭近く、長親が見物している、農民たちの田植え踊り。「七人の侍」を観た方なら、ラストの田植えシーンを即座に思い出すだろう。笛太鼓のメロディや、歌っている田植え歌まで心なしか似ている。
また、農民たちが武器として、いくさに乗じ、密かに収集し隠匿していた槍を出して来る所も同じである。丹波守が「やはり隠しておったか」と呟く辺りが笑える。
そして、城の数カ所の入り口に敵を誘い込み、奇襲する戦法もまた似ている。
「七人の侍」以外にも、石田軍の赤い具足やカラフルな旗指物は、「影武者」や「乱」を思い起こさせるし、なにより、「乱」に登場する、歌い踊って周囲を笑わせる狂阿彌(ピーター)のキャラクターが、長親とそっくりである。職業も野村と同じ狂言師である。
そして、この「乱」において、終盤、盲目となって城壁を彷徨うシーンが印象的な鶴丸役を演じたのが、かの野村萬斎(この作品が映画初出演。当時の名前は野村武司)であったというのも奇しき縁である。
監督の1人、樋口真嗣は黒澤作品「隠し砦の三悪人」のリメイク版を監督しているし、本作は何かと黒澤明監督と縁があるようである。
なお、「七人の侍」は、脚本家の橋本忍が厖大な資料を紐解き、戦国時代の侍の所作や戦国の戦法などを丹念に調べて書き上げたもので、実際にあった挿話もかなり参考にしている。
実話に基づいた本作に、「七人の侍」と似た箇所があるのは、故に当然と言えるのかも知れない。
原作「のぼうの城」文庫版
「のぼうの城」オフィシャルブック
| 固定リンク
コメント
お久しぶりです。この映画は面白かったですね。
安心して見ていられる直球の時代劇という感じでした。
145分を一気に見せる演出はさすが。SFXも良くできています。
つかみどころの無い主人公の長親役を演じた野村萬斎さんは適役だったと思います。
他の俳優さんもみんな良かったですね。特に佐藤浩市と山口智充。
宣伝文句と違って実は主人公の長親は何もしていない様な。
人望はあった訳ですが。
ラストは現在の忍城跡の風景が写ります。
埼玉県民なんですが、行田市には行った事ないです。
映画が面白かったのでさっそく小説を読んでみました。
小田原城の状況など映画で描かれなかった部分や違う部分もありますが基本的には映画に忠実なノベライズです。
その分小説単独としてはちょっと物足りない感もあります。
とはいえその薄さが一般には受けたのかも。
同じ題材を扱った風野真知雄「水の城―いまだ落城せず」も面白いという評を目にしたので、そちらも読んでみようと思っています。
投稿: きさ | 2012年11月10日 (土) 07:43
◆きささん
コメントありがとうございます。
原作は私も読みました。
原作では、主人公の長親は背が高く、体格が大きくて醜男という設定になってますね。多分史実もそうなのでしょう。
映画では野村萬斎演じるスマートな優男と、かなり変えてますが、あの田楽踊りで敵を魅了するという役柄は、野村さん以外ではとても演じられないでしょう。甲斐姫にねじ伏せられるシーンも、原作設定だと絵的に無理が生じますし。
そういう点で、野村さんキャスティングで大正解ですね。
他の配役も皆うまく役柄にハマってますね。キャスティングが如何に大事か、改めて感じます。
投稿: Kei(管理人) | 2012年11月19日 (月) 00:04
連投すみません。
映画の話からはちょっと離れますが、風野真知雄「水の城―いまだ落城せず」読んでみました。
小説としてはそちらの方が面白かったです。
水攻めに失敗する理由とか。
映画は黒澤的というのはその通りですが、現代語を使うあたりはちょっと岡本喜八監督の時代劇を連想しました。
「戦国野郎」とか。
投稿: きさ | 2012年11月25日 (日) 09:11
◆きささん
>現代語を使うあたりはちょっと岡本喜八監督の時代劇を連想しました。「戦国野郎」とか。
テンポの早い現代言葉の応酬は、私も岡本喜八のタッチに似てるな、と思いました。
そう言えば、岡本作品には“のぼう”のような飄々としたコミカルな主人公がよく登場してましたね。「ジャズ大名」とか。
「のぼうの城」、岡本喜八が健在だったなら、岡本さんに監督をまかせたら、もっと面白いものが出来たような気がしますね。
投稿: Kei(管理人) | 2012年11月26日 (月) 23:59
確かに岡本監督の”張り手打ちモンタージュ”だったらもっと面白い物になったかも。
のぼうは若い頃の中谷一郎とか。
とはいえ、本作の演出も悪くなかったです。
投稿: きさ | 2012年11月27日 (火) 22:46
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
投稿: 職務経歴書 | 2012年12月 2日 (日) 16:24
お早うございます。
本作については、なぜいきなり水攻めなのかという点がちょっと判りずらかったのですが、おっしゃるように、「豪快なアクション、スリリングな展開、終った後の爽快感など、見どころは一杯」な作品だと思いました。
なお、拙ブログの本作についてのエントリの「注2」におきまして、貴エントリに触れさせていただきましたので、ご了承ください。
投稿: クマネズミ | 2012年12月 3日 (月) 06:29
◆きささん
>のぼうは若い頃の中谷一郎とか。
中谷も確かにいいですが、私は「殺人狂時代」で、“一見頼りなくて抜けてるように見えながら実は策略家”だった、仲代達矢が、のぼうにそっくりだったのを思い出しました(笑)。
◆職務経歴書さん
お楽しみいただけたようでなによりです。
またお越しになってください。
◆クマネズミさん
貴ブログにてご紹介いただき、ありがとうございます。
どうぞご遠慮なく。
貴ブログも読み応えあり、いつも楽しく読ませていただいております。
これからもよろしく。
投稿: Kei(管理人) | 2012年12月 4日 (火) 00:14
ああ、仲代達矢は感じですね。
若いころのあだ名が”モヤ”だったそうですから。
投稿: きさ | 2012年12月15日 (土) 15:58