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2012年12月31日 (月)

2012年を振り返る/追悼特集

政権交代もあり、何かと慌しかった2012年も、あとわずかとなりました。

恒例となりました、この1年間に亡くなられた映画人の方々の追悼特集を、今年も行います。

今年は特に、映画史に名を残した映画監督、大女優、私の敬愛する映画人が相次いで亡くなられ、寂しさと悲しさで胸一杯です。

ではまず、海外の映画俳優の方々から。

2月3日 ベン・ギャザラ氏  享年81歳
あまりなじみのない方もおられるでしょうが、いろんな顔を持ったユニークな名優です。
アクターズ・スタジオ出身で、ブロードウェイの舞台で活躍する傍ら、「或る殺人」(59)、「レマゲン鉄橋」(68)ほか多数の映画で助演しています。
そして'70年に出演したジョン・カサベテス監督「ハズバンズ」でカサベテスと意気投合、以降、ほとんどのカサベテス監督作品に助演。カサベテス作品になくてはならない俳優となります。「チャイニーズ・ブッキーを殺した男」(76)、「オープニング・ナイト」(78)はとりわけギャザラの名演技が光る秀作です。
また、「ハズバンズ」で共演し、同じくカサベテス作品の常連となったピーター・フォークとも意気が合ったのでしょうか、TV「刑事コロンボ」の監督を2本やってます。監督作は多分この2本だけ。及第点の出来だったと記憶しますが、監督業には未練なかったのでしょうかね。不思議な人です。

2月11日 ホイットニー・ヒューストンさん  享年48歳
グラミー賞を何度も受賞した超一流シンガーですが、ケヴィン・コスナーの相手役を務めた映画「ボディガード」(92)が強く印象に残ってます。以降も数本の出演作がありますが、あまり話題になりませんでした。変わった所では、角川春樹監督作「笑う警官」(2009)の主題歌を歌ってます。映画はヒドい出来でしたが(笑)。もっといい映画に関わって欲しかったですね。それにしても48歳は若い。残念です。

3月29日 ルーク・アスキュー氏  享年80歳
主に西部劇によく出演していた名脇役。「ウィル・ペニー」(67)、「ミネソタ大強盗団」(72)、「荒野の7人/真昼の決闘」(72)、「男の出発」(72)、そしてサム・ペキンパー監督「ビリー・ザ・キッド/21才の生涯」(73)と、渋い存在感を見せました。また「イージー・ライダー」(69)での、ヒッピーのコミューンのリーダー役も印象に残ります。

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7月8日 アーネスト・ボーグナイン氏  享年95歳
この人はご存知でしょう。一度見たら忘れられないいかつい顔で、「地上より永遠に」 (53)、「日本人の勲章」 (55)で頭角を現し、「マーティ 」(55)ではあの顔(失礼)でアカデミー主演男優賞を受賞してます。その他「ワイルドバンチ」(69)のラストの殴り込み、「ポセイドン・アドベンチャー」(72)のいつもジーン・ハックマンに食ってかかる元刑事、「北国の帝王」(73)のリー・マービンと対決する鬼車掌役、等は特に強く印象に残っています。つい最近も「RED/レッド」(2010)で元気なお姿を拝見したところでしたが、これが遺作となりました。

7月15日 セレステ・ホルムさん  享年93歳
この人も大ベテラン。1947年に映画デビューし、同年のエリア・カザン監督「紳士協定」でいきなりアカデミー助演女優賞を受賞。「イブの総て」(50)、「上流社会」(56)が代表作。舞台やテレビ出演が多く、'60年代以降はあまりこれといった作品がなかったのが残念。

9月3日 マイケル・クラーク・ダンカン氏  享年54歳
何と言ってもフランク・ダラボン監督「グリーンマイル」(99)における、無実の罪で死刑になるジョン・コーフィ役でしょう。あとティム・バートン監督「PLANET OF THE APES 猿の惑星」(2001)他でも活躍しましたが、近年は「カンフー・パンダ」(2007)他アニメの声の出演が多かったですね。54歳は若いです。

9月27日 ハーバート・ロム氏  享年95歳
チェコスロバキア出身。ナチに追われてイギリスに亡命。戦前からイギリス映画界で活躍。有名になったのはイギリス・イーリング・コメディの傑作「マダムと泥棒」(55)の泥棒一味役。その後アメリカに渡り、多数の出演作がありますが、何と言っても「暗闇でドッキリ」(64)に始まる「ピンク・パンサー」シリーズにおける、クルーゾー警部にいつも悩まされ、遂には精神に異常をきたすドレフュス署長が当たり役ですね。主演のピーター・セラーズが亡くなった後も、シリーズ全作に出演しました。

Silviacristel

10月17日 シルヴィア・クリステルさん  享年60歳
こちらは言わずもがな、「エマニエル夫人」(74)で世界的にブレイク。以後シリーズ化され、数本の「エマニエル」ものに出演しますが、あまりにもエマニエルの印象が強すぎ、他の出演作では影が薄い感じでした。結局、90年代に至るまで、映画、テレビ・シリーズで「エマニエル」とタイトルが付いた作品に出演し続けました。生涯、エマニエルに呪縛された、何ともやるせない映画人生だったと言えるでしょう。

 
さて、日本に移ります。

1月7日 二谷英明氏  享年81歳
日活黄金期を支えた名優。56年に日活第3期ニュー・フェイスとして入社。以後主演、助演に大活躍。58年にはなんと出演作が18本
!。量産時代とは言え凄いものです。悪役から渋い助演に、コミカルなものまで役柄を広げ、更に赤木圭一郎の急死後は第2次日活ダイヤモンド・ラインとして主演ローテーションにも加わる等、幅の広さは日活随一と言っていいでしょう。個人的に好きな作品を挙げると、宍戸錠とのコンビが楽しい「ろくでなし稼業」(61)、屈折した心情の悪役を好演した「赤いハンカチ」(64)、鈴木清順監督の傑作「東京流れ者」(66)におけるグリーンのジャンパーを来た主人公を見守る男、熊井啓監督の秀作「日本列島」(65)における新聞記者役など、本当に沢山あります。テレビでも渋い演技を見せていましたが、やはり日活時代が一番素敵でした。

2月13日 三崎千恵子さん  享年91歳
言わずと知れた、「男はつらいよ」シリーズのおばちゃん。あまりに同シリーズの印象が強くて他の作品が思い出せないほど(笑)ですが、戦前からムーラン・ルージュ等の舞台で活躍した苦労人。戦後は劇団民藝に所属し、新藤兼人監督「どぶ」(54)で映画デビュー。以後貴重なバイブレーヤーとして多数の映画に出ています。古い日活映画を観ていると、あれ、こんな所にも出ていた、と気付きます。2011年公開の“ムーランルージュ新宿座”の歴史を振り返るドキュメンタリー「ムーランルージュの青春」に出演したのが遺作となりました。

2月16日 淡島千景さん  享年87歳
戦後日本映画史を代表する名女優の一人。渋谷実監督「本日休診」(52)、今井正監督「にごりえ」(53)、豊田四郎監督「夫婦善哉」(55)、小津安二郎監督「早春」(56)、成瀬巳喜男監督「鰯雲」(58)等、名匠、巨匠の傑作群で有名ですが、デビュー当時は現在からは考えられないほどの軽くてテンポの早い演技を見せていました。今年追悼上映で観た渋谷実監督「自由学校」(51)では、アプレ・ゲールと呼ばれた戦後派の軽薄な少女を怪(?)演しててびっくりさせられました。未見ですが、映画デビュー作となる渋谷実監督「てんやわんや」(50)でもドライな現代娘を快演してるとの事です。東宝の喜劇シリーズ「駅前」シリーズでも森繁久弥の相手役を務め、楽しませていただきました。最近も2010年の小林政広監督「春との旅」でも元気な姿を見せておりました。

2月23日 四世中村雀右衛門氏  享年91歳
名前を聞いてもピンと来ないでしょうが、七代目大谷友右衛門と聞けばお分かりになる方もおられるはず。歌舞伎役者でしたが、東宝に招かれ、稲垣浩監督の「佐々木小次郎」(50)3部作に主役の佐々木小次郎役で映画デビュー。以後多くの時代劇に出演。変わった所では、加藤泰監督の忍術映画「忍術地雷也」「逆襲大蛇丸」(55)に地雷也役で主演。溝口健二監督「噂の女」(54)では、珍しく現代劇に出演しております。56年の「酔いどれ牡丹」を最後に歌舞伎に復帰し、以後映画出演作はありませんでした。

3月12日 浜かおるさん  享年64歳
あまり有名ではないのですが、個人的に、鈴木清順監督の傑作「東京流れ者」(66)で、いつもマンガを読んでゲラゲラ笑ってる役が印象に残ってましたので取り上げました(当時の芸名は浜川智子)。64年から68年まで、日活専属で「青春のお通り」(65)、「愛と死の記録」(66)、「あゝひめゆりの塔」(68)など多数に出演。以後テレビに移り、 TVドラマ「プレイガール」に出演しました。

Yasuokarikiya

4月8日 安岡力也氏  享年64歳
この人については、GSブーム最盛期に、“シャープ・ホークス”のリードボーカルとして活躍されてたので初期から顔なじみでした。映画の方はそれ以前に、64年の和田嘉訓監督のデビュー作「自動車泥棒」に混血児の少年役で主演しています。しかしなんと言っても、日活ニューアクションの傑作「野良猫ロック/セックス・ハンター」(70)での快演が忘れられません。同年の武田一成監督「ネオン警察・ジャックの刺青」での殺し屋役も印象的です。当時はスマートで野性味溢れててカッコ良く、松田優作を彷彿とさせる(?!)イメージでした。そのまま演技を磨いて行けば(ついでに体調管理していれば(笑))、日本映画を代表する主演俳優になったかも知れません。以後無数のプログラム・ピクチャーに助演しておりますが、私としては上記に挙げた3本が代表作として忘れられません。惜しいですね。

Nakaharasanae

5月15日 中原早苗さん  享年76歳
女優として、無数の映画に助演し、存在感を示しましたが、深作欣二監督夫人、そして深作健太監督の母として、この人たちの作品を支えた事が一番の功績ではないでしょうか。代表作を挙げれば、鈴木清順監督「関東無宿」(63)の可愛い女子学生役、加藤泰監督「男の顔は履歴書」(66)の安藤昇の恋人役、同じく加藤泰監督「みな殺しの霊歌」(68)の殺される有閑マダム役、そしてなんと言っても深作欣二監督の傑作「狼と豚と人間」(64)と、それ以後の「仁義なき戦い」シリーズを含めた深作監督作品でしょう。この方についてもっと知りたい方には、ワイズ出版から出ている「女優魂・中原早苗」がお奨めです。

6月15日 伊藤エミさん 享年71歳
双生児歌手、ザ・ピーナッツの姉。映画の代表作は無論、「モスラ」(61)の小美人役でしょう。以後「モスラ対ゴジラ」(64)、「三大怪獣 地球最大の決戦」(65)の計3本で小美人を演じました。それら以外にも「私と私」(62)や「若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん」(63)などの堂々の主演作があります。でもやはり、本職たる歌手としての活躍が忘れられませんね。特に、和製ポップスの先駆け「恋のバカンス」、「ウナセラ・ディ東京」等の澄んだ歌声が今も耳に残ります。

6月29日 地井武男氏  享年70歳
「太陽にほえろ」、「北の国から」、そして「ちい散歩」等のテレビ番組で知ってる方が多いでしょうが、私にとっては、'70年代の日活映画での活躍が忘れられません。藤田敏八監督の「非行少年・若者の砦」でまず鮮烈な印象を残し、日活ニューアクション「反逆のメロディー」(澤田幸弘監督)、「野良猫ロック/ワイルド・ジャンボ」「野良猫ロック/暴走集団'71」「八月の濡れた砂」(いずれも藤田敏八監督)等で重要な役を好演。日活ロマンポルノにも進んで出演し、「エロスの誘惑」(72・藤田監督)、「濡れた荒野を走れ」(73・澤田幸弘監督)、「天使のはらわた・名美」(79・田中登監督)等の異色作で存在感を示しました。そうそう、「黄金の犬」(79・山根成之監督)における、池玲子をバックで犯す狂気の殺し屋役も印象的ですね。なんかエロと暴力ばかりですが(笑)、私にとってはこれらこそが地井武男の最も輝いていた時代、だと思っています。あとは、まあどうでもいいですね。

Endoutatsuo

7月7日 遠藤太津朗氏  享年84歳
60年代に映画デビューして以来、脇役一筋に映画・テレビで大活躍。なお73年までは本名の遠藤辰雄名義を使っておりました。デビュー初期には、小津安二郎監督の「小早川家の秋」(61)における中村鴈治郎の弟役という、真面目な役も演じています。しかし映画ファンにとっては、60~70年代の、東映、大映のプログラム・ピクチャー群(中でも任侠映画)で演じた憎まれ役、悪役の巧演が忘れられません。「子連れ狼・親の心子の心」(72・斎藤武市監督)における柳生烈堂役も強烈です。テレビでは、大川橋蔵主演の「銭形平次」における意地悪なライバル、三輪の万七親分が当り役。こういった憎たらしい悪役を演じられる役者が次々いなくなり、寂しい限りですね。

7月9日 山田五十鈴さん  享年95歳
あまり言う事はないでしょう。文字通り昭和の大女優。デビューは1930年、13歳の時というから古い。当初は主として片岡千恵蔵主演の時代劇に多く出ていましたが、やがて溝口健二監督の目に留まり、「浪華悲歌」(36)、「祇園の姉妹」(36)がベストテン3位、1位を獲得して演技派女優として開眼しました。戦前作品で好きなのは、マキノ雅弘監督の洒落た時代劇ミステリー「昨日消えた男」(41)、「待って居た男」(42)ですね。戦後の一時は左翼系独立プロ作品にも出たりしてましたが、昭和30年代に入って成瀬巳喜男監督「流れる」(56)、小津安二郎監督「東京暮色」(57)、黒澤明監督「蜘蛛巣城」(57)、「どん底」(57)、「用心棒」(61)と巨匠の作品に次々起用され、押しも押されもせぬ名女優となりました。その後は舞台、テレビ出演作が多くなり、これといった代表作はありません。使いこなせる大監督がいなくなったのも原因かも知れませんね。

8月1日 津島恵子さん  享年86歳
元々はダンス教師で、松竹で新人のダンス指導をしていたのが、たまたま吉村公三郎監督が駅のホームで見かけて無理やり「安城家の舞踏会」(47)に令嬢役で出演させた、という変わった経歴で映画デビュー。しかしその後ぐんぐん頭角を現し、今井正監督「ひめゆりの塔」(53)、そして黒澤明監督の「七人の侍」(54)の村娘・志乃役という代表作を経て、名女優に成長して行きます。吉村監督の目は確かだったという事ですね。今年は淡島さん、山田さん、それに津島さんが相次いで亡くなられた事で、一つの時代が終わった、という感がありますね。

8月21日 内藤武敏氏  享年86歳
多くの映画に助演者として出演し、アクは強くないのですがポイントを押さえた的確な演技が光る名優ですね。思い浮かぶのは、今井正監督の「真昼の暗黒」(56)の正義派弁護士、市川崑監督「ビルマの竪琴」(56)の小林一等兵、熊井啓監督「日本列島」(65)のこれも弁護士役、といった所でしょうか。貴重なバイプレーヤーだったと言えましょう。

10月2日 大滝秀治氏  享年87歳
追悼記事掲載済

10月13日 山田吾一氏  享年79歳
テレビ「事件記者」で、昨年亡くなられた高城淳一キャップにいつも怒鳴られてたガンさん役が印象に残ってますね。この作品は日活・東宝でも映画化され、同じ役でシリーズ全作に出演しました。それ以外にも多数の映画に助演しているのですが、ほとんど記憶にありません。添え物作品に主演しているという記録もあるのですが、観ていませんしソフト化もされていないようです。「事件記者」だけが代表作というのは、寂しい気もしますね。

11月10日 森光子さん  享年92歳
この方も昭和史に残る大女優ですね。小学校の時、伯父に当たる嵐寛寿郎に誘われ、12歳で映画界に入りました。1935年のアラカン主演「鞍馬天狗・江戸日記」等、鞍馬天狗ものに数本出演。41年に映画界に見切りをつけ、歌手、舞台俳優として長い下積時代があります。60年代に入ってようやく舞台「放浪記」が当り、以後テレビに舞台にと大活躍。映画にも同時期からかなり出てはいるのですが、脇役が多く、代表作と言えるものは見当たりません。やはり舞台の人なのでしょうね。でも、子役時代の作品は観てみたい気がしますね。

11月10日 桜井センリ氏  享年86歳
クレージー・キャッツの一員として、多数の東宝・植木等主演ものやクレージー総出演のコメディに出演する他、松竹の山田洋次監督による「馬鹿まるだし」(64)に始まる一連のハナ肇主演作品に助演。その縁でしょうか、山田監督作品の出演が多く、特に「男はつらいよ」シリーズ数本でなかなか渋い演技を見せておりました。これでクレージーはとうとう犬塚弘さんだけになってしまいましたね。寂しいです。

11月19日 井上雪子さん  享年97歳
1930年、松竹蒲田撮影所に入社。小津安二郎監督の「美人哀愁」、日本初の本格トーキー映画である五所平之助監督の「マダムと女房」(いずれも31年)などに出演しました。34年の出演作を最後に映画界からは遠ざかり、引退したと言われておりましたが、2004年、塩田明彦監督の「カナリア」でなんと70年ぶりにスクリーンに復帰しました。

12月5日 中村勘三郎氏  享年57歳
我々の世代では、“中村勘九郎”名義の方が親しみがありますね。3歳から舞台に立ち、4歳にして早くも子役で木下恵介監督「今日もまたかくてありなん」(59)に映画初出演。かすかに観た記憶があるのですが、岡部冬彦のマンガを原作とした「ベビーギャング」シリーズ(61)で主役の可愛いベビーギャングを演じてました。成長して少年時代、沢島忠監督「幻の殺意」(71)で、殺人犯と疑われる高校生役を熱演。渥美清と共演した「友情」(75・宮崎晃監督)も記憶に残ります。以後映画出演は途絶えて舞台に専念。2000年に入って阪本順治監督「顔」で映画に本格復帰。なんと藤山直美をレイプする通りすがりの男を演じてました。歌舞伎の名優なのに、こういう嫌われそうな役にも挑戦する辺りが偉いですね。平山秀幸監督「やじきた道中 てれすこ」(2007)もいい味出してました。57歳という、早過ぎる死が残念です。それにしても映画俳優としての遺作が、駄作「座頭市 THE LAST」(2010)の、ゲスト程度のワンシーンというのは何とも無念。もっともっと映画で貫禄ある芝居を見せていただきたかったですね。

12月10日 小沢昭一氏  享年83歳
アクの強いコメディ演技がとても好きでした。川島雄三監督作品や、その弟子の今村昌平監督作品で、特に強烈な個性を発揮してました。川島雄三監督作「幕末太陽傳」(57)、「貸間あり」(59)、「しとやかな獣」(62)、今村昌平監督作「にあんちゃん」(59)、「にっぽん昆虫記」(63)、そして主役のスブやんを演じた「『エロ事師たち』より・人類学入門」(66)では絶妙の演技を見せ、演技賞を総ナメしました。その他、夥しい数の映画に助演。「牛乳屋フランキー」(56・中平康監督)のフランキーと意地の張り合いをするシーンは特に可笑しかったですね。個人的に一番大好きなのは、山田洋次監督の隠れた秀作「吹けば飛ぶよな男だが」(68)における、全編のナレーションを活弁の弁士として、松田春翠ばりの名調子で朗々と語る所ですね。まさしく、得がたい名バイプレーヤーでした。

 
さて、監督に目を移しますと

1月24日 テオ・アンゲロプロス氏  享年76歳
ギリシヤを代表する、世界的な名匠。「旅芸人の記録」(75)、「シテール島への船出」(83)、「霧の中の風景」(88)、「こうのとり、たちずさんで」(91)、「ユリシーズの瞳」(96)、「エレニの旅」(2004)等、記憶に残る傑作がいくつもあります。新作撮影中にトンネル内で道路を渡ろうとした時、バイクにはねられ、亡くなられました。まだまだ傑作を撮れたでしょうに。惜しいです。

4月4日 クロード・ミレール氏  享年70歳
あまり本邦公開作品は多くないのですが、シャルロット・ゲンスブールを主演させ、彼女の魅力を引き出した2本「なまいきシャルロット」(85)、「小さな泥棒」(88)が好きでしたので取り上げました。後者はどことなく「大人は判ってくれない」と似てるなあと思ったら、脚本の一人がフランソワ・トリュフォーでした。

4月14日 ポール・ボガート氏  享年92歳
レイモンド・チャンドラー原作のフィリップ・マーロウもの「かわいい女」(69)が監督デビュー作。これは若き頃のブルース・リーがマーロウを殺そうとするカンフー達人役で出ている事で知られてます(カッコ悪い死に方しますが(笑))。あと、黒人差別を逆転させた異色作「怒りを胸に振り返れ」(70)、ロバート・マリガン監督の傑作「おもいでの夏」の続編「続・おもいでの夏」(73)、ゲイを正面から捕らえた「 トーチソング・トリロジー」(88)と、寡作ながらどれもちょっと気になる作品を撮った方でした。結構高齢だったんですね。

6月26日 ノーラ・エフロンさん  享年71歳
脚本を担当した「恋人たちの予感」(89・ロブ・ライナー監督)、「めぐり逢い」(レオ・マッケリー監督)を下敷きにした「めぐり逢えたら」(93)がどちらも好きでしたね。エルンスト・ルビッチュ監督「桃色(ピンク)の店」を現代的にリメイクした「ユー・ガット・メール」(98)もあります。古いハリウッド映画が好きなのでしょうね。60年代のテレビドラマのリメイク「奥さまは魔女」(2005)もいかにもレトロ。まあこうしたほんわかした作品も、たまには観るのもいいんじゃないでしょうか。

7月23日 フランク・R・ピアソン氏  享年87歳
脚本を書いた「キャット・バルー」(65)、「暴力脱獄」(67)、「狼たちの午後」(75)がどれも面白い作品でした。「狼たちの午後」(シドニー・ルメット監督)ではアカデミー脚本賞も受賞してます。監督としては「鏡の国の戦争」(70)、「スター誕生」(76)がありますが、傑作とは行きませんでした。脚本に参加した「推定無罪」(90・アラン・J・パクラ監督)はまずます。やはり脚本家が向いているようですね。

7月29日 クリス・マルケル氏  享年91歳
核戦争後のパリを舞台にしたタイム・トラベルもの「ラ・ジュテ」(58)で知られています。これは全編、スチール写真だけで構成されており、異色の実験作と言えます。後にテリー・ギリアム監督が「12モンキーズ」(95)として長編リメイクしました。また、黒澤明監督の撮影に密着したドキュメンタリー「AK ドキュメント黒澤明」(85)も監督してます。

8月19日 トニー・スコット氏  享年68歳
リドリー・スコット監督の弟。「トップ・ガン」(86)、「ビバリー・ヒルズ・コップ2」(87)、「クリムゾン・タイド」(95)、「デジャヴ」(2006)、「サブウェイ123 激突」(2009)、「アンストッパブル」(2011)と、次々話題作を手掛けたヒット・メイカーでした。タランティーノ脚本の映画化「トゥルー・ロマンス」(94)も好きですね。自殺だそうですが、何が原因だったのでしょうか。

 
以下日本

2月2日 石田勝心氏  享年79歳
東宝で多くの作品を監督してます。記憶に残っているのは、難病ものの佳作「父ちゃんのポーが聞こえる」(71)。あとはパニックもの「東京湾炎上」(75)。カー・アクションもの「白熱(デッド・ヒート)」(77)くらいでしょうか。コメディ作品がいくつかありますが、柄に合わなかった気がします。

2月9日 布川徹郎氏  享年69歳
「沖縄エロス外伝・モトシン・カカランヌ―」(71)、「在韓被爆者無告の二十六年 倭奴へ」(71)、「風ッ喰らい時逆しま」(79)、「パレスチナ'76-'83 パレスチナ革命からわれわれが学んだもの」(83)と、時代を鋭敏に切り取る異色ドキュメンタリーを次々製作した、一時はカリスマ的人気を博した伝説のドキュメンタリー作家です。最近は大阪に根を張り、長居公園のテント村撤去を追うドキュメンタリーを関西の若手映像作家とともに作る等、旺盛な製作意欲は衰えませんでした。まだまだ活躍していただきたかったですね。

3月20日 石黒昇氏  享年73歳
アニメ監督。なんと言っても代表作は「宇宙戦艦ヤマト」でしょうね。あと「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」(84)、「銀河英雄伝説 わが征くは星の大海」(88)等でも知られています。テレビ・アニメも多数手掛けてます。

5月29日 新藤兼人氏  享年100歳
説明は不要でしょう。近代映画協会を根城に、苦しい製作環境にもめげず、多くの傑作を監督しました。99歳でキネ旬ベストワン作品「一枚のハガキ」を発表してしまうのですから驚きます。この記録は多分永遠に破られないでしょう。
しかし新藤さんのお仕事で特筆しておきたいのは、シナリオ・ライターとしても実に多くの脚本を書き、上は名匠の芸術作品から文芸作品、超大作、下は低予算B級娯楽活劇まで、その幅の広さも飛び抜けている点です。「安城家の舞踏会」に始まる、吉村公三郎監督の傑作群、木下恵介監督による楽しいコメディ「お嬢さん乾杯」、川島雄三監督「しとやかな獣」、山本薩夫監督「傷だらけの山河」、増村保造監督の一連の秀作「卍」「清作の妻」「刺青」「妻二人」「華岡青州の妻」、深作欣二監督「軍旗はためく下に」、東宝8.15シリーズ「激動の昭和史・沖縄決戦」と、あきれるばかりの守備範囲の広さ。さらに、三隅研次監督の「斬る」、鈴木清順監督「けんかえれじい」と、プログラム・ピクチャーのカルト的傑作まで手掛けてます。おまけに、勝新太郎のテレビも含めた「座頭市」ものもあれば、黒澤「酔いどれ天使」の勝新版のような「酔いどれ博士」シリーズ、はたまたコミック原作の「混血児リカ」シリーズまで、まさに八面六臂の大活躍ぶり。まあこれらは近代映協の製作資金稼ぎという目的もあったのでしょうが、それでもどれも水準以上のものを仕上げてしまうのですから大したものです。日本映画史に果たした役割は計り知れないものがあります。本当にお疲れ様でした。ゆっくりとお休みください。

7月12日 和田嘉訓氏  享年77歳
東宝で、29歳という異例の早さで「自動車泥棒」(64)を初監督。今年亡くなった安岡力也主演の異色作です。だがこれがコケた為ホサれ、数年後一転してドリフターズやコント55号主演の他愛ないコメディを撮らされます。70年には唐十郎主演の「銭ゲバ」を撮りますが、作品的にも興行的にも失敗。71年に背水の陣で撮った「脱出」はおクラになる等散々。不運な人と言えます。その後映画界からは足を洗ってソニーの広報課長になったと聞きました。「自動車泥棒」、「脱出」は是非ソフト化して欲しいですね。再評価の値打ちはあると思います。

7月15日 高林陽一氏  享年81歳
アマチュア自主制作映画出身。いくつかドキュメンタリー作品を手掛けた後、70年、ドキュメンタリー「すばらしい蒸気機関車」が評価され、以後劇映画にも進出します。横溝正史の金田一耕助もの「本陣殺人事件」(75)は金田一ブームの奔りとなりました。以後「金閣寺」(76)、「西陣心中」(77)、「ナオミ」(80)、「雪華葬刺し」(82)とコンスタントに佳作を作り、日活ロマンポルノも撮っています。2007年にデジタルビデオで撮った劇映画「涯てへの旅」が遺作となりました。が、ほとんど話題にもならなかったのは寂しいですね。

9月5日 堀川弘通氏  享年96歳
黒澤明監督の「続・姿三四郎」(45)、「生きる」(52)、「七人の侍」(54)で助監督を務め、黒澤脚本「あすなろ物語」(55)で監督デビュー。橋本忍脚本「黒い画集 あるサラリーマンの証言」(60)は傑作でした。同じく橋本脚本「白と黒」(63)も力作です。68年の「狙撃」(永原秀一脚本)はやや肌が合わなかった感じ。長谷部安春に撮って欲しかったですね。これも橋本忍脚本「女殺し油地獄」(57)が代表作と言われており、橋本忍と一番相性が良かった、と言えるでしょう。2001年には、黒澤明についての著作「評伝 黒澤明」(毎日新聞社刊)でドゥマゴ文学賞を受賞。これは読み応えがありました。

10月17日 若松孝二氏  享年76歳
追悼記事掲載済
奇しくも、同じく今年1月亡くなったテオ・アンゲロプロス監督とは同年齢で、死因も同じ交通事故。不思議な一致ですね。

11月15日 小林俊一氏  享年79歳
フジテレビのディレクター時代、山田洋次に渥美清主演の脚本を依頼。これが「男はつらいよ」としてドラマ化され、小林さんが演出して評判となり、ファンの声に推されて山田洋次が映画化し、国民的作品になりました。言ってみれば「男はつらいよ」の生みの親という事になるでしょうか。映画を監督したのはシリーズ4作目「新・男はつらいよ」(71)のみ。これはシリーズで一番つまらない出来でした。テレビでの演出は出来がいいのですがね。田宮二郎主演「白い巨塔」は高く評価され、多くの賞を取りました。

11月25日 斉藤光正氏  享年80歳
日活時代に「斜陽のおもかげ」(67)他3本を監督してますが、あまり評判にならず。角川春樹に呼ばれて、角川映画の「悪魔が来たりて笛を吹く」(79)、「戦国自衛隊」(79)、「伊賀忍法帖」(82)等を監督しました。手堅い出来でしたが、作家としての個性はあまり感じられませんでした。

 
さて、その他のジャンルについては簡単に紹介いたします。

1月5日 林 光氏(作曲家)  享年80歳
1050年代から現在に至るまで、実に多くの映画音楽を手掛けています。中でも特筆すべきは、「第五福竜丸」(59)以降「一枚のハガキ」に至るまで、新藤兼人監督作品のほとんどを手掛けている点ですね。特に「裸の島」(69)は心が震えるほど素晴らしい音楽でした。新藤作品を裏で支えた功労者と言えるでしょう。その他では、松山善三監督「名もなく貧しく美しく」(61)、吉田喜重監督「秋津温泉」(62)、加藤泰監督「真田風雲録」(63)、成瀬巳喜男監督「女の中にいる他人」(66)、大島渚監督の「白昼の通り魔」(66)、「絞死刑」(68)、「少年」(69)、「盲獣」(69)他の増村保造監督作品、深作欣二監督「軍旗はためく下に」と錚々たる作品が並びます。ここ数年は新藤監督作品一本でした。新藤さんと同じ年に亡くなられたのも、不思議な繋がりを感じますね。

1月8日 玉木宏樹氏(作曲家)  享年68歳
あまり作品は多くありませんが、強烈に印象に残っているのが、「反逆のメロディー」「新宿アウトロー ぶっ飛ばせ」「野良猫ロック/暴走集団’71」「関東幹部会」と続く日活ニューアクション群の音楽ですね。「反逆のメロディー」には痺れました。あとテレビの「怪奇大作戦」の音楽も耳に残っています。

1月21日 石岡瑛子さん(衣裳デザイナー)  享年73歳
アートディレクターとしても著名ですが、映画の方ではまず72年の羽仁進監督「午前中の時間割り」で美術を担当し、85年には三島由紀夫の自決を描いたポール・シュレイダー監督の「MISHIMA」(日本未公開)のセットデザインを手掛けて海外にも注目されました。そして衣裳デザイナーとして、92年のフランシス・コッポラ監督「ドラキュラ」で米アカデミー賞を受賞。以後、ターセム監督「ザ・セル」、同「落下の王国」、今年公開された「白雪姫と鏡の女王」など、アメリカ映画界で大活躍。「白雪姫-」が遺作となりました。素晴らしい方でしたが、個人的にはもっと日本映画界で活躍していただきたかったですね。

2月19日 井上泰幸氏(特撮映画美術監督)  享年89歳
特撮美術監督として、「ゴジラ」シリーズ、TV「ウルトラQ」「日本沈没」(78)、「東京湾炎上」(75)、「惑星大戦争」(77)、「連合艦隊」(81)、「零戦燃ゆ」(84)等、数多くの東宝特撮映画の美術を担当しました。日本の特撮映画美術の礎を築いた功労者と言えるでしょう。氏の功績については、写真、資料を網羅した「特撮映画美術監督 井上泰幸」(キネマ旬報社刊)をお読みになる事をお奨めします。

2月23日 ブルース・サーティス氏(撮影監督)  享年74歳
ドン・シーゲル監督「ダーティハリー」(71)、「アルカトラズからの脱出」(79)や、クリント・イーストウッド監督「恐怖のメロディ」(71)、「荒野のストレンジャー」(72)、「アウトロー」(76)から「ペイルライダー」(85)に至るまで、イーストウッド監督作品の多くの撮影を担当しました。よく見れば全部マルパソ・カンパニー製作のイーストウッド主演作ばかり。イーストウッド作品を支えた陰の功労者と言えるでしょう。

3月4日 神波史男氏(脚本家)  享年78歳
33年に東映入社以来、東映一筋に脚本を書いて来た大ベテラン。劇映画デビュー作は、深作欣二監督のデビュー作でもある「風来坊探偵・赤い谷の惨劇」(61) 。以降深作作品での活躍が目立ちます。深作監督作だけを並べても、「博徒解散式」「恐喝こそわが人生」「日本暴力団・組長」「博徒外人部隊」「人斬り与太・狂犬三兄弟」「火宅の人」と、傑作、力作が並びます。その他では、加藤泰監督「真田風雲録」、降旗康男監督のデビュー作「非行少女ヨーコ」(66)、伊藤俊也監督のデビュー作「女囚701号・さそり」(72)、野田幸男監督の最高傑作「0課の女・赤い手錠」(74)と、東映プログラム・ピクチャー史上に残るカルト的傑作が多いのに驚きます。また、日活ロマンポルノでも、根岸吉太郎監督の「濡れた週末」、「狂った果実」等、力作が目白押し。東映アクション映画ファンにとってはいつも気になる方でした。残念です。

3月5日 ロバート・B・シャーマン氏(作曲家)  享年86歳
ミュージカル「メリー・ポピンズ」(64)、「チキ・チキ・バン・バン」(68)、「ベッドかざりとほうき」(94)等の音楽を担当した、シャーマン兄弟の兄。「チム・チム・チェリー」は名曲ですね。

3月21日 トニーノ・グエッラ氏(脚本家)  享年92歳
イタリアを代表する名脚本家。ミケランジェロ・アントニオーニ監督とのコンビで「情事」(60)、「夜」(61)、「太陽はひとりぼっち」(62)、「欲望」(66)と傑作を連打。その他ではヴィットリオ・デ・シーカ監督「ひまわり」(70)、フェデリコ・フェリーニ監督「アマルコルド」(73)、同「そして船は行く」(83)、タヴィアーニ兄弟の「サン・ロレンツォの夜」(82)、タルコフスキー監督「ノスタルジア」と、錚々たる傑作群に脚本協力。そして83年以降は前記の「シテール島への船出」「霧の中の風景」「こうのとり、たちずさんで」「ユリシーズの瞳」「エレニの旅」と、テオ・アンゲロプロス監督作品を立て続けに手掛けています。まさに世界的な大脚本家と言えるでしょう。アンゲロプロス監督の後を追うように亡くなりましたね。

5月19日 杉山平一氏(詩人、映画評論家)  享年97歳
詩人として有名ですが、映画評論家としてもキネ旬等に的確な映画評を書いていました。キネ旬ベストテンの選考委員としても、目立たない良作をきちんと評価していたのを思い出します。バックナンバーを探すと、1980年度のベストテンでは、1位「ツィゴイネルワイゼン」2位「ヒポクラテスたち」…7位「二百三高地」、そして10位が「百地三太夫」。講評では、黒澤「影武者」について“「七人の侍」など架空の時代に躍動した黒澤明の人物が、歴史的事実の枠にはまって人形になっていてがっかり”と手厳しく、“むしろ「百地三太夫」の活性に瞠目した”と、私の好きな鈴木則文監督作品を褒めてくれてるのに、わが意を得たりと拍手しました。81年度も、森田芳光監督の「の・ようなもの」を4位に入れてます。当時既に60歳台後半でしたのに、この若々しい感性。尊敬しました。こういう老人になりたいものですね(笑)。

6月6日 レイ・ブラッドベリ氏(SF小説家)  享年91歳
SF作家として高名で、映画にも原作をいくつか提供していますが、短編「霧笛」がレイ・ハリーハウゼン特撮により「原子怪獣現わる」(53)として映画化され、これを観た東宝の田中友幸プロデューサーが「ゴジラ」を思いついたという話は有名です。言ってみれば「ゴジラ」の遠い生みの親というわけですね。他にも日本未公開ですが評価の高い「イット・ケイム・フロム・アウター・スペース」(53・ジャック・アーノルド監督)、フランソワ・トリュフォー監督「 華氏451」 (66)、「いれずみの男」(68・ジャック・スマイト監督)、これも日本未公開で脚本も担当した「何かが道をやってくる」(83・ジャック・クレイトン監督)と、異色作が並びます。最近では「サウンド・オブ・サンダー」(2004・ピーター・ハイアムス監督)がありました。また、ジョン・ヒューストン監督「白鯨」(56)の脚本も手掛けてます。いろんな意味で映画界に影響を与えた人と言えるでしょう。

7月13日 リチャード・D・ザナック氏(プロデューサー)  享年77歳
「わが谷は緑なりき」等の大プロデューサー、ダリル・F・ザナックの息子ですが、親に負けずに名作、異色作を製作して来た名プロデューサー。一昨年に亡くなったデヴィッド・ブラウンと組んで、「スティング」(73)、スピルバーグの劇場デビュー作「続・激突!/カージャック」(74)、「JAWS/ジョーズ」(75) とヒットを飛ばし、「ドライビング Missデイジー」(89)ではアカデミー作品賞を受賞。21世紀に入ってからはティム・バートンとのコンビが多く、「PLANET OF THE APES 猿の惑星」(2001)、「チャーリーとチョコレート工場」(2005)、「アリス・イン・ワンダーランド」 (2010)と話題作を手掛けてます。遺作もバートン「 ダーク・シャドウ」(2012)。スピルバーグをメジャーに押し上げた功績は大でしょうね。

8月6日 マーヴィン・ハムリッシュ氏(作曲家)  享年68歳
そのザナック作品「スティング」の音楽担当で、'73年のアカデミー・ミュージカル映画音楽賞を受賞すると共に、同じ年のバーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォード主演「追憶」(73)では作曲賞、歌曲賞も受賞して一躍名を挙げた人。あと、ブロードウェイと映画の「コーラス・ライン」、その他多くの映画音楽を担当しました。でもやはり、「スティング」と「追憶」の2本で記憶に残る方ですね。

8月11日 山田和夫氏(映画評論家)  享年84歳
ソ連の映画監督、エイゼンシュテイン研究の第一人者として有名。特にエイゼンシュテイン監督の、映画史上に残る名作でありながら我が国未公開だった「戦艦ポチョムキン」(25)の日本公開に尽力され、ようやく製作後42年目に劇場公開に至りました。ソ連、東欧系の映画紹介に関してはこの人の右に出る方はいなかったでしょう。映画に関する著作も多数。

10月26日 長野洋氏(脚本家)  享年78歳
東宝を中心に活躍。あまり著名ではありませんでしたが、今回フィルモグラフィを調べて、結構私の好きな作品が並んでいるのに驚きました。68年、岡本喜八監督が監修・一部演出した、テレビ版“独立愚連隊”「遊撃戦」(プロデューサーが田中友幸!)を手掛けたのが脚本家スタート。70年には西村潔監督「豹(ジャガー)は走った」、同年、山本迪夫監督の和製吸血鬼映画「幽霊屋敷の恐怖・血を吸う人形」、西村潔監督のこちらは日本版“冒険者たち”「黄金のパートナー」(79)と、いずれも日本映画離れしたスマートな快作を執筆。テレビでは、岡本喜八監督のいわゆる和製テレフィーチャーの奔り「幽霊列車」(78)というミステリーの佳作も書いています。テレビでは他に山口百恵主演の「赤い運命」「赤い絆」、熱血教師もの「スクール・ウォーズ」等のヒット作も手掛けるなど大活躍しました。「血を吸う人形」はもう一度観たいですね。

10月30日 藤本義一氏(脚本家・小説家)  享年79歳
川島雄三監督に師事し、川島監督の「貸間あり」で認められ、東宝、
大映を中心に多くの脚本を手掛けました。田宮二郎主演の“犬”シリーズは8本を書いている他、勝新の「悪名太鼓」(64)、東宝の「駅前」シリーズ3本などがあります。「鬼の詩」で直木賞受賞した後は小説家に専念、映画脚本はありません。藤本脚本で一番のお奨めは、福田純監督の「大日本スリ集団」(69)。戦友同士だった小林桂樹の刑事と、スリの名人三木のり平との丁々発止の対決を、人情味とペーソスを交えて描いた力作です。最後はちょっと泣かせます。もっと映画脚本を書いて欲しかったですね。

11月2日 橋本文雄氏(録音技師)  享年84歳
1955年から、昨年の成島出監督「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」に至るまで、半世紀以上に亙って日活を中心に多くの作品の録音を担当した、日本を代表する録音技師の第一人者。代表作は「幕末太陽傳」「にあんちゃん」「豚と軍艦」、市川崑監督「太平洋ひとりぼっち」、鈴木清順監督「陽炎座」、その他日活ロマンポルノから、森田芳光監督、阪本順治監督作品の多くに至るまで、実に多数の作品を手掛けています。。つい最近は「幕末太陽傳」のデジタル修復版の録音監修も行い、これが最後のお仕事になったようです。こういう職人気質の方も少なくなりましたね。

11月6日 石上三登志氏(映画評論家)  享年73歳
追悼記事掲載済

 

…こうやって並べると、本当に映画の歴史を刻んだ素晴らしい方々がお亡くなりになっていますね。慎んで哀悼の意を表したいと思います。

 

今年1年、おつき合いいただき、ありがとうございました。来年もよろしく、良いお年をお迎えください。

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コメント

斉藤光正さんもういないのですね。青春ドラマの一時代を築いた人だと思います。シルビアクリステルも日本受けする女優でしたね。ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: 雨止み | 2013年2月 3日 (日) 20:21

たくさんの人生 たくさんのありがとう。
ご冥福を お祈り申し上げます。
私も 人生 半ばを すぎました。
人生の後半から~。

投稿: 村石太ダー | 2013年6月11日 (火) 21:05

力也さんも力尽きたのですね。近年はブログも打ってましたし意外に細かい事もやれる人だったのかも…。

投稿: 雨止み | 2013年8月21日 (水) 09:28

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