「人生の特等席」
2012年・アメリカ/マルパソ・カンパニー
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:Trouble with the Curve
監督:ロバート・ローレンツ
脚本:ランディ・ブラウン
撮影:トム・スターン
音楽:マルコ・ベルトラミ
製作:クリント・イーストウッド、ロバート・ローレンツ、ミシェル・ワイズラー
2008年の監督兼任作「グラン・トリノ」以来4年ぶりとなる、クリント・イーストウッド主演作。監督をしない出演のみの作品としては「ザ・シークレット・サービス」(93)以来19年ぶりとなる。監督は「マディソン郡の橋」(1995)以来、17年に亘り助監督、プロデューサーとしてイーストウッド監督を補佐して来たロバート・ローレンツで、これが監督デビュー作となる。
メジャー・リーグ、アトランタ・ブレーブスの伝説的なスカウトマンとして知られるガス(クリント・イーストウッド)は、年齢による視力の衰えを隠せず、加えてパソコンもまったく使えない為、引退の危機にあった。それを心配した、ガスの親友で球団幹部のピート(ジョン・グッドマン)は、ガスの娘で敏腕弁護士として活躍しているミッキー(エイミー・アダムス)に、ドラフト会議前の最後の視察旅行に同行して欲しいと頼む。永年、父との確執を抱えていたミッキーは悩むが、渋々ながらも父の元に向かうこととなる…。
実に気持ちのいい映画である。心がなごみ、あったかい気持ちで映画館を後に出来る。
「グラン・トリノ」で引退したかと思われていたイーストウッドが、久しぶりにスクリーンに戻って来た。…それだけでもまず嬉しい。観る前から心ウキウキしていた。小林信彦さんも言っていたが、イーストウッド映画を観られる、という事が映画ファンの幸せである。
加えて、最近のイーストウッド映画は、「ミスティック・リバー」にしろ「ミリオンダラー・ベイビー」にしろ「グラン・トリノ」にしろ、暗いイメージの作品が多いし(画面からして暗い)、ややハッピー・エンディングな「インビクタス/負けざる者たち」、「ヒア・アフター」にしても、アパルトヘイトや死後の世界、といった、やはり明るいとは言えないテーマを抱えていた。
ところが本作は、明るくてユーモラスで、最後には万事うまく解決する、古き時代のハリウッド映画のようなタッチの作品に仕上がっている。
こんなハッピーな気持ちになれるイーストウッド映画は何年ぶりだろうか。それだけでも気分がいい。
イーストウッドは今年82歳になる。さすがに、首周りは弛み、顔も深いシワが刻まれ、すっかり老人である。高倉健も同い年くらいで、共にかつて大ファンだったスーパースターの老いた姿を見るのは辛いものがある。
本作では、冒頭から、小便はなかなか出ないは、歩けばテーブルに蹴つまづくは、車を運転すればガレージを壊しまくるはと、情けない(ややデフォルメされた?)老いぼれぶりを晒す。さらには視力も衰え、はっきり物が見えなくなっている。
球団からも、高齢に加え、パソコンも使えないようではと引退もほのめかされる。
だが、それでもガスは、まだまだ自分の経験とカンは衰えていないとばかりに、ドラフトの目玉とされる高校生スラッガー、ボー・ジェントリー(ジョー・マッシンギル)の実力が本物かどうかを確かめる為、ノースキャロライナへと向かう。
この見立てが外れたら、間違いなく解雇が待っている。言わば背水の陣である。
そこで、ピートの計らいで、一人娘のミッキーが手助けの為に父の元へ向かう。
そうして、この映画は、老いた男の意地を賭けた最後の勝負と、疎遠だった父と娘がやがて絆を取り戻して行く、2つの物語がクロスし、最後はとても幸せな結末に至る事となるのである。
特に楽しいのが、「これからの野球はデータ主義だ」とばかりに、パソコンを駆使して選手の適正を判断する若いスカウトマンが太鼓判を押したボーを、ガスが自分の耳で「カーブに弱点がある」事を見抜き、結果的に、ガスの経験とカンが正しかった事が証明されるラストである。
それをサポートしたのが、ミッキーだった、というオチもうまい。
いくらコンピュータが進歩しても、最後にモノをいうのは、長い人生を生きた人間の経験と感性である、というテーマが小気味良い。
あるいは、昨年公開された「マネーボール」に対するイーストウッド流の皮肉なのかも知れない。
…そう言えば今年は、ハイテクで攻めて来るエイリアンに対する思わぬ伏兵となったのが、退役軍人である老人たちだったという「バトルシップ」(ピーター・バーグ監督)も公開されている。
“老人をあなどるな”というのが今年のハリウッドの傾向なのか(笑)。
映画の原題、"Trouble with the Curve"もなかなかよく考えられており、奥が深い。
これは直接的には、「カーブに難がある」という、ボーのバッターとしての弱点を指すのだが、同時に、「人生の曲り角における困難」という意味も含まれている。
ガス自身も、引退か否か、という曲り角に立たされるし、ミッキーもまた、敏腕弁護士としてのキャリアを取るか、父を取るか、の重要な岐路に立たされる。
さらには、ガスという男の性格と、歩んで来た道の事も指している。
ガスの性格はとにかく一本気で頑固一徹。野球で言えばストレート一本、つまり“曲がった事は大嫌い”という意味も含んでいると言える。
ラストで、ミッキーは父と和解し、そればかりか将来を嘱望された弁護士の仕事を捨て、父の仕事(スカウトマン)を引き継ぐ決心をする。父の生き方を見習おうとするわけで、ちょっとジンとなるいい幕切れである。
ここでミッキーが、事務所と連絡を取っていた携帯をポイとゴミ箱に捨てるシーンで、イーストウッドの出世作「ダーティ ハリー」のラスト、警察のバッジを捨てるシーンを思い出したら立派なイーストウッド・ファンである。
そう思えば、他にもいくつかイーストウッド映画との類似点を見つけ出す事も出来る。
一人暮らしの頑固一徹な老人、というキャラクターは、「グラン・トリノ」とも共通するし、娘との間に確執があって長く別れている、という設定は「ミリオンダラー・ベイビー」と同じである。
一匹狼の仕事師で、いつも旅をしている、という主人公も、イーストウッド作品にはよく登場している(「センチメンタル・アドベンチャー」等)。
中盤で、ミッキーに男がちょっかいをかけようとするのを見るや、ガスが老人と思えぬ俊敏さでビール瓶を叩き割り、「俺の娘に手を出すな!」と凄むシーンも、いかにもイーストウッドらしい動きで、ここも楽しい。
父を嫌いだったはずの娘が、いつの間にか凄く細かい野球の知識を知っていたり、ミッキーの泊まっていたモーテルのまん前で、たまたまピッチング練習をしていた剛速球のピッチャー、リゴ・サンチェスを見つける等、ややご都合主義な部分もある。
だが、夢のような物語が展開するのが映画の面白さである。特に野球映画には、「フィールド・オブ・ドリームス」にしろ、「ナチュラル」にしろ、夢のような素敵なドラマが多い。
この映画は、懸命に頑張るガスとミッキーに、野球の神様が微笑んでくれた、と見てもいいだろう。
イーストウッド・ファンには絶対に楽しめるし、古いハリウッド映画が好きな方にはお奨めの、爽やかな気分に浸れる快作である。 (採点=★★★★☆)
(付記)
個人的な事になるけれど、私の父も頑固一徹で、歳を取っても仕事をやり続け、「まだまだお前たちの世話にはならん」と意固地を通していた。
でもそう言いながら、車を運転すれば角でこすって傷だらけにする等、この映画のガスと同じような失敗もよくしていた。(あ、原題にはひょっとしたら“角で車をぶつける”という意味も含まれてるか(笑))
そんなわけで、本作を観ていて、亡き父を思い出してちょっぴり涙が出てしまった。点数が甘いのはそのせいもある。ご容赦。
| 固定リンク
コメント
お久し振りです。
私も一人娘がいるので40年後を
タブらせて鑑賞してみたいです。
山形県の鶴岡まちなかキネマと
イオンシネマ三川で上映未定ですが
気長に待つことにします。
投稿: ぱたた | 2012年12月 4日 (火) 09:26
この映画は試写で見ました。
イーストウッドの役はほとんど「グラン・トリノ」でしたね。
“You Are My Sunshine”のシーンは思わずほろり。
娘役のエイミー・アダムスは私は「魔法にかけられて」が印象的でした。
ジャスティン・ティンバーレイクはライバル球団のスカウトで父と娘の仲を取り持つ儲け役。
イーストウッドの友人役で「アルゴ」でも良かったジョン・グッドマン、スカウト仲間でちょっと懐かしいエド・ローターも出演しています。
お話はうまく行き過ぎる所もありますが、なかなかよく出来ていました。
キャスティングがいいですね。
個人的にはラストはもうちょっとビターでも良かったかな。
投稿: きさ | 2012年12月 4日 (火) 22:45
解説者・浜村純氏によると、球場でピーナッツ売りをしていた少年の投げるピーナッツが凄いと言っていたので、てっきりその少年が投手となって新人スラッガーにカーブを投げると思ったんですが、違うのかな?
投稿: sakai | 2012年12月 6日 (木) 18:39
◆ぱたたさん
ええっ、こんな話題作が、そちらでは上映未定なんですか。
お奨め作なので、なんとか早く公開されればいいですね。
◆きささん
そうそう、“You Are My Sunshine”、うまく使われてますね。妻との思い出の曲なのでしょうか。
ラストは、意見が分かれるでしょうが、いい気分で観客が映画館を後に出来るように、という製作者の思いやりが込められているのではと思います。たまにはそんな映画もいいんじゃないでしょうか。
◆sakaiさん
そうですよ。あのピーナツ売りの少年が、ラストでカーブを投げるピッチャー(リゴ)です。
ちゃんとラストへの伏線になっているのですね。
あそこで、スラッガーのボーが、リゴに対し見下したような態度を取るのですが、ラストでリゴが、その生意気なボーの鼻っぱしらをへし折る事で、観客も胸がスッキリするのですね。うまい作り方です。ちょっとボーが可哀想ですが(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2012年12月 7日 (金) 01:03
やばいっすよね・・・
家の家具に足をぶつけるわ 車運転したら 自宅のガレージにぶつけるわ 料理作れば 黒コゲだわ あげく スカウト先でも 事故するわ・・・
ジョングッドマン演じた球団のスカウト主任の人が娘に そばにいてやってほしいと忠告して 正解でしたね。
もう これじゃあ スカウトどころか 一人暮らしも もうムリですよ。
あの性格の悪い指名一位のスラッガーくん・・・けちょんけちょんでしたね。
でも まったく将来性がないわけでもないので ランク落として マイナーリーグや 一般企業で開催してる 職業クラブチーム からスタートしたら いいんじゃないかな。 んで 見込みが出てきたら 推薦状書いて送ってメジャーのテストへ・・・とか。
投稿: zebra | 2014年9月 7日 (日) 23:33
◆zebraさん
まあ多分、あのラストでガスは引退し、娘のミッキーが父の世話をする事になるでしょうからめでたしでしょう。
>あの性格の悪い指名一位のスラッガーくん・・・けちょんけちょんでしたね。
ま、マイナーリーグでなら務まるレベルでしょうから、ヘコたれずに頑張れよ、と言っておきましょう。
ただ、あの曲がった性格をまず直さなければダメでしょう。
あ、そうか。原題、"Trouble with the Curve"にはもう一つ、“曲がった性格が災いの元”という意味も含まれているのかも(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2014年9月23日 (火) 00:40