「ジャンゴ 繋がれざる者」
2012年・アメリカ/ワインスタイン・カンパニー=コロムビア
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
原題:Django Unchained
監督:クエンティン・タランティーノ
脚本:クエンティン・タランティーノ
撮影:ロバート・リチャードソン
製作:ステイシー・シェア、レジナルド・ハドリン、ピラー・サボン
製作総指揮:ハーベイ・ワインスタイン、ボブ・ワインスタイン、マイケル・シャンバーグ、ジェームズ・W・スコッチドープル、シャノン・マッキントッシュ
B級映画に限りない愛を注ぐクエンティン・タランティーノが監督・脚本を手がけ、イタリア製西部劇(マカロニ・ウエスタン)を現代に蘇えらせた痛快アクション。主演は共にアカデミー男優賞受賞者のジェイミー・フォックスとクリストフ・ヴァルツ。その他ではレオナルド・ディカプリオが珍しい悪役を快演。第85回アカデミー賞で作品賞ほか5部門にノミネートされ、助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)と脚本賞を受賞した。
南北戦争直前の1858年、アメリカ南部。黒人奴隷のジャンゴ(ジェイミー・フォックス)は、元歯科医で今は賞金稼ぎのキング・シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)に拾われ、お尋ね者探しを手伝わされるが、やがてシュルツに教わり、めきめきと銃の腕を上げ、シュルツと賞金稼ぎの旅を続けて行く。ジャンゴには生き別れになったブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)という妻がいたが、やがて残忍な農園主カルビン・キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)の元に彼女がいることが分かり、二人はブルームヒルダを救うべく、キャンディの農園に乗り込んで行く…。
マカロニ・ウエスタンは私も大好きである。クリント・イーストウッド主演、セルジォ・レオーネ監督の3部作は傑作であり、何度も繰り返し観ているが、中でも特に好きなのが、セルジォ・コルブッチ監督の「続・荒野の用心棒」(原題:ジャンゴ)。これを好きな映画人は多いようで、三池崇史監督も「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」でオマージュを捧げている。以前からマカロニ・ウエスタン・ファンを公言していたタランティーノがほっとくはずがない。題名を聞いただけで、私はワクワクしながら公開を待っていた。
(以下ネタバレあり)
冒頭から、あの「続・荒野の用心棒」の主題歌、ルイス・エンリケス・バカロフ作曲による「さすらいのジャンゴ」の英語バージョン(歌うはロッキー・ロバーツ)が高らかに鳴り響く。もうこれだけで感涙ものである。
芸が細かいのは、オリジナルと同様、主題歌の2小節目の“ジャンゴォ~”のタイミングに合わせて、真っ赤な太文字でメイタイトル“DJANGO”が表示される所。どぎつい赤字でクレジットが表示されるのも、マカロニ・ウエスタンではお約束である。
そしてストーリー展開や小ネタも、「続・荒野の用心棒」のみならず、さまざまなマカロニ・ウエスタンから引用されている。
シュルツの新職業である“賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)”は「夕陽のガンマン」をはじめ、数多くのマカロニ・ウエスタンに登場するし、若いガンマンが、年配のガンマンに銃の撃ち方や心構えを教えられ、凄腕のガンマンに成長して行く、というパターンも、リー・ヴァン・クリーフ主演の「怒りの荒野」や「新・夕陽のガンマン 復讐の旅」など、マカロニではお馴染み。
雪山で射撃の練習をする辺りは、これもセルジォ・コルブッチ監督「殺しが静かにやって来る」からの引用である。
後半では、敵に捕らえられたジャンゴが凄惨なリンチを受けるくだりも、「荒野の用心棒」などマカロニの定番だし、うまく頭を使って窮地を脱し、ダイナマイトを引っさげ、颯爽と敵陣に乗り込むラスト・シークエンスも「荒野の用心棒」とほぼ同じパターンである。
笑えるのが、悪玉たちがKKK風の布製マスクで集結したものの、目の穴の位置が悪いとボヤく所。このマスクは「続・荒野の用心棒」で悪玉たちが被っていた事を知っていれば余計楽しめる。
なお、二人が訪れた町の地面がぬかるんでいるのも「続・荒野の用心棒」オマージュである。
特に嬉しいのが、キャンディの屋敷で、本家ジャンゴのフランコ・ネロ本人がカメオ出演しているシーン。服装まで「続・荒野の用心棒」のジャンゴとそっくりである。
その他、残酷描写だとか、急なズームで顔のアップを狙うカメラワークだとか、音楽の使い方(「怒りの荒野」や、エンニオ・モリコーネが音楽を担当した数本の作品から引用)など、マカロニ・ウエスタン好きであるならニンマリしたくなるガジェットも満載で、これだけでもファンなら楽しめる事間違いなしである。
しかし本作は、単にマカロニ・ウエスタン・オマージュだけの作品ではない。
大きなテーマは、アメリカの歴史上の恥部とも言える、“奴隷制度”への痛烈な批判である。
黒人と言えど、人間であるのだが、奴隷制度は人間の尊厳を踏みにじる、まさに非人間的な人種差別制度である。
この制度を、正面から批判した映画は意外なほど少ない。1975年の「マンディンゴ」(リチャード・フライシャー監督)くらいである。本作の中でも、この単語が引用されている。
農園主・キャンディは、奴隷を徹底的にいたぶり、殺し合わせたりの悪辣非道ぶりを見せるが、「マンディンゴ」でもそれに似た残酷な奴隷虐待場面が続く。この映画を観て、残虐なシーンに不快感を感じる人もいるだろうが、現実の奴隷虐待はもっと酷いのである。
シュルツの国籍がドイツである事も重要。外国人である故に、シュルツは人種偏見を持たず、ジャンゴを対等な人間として扱ってくれるという設定が秀逸。
黒人は馬に乗ることも禁じられていたそうだが、その黒人が馬にまたがってやって来るのを見たアメリカ人たちが驚愕し、うろたえるシーンが実に皮肉で笑える。
ジャンゴの妻の名がブルームヒルダであると知って、シュルツが商売抜きで彼女を助け出そうとするのも、この名前が中世ドイツの英雄叙事詩「ニーベルンゲンの歌」に登場するヒロインの名前であるからだろう。
勇者ジークフリートが、密かに愛するブルームヒルダ姫を救おうと奮闘する、というこの物語は、ドイツ人なら誰もが心を熱くするだろうし、ブルームヒルダを救いたいと願うジャンゴに、シュルツが勇者ジークフリートの姿を見るのも当然なのである。
なお、この物語は戦前の1924年、ドイツの巨匠フリッツ・ラング監督により「ニーベルンゲン」のタイトルで映画化されている(我が国では翌年、「ジークフリート」「クリームヒルトの復讐」の2部作として劇場公開)。
そんなわけで、本作はタランティーノ作品の中では一番王道的な娯楽活劇として面白く作られているし、元ネタを知らなくても十分楽しめる。さらに、タラ作品としては珍しく、本格的な男と女のラブストーリーでもある。
アクションとラブストーリーとが絶妙にブレンドされた、エンタティンメントとしても見応えがあるが、それに重ねて、マカロニ・ウエスタン・オマージュ、ドイツ英雄譚ネタもありと、一粒で二度も三度も楽しむ事が出来、さらには人種差別批判という社会派的テーマでも考えさせられる、おトクな作品であると言えよう。
「キル・ビル」も好きな作品だが、あちらはいろんなパロディ、オマージュが脈絡なくてんこ盛りされ、物語としてはとりとめがない印象があった。本作はその点、西部劇映画の典型パターンに沿った、タランティーノ作品としてはおそらく初めての、正統的勧善懲悪エンタティンメントに仕上がっているのが見事。本年屈指の傑作としてお奨めしたい。 (採点=★★★★☆)
(さて、お楽しみはココからだ)
本作には、シュルツの国籍やジャンゴの妻の名前など、いくつかドイツに関連するネタが散見されるが、実はマカロニ・ウエスタンとドイツとは、密接な関連がある。
というより、ヨーロッパ製西部劇は、イタリアよりも早く、ドイツで作られていた事はあまり知られていない。
「荒野の用心棒」登場の2年前、1962年に、西ドイツとフランスの合作で「シルバーレークの待伏せ」という西部劇が作られた。
監督はドイツ生まれのハラルト・ラインル。主演はアメリカのB級映画に出ていたが目が出ず、イタリアに出稼ぎに来ていたレックス・バーカーを起用。
バーカーはシャターハンドという名の正義のガンマンを演じ、親友であるアパッチのウィネットー(ピエール・ブリス)を相棒に悪と闘う。
これがヒットしたので、以後この2人を主人公にした西部劇がシリーズとして作られる。
我が国で公開された作品だけでも、「アパッチ」(1963)、「騎兵隊最後の砦」(1963) 、「大酋長ウィネットー」(1965)がある。シリーズを重ねる毎に、助演のウィネットーがやがて主演に昇格していった為か、これらは“ウィネットー”シリーズと呼ばれている。
その他のドイツ製西部劇では、J・F・クーパーの小説「モヒカン族の最後」の映画化「夕陽のモヒカン族」(1964)もある。これら西部劇の監督は、「騎兵隊最後の砦」以外はすべてハラルト・ラインル。製作国は主体が西ドイツ、作品によりフランス、イタリア、スペイン等が資本参加している。
これらの作品で重要なのは、ヨーロッパで作られた西部劇という事だけでなく、アメリカの売れないB級映画俳優(レックス・バーカー)を主役に起用したという点。
これがイタリアにおいて、本国ではいま一つ売れていなかったクリント・イーストウッドを呼び寄せ、「荒野の用心棒」を作るに至るヒントとなった可能性は大いにある。
助演者の中には、「騎兵隊最後の砦」では ガイ・マディソン、「夕陽のモヒカン族」にはアンソニー・ステファン、そして「大酋長ウィネットー」には当時西ドイツの著名な舞台俳優だったクラウス・キンスキーの名前がある。いずれもマカロニ・ウエスタンに数多く出演した俳優である。これらの作品に刺激され、イタリアで西部劇を作るに際して、彼らも呼び寄せられたものと思われる。
つまりは、マカロニ・ウエスタン誕生のきっかけとなったのは、これらドイツ製西部劇だったと言っても過言ではない。
さらに、“ウィネットー”シリーズの主人公が、白人と、有色人種のコンビである点も重要である。―つまり、本作の白人と黒人のガンマン・コンビの元ネタであるとも言える。
B級アクション映画を片っ端から見まくったというタランティーノが、これらドイツ製西部劇を観ている可能性は十分にある。
ドイツ人と黒人のガンマン・コンビという発想は、案外これらの作品がヒントになっているのではないだろうか。
もうひとつ興味深いネタを。
これらドイツ製西部劇を多く監督したハラルト・ラインルは、後に大作、「大虐殺」(1968)を監督しているが、実はこれ、あの「ニーベルンゲン」のリメイクなのである。ブルームヒルダも当然登場する。
つまりこの点においても、マカロニ・ウエスタンと「ニーベルンゲン」とは繋がっているのである。
最後に、本作はコロムビア映画配給作品であるが、前述の「シルバーレークの待伏せ」、「アパッチ」、「大酋長ウィネットー」を配給したのもコロムビア映画。
本作のタイトルは「繋がれざる者」であるが、こうして見るとみんな繋がっているのである。
「続・荒野の用心棒」DVD |
同 Blu-ray |
「新・夕陽のガンマン」DVD |
マカロニ・ウエスタン3枚セット |
収録作品 「怒りの荒野」
「皆殺しのガンファイター」
「さすらいのガンマン」 |
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コメント
面白かったです。
クリストフ・ヴァルツがさすがの好演。俳優陣はみないいです。
主役のジャンゴ役のジェイミー・フォックスもむろんかっこいい。
お話は意外とストレートですが、後半にはかなり意外なひねりがあります。
タランティーノですから、血は盛大に飛びますが、テンポがいいのでそれほどは気にならなかったです。
元祖ジャンゴのフランコ・ネロとジャンゴの出会いのシーン、良かったですね。
久々のドン・ジョンソン、デニス・クリストファー、ブルース・ダーンなど懐かしい俳優も出ています。
タランティーノ本人も結構おいしい役で出ていました。
投稿: きさ | 2013年4月20日 (土) 09:03
◆きささん
いかにもタランティーノらしい、マカロニ・ウエスタン愛に満ちた楽しい作品でしたね。
いろんな隠しネタを知りたくて、久しぶりにパンフレットまで買ってしまいました。
800円しましたけれど、読み応えがあり、おトクでした。
ブルース・ダーン出てましたね。懐かしいです。J・ウェインを殺す「11人のカウボーイ」等、西部劇出演作も多いですからその絡みでしょうね。
隠しネタや出演者を確認の為にも、もう一度見てみたいです。
投稿: Kei(管理人) | 2013年4月22日 (月) 00:17