「オース!バタヤン」
特にファンという程ではないが、田端義夫の歌はよく聴いていたし、製作が周防正行や矢口史靖監督作品を手掛けるアルタミラピクチャーズであるのが興味を引いて観に行った(大阪・テアトル梅田)。
行ってびっくり、亡くなったばかりという事もあるのだろうが、なんとまあ満席・立ち見であった。大劇場なら満席になればソルドアウトで入れないが、ここは満席になっても立ち見了承であればある程度入れてくれる。夜の回はないし、出直すのも面倒なので立ち見で鑑賞することに(要望を言えば、立ち見の場合は2割くらい安くして欲しいのだけど(笑))。
本作のメインとなるコンサートは、2006年4月、少年時代を過ごした第2の故郷ともいえる大阪・鶴橋の小学校の体育館で開催された「田端義夫オンステージ」と題するもので、永年の交友がある浜村淳が司会し、数台のカメラで、浜村の前口上から終幕後、バタヤンが会場を出るまでその一部始終を収めている。その他、合い間にゆかりの人たちのインタビューを挟む形で構成されている。
小さな会場で、観客も多分500人位。バレーボールのネットが横に置かれ、椅子はパイプ椅子、こじんまりとしたマイナーなコンサートである。
ところが、歌いだすと、昔と変わらぬ味のある美声、思わず聴き惚れてしまった。バタヤンこの時87歳。よほど節制しているのだろうか。さらにギター・テクニックも衰えていない。90近くになっても、生涯現役、歌に情熱を注ぐ姿に何か目頭が熱くなった。
途中では舞台を降りて、観客の間で歌う。スタッフが追いかけ、マイクを口の前に持って行くが、狭い観客席では窮屈そうである。
すると、年配の観客の一人がごく自然にマイクを握り、交代でバタヤンの前に差し出す。
まさに歌い手と観客が一体になった交流風景に、私の涙腺はさらに緩んでしまった。バタヤンがいかに大衆に愛され続けて来たかがよく分かる。こんな歌い手は、もう二度と現れないだろう。
合い間に挿入されるインタビューもいい。立川談志、白木みのる、菅原都々子、寺内タケシ、小室等…みんなバタヤンを尊敬している。
しかし一面、女好きで、浜村淳によると「ずっと女の話ばかりしている」。私生活では4度結婚し、3度離婚している。その間、浮気も数知れず。奥さんも子供も泣かされた事だろう。でもインタビューに応える今の奥さんも、憎めないという。それもまた、この人らしい生き方と言えるだろう。
50年以上使い続け、ボロボロになったギターを、それでも手放さず愛用している。壊れれば自分でドライバー握って直してしまう。いろんな面で、凄い人である。
“バタヤン”という愛称も素敵である。ニックネームで呼ばれる芸能人は多いが、“~ヤン”と呼ばれている人はそういない。これもまた、常に大衆と同じ目線で生き、大衆に親しまれて来た証しであるのかも知れない。
残念なのは、映画に出て来たコンサートが開催されてから公開まで、7年も経ってしまった事。その間、立川談志も鬼籍に入ってしまったし、バタヤンも公開を待たず亡くなってしまった。古い映像集めやインタビュー収録、編集という作業もあったことは分かるけど、もう少し早く公開して欲しかった。初日にバタヤン本人が舞台挨拶にでも立ってくれたなら、本人にも、観客にもこの上ない喜びだっただろうに。
監督の田村孟太雲という名前が楽しい。これは、知る人ぞ知る、ダイアナ・ロスとシュープリームスや、スティービー・ワンダー、ジャクソン・ファイヴ等、多くの人気黒人ミュージシャンを擁したレコード会社、“タムラ・モータウン”のもじりである。
映画ファンであるなら、大島渚監督「絞死刑」、「少年」、長谷川和彦監督「青春の殺人者」等の傑作シナリオを書いた脚本家・田村孟の名前も入っている事にニヤリとさせられるのだけれど、本人はそこまで意識したかどうか(多分していない)。
難点を言えば、70本もの映画作品に出ている(ほとんどがB級プログラム・ピクチャー)、映画俳優としても活躍したバタヤンの一面がまったく取り上げられていない点。
(フィルモグラフィー ↓
http://www.kinenote.com/main/public/cinema/person.aspx?person_id=105714)
多くのコメディを撮った、斉藤寅次郎監督作品に多く出演している。お奨めはほぼ主役に近い「歌くらべ荒神山」(1952)。広沢虎造が清水次郎長役を演じているミュージカル・タッチの作品。DVDも出ている。
まあ、歌手バタヤンに焦点を絞った為、そこまで手が回らなかったのだろうが、数本、5~6分程度でもいいから映画のワンシーンを探して入れて欲しかった。バタヤンのエンターティナーとしての一面がより鮮明になった事だろう。
まあそういう点を差し引いても、これは見応えのあるバタヤン賛歌ドキュメンタリーである。バタヤンの名前を少しでも聞いた事のある方、特に60歳以上の年配の方なら必見である。
80歳を超えても現役で頑張っている老人のドキュメンタリーといえば、最近も「ビル・カニンガム&ニューヨーク」を観たばかりであるが、こうしたドキュメンタリーを観ると、元気が湧いて来る。人間何歳になろうと、生涯現役なのだと思えて来る。
アルタミラピクチャーズと言えば、2009年にも「こまどり姉妹がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」という、本作と似たコンセプトの歌手の人生を追ったドキュメンタリーを製作している。この路線を今後も継承して欲しいと要望しておこう。 (採点=★★★★)
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コメント
TBありがとうございました。
本当に公開を待たずに逝かれてしまたのが残念ですよね。
お年寄りに残された時間は少ないのです。
投稿: imapon | 2013年6月19日 (水) 21:31