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2013年6月25日 (火)

「百年の時計」

Hyakunennotokei

2012年・日本/さぬき地産映画製作委員会
配給:太秦、ブルー・カウボーイズ
監督:金子修介
脚本:港 岳彦
撮影:釘宮慎治
音楽:中村由利子
プロデューサー:金丸雄一

「ことでん」の愛称で全国の鉄道ファンから親しまれる香川県・高松琴平電気鉄道の路線開通100周年を記念し、オール香川ロケで撮影された、心温まる秀作。監督は平成「ガメラ」シリーズや「デスノート」等のヒット作を手掛け、昨年も佳作「青いソラ白い雲」で気を吐いた金子修介。

高松市美術館で新米学芸員として働く神高涼香(木南晴夏)は、郷土出身で憧れの芸術家・安藤行人(ミッキー・カーチス)の回顧展を担当することになった。しかし年老いた安藤は創作意欲を失っており、回顧展にも消極的だった。落胆する涼香に、行人は若い時に見知らぬ女性から貰ったという懐中時計を見せ、以前の持ち主であるその女性が見つかれば新しいアートが生まれるかもしれないと語った。戸惑いながらも回顧展開催の為、涼香は元の持ち主を探し始めるが…。

いわゆるご当地ムービー、それも琴電100周年記念として企画された作品であるが、金子修介監督は思い切ってご当地の観光スポットも、琴電PRも申し訳程度にしか登場させず、今は名をなした老芸術家の、半世紀の時を隔てて愛した人を思う心の遍歴を縦糸とし、そこに横糸として、金子作品ではお馴染みの、未熟で危なっかしいけれど元気だけは人一倍の少女がさまざまな経験を経て成長して行くプロセスを編み込み、終盤において怒涛のクライマックスが展開する、感動の物語を作り上げる事に成功している。

(以下ややネタバレあり注意)
そしてキーアイテムとなるのが、タイトルにある、100年前に作られた懐中時計である。
100年の間に、時計はさまざまな人の手に渡り、さまざまな人の運命を見守って来た。安藤が持つ時計は、彼が若い頃に、許されぬ恋におちた女性(中村ゆり)から渡されたものである。
時は過ぎ行き、安藤は忘れられぬ思いを抱いたまま年老い、そして涼香は安藤が病に冒されている事を知る。
安藤に残された時間はあまりないのである。

やがて安藤は、琴電自体を動くアートとして、100年の琴電の歴史と、日本の100年の歴史とをオーバラップさせるイベント、いわゆるインスタレーションを思い付き、それに心動かされた涼香も美術館と琴電に働きかけ、遂に安藤の思いを実現させる事に成功する。

このラストのインスタレーションが面白い。車両をペイントし、時代の流れに合わせた扮装をした役者を入れ替わり乗車させ、100年間の歴史を人物と写真で辿って行くのだが、乗って来る人たちが、まるでその時代の人たちが時空を超えて現れたかのように見え、それにつれて窓に貼られた写真も時代と共に変わって行く。

―日支事変、太平洋戦争、原爆投下、敗戦の焼け跡と時代は次々と移り行く。そして戦後の復興、オリンピック、バブル景気、最後に東北大震災…と、100年の日本が辿った歩みが電車の進行と共に過ぎて行く。

これには感動した。あたかも電車自体がタイムマシンになったかのようである。

やがて電車は終点に着く。大勢の人が踊り、紙吹雪が舞うこのラストは、フェリーニの映画をも思わせる、祝祭の至福感に満ちて感動的である。

そして目的地で、安藤を待っていたのは…この粋なラストには涙が溢れてしまった。

時計は、休みなく時を刻み、電車が常に前に進むように、時間は常に過ぎて行く。そして戻っては来ない。
さまざまな時代ごとに、人は生まれ、出会いと別れがあり、時には運命に翻弄され、喜び、悲しみを体験しながらも、かけがえのない時を、誰もが精一杯生きて行くのである。そんな事もふと思わせてくれる、これは素敵な人生賛歌の物語である。

そしてくだんの時計は安藤から涼香に、さらに彼女の幼馴染みで、琴電の運転士である健治(鈴木裕樹)へと渡る。それは古き世代から若い世代へのバトンタッチでもある。時を超え、世代を超えて歴史は次の時代を担う若者へと受け継がれて行くのである。

 
ミッキー・カーチスがとてもいい。偏屈で我儘だけれど、いたずら好きな所もあって憎めない老人を好演している。

物語自体にも感動したが、相手役を演じたのが懐かしい水野久美さんだったので余計に感動してしまった。

水野久美と言えば、ミッキー・カーチスとは共に岡本喜八監督作品の常連で、特に「若い娘たち」「暗黒街の弾痕」「顔役暁に死す」「どぶ鼠作戦」では共演を果たしている。
岡本監督作品のファンである私は、そんなわけでお楽しみも倍加、懐かしさで余計ウルウルしてしまった。

Kobayashi_toshie

もう一人、懐かしい顔を見つけた。地元の老婦人・高橋千代美役で随所に顔を出している右の人、小林トシ江さん。
知らない人も多いだろうが、浦山桐郎監督の傑作「私が棄てた女」(1969)で、主人公が棄てた女・森田ミツ役を好演した方である。
すっかり髪も白くなったが、昔の面影を残している。あの作品に大感動し、森田ミツの悲しい運命に泣かされた私としては、同窓会で40年ぶりに再会した感じであった。
いいキャスティングである。

本作、ちょっと、昨年の大林宣彦監督の傑作「この空の花 長岡花火物語」ともよく似た雰囲気がある。

ご当地ムービーであるし、戦争を中心とした過去の歴史を振り返り、ラストに祝祭としての怒涛の一大イベント=クライマックスが用意されている等、いろいろと共通点がある。東北大震災の事も盛り込まれている。
それを思い出して、また涙が溢れてしまった。

 
個人的な事になるけれど、香川は私の故郷であり、親類が琴電長尾線沿線に住んでいる事もあって、幼少の頃に琴電にはよく乗った。昔のままの風景を残した沿線の映像に、懐かしさがこみ上げて、もうそれだけで胸一杯になって、また泣けた。

そんなわけで本作は、いろんな意味で懐かしさと愛おしさ一杯の、私にとって大好きな作品となった。金子監督、ありがとう。

残念ながら興行的には厳しいものがあって、私が観た時も観客は5人くらい。でも観れば、地元でない人もきっと感動出来る素敵な作品であるのは間違いない。多くの人に観ていただく事を切に望みたい。    (採点=★★★★☆

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コメント

素晴らしい映画でしたね。ラスト私も涙があふれました。
ミッキー・カーチスと水野久美と言えば私も岡本喜八監督作品を連想しました。
あまり直接のからみはなかった感じですが。
私も岡本監督の大ファンで、文藝地下でやった特集上映で監督のお話を聞いた事もあります。

本作は撮影期間が短かったそうですが、さすが金子監督、それを感じさせません。
女性をキレイに撮ることでは定評のある金子監督らしく、主人公の木南晴夏はじめ過去編の中村ゆりなど女優さんはみんないい感じでした。
金子監督もデビュー作の日活ロマンポルノ「濡れて打つ」(エースを狙えのいただきでした)以来のファンです。

投稿: きさ | 2013年6月26日 (水) 22:48

◆きささん
ミッキーと水野久美さんは、岡本作品の中では直接的に絡むシーンはあまりありませんでしたが、休憩時間では仲がよかったそうですよ。
本文では書ききれませんでしたが、木南晴夏、中村ゆり、みんな印象的な好演でした。金子監督は若い女優の演技指導がうまいですね。

おお、きささんもですか。私も金子作品は「濡れて打つ」以来ほとんど観てる大ファンです。
金子作品で好きなのは、「みんなあげちゃう」、「毎日が夏休み」です。いずれも新人女優が生き生きしてましたね。

投稿: Kei(管理人) | 2013年6月26日 (水) 23:45

オレが貴殿の文章を勝手ながらTwitterで紹介したら、脚本の港岳彦氏が引用してました。彼が読んだみたいです。

投稿: タニプロ | 2013年6月27日 (木) 19:53

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