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2013年7月 2日 (火)

「しわ」

Arrugas 2011年・スペイン
配給:三鷹の森ジブリ美術館
原題:Arrugas
監督:イグナシオ・フェレーラス
原作:パコ・ロカ
脚本:アンヘル・デ・ラ・クルス、イグナシオ・フェレーラス、パコ・ロカ、ロザンナ・チェッキーニ

老いや認知症をテーマに描いた、スペインの漫画家パコ・ロカによる「皺」を原作とした長編アニメーション。監督はアニメーター出身で、本作が長編デビュー作となる新進イグナシオ・フェレーラス。公開されるや社会的に大きな反響を呼び、スペインのアカデミー賞と言われる第26回ゴヤ賞で最優秀アニメーション賞、最優秀脚本賞、教育番組の世界的なコンクールである「日本賞」の2012年度グランプリをそれぞれ受賞した問題作である。

元銀行支店長も勤めたエミリオは、老いて認知症の兆しが見られるようになり、心配した息子夫婦は彼を養護老人施設に入所させた。施設には、お金にうるさく抜け目のない同室のミゲルや、面会に来る孫のためバターや紅茶をためている女性アントニア、アルツハイマー症の夫モデストの世話を焼くドローレスら、さまざまな人たちがいた。そんなある日、エミリオはモデストと薬を間違えられた事で、自身の深刻な病状を知ってしまう…。

重いテーマである。今年始めに公開された「愛、アムール」と同様、認知症を患った老人を主人公としたお話である。老人人口はどんどん増えており、これからもこうしたテーマの作品はいくつも作られて行くのだろう。
特に、こうした事態は我々も含め、誰の身の上にも起こり得る事であり、自分がそうなったら、あるいは連れ合いがそうなってしまったら、どう対処すべきか、考えておかなければならない問題である。

そういう意味では、これから老人になって行く人、並びに老人を持つ家庭の人は、必ず観ておくべき作品であると言える。

 
本作のユニークな点は2つあり、1つ目はこれをアニメーションで描いた事、2つ目は舞台をある養護老人施設に限定した事である。

Arrugas2_3

まず1つ目。このお話を実写で描くと、重苦しくて観るのが辛くなりかねない。
だが、アニメだと、人物のキャラクターが簡略化され、むしろイノセントな雰囲気を醸し出して、重苦しさが緩和される効果がある。
例えばアルツハイマーの老人モデストなど、まるでサンタのような、とてもおだやかそうなキャラになっている。
最近流行のCGも使わず、手書きセルアニメであるのも、アナログ的な肌触りがあっていい。

演出的にも、認知症老人の脳内主観映像から現実風景への画面転換などが随所に配され、まさにアニメならではの手法が巧みに生かされているのがうまい。

2つ目として、養護老人施設が舞台となった事で、エミリオだけでなく、さまざまな入居者の人生模様が並列して描かれる、いわゆる「グランドホテル」形式のドラマにもなっている点が挙げられる。
入居老人たち、一人一人にそれぞれ独自のキャラクターを与え、ある老婆はオリエント急行に乗って旅をしていると思い込んでいたり、ある女性は健常者にも拘らず、アルツハイマーの夫の世話の為に一緒に入居したりと、それぞれに人生があり、ドラマがある。

実はかなり深刻なエピソードもいくつかあるのだが、ほのぼのとした画調とさりげないユーモアで、観る者を暗い気持ちにさせないよう配慮した演出が秀逸である。

特にうまいと思ったのが、エミリオの同室者であるミゲルの存在で、彼の案内で施設内の各所、並びに入居老人たちが簡潔に紹介されて行く。
ある意味、物語そのものの水先案内人であるとも言える。

施設の裏事情も知り尽くしている彼によって、エミリオはいろんな事を教えられ、さまざまな体験をし、また冒険する事ともなる。夜中にこっそり施設を抜け出し、彼のお金で自動車を借り、ドライヴをしゃれ込んだりもする。
実写でこんな冒険を描けば非現実的だ、バカバカしいと非難されかねない。アニメならではの表現で、こうしたトボけたユーモアが物語全体を柔らかく包み込み、観終っても爽やかな余韻を残す事となる。

入居者のエピソードはどれも切ないが、中でも特に印象深いのは、オリエント急行に乗っていると思い込んでいる老女の話である。認知症によりほとんど記憶を失っているはずなのに、恐らくは生涯最高の思い出であろう、オリエント急行の旅の記憶だけは忘れずに、心の隅に今も残して生きている。
病気だろうと、施設に居ろうと、彼女は今幸福なのである。…少なくとも、ぼんやりとテレビを見るだけの老人たちよりは何倍も素敵な余生を送っていると言えるのではないか。
私がそうした病になった時、一つだけでも、忘れられない思い出が記憶の片隅に残っているだろうか。…そう思ったら、知らず知らず涙が溢れて来る。

 
本作は最初、我が国への輸入・配給の目処は立っていなかったという。たまたまフェレーラス監督が、高畑勲監督の大ファンであり、完成後にフェレーラス監督自身が「ぜひ見ていただきたい」とスタジオジブリに本作を持ち込んだ事が機縁となり、高畑監督の「この作品は日本の人に見て欲しいですね」の一言で、三鷹の森ジブリ美術館が配給する事となったいきさつがある。

人生とは、家族とは、夫婦の絆とは、そして生きるとは何なのか…、本作を観て、みんなで考えるきっかけになればと願う。

公開規模は大きくないけれど、是非映画館に足を運んで欲しい。   (採点=★★★★☆

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コメント

そう、二階の住人が一階より不幸ではないのですよね。
果たして、自分の人生に永遠に繰り返したいほど輝かしい一瞬があっただろうかと考えると、むしろ彼らが羨ましい。
そして、カリカチュアされた絵だからからこそ、誰もが自分自身の話として感じる事ができる。
アニメーションという手法をこんな風に活かすとは良い意味で驚きでした。

投稿: ノラネコ | 2013年7月 4日 (木) 00:01

◆ノラネコさん
書かれてたように、キャラクターの国籍があまり感じられないので、これを日本語吹替えで上映したら、もっと身近に感じられるでしょうね。
是非吹替版で、全国のいろんなホールなどで幅広く公開される事を望みたいですね。

投稿: Kei(管理人) | 2013年7月16日 (火) 01:08

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