「アンコール!!」
2012年・イギリス/Steel Mill Pictures
配給:アスミック・エース
原題:Song for Marion
監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
脚本:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
製作:ケン・マーシャル、フィリップ・モロス
製作総指揮:アリステア・ロス、タラ・モロス、ティム・スミス、ポール・ブレット、ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン
音楽:ローラ・ロッシ
主題歌:セリーヌ・ディオン
英国を代表する名優テレンス・スタンプとヴァネッサ・レッドグレーヴが共演した、老人合唱団が国際合唱コンクールに挑戦する物語を通して、一組の老夫婦の愛と絆を描いた感動のヒューマン・ドラマ。監督は自分の家族の体験を基に本作を書き上げたという英国の新鋭、ポール・アンドリュー・ウィリアムズ。
英ロンドンに暮らす72歳のアーサー(テレンス・スタンプ)は、無口で気難しい頑固老人で、長年連れ添った妻マリオン(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)を深く愛していたが、息子ジェームズ(クリストファー・エクルストン)とはいま一つ関係がギクシャクしていた。病弱だが陽気なマリオンは、ロックやポップスを歌う風変わりな合唱団「年金ズ」で歌うことが大の楽しみ。美人の音楽教師エリザベス(ジェマ・アータートン)の指導の元、めきめき上達した「年金ズ」は国際合唱コンクールのオーディションに挑戦することに。しかし、そんな折にマリオンのガンが再発し、練習に行けないマリオンのたっての頼みで、アーサーは、妻の代わりに渋々合唱団の扉を叩くのだが…。
この所、老人を主人公とし、老後の生き方について考えさせられる映画が多く公開されている。本ブログでも紹介した「愛、アムール」、「しわ」、それに昨年の、老人の共同生活を描いた「みんなで一緒に暮らしたら」(ステファン・ロブラン監督)、引退した音楽家たちが老人施設を守る為カルテットを再結成する「カルテット!人生のオペラハウス」(ダスティン・ホフマン監督)などである。
老人が増加し、かつ長生きするようになり、老後をどう生きるか、というのは世界的なテーマなのだろう。
ただ、「愛、アムール」、「しわ」は正直言ってちょっと観るのが辛い作品である。
そこへ行くと、「カルテット!人生のオペラハウス」にしろ、本作にしろ、コメディ・タッチで、また共に音楽を心の糧として頑張るお年寄りたちをポジティブに描いて、元気が出て来る作品に仕上がっており、なかなか楽しめた。ちなみにどちらもイギリス作品である。
本作の見どころは、何と言ってもイギリスを代表する二人の名優、テレンス・スタンプとヴァネッサ・レッドグレーヴの息の合った共演ぶりである。
共に、1960年代後半から70年代にかけて、巨匠監督が手掛けた傑作群に出演し、当時既に世界的な名優であった。
スタンプはウイリアム・ワイラー監督の「コレクター」(1965)、オムニバス映画「世にも怪奇な物語」(1969)の一編、フェデリコ・フェリーニ監督「悪魔の首飾り」、ピエール・パオロ・パゾリーニ監督「テオレマ」(1970)等で強烈な印象を残し、レッドグレーヴはミケランジェロ・アントニオーニ監督「欲望」(1967)、カレル・ライス監督「裸足のイサドラ」(1970)、フレッド・ジンネマン監督「ジュリア」(1978)等で圧倒的な存在感を見せた。いずれも映画史に残る名作である。私はどれも当時観ており、強い感銘を受けた記憶が今も忘れられない。
そんな二人が、年輪を重ね、共に70歳を超えて、人生の終盤に差し掛かった老夫婦を演じる。それだけでも感慨深いものがある。
(以下、ややネタバレあり)
アーサー(スタンプ)は気難しい頑固者。息子ともうまくいってない。ここらの設定は、クリント・イーストウッド監督・主演「グラン・トリノ」をちょっと思わせる(心なしか風貌もイーストウッドと似ている(右))。
妻のマリオンは正反対に社交的で明るく、老後の楽しみとして老人合唱団(「年金ズ」というグループ名が楽しい)に参加し、楽しそうに歌っている。
妻に頼まれ、仕方なく老人施設への送り迎えをするけれど、決して老人たちの輪の中には入って行かない。
多分これまでも、頑なで不器用な生き方しか出来なかったのだろう。
それでも、妻を深く愛しており、マリオンもそんな気難しい夫に文句も言わず、長年連れ添って共に暮らして来た。
正反対のようだけど、どこか心が通じフィットする所があったのだろう。夫婦って、そんなものである。
そしてマリオンにガンが再発し、アーサーは彼女があと僅かの命であることを知る。
そんな中でもマリオンは合唱団で歌う事を止めない。夫に車椅子で送ってもらい、懸命に練習し、最後の命の炎を燃やし続ける。
コンクール予選で、マリオンがソロで「トゥルー・カラーズ」を歌うシーンは感動的である。
死が間近に迫っていても、前向きに、明るく生きようとするマリオンの姿には、思わず泣いてしまった。
むしろ、合唱コンクールの本番で歌うという夢を持ち続ける事が、彼女の命を支えていたのかも知れない。
老後をどう生きるか、余命が僅かしかない事を知らされた人間は、残された人生をどう生きるのか…
この映画は、そうした根源的なテーマを、ユーモアも交えてほのぼのと、じんわりと感動が広がるように描いている。そこがいい。
彼女の熱唱もあって、「年金ズ」は予選を突破し、本選に出られる事となるのだが、本選を待たずにマリオンは息を引き取る。
ここからは、アーサーが、妻がかなえられなかった夢を実現する為に、「年金ズ」に参加し、次第に頑なな心もほぐれて行き、合唱を指導するエリザベスとも心を通わせ、晴れの舞台での成功に向かって突き進む…という王道の展開となる。
いろんなアクシデントに見舞われる、という展開もお約束的であるが、強引に舞台に上がったらうまく行ってしまう、という辺りも含めてややご都合主義で、脚本の練りがいま一つ、という感じも受けてしまうのがちょっと残念。
しかし、本選の舞台で、アーサーがソロで、ビリー・ジョエルの「眠りつく君に」(Lullabye-Goodnight, My Angel)を歌うシーン。
ここは最も感動的である。テレンス・スタンプも猛練習したのだろうが、うまい。心に沁みる熱唱である。
選曲もいい。この歌はビリー・ジョエルが、当時7歳だった彼の長女アレクサに、「人は死んだらどうなるの?」と聞かれ、娘に歌う子守唄(Lullabye)として作った歌なのだという。
この歌の最後は、次の歌詞で締めくくられる。
いつの日か、僕らはみんないなくなる
それでも、子守歌は語りつがれる・・・
けっして絶えることなく・・・
そして、きみと
僕も
ずっと永遠に・・・ (訳詩:山本安見)
まさに、この映画のテーマにふさわしい。名曲である。この詩を字幕で見た時、また泣いてしまった。
これはまた、アーサーが妻に捧げた鎮魂歌でもある(原題もズバリ"Song for Marion"である)。
妻が果たせなかった夢を実現する事が出来た。それが何よりの、妻へのはなむけである。
いろいろ、難点もあるけれど、スタンプが熱唱する、このラストの1曲のおかげで、素晴らしい感動を味わう事が出来た。それで十分である。
主人公のキャラクターは、脚本・監督を兼任したポール・アンドリュー・ウィリアムズの父親がモデルになっていると監督自身が語っている。
これはウィリアムズ監督の、両親に捧げる作品でもあるようだ。
なお、クレジットに製作総指揮として、ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタインの名前がある。
あの、クェンティン・タランティーノ監督作品をずっと製作して来た名物プロデューサーであるが、タランティーノ作品以外でも、最近では「英国王のスピーチ」 (2010)、「世界にひとつのプレイブック 」 (2012) 等も手掛けるなど、いい仕事をしている。このコンビが参加する作品は、今後も要チェックである。 (採点=★★★★)
(付記)
字幕では「年金ズ」となっている合唱団名。画面に写るコンサートのチラシでは" O.A.P' S"となっていた。
O.A.Pとは、"Old-Age Pension"の略である。訳すると、「老齢年金」といったところか。そういう意味では「年金ズ」は、まあ妥当な訳だろう。…しかし、漢字に“ズ”をつけるのも、どんなもんだろうか(笑)。
| 固定リンク
コメント
老優ふたりをはじめ俳優陣の演技はいいのですが、正直演出と脚本はちょっと弱い印象でした。
とはいえ良い映画でした。
気難しい老人を演じるテレンス・スタンプがいいですね。
最近だと「STAR WARS エピソードI」が印象に残っています。
74歳、まだまだ活躍してほしいです。
合唱団の指導をする若い女性役のジェマ・アータートンも良かったです。
投稿: きさ | 2013年7月21日 (日) 08:09
◆きささん
確かに脚本は弱いと私も感じました。予選では何も言われなかったのに、本選で出場停止、てありえないでしょう。規則であるなら参加要項等に書かれてるはずですし。
とはいえ、監督の誠実な演出には心打たれました。まだ新人ですから、これからの活躍に注目したいですね。
テレンス・スタンプは、私は若い頃の「世にも怪奇な物語」や「テオレマ」の不気味で得体の知れない存在感が強烈に印象に残っています。未見でしたら是非探して観てください。
74歳なら、イーストウッドより7歳も若い(笑)。今後も映画に出続けて欲しいですね。
投稿: Kei(管理人) | 2013年8月 2日 (金) 00:19
まあ、演出は誠実だったと思います。新人ですしね。でも「年金ズ」の面々も個性的なメンバーなのに演出の押しが足りないんですよね。
若いころの「コレクター」「世にも怪奇な物語」のスタンプもいいのですが、個人的には「スーパーマン」の悪役とか好きだったので。
「STAR WARS エピソードI」は損な役でしたが近作では割と印象に残ったもので。
本作の様な主役もまたやって欲しいです。
投稿: きさ | 2013年8月 3日 (土) 09:23