「タイピスト!」
フランス・ノルマンディーの田舎に住むローズ(デボラ・フワンソワ)は、小さな雑貨店を営む父親から、お見合い結婚を強いられそうになる。自分の人生を自力で切り開きたいと望むローズは、故郷を飛び出し、あこがれの秘書を目指し都会へ。ある保険会社の面接で、人差し指だけでタイプを早打ちしてみせたところ、首尾よく採用。だが雇い主のルイ(ロマン・デュリス)の狙いはタイプライター早打ち世界選手権にローズを出場させ、優勝させる事だった。ルイの特訓によりローズはめきめき上達し、地区大会を次々勝ち上がって行くが、一方でローズはルイへの恋心を芽生えさせて行く…。
お話は単純で分かり易く、まあ要するにバーナード・ショー原作の「ピグマリオン」、及び同作をミュージカル化した「マイ・フェア・レディ」のタイピスト版と考えればいいだろう。
ある女性の潜在能力に着目した男が、この女性を猛特訓して一流に仕立て上げ、見事成功するが、やがて二人の間に愛が芽生え…というお話の流れや、田舎娘が次第に洗練されて美しくなって行ったり、さらにこのプロジェクトが成功するかどうかで、友人と賭けを行ったり、と「マイ・フェアレディ」と似ている点は多い。
時代設定が1950年代という事もあって、全体におおらかで明るく、冒頭のクレジット・タイトルもカラフルなアニメーションでレトロな味わいがある。それでいて、タイプライターコンテストの模様はカット繋ぎもテンポよく、猛烈な早打ちの競い合いがまさに真剣勝負、あたかもスポーツの試合を見ているかの様で、スリリングで手に汗握ってしまうといった具合にまさに緩急自在。
(以下ややネタバレあり注意)
ルイが鬼コーチとなって、体力を付ける為ランニングをさせ、自転車で併走したりする場面はまるで昔の「エースをねらえ」なんかのスポ根劇画を思わせてニヤリとさせられる。
そうして地区大会、全国大会と勝ち上がって行くにつれてローズは有名になって行き、とうとう最後はニューヨークで開催される世界大会に出場する事となり、これがラストのクライマックスとなる。
で、お定まりの通り、ルイとローズの間に恋が芽生えたり、二人の関係がギクシャクしてルイが姿を消してしまったり、最終決戦では凄い強敵に苦戦を強いられたりと、まさにこの手のエンタティンメント作品の王道パターンが展開する。
特に後半のストーリーは、まるで加山雄三主演の「若大将」シリーズの男女逆転バージョンであるのが笑えるやら楽しいやら。
恋仲になったものの些細な事でケンカ別れ。決勝戦では強敵にあわや負けそうになったり、そこへ恋人が駆けつけ、元気を取り戻した主人公は最後の勝負で大逆転勝利…といった具合。監督は「若大将」シリーズをひょっとしたら観ているのでは?(笑)。
最初は都会に出る事に猛反対していたローズの父親が、ラスト近くになると陰ながら応援する方に回るのも、ほぼ予想通り。
で、この父親が差し入れたある物(冒頭画面に登場している)が、最後の勝負にうまく生かされているのも効果的。
まさにパターン通りのベタな展開で、ストーリーはほぼ予測がつき、その通りに進むのだけれど、私はエンタティンメントはそれでいいと思う。お話はルーティンでも、華やかな美男美女の恋模様や、色とりどりの衣裳や、当時の風俗を再現した映像など、細部にいろいろ工夫を凝らして、2時間足らずの間、観客を楽しませてくれればいいのである。
最後の対決シーンでは、カメラも二人の周りをぐるりと回ったり、演出もいろいろと凝ってて飽きさせない。
ローズを演じたデボラ・フワンソワは、この映画の為に本物のコーチをつけて6か月間毎日3時間特訓したそうで、タイプの早打ちシーンはその成果が見事に現れている。
ちなみに、本作のプロデューサーは、大ヒットした「オーケストラ!」のアラン・アタルである。娯楽映画のツボを心得ているようである。配給会社(どちらもギャガ)も意識したのか、邦題もよく似たタッチである(笑)。
レジス・ロワンサル監督は新人ながら、自他共に認めるシネフィルだそうで、よく観ると細部にいろんな映画のオマージュが盛り込まれていて、それらを見つけるのも映画ファンのお楽しみである(後述)。そういう点では、古くからの映画ファンである程余計楽しめる、1粒で二度美味しい、これはウエルメイドなエンタティンメントの佳作であると言える。ロワンサル監督の次回作も楽しみに待ちたい。 (採点=★★★★☆)
(では、お楽しみはココからだ)
メインタイトルがカラフルなアニメで、これでまず楽しませてくれるが、映画ファンなら、名タイトル・デザイナー、ソウル・バスが担当したビリー・ワイルダー監督の「七年目の浮気」(1955・マリリン・モンロー主演)のメイン・タイトルを思い出す事だろう。多分意識的に、ソウル・バス・タッチを真似ている気がする。
ヒロインが、自分の住む町を出て都会に向かい、やがて見違えるほどにファッションが洗練されて行くプロセスも、これもワイルダー監督の「麗しのサブリナ」(1954・ヘップバーン主演)を思い起こしてしまう。
ちなみに、1950年代のヘップバーン主演作にはこの他にも、「昼下りの情事」(1957・ビリー・ワイルダー監督)、「パリの恋人」(1957)と、パリを舞台にしたものが多い。
ローズの部屋に、マリリン・モンローとオードリー・ヘップバーンのポートレイトが貼ってあったのも、これらの作品からの引用を示唆しているのだろう。言うまでもなく、「マイ・フェア・レディ」もヘップバーン主演作である。
ルイとローズが初めて体を重ねるシーン、ここでネオンの照明によって、室内が赤くなったり、青くなったりするシーンは、アルフレッド・ヒッチコック監督「めまい」(1958)からの引用だろう。
ちなみにこちらの作品のタイトル・デザイン(アニメ)もやはりソウル・バスだった。
ヒッチコック作品からはもう1作、「マーニー」(1964)からの引用もある。冒頭でヒロイン(ティッピー・ヘドレン)が面接を受け、ハンサムな会社社長(ショーン・コネリー)に鶴の一声で採用されるし、ヘドレンがタイプライターを打ってるシーンもある。
ロワンサル監督のインタビューを読むと、やはりヒッチコック、ワイルダー監督の大ファンのようで、この人たち以外にも、ダグラス・サーク、ジャック・ドゥミ、フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール作品へのオマージュが仕込まれているとの事。もう一度じっくり観直してみたい。
お終いに、もう一つビリー・ワイルダー作品からの引用らしきシーンの紹介を。
中盤の地区大会において、この会場が思いっきりだだっ広くて、タイプライターを前にして座っている参加者の机がズラッと並んでいるシーン、やはりワイルダー監督の名作「アパートの鍵貸します」(1960)の、無闇に広いオフィスに机が遥か向こうまで並んでいるシーン(右)とよく似ている。ちなみにこちらも、主人公の勤務する会社は保険会社である。
社員全員が黙々とタイプライターのような機械をパンチしているが、これはタイプライターではなく保険の計算機である。
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コメント
ヒロイン役のデボラ・フランソワがキュートでした。
ヒロインを秘書に雇いタイプ早打ち大会で優勝させようとコーチするロマン・デュリスの陰影のある演技も良かったです。
タイプ大会の対決と恋愛模様のお話もなかなか良く出来ていますが、ファッションなどの映像センスがいいです。
娯楽映画として楽しめる映画でした。
確かにヒッチコックとワイルダーの影響は感じました。
どちらも好きな監督なので良かったです。
投稿: きさ | 2013年8月29日 (木) 05:56