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2013年9月 8日 (日)

映画「立候補」

Rikkouho

2012年・日本/word&sentence
配給:明るい立候補推進委員会
監督:藤岡利充
製作:木野内哲也
撮影:木野内哲也

ほとんど当選の見込みもなく、300万円の供託金が没収される結末になっても、それでも選挙に立候補する、いわゆる“泡沫候補”に焦点を当てたドキュメンタリーの佳作。監督は「フジヤマにミサイル」(2005・監督:冨嶽岡)に主演していた藤岡利充。スマイル党総裁を名乗るマック赤坂をはじめ、既に有名人となっている 羽柴誠三秀吉などの泡沫候補たちが多数登場する。

2011年11月、橋下徹が仕掛けた40年ぶりの大阪府知事・市長ダブル選挙で、大阪のみならず、マスコミをも巻き込んで日本中が沸き返っていた。そこに現れた場違いな4人の泡沫候補たち。スマイル党総裁のマック赤坂、二度目の府知事選に挑む“高橋先生”こと高橋正明、7歳の娘をもつ61歳の中村勝、初選挙の岸田修。なぜ彼らは300万円の供託金を支払ってまでして、敗北必死の選挙に立候補するのか。過激な政権放送が話題を呼んだ外山恒一、今回は立候補しなかったが落選歴15回という羽柴秀吉も含め、カメラは彼らの戦いぶりに密着し、インタビューを敢行してその目的を探って行く。

ドキュメンタリー映画は面白い。特に登場人物が確固たる信念に基づいて波乱の人生を生きて来た孤高の人、あるいは破天荒で何をやらかすか全く予想がつかない、ある意味奇人・変人に分類される人たち、等を追ったドキュメントはヘタなフィクションよりずっと面白い。
前者の例では、以前に当ブログで紹介した「ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳」「ビル・カニンガム&ニューヨーク」、後者の例では、天皇パチンコ事件で知られる奥崎謙三に密着した原一男監督「ゆきゆきて神軍」(1987)などが代表的な秀作である。

本作の場合は、後者に当るのだが、こちらはさらに面白い。
というのは、主人公が、いわゆるアブナイ人で、何を考えているか監督にも分からず、この先どんな行動をするかまったく先が読めない事。
ある意味危険な賭けでもある。本人の行動次第では撮影続行が不可能になってしまったり、あるいは完成したものの、どう繋げてもあまり面白くないものになってしまったら、公開が危ぶまれる事だってあり得る。
しかしうまく行けば、とてもユニークな、面白い映画が出来上がる場合もある。「ゆきゆきて神軍」はまさにその好例であった。

さて本作。これは明らかに後者である。

Macakasaka1

監督が主人公に選んだのは、マック赤坂。これまで多くの国会議員、都道府県知事選挙に立候補しては惨敗して来た…だけでなく、その奇抜なファッション、言動で有権者をケムに巻いて来た御仁である。
ある時はスーパーマンの衣裳、或る時はジョギング姿で政見放送を行い、政策よりもスマイル体操なる珍妙な踊りを前面に押し出し、視聴者を唖然とさせる(右)。
こんな、有権者が引いてしまうようなパフォーマンスをやっていては、落選は無論のこと、供託金も没収されてしまうのは確実。
なのに、何故毎回性懲りもなく立候補し続けるのか…。映画は彼の選挙活動に密着し、その人物像に迫って行く。

(以下内容に触れます。注意)
映画を観る前は、マック赤坂という人物にはまったく興味もなかったし、失礼ながらどこか頭のネジが緩んだ人なのかと思っていた。

しかし、彼の行動を見ているうちに、この人は今の政治状況に疑問と怒りを覚え、その状況にたった一人で戦っているのではないかと思えて来た。

彼は、最初から当選確実と見做されている圧倒的優位な候補者に対し、「同じ300万円の供託金を払っているのに、なぜこちらは不利な闘いを強いられるのか」と怒りをぶつける。

今の日本の制度では、選挙に勝てるのは、大手政党に所属するか又はその支援を受けるか、業界団体の支持を得るか、あるいはテレビで名前が売れた著名人のいずれかでなければ当選するのは困難である。

何のバックもなく、知名度もない市民は、初めから選挙で勝つ事は不可能なのか。そういう矛盾に対して、大衆はなぜ怒らないのか。なぜ、4割以上もの有権者が、投票行動すら起こさず、無関心でいるのか…。
マック氏の闘いの原点は、そこにあるのではないだろうか。

藤岡利充監督自身もこう語っている。「もともとは“政治”と闘っていたんだと思います。しかしそれが、落ちたことへの反動の増幅になっていったのでは。でも僕自身もひとりで活動しているから、マックさんの気持ちはどこか分かるんです」

もう一つ面白いのは、このマック候補の秘書兼運転手として雇われた櫻井さんという方の存在である。カメラは櫻井さんにもレンズを向け、私生活にも立ち入る。
櫻井さんには妻子がおり、下の娘さんは難病と闘っている。彼は、家族の生活の為に、マック氏の秘書という難しい仕事をこなして行く。

最初は、日当が魅力で、このケッタイな人物の秘書という仕事を嫌々ながらやっていたのかも知れないが、やがてはマック氏の片腕として、献身的に尽力する人間に変化して行く。警察に同行を求められたら、主人をかばって進んで出頭し、注意する警官に食ってかかるほどである。

どうやら藤岡監督も、櫻井さんも、いつの間にかマック氏に魅せられていたのかも知れない。なかなかどうして、マック赤坂、只の変人ではなさそうである。

そして選挙終盤、難波高島屋前で演説する橋下徹大阪市長候補と松井一郎大阪府知事候補に向かってマック氏は、「同じ300万円を払っているのに、なぜ自分は、あなたたちのように大勢にむかって演説出来ないんだ」と怒鳴る。
そうすると松井候補、やんわりと「マックさん、時間をあげます。どうぞ」と場を譲る。が、その途端、マック氏は何も演説する事が出来ず、スゴスゴ退散してしまうのである。

もともと、選挙制度の矛盾に怒っていたわけで、当選したら何をするか、というビジョンは持っていなかったのだろう。それを知っててマイクを譲った橋下・松井コンビはしたたかであり、一枚上手である。

開票結果は、なんと6人の候補中最下位。ほとんど選挙運動をしなかった他の泡沫候補よりも下だった。

見事なまでの惨敗である。まあ、あの選挙活動(植木等の歌を流し、踊ってるだけですから)を見たら入れる気も薄れるだろうが(笑)。

しかしマック氏はめげない。その翌年の衆議院議員選挙にも立候補し、巨大な敵に、敵わぬ闘いを挑んで行く

その無謀な闘いぶりは、まるで風車に立ち向かうドン・キホーテである。…さすれば、彼に寄り添う秘書の櫻井さんは、キホーテの忠実な下僕、サンチョ・パンサといったところか。

その姿に、私はいつの間にか感動を覚え、胸が熱くなっていた。
どうせ何をやっても、世の中は変わらないだろう、とあきらめ、現状に無関心、無気力になっている人に比べたら、彼の、社会の矛盾に立ち向かう孤軍奮闘の生きざまは、むしろ尊敬に値すると言える。

マック氏には社会人の息子がおり、カメラはその彼にもインタビューしているのだが、彼は父親に対しては呆れ、突き放しているように見える。確かに、こんな父親がいたら常識ある人は誰だって縁を切りたくなる(笑)。

ところが、昨年の衆院選、秋葉原で、自民党候補の近くでパフォーマンスをするマック氏を揶揄し暴言を浴びせる人たち(日の丸の旗を持っている)に対して、このマック・ジュニアが「お前たちに何が分かるんだよ!」と叫び突入して行くのである。

このシーンで私は、不覚にも泣いてしまった。

呆れ、突き放していても、やはり親子の絆は深い。バカな事をやってる父親かも知れないけれど、長いものに巻かれ、闘わないお前たちよりはずっと立派な父親だ、と彼は訴えているのかも知れない。

思えば、秘書の櫻井さんも家族を愛し、家族も彼を見守っている。娘さんの入院する病院の前で、明るく振舞う櫻井さん一家の姿にも心打たれた。

もう一人の泡沫候補、中村勝氏も、7歳の娘と暮らしているが、くったくのない娘さんとの交流ぶりも微笑ましい。

この映画は、家族愛ももう一つのテーマなのかも知れない。

外山恒一や、羽柴誠三秀吉といった有名(?)泡沫候補も画面に登場するが、やはり中心はマック赤坂氏である。

この破天荒な人物を凝視する事によって、人の生きざまとは、闘うとはどういう事なのか、民主主義とは何なのか…。さまざまな事を考えさせられる。不思議だけれど、魅力的で、人間って、面白い生き物だと思う。そして、家族って素晴らしい、生きているって素敵な事だ、と感動させられた。

今年観たドキュメンタリー映画の中では、一番面白い。こんな題材で、泣けるとは思わなかった。騙されたと思って、是非観て欲しい。

藤岡利充監督、初監督ながら、対象に肉薄する取材ぶりと的確な編集は見事である。この調子で今後も是非、日本の病巣を抉るドキュメンタリーの快作を連打していただく事を期待したい。    (採点=★★★★☆

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コメント

トラバ送りました。

この映画、もう東京では始まって三カ月くらい経ってるのに小規模ながらまだ上映してますよ。

投稿: タニプロ | 2013年9月 9日 (月) 00:07

見ました。泣きました。
何も考えてない、身近にいたら困った人そのものであるマック赤坂氏。
どうしてか、橋下氏、安倍氏よりも上等な人間に見えてくるのもオドロキました。

投稿: こーいち | 2013年9月18日 (水) 02:06

◆タニプロさん
>東京では始まって三カ月くらい経ってるのに小規模ながらまだ上映してますよ。

公開当初は連日満員だったそうですね。口コミでも広がってるのでしょう。
こういう地味なマイナー作品でも、内容が良ければヒットするという実例でしょうね。いい事だと思います。
多くの人に観ていただきたいですね。


◆こーいちさん
泣けましたか。おススメした甲斐がありました。
>どうしてか、橋下氏、安倍氏よりも上等な人間に見えてくるのもオドロキました。

映画を観る前と、観た後とで人物感が180度変わってしまうというのも珍しい体験でした。
こういう人物に着眼して点でも、演出と編集の見事さでそういうマジックを成し遂げた点でも、藤岡監督、なかなか大したものだと思います。これが実力か、はたまたフロックかは、次回作次第でしょうね。注目しておきましょう。

投稿: Kei(管理人) | 2013年9月21日 (土) 01:50

こんちは。

マック赤坂さんが、意図的に、ああいうことをやっていると分かった後ですら、とても知的に見えないという点が凄く怖いです。

投稿: ふじき78 | 2013年12月16日 (月) 03:00

◆ふじき78さん
>分かった後ですら、とても知的に見えないという点が凄く怖いです。

そう思わせる所も、またマック氏の凄い所でしょうね。知的に見えたら、自分の負け、という意識で徹底してる気がします。
そんな人物を取り上げて、ここまで感動させてくれた監督も、また凄い、と改めて思います。

投稿: Kei(管理人) | 2013年12月18日 (水) 01:09

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