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2013年10月17日 (木)

「パッション」 (ブライアン・デ・パルマ監督)

Passion2012年/フランス・ドイツ合作
制作:SBSプロダクション=ワイルドバンチ
配給:ブロードメディア・スタジオ
原題:Passion
製作:サイド・ベン・サイド
監督:ブライアン・デ・パルマ
脚本:ブライアン・デ・パルマ
オリジナル脚本:アラン・コルノー、ナタリー・カルテール
撮影:ホセ・ルイス・アルカイネ
音楽:ピノ・ドナッジオ

「メナース」「マルセイユの決着(おとしまえ)」等のフィルム・ノワールで知られるフランスのアラン・コルノー監督の遺作となったサスペンス・ミステリー「ラブ・クライム 偽りの愛に溺れて」(2010・日本劇場未公開)を、「ブラック・ダリア」「リダクテッド 真実の価値」のブライアン・デ・パルマ監督によりリメイク。主演は「きみに読む物語」のレイチェル・マクアダムスと「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」のノオミ・ラパス。

野心家のクリスティーン(レイチェル・マクアダムス)は、ニューヨークに本社を持つ世界的広告会社のベルリン支社で働く女性エグゼクティヴ。その優秀な部下イザベル(ノオミ・ラパス)は、クリスティーンにあこがれ、尊敬の念を抱いていた。やがてイザベルは新規の案件で斬新なアイデアをひねり出し、クリスティーンから任されたロンドンでのプレゼンを成功に導く。ところがクリスティーンはその手柄を横取りし、ニューヨーク本社への復帰を勝ち取ってしまう。その後も同僚の前で恥をかかされる等、クリスティーンから手ひどい仕打ちを受けたイザベルは、次第にナーヴァスになって行き、薬を手放せなくなってしまう。そしてある夜、殺人事件が起きる…。

ブライアン・デ・パルマは、大好きな監督の一人である。ヒッチコックの信奉者であり、作品の随所にヒッチコック的テクニックやオマージュを仕込んだり、映像的にもスプリット・スクリーンとか超スローモーション撮影、長回し移動等、凝りに凝ったビジュアルで楽しませてくれた。ヒッチの後を継ぐ、ホラー・ミステリー・サスペンスの第一人者として大いに期待し、新作が発表される都度、楽しみに映画館に駆けつけたものだった。

ところが、「アンタッチャブル」(1987)で大作映画に進出し、一流監督の仲間入りを果たした後は、「カジュアリティーズ」(1989)、「ミッション:インポッシブル」(1996)と大作志向が強まり、それぞれ悪くはないけれど、初期の頃の、B級テイストいかがわしくも妖しい魅力に満ちたデ・パルマ・ワールドからは遠ざかってしまった感があり、ファンとしては少々失望していた。
「ブラック・ダリア」(2006)は期待外れだったし、最近の「リダクテッド 真実の価値」(2007)に至っては、意欲作であることは認めるが、これはもはや我々が愛したデ・パルマじゃない、という思いが強まった作品でもあったのだ。

ところがここに来て本作の登場である。これは、まったく久しぶりに、あのデ・パルマ・タッチが復活した、犯罪ミステリー・サスペンスの快作であった。これが喜ばずにおれようか。久々に興奮してしまった。

冒頭のクレジットを見ると、フランスの映画会社名(カナル+、ワイルドバンチ)が出て来てちょっと驚き。これはフランスとドイツの合作作品なのであった。なんでも、「リダクテッド-」がアメリカで猛反発を受けた事から、今後はヨーロッパを拠点にして行くのだとか(尤も、クレジットもセリフも英語なので、アメリカ映画と思った人も多いのではないか)。

最初の辺りは、クリスティーンとイザベルが、上司と部下の関係であるにも係らず、レズを思わせるほど親密で妖しいムードである。ここらから既に初期デ・パルマ的雰囲気があって上々の滑り出し。

やがて野心家のクリスティーンが、イザベルのアイデアを横取りし、次第にイザベルを精神的に追い込んで行く辺りも悪くない。

前半はややおとなしいが、後半に入るや、照明効果で人物に縞模様の影が映ったり、カメラが斜めに傾いたりと、まるでドイツ表現主義映画のような映像効果が現れたり(ドイツ合作の成果?)、イザベルの悪夢の描写が何度も出て来たり、さらにはやや控えめだが、お馴染みスプリット・スクリーン(画面2分割)も登場したりと、デ・パルマ節が徐々に顔を出して来るのがなんとも嬉しい。

そして殺人事件発生。ここからは本格的謎解きサスペンスとなるので、未見の方の為にこれ以上は書かないが、なかなか巧妙に仕組まれれて見応えがある。

ともかく、最後まで、これは悪夢か現実か、というシーンが何度も登場したり、双子の話(「悪魔のシスター」)とか、金髪・サングラスにナイフの女のイメージ(「殺しのドレス」:下写真)とか、最後は悪夢オチ(「キャリー」)とか、デ・パルマ映画のセルフ・パロディまで随所に登場させるサービス精神も満載で、デ・パルマ・ファンなら必見の作品に仕上がっているのが実に楽しい。

Dressedtokill

音楽がピノ・ドナッジオであるのも嬉しい。デ・パルマの出世作「キャリー」を皮切りに、「殺しのドレス」「ミッドナイト・クロス」「ボディ・ダブル」「レイジング・ケイン」と、まさにコテコテのデ・パルマの傑作群を支えた人である(ドナッジオ担当作はもう1本、本邦未公開の「悪夢のファミリー」(1979)がある。これは是非見たい)。ヒッチコック作品のバーナード・ハーマンみたいな人と言えようか。
ドナッジオとのコンビは「レイジング・ケイン」以来実に20年ぶりである。この再タッグも本作の成功に貢献していると言えるだろう。

そんなわけで、細部にやや突っ込みどころはあるものの、デ・パルマ・ファンとしては十分満足出来る作品であった。

デ・パルマ、当年73歳。多少おとなしくはなったものの、まだまだ腕に衰えはない健在ぶりに一安心で、今後もめくるめく妖しい魅力に満ちたデ・パルマ・タッチ満載のホラー、サスペンスを作り続けて欲しいと願わずにはいられない。   (採点=★★★★

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(蛇足)
本作を観に行った映画館で、本編の前に上映される予告編の1本が、なんとリメイク版の「キャリー」だったのにはビックリした。前述の通り、デ・パルマの代表作でピノ・ドナッジオとの初コンビ作でもある傑作のリメイク予告編を、デ・パルマの新作の前に上映するとは、偶然にしても、ファンにとっては思わずニンマリしてしまう組み合わせである(しかしオリジナルが傑作だけに、リメイク新作の出来が心配)。

 
(さて、お楽しみはココからだ)

例のスプリット・スクリーンのシーンで、ずっと映し出されていたのがバレエ「牧神の午後」(「ドビュッシー曲)である。

で、エンド・クレジットを見てたら、このバレエの振付(コレオグラフィー)担当者として、ジェローム・ロビンズの名前があったのにちょっとおどろいた。

ジェローム・ロビンズといえば、あのミュージカルの傑作「ウエストサイド物語」の振付兼共同監督(ロバート・ワイズと共同)として、映画ファンには忘れる事の出来ない名前である。

調べたら、ロビンズは元々バレエの振付師でもあり、1949年にはニューヨーク・シティ・バレエ団(NYCB)の副バレエ・マスターに就任し、1953年にくだんの「牧神の午後」の振付を担当したとの事。1951年頃からは並行してブロードウェイ・ミュージカルも担当し始めたという事である。

で、記憶をたどれば、映画「ウエストサイド物語」の予告編に、画面分割=スプリット・スクリーン手法が効果的に使われていたのを思い出した(下)(注)
さらに、「ウエストサイド物語」のラストでは、嫉妬と復讐にかられた殺人事件まで起きてしまうのである。

Westsidestory2

そう考えれば、「ウエストサイド物語」と本作とは、いろんな点で共通性があると言える。まさかそれでロビンズつながりで「牧神の午後」を使った…という事はないでしょうね(笑)。

 
(注)私の記憶では、中盤の「トゥナイト」を5組のグループが五重唱するシーンで、画面分割手法が使われていた気がするのだが、DVDを見直すとそんなシーンはなかった。私の記憶違いだったのだろうか。ご存知の方がいれば教えてください。
 

DVD「キャリー」
Blu-Ray「キャリー」

DVD[殺しのドレス」

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コメント

こんばんは。

ぼくは第一回東京国際映画祭で
デ・パルマを間近に見て大興奮。
でも『アンタッチャブル』は
自分の期待していたデ・パルマとは全然違っていて
拍子抜けしてしまいました。
それ以降の作品だって、
別にデ・パルマじゃなくてもいいじゃん…と。

そうか、この映画“ドイツ表現主義”--
なるほど。
「牧神の午後」、ジェローム・ロビンズには気づきませんでした。

投稿: えい | 2013年10月21日 (月) 21:05

◆えいさん
「アンタッチャブル」は、デ・パルマ作品と意識しなければ凄く面白い作品でしたけれど、あのデ・パルマ節に興奮し魅了されてしまったファンの目から見れば仰るとおり、肩透かしでガッカリなんですね。
しかしこの作品で、それまでマイナーだったデ・パルマの名前がメジャーになった記念すべき作品でもあり、ファンとしてはなんとも複雑な思いだったのを記憶しています。
有名にはなって欲しいし、さりとて独特のカルトな演出テクニックが見られなくなるのも寂しいし…ファンとしてはホント、悩ましいですね(笑)。

投稿: Kei(管理人) | 2013年10月25日 (金) 00:36

見ました。昔のデ・パルマでしたね。
主役ふたりも良かった。金髪と黒髪、陽と陰。
前半はちょっと盛り上がりに欠けますが、後半は面白かったです。

投稿: きさ | 2013年11月 1日 (金) 05:51

◆きささん
そうですね。クリスティンとイザベルを、何から何まで対照的に描いているのも、実は伏線なんですね。野心を燃やし、したたかに上昇して行くクリスティンに対して、控えめで忍従を強いられたあげく、精神にも変調をきたすイザベル…
と見せてxxx (ミステリーだからこれ以上は言えないのが辛い(笑))

投稿: Kei(管理人) | 2013年11月 5日 (火) 00:35

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