「飛べ!ダコタ」
終戦から5ヵ月後の昭和21年1月14日、佐渡島にある高千村の海岸に、上海から東京へ向かっていたイギリス空軍の要人機・ダコタが不時着した。真っ先に駆けつけたのは、丘の上からその光景を目にした森本千代子(比嘉愛未)だった。ダコタは砂に埋もれ、滑走路もないので飛び立つ事は不可能に近く、乗組員たちは島に留まるしかなかった。つい半年前まで敵国であり、その戦争で家族を失った者や、帰らぬ息子を待つ者など、様々な想いを胸に抱く島民たち。それでも、千代子の父親で村長の新太郎(柄本明)は、「困った者を助けるのが佐渡んもん」というこの島の精神に従い、彼らを温かく迎え入れることにするが…。
これは思わぬ拾い物だった。面白い。そして感動した。
ほとんど宣伝もされず、上映館も大阪では梅田・難波といった中心部から外れた、ミニシアター中でも最少キャパの十三シアターセブンと東大阪の布施ラインシネマ(注1)でひっそりと公開。あやうく見逃す所だったが、たまたま柄本明のインタビューを読んでたらこの題名が出て来たので、ネットのレビューを見たらかなり高評価。これは見逃してはなるまいと十三まで出かけた。
戦争が終った翌年、新潟県・佐渡島で起きた、嘘みたいな、本当にあった話である。
イギリス軍の要人機・DC-3改良型機(通称、ダコタ)が、悪天候で裏日本の荒海に浮かぶ佐渡島に不時着した為、しばらくの間乗組員たちはこの島で生活せざるを得なくなる。
このシチュエーションだけでも、面白くなりそうである。
国籍も、肌の色も違い、言葉も通じない。
しかも、つい5ヶ月前まで戦争=殺し合い-をやっていた両国である。互いの心のしこり、わだかまりは戦争が終わったからと言って簡単に解けるものではない。
実際、島民の中にはイギリス兵たちに激しい憎悪の感情を抱く者がいる。軍国主義の教育から抜けきっていない者もいる。
またイギリス兵の中にも、やはり数ヶ月前まで敵だった日本人を嫌悪する者もいる。
果して、両者は和解し得るのか、そしてダコタ機はこの島から飛び立てるのか…実にドラマチックで、物語がどう進むのか、ワクワクしながら画面を見つめた。
(以下ネタバレあり)
脚本がなかなかよく出来ている。人物設定もそれぞれにキャラクターが立っている。また、現存する本物のDC-3機を分解してロケ地に運び、使っているのもリアル感が出てて良かった。1946年を再現した美術、厳しい自然の風景を捉えた撮影、いずれも大健闘である。
もともと佐渡島には本当に、島にやって来た、困っている人を助けたという歴史もあり、「困った者を助けるのが佐渡んもん」という精神が島に息づいているという。そういう風土も幸いし、村長は自分が経営する旅館にイギリス兵たちを宿泊させる。
そこで起きるカルチャー・ギャップがユーモラスで笑わせる。玄関から部屋まで土足で行こうとしたり、風呂に入れさせたら、湯船の中を石鹸のアワだらけにして何度も風呂を沸かす羽目になったり、刺身を出したら、生魚を食べた事がないイギリス人たちが目を丸くしたり。
また、校長先生(蛍雪次朗)が子供たちに、「外国の人とは仲良くするように」と言うと、すかさず子供から「けんど先生はついこの間まで『鬼畜米英』と教えてたんじゃなか」と突っ込まれて何も返せなくなるくだりにも笑った。
笑いと涙と皮肉を絶妙に織り交ぜた、緩急自在の展開がなかなか楽しい。
村人の反応も、最初は怖がったり遠巻きにしたり。しかし元々純朴で気の優しい村人たちだし、特に子供たちはイギリス兵からガムをもらったりですぐ仲良くなり、次第に両者の距離は縮まって行く。
特に、最初は日本人に反感を抱いていた兵士が落としたペンダントを、村人の一人、敏江(洞口依子)が拾い、届けてあげるエピソードがいい。
ペンダントには、彼の母の写真が収められており、敏江も、戦争に行ったまま消息不明の息子の帰りを待ちわびている。
母を思う兵士と、子を思う母…、肉親への情愛は世界共通である。両者のわだかまりが一気に氷解して行くこのエピソードは感動的である。
その敏江にやがて、息子の戦死の報が届く。形見の品以外、遺骨さえ入ってない骨箱に、戦争の酷さが強調される。
絶望し、死のうとした敏江を、ペンダントの兵士が救うエピソードも泣ける。
無論、いい話ばかりではなく、軍国教育を叩き込まれながらも片足を痛め、戦場に行けなかった屈折した思いを持ち、戦友を殺した敵を憎む健一(窪田正孝)が、ダコタを燃やそうとする、ハラハラするエピソードもある。
この健一の行動を阻止した千代子が健一に訴える、「脚がなくなったっていい。生きて帰ってくれさえすれば…。そう願うしかない時代には、もう戻したくない」の言葉にも泣けた。
またこの思いは、敏江の心情の代弁でもある。ある意味、戦争を体験したすべての女性の悲痛な叫びでもあるのだろう。
やがて、海岸に500メートルの滑走路を作る事になり、村人が総出で石を運び、整地作業を行う。
イギリス兵たちと村人たちが、力を合わせ、まさしく一心同体となって、やがて波打ち際の砂の上に、石を敷き詰めた滑走路が出来上がって行く辺りも感動的である。
村人全員が見つめる中、イギリス兵たちを乗せたダコタ機が飛び上がって行くラストにも涙が溢れた。
困難な時に、国籍など関係なく、すべての人が力を合わせれば、奇跡も成し遂げられる。
みんながそういう思いを共有して行くなら、世界から戦争なんてなくなって行くかも知れない。…そう思うと、涙がとまらなかった。
考えさせられるテーマがいっぱい詰まっている、こんな素敵な感動作が、ひっそりと公開され、知られないままに終ってしまうのは本当に残念である。是非多くの人に観て欲しいと思う。
ただ惜しい点もいくつかある。
予算が少ないせいもあるだろうが、ダコタが海岸に不時着するシーンが無いのは物足りないし、機体を修理するシーンもあっさりし過ぎ。
プロペラもひん曲がっているのだから、それを村の鍛冶屋等も動員して真っ直ぐに叩き治すシーンも欲しいところ。
また、ラストのダコタが飛び立つシーンもハラハラ度が足りない。デコボコの石を埋めてるのだから、車輪が石に乗り上げバウンドしたりとか、滑走路終点近くになってもなかなか飛び立てず、ダメか、と思った瞬間、フワリと舞い上がり村人が歓声を上げる、とかのシーンがあればもっと感動が増しただろう。
油谷監督、劇場映画監督第1作としてはよく頑張ってはいるが、もっといろんな娯楽映画を観て研究して欲しかった。
ここらをきちんと描いていたら、満点の星5つにしてもよかった。もったいない。
が、これらは私のないものねだり、誰もが感動出来る、お奨めの力作であるのは間違いない。油谷監督には、次回作も注目し、期待したいと思う。 (採点=★★★★☆)
(注1)
十三シアターセブンと布施ラインシネマと言えば、偶然にもどちらも、昨年の私のベストワン、「この空の花 長岡花火物語」を公開してくれた劇場である。
この2つの劇場で同時に公開された映画は、隠れた感動の傑作になる、というジンクスが生まれてくれたら嬉しいのだが。次もチェックしておこう。
(さて、お楽しみはココからである)
この作品のストーリー、映画ファンであれば、たちどころによく似たシチュエーションの映画が思い浮かぶだろう。
例えば、“不時着した飛行機を、さまざまな困難の末に、最後に飛び立たせる”というお話は、ロバート・アルドリッチ監督の佳作「飛べ!フェニックス」(1966)がある。題名も似ているし、どちらも不時着した場所が“砂地”(あちらは砂漠)であるという共通点もある。
また、“海に囲まれた島に漂着した敵国人同士が、共に暮らさざるを得なくなり、最初は反発するも、やがて和解して行く”というお話の、ジョン・ブアマン監督、三船敏郎、リー・マーヴィン競演の「太平洋の地獄」(1968)という力作もあった。
そして、イギリス人兵士と、日本人が力を合わせ、大きなプロジェクトを成し遂げ、いつしか両者間のわだかまりも解消し、友情を感じるようになる、という、これも実話を基にした「戦場にかける橋」(1957年・デヴィッド・リーン監督)という傑作もある。
…もっとも最後には、せっかくの苦労の末に完成させた橋がふっ飛んでしまうシニカルな結末とは相成るのだが。
実際にあったお話を、ありのままに映画化しただけなのに、本作がこうした過去の名作と結果的に似ているのも、このエピソードが非常にドラマチックで感動的で、いいお話であるからに他ならない。もっと早い時期に、上記作品よりも先に映画化が企画されていたならば、もしかしたら映画史に残る傑作になったかも知れない、と思わずにはいられない。
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コメント
日本とイギリスといえば、素晴らしいエピソードがあります。「敵兵を救助せよ」という言葉で検索してみてください。敵だった同士助け合うのは素晴らしいですね。
投稿: なん | 2013年12月 7日 (土) 17:23
こんちは。
本当は最初の不時着、最後の離陸が一番スペクタクル的に盛り上がる山場になりそうなもんだけど、お金が掛かるから躊躇しちゃったように見えなくもないですね。いや、山場になってないだけで他と同質だから違和感はないんですけど。
やっぱりここ一番「ぐおおおおおう」と盛り上がる所がないと映画っぽく見えないです。総合でいい映画だとは思うんですが。
投稿: ふじき78 | 2013年12月22日 (日) 06:49
◆なんさん
見て来ました。知られていないけれど、感動させられるエピソードというのは、探せばまだまだある気がしますね。
でも、これは開戦直後で日本がまだ気分的に余裕があった時期だからこそ出来たと思います。敗色濃厚になって来た時期ならどうだったでしょうかね。
◆ふじき78さん
まったく同意です。盛り上がる所では盛り上げる演出をしないとね。
やはり新人監督だけに、とにかく仕上げるだけで精一杯で、そこまで気が回らなかったんでしょうかね。
いい作品だけに、そういう所を押さえておけば、もっと観客動員出来たかも知れません。多くの人に観て欲しいだけに、もったいない気がしますね。
投稿: Kei(管理人) | 2013年12月23日 (月) 02:18