「ゼロ・グラビティ」
2013年・アメリカ
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:Gravity
監督:アルフォンソ・キュアロン
脚本:アルフォンソ・キュアロン、ホナス・キュアロン
撮影:エマニュエル・ルベツキ
製作:アルフォンソ・キュアロン、デビッド・ハイマン
製作総指揮:クリス・デファリア、ニッキ・ペニー、スティーブン・ジョーンズ
宇宙空間に投げ出されてしまった宇宙飛行士たちの極限的状況を最新VFXと3D技術を駆使して描いたSFドラマ。監督は「トゥモロー・ワールド」、「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」のアルフォンソ・キュアロン。脚本はキュアロン監督と、監督の息子ホナス・キュアロン。出演は実質サンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーの2人のみという異色作である。
NASAのメディカル・エンジニア、ライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック)とベテラン宇宙飛行士のマット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)は、地表から600キロメートルも離れた宇宙空間のシャトル船外でミッションを遂行していたところ、予想外の事故に遭い、シャトルは大破、他の乗組員も全員死んでしまう。地球との交信手段も断たれ、酸素も残りわずか。2人はかろうじて国際宇宙ステーションにたどり着くものの、そこにも人は居ず、マットも宇宙の果てに飛ばされてしまう。たった一人残されたライアンは、果たして地球に帰る事が出来るのだろうか…。
これは凄い体験だ。―そう、まさしくこれは映画を観ると言うより、広大な宇宙空間に自分もいるかのような体験を感じる映画である。
従って、これは是非大きなスクリーンで、2Dではなく3Dで、出来ればIMAXシアターで観るべきである。
冒頭の、おそらくはこれまで作られた映画の中で最も長時間のワンカット長回し映像にまず度肝を抜かれる。多分20分近くはあるだろう。こんな長時間ワンカットは、かつては不可能だった。…なぜなら、フィルム撮影の場合はマガジンに収められるフィルムの量が10分しかなく、物理的に10分以上のワンカット撮影は出来なかったからである(注1)。
デジタル撮影・上映時代になって、そういう欠点は解消され、何時間でもワンカット撮影が出来るようになった。また途中で撮影を中断しても、CGを使ってワンカットであるかのように見せる事も技術的に可能となった事も大きい。
本作の冒頭シーンは、ほとんど全部がCGである為、例えばカメラが回り込んでライアンのヘルメットの中に入り、ライアンの主観で外を見る、といった昔ならあり得ない映像も駆使されている。デジタル+CGの特性をフル活用したこうした驚異の映像効果が、この映画の魅力である事は間違いない。
ジェームズ・キャメロン監督の「アバター」を観た時も凄い、と思ったが、本作はさらに技術的に進化している。IMAXシアター3Dで、かつ座席も極力前の方で鑑賞すれば、自身が宇宙空間にいるような錯覚を覚えるに違いない。
スタンリー・キューブリック監督の、丁度45年前の作品「2001年宇宙の旅」を、今はなきシネラマ・OS劇場で鑑賞した時もそんな体験をした。あの劇場のスクリーンは半円形に大きく湾曲しており、前から3~4列目くらいに座ると視野がほぼ180度になる。ディスカバリー号が宇宙を航行するシーンをその位置で観ると、自分が本当に宇宙空間を飛んでいるように思え、陶酔感に浸った。
「スター・ウォーズ」も3Dに変換して再上映されたが、「2001年-」も是非3D化して、IMAXシアターでリバイバル上映して欲しい。恐らく、また新たな興奮と感動を呼ぶだろう。
(以下ネタバレあり)
さて、肝心の本編だが、ストーリーはごくシンプル、“事故で宇宙空間に放り出された主人公がどうやって地球に帰還したか”、ただそれだけ。
その分、次から次と襲ってくる危機また危機(酸素不足、火災発生、再度襲来するデブリ(機体の破片)の攻撃等)を巧みに挟んでサスペンスを持続する演出と映像がなかなか見ごたえがある。
そして、テーマとして浮かび上がるのが、“人間はどんな危難に遭おうとも、あきらめずに生きる努力をするべきである”という点である。
ましてや、ライアンを救う為に自らを犠牲にしてくれたマットの存在もある。彼の意を無にしない為にも、ライアンは彼の分まで、生きねばならないのである(注2)。
そして随所に盛り込まれた、“命の再生”のメタファーも見逃せない。
宇宙船に到着したライアンが宇宙服を脱いだ時、彼女はまるで胎児のように体を丸めた姿勢のままでいるし、随所に登場する“水”のイメージ、そして地表に到着した時も彼女は、水に包まれ(羊水のメタファー)、やがてそこからヨロヨロと、2本の足でしっかりと大地を踏みしめ、立ち上がるのである…まるで生まれたての赤ん坊のように。
思えば、「2001年宇宙の旅」にも、ペニスそっくりの形状のディスカバリー号から精子のように飛び出たボーマンの乗ったポッドが、子宮内移動をイメージさせるスターゲイトを通過し、やがてスターチャイルドの誕生…といった具合に、“生命の誕生”のメタファーが仕込まれていた。
本作は、あるいは「2001年宇宙の旅」にオマージュを捧げているのかも知れない。…そういえば本作には、事故ではじき出された宇宙服を来た人間が、クルクル回転しながら遠ざかって行く、という「2001年-」のワンシーンとそっくりな映像があった。
とにかく、最初は何も考えず、驚異の映像を堪能すべきである。何度でも観たくなる、素晴らしい体験をさせてもらったアルフォンソ・キュアロン監督に敬意を表したい。必見。 (採点=★★★★☆)
(さて、以下はお楽しみを兼ねた注記)
(注1)
新しい実験を好んで行うアルフレッド・ヒッチコック監督は、「ロープ」(1948)という作品で全編ワンカットというとんでもない実験を行った。
しかし前述のようにワンカット撮影は10分が限界だったので、巻の継ぎ目に来ると前を人が通ったり、大型トランクを開閉したりで一瞬画面が真っ暗になるようにして、継ぎ目もカットが連続しているかのように見せていた。もっとも、フィルム上映の場合は巻の継ぎ目が来ると右上隅に丸いパンチ穴が表示されるので、映画を見慣れている観客には、「ここで巻を替えたな」とすぐ分かってしまうのだが(笑)。
なお最近、三谷幸喜さんも、自身が脚本・監督を担当した2時間近い全編ワンカットの長編ドラマをWOWOWで発表している(「SHORT CUT」、「大空港2013」)。映像作家なら、一度はやって見たくなるのだろう。撮影監督(2作とも山本英夫氏)は大変だろうけど(笑)。
(注2)
ジョージ・クルーニー扮する宇宙飛行士の名前が、マット・コワルスキーであるのにも注目。コワルスキーと言えば、クリント・イーストウッドが監督・主演した「グラン・トリノ」でイーストウッドが演じた主人公の名前、ウォルト・コワルスキーを思い出す。
あの作品でも、コワルスキーは自身の命を投げ出して、大切な事を若者に伝えようとした。
クルーニー扮するコワルスキーも、自身を犠牲にしてライアンを救った。
両コワルスキーがやった事が、テーマ的に共通しているのも面白い。
そう言えば、イーストウッドの監督・主演作「スペース・カウボーイ」は、宇宙に行った飛行士の一人(トミー・リー・ジョーンズ)が、自身の命を犠牲にしたおかげで、残りの宇宙飛行士が無事地球に帰還する、というお話であった。
彼らが宇宙に行った目的は、故障したロシアの中古衛星を修理する、というものだったが、本作ではロシアが中古衛星をぶっ壊したが為に大災難となる、というのはなんとも皮肉である。
キュアロン監督、案外イーストウッド監督のファンなのかも知れない。
| 固定リンク
コメント
こんちは。
ごくごく個人的な意見ですが、最近では三谷監督が長回しの長さを誇ったりするような撮影を多くするので、適正な短さでカットカット入れてった方が見やすくなるじゃん、といつも思ってたんですが、これは別。
カットを割る割らないとか言われなければ気が付かない没頭度。かくありたいものです。いや、自分が鈍いだけか。
投稿: ふじき78 | 2013年12月22日 (日) 06:31
◆ふじき78さん
まあ、ワンカット長回しが合う作品と合わない作品がそれぞれにあると思います。よって何でも長回しするのも考え物で、監督の自己満足になってる作品もたまに見かけます。
三谷監督の「SHORT CUT」も見ましたが、あの内容であれば適度にカットを切り替えた方が作品に合ってた気もしますね。「どうだ、凄いだろ」と自慢してる三谷さんの顔が浮かんで来て困りました(笑)。
本作は、成功した方ですね。宇宙空間の映像にただ見とれてたので、そんなに長回ししてたのか、と後で気が付きました(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2013年12月23日 (月) 00:39
凄かったですねー。辻堂まで90キロ、それでもIMAX3D見に行った甲斐がありました。CGでどんどん先を行くアメリカ映画。使いすぎに普段文句を言っている私も、この映画の内容には大満足です。そして、50歳前後の役者がこの手の映画で堂々主演を張れるアメリカ映画の凄さ。それにしてもサンドラ・ブロック!もう既に20年前の作品になる、あの「スピード」でダイナマイトを体中に巻きつけられて立っている姿と全く変わっていないのは驚きです。最後に、ヒューストンの声がエド・ハリスだったとは。「ライト・スタッフ」大好き、「アポロ13」に感動した私には、とてもうれしいサプライズでした。
投稿: オサムシ | 2013年12月23日 (月) 11:56
トラックバックありがとうございます。
全編ワンカットといえばコロンビア映画の「PVC-1 余命85分」が思い出されますね。
まあ、正直あれはさほど効果的な使い方とは言いがたかったですけど、本作の長回しは緊張感と宇宙の静寂を見事に表現していた、秀逸な演出でした。
投稿: synkronized417 | 2013年12月26日 (木) 21:29
◆オサムシさん
サンドラ・ブロックは近年また存在感を見せつけていますね。49歳!と思えぬシェイプアップぶりに感嘆。30台でも通用します。
地上側の人たちを、声のみで映像を一切出さない演出もうまいですね。エド・ハリス、と言えば私はキャメロン監督の「アビス」がお気に入り。あちらは宇宙と正反対に、深海が舞台でしたね。
◆synkronized417さん
TBとコメントありがとうございます。
「PVC-1 余命85分」は残念ながら見ていません。
本作は、観客自身も宇宙空間にいるかのごとく思わせるのが狙いですから、長回しは実に効果的なのですね。
そういう意味でも、これは暗い劇場空間の大画面でこそ見るべき作品だと思います。
投稿: Kei(管理人) | 2013年12月27日 (金) 01:06
2D字幕版で見ました。2Dでもすごい緊張感で3Dだとちょっと臨場感ありすぎたかも。
ほぼサンドラ・ブロックの一人主演ですが、映像がすごいです。
冒頭20分のワンカットにはびっくりしました。さりげない無重力描写にも感心しました。
90分と短いのですが、終始ハラハラさせてテンションが緩まないので短いという印象はありませんでした。
SF映画ファンには「2001年宇宙の旅」「エイリアン」「バーバレラ」といったSF映画の名作を意識したシーンが楽しいですね。
投稿: きさ | 2013年12月27日 (金) 05:52
◆きささん
昨年中はいろいろ感想いただき、ありがとうございました。本年もよろしく。
あ、「バーバレラ」ね。無重力で服脱いで行く宇宙ストリップに萌えました(笑)。
サンドラはそんなにエロくなかったですが(笑)。
「2001年-」と言えば、ボールペンがゆっくり無重力浮遊してる所もオマージュっぽかったですね。
投稿: Kei(管理人) | 2014年1月 5日 (日) 00:05
イントロシーンに効果的に流れた、JCの肩からのラジオ(スマホ?)からのカントリー・ソングの歌手、曲名など知りたいが・・・
投稿: タカシ-i | 2014年1月 8日 (水) 10:35
◆タカシ-iさん
レスが大変遅くなって申し訳ありません。
お訊ねの件ですが、調べたら判りました。
ハンク・ウィリアムズ・ジュニアの歌う、”Angels Are Hard to Find”(天使は見つけにくい)だそうです。
ここに詳しい解説もあります。 ↓
http://k-onodera.net/?p=1118
なるほど、コワルスキーは彼女の「守護天使」である事を象徴しているのですね。
私も参考になりました。
投稿: Kei(管理人) | 2014年2月 7日 (金) 23:55
こんにちは。
ウェブリブログで一昨年よりBlogを始めております、小枝と申します。
更新はきまぐれでお恥ずかしいのですが…
好きな映画や音楽、自作の詩、日常の出来事などをご紹介しています。
本作品は劇場にて観賞して参りましたが、その音響システムと3Dならでは体感できる迫力に圧倒されました。
拙ブログでも扱いましたのでトラックバックをさせて戴きました。
わたくしもブログ村に登録しております。
今後もよろしくお願いいたします。
投稿: 小枝 | 2015年4月13日 (月) 14:30
◆小枝さん
返事が遅くなり申し訳ありません。
TB歓迎です。よろしくお願いいたします。
なかなか充実したサイトですね。じっくり読ませていただきました。
ドルビー・アトモス上映館は関西にも出来たのですが、我が家から遠く離れている為、まだ行った事がありませんが、機会があれば体験したいと思っております。レポートは大変参考になりました。ありがとうございます。
また書き込みなど、お気軽にどうぞ。これからもよろしく。
投稿: Kei(管理人) | 2015年4月20日 (月) 23:30